一よさく華 -幕開け-

いつしろ十蘿

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第五章 亂 -らん-

七.進む

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 時は少しさかのぼる。

 椿は夜目が効く。
  夜明けを待たずに、剛夕ごうゆうとともに日之出峰ひのでみねに入った。

 暗く、足元は悪い上に見えない。
 剛夕は必死に椿の背を追った。

 入山してしばらくした時だ。
 突然、暗闇に銃声が響いた。
 椿は反射に身をかがめ、その背に剛夕を隠すようにかばった。

 一発。
 遠く、こだますような音だった。
 おそらく、小型銃。

 椿は目を凝らし、あたりを見渡すが、闇が広がるばかり。
 何も見えない。

 そこに、さらに二発の銃声。
 その後不規則に続き、止んだ。

「…椿」

 剛夕が耐えかねて声を出すと、椿は剛夕の口を抑えるように、制した。
 耳を澄まし、気配をうかがったが、それ以上銃声はなく、人の気配も感じない。

 発砲があったのは、日之出峰であることは間違いない。
 だが、遠かった。
 行くなら、今のうちだ。

「行きましょう」

 椿は身を低めながら、再び登り始めた。

 峰を越えた反対側、山中の陸軍十二番隊も、同じ銃声に一気に緊張が高まった。

「柚月殿でしょうか」
「おそらくな」

 そう応えながら、隊長は遠く耳を澄ませ、様子をうかがっている。
 銃声の感じから、柚月は敵本隊に遭遇したわけではなく、先兵か何かに出くわたと考えるのが妥当だ。
 今の銃声で、敵も動き出すにちがいない。

「我々も向かうぞ」

 陸軍十二番隊もまた、進軍を開始した。
 この時椿や十二番隊が聞いた銃声は、柚月が車輪を背負った男たちと遭遇した時のものである。

 さて、時を戻そう。
 義孝よしたかと別れた柚月は、日之出峰山頂付近にたどり着いた。

 不思議と足が軽くなったように感じる。
 体は疲労しているが、心が軽い。
 頂上までは、そう遠くなかった。

 真直ぐ上っていたつもりが、随分七輪山よりに上っていたらしい。正面に見えると予想していた城が、左手に現れた。

 うっすらと二の丸が見え、柚月は一瞬、椿を想った。
 その奥に本丸、天守がそびえている。

『ここだ』

 昨夜、佐久間が地図で指さしたのは、七輪山しちりんさん山頂より、尾根伝いに天明山てんめいさんに向かう途中、わずかに都側に下ったところ。
 そこに、小屋があるという。

開世隊かいせいたいの拠点の一つだ。楠木くすのきは、ここにいる」

 日之出峰と天明山がつながるところ、そこから尾根を伝って南を目指せばいい。

 三山の尾根が交わるところには、目印としてほこらが建てられている、と雪原が加えた。

 まずは、そこを目指す。
 柚月は先を急いだ。

 一方義孝は、柚月の足音が遠のき、聞こえなくなっても、しばらく起き上がれないでいた。
 柚月の一撃が、相当効いた。

 眼前に広がる空は高く、白く、光が混ざってきている。
 一つ深呼吸すると、何とか起き上がった。
 が、やはり、痛む。
 あばらをやられているらしい。

「思いっきりやりすぎだろ」

 義孝は柚月の一刀が入ったところをさすりながら、苦笑いした。
 だが、気分はいい。
 もうひと踏ん張り体に力を込め、立ち上がった。

 まだ、やることがある。
 義孝のまなざしに、ぐっと力がこもった。

 山頂に向かって一歩踏み出すと、微かに、うめき声が聞こえた。
 斜面を少し下ったところで、わずかに何かが動いている。
 柚月が切った男だ。
 義孝が近づくと、意識を取り戻していた。

「…死に、たくない…」

 男が目に涙を溜め、微かな声で懸命に訴える。

「わかった、わかった」

 義孝は流すようにそう言うと、男の横に膝をついた。
 義孝自身、動くとあばらがうずく。
 それをこらえて、男の傷を診てやった。

 正直、傷口がはっきり見えるほどまだ明るくはない。
 だが、そう深くはなさそうだ。
 いや、おそらく浅い。
 血が止まっている。

「大丈夫だ。これで死ぬなら、よっぽど運が悪い」

 義孝がそう言うと、男は安堵の笑みをもらした。

「悪ぃけど、俺、行かないと」

 男は頷いた。

「すみません」

 そう言って指をさす。
 その先に、男が背負ってきた車輪が転がっている。

「あれは…。もう、いいんだ」

 義孝はそう言うと、山頂を目指して歩き出した。
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