一よさく華 -幕開け-

いつしろ十蘿

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第五章 亂 -らん-

八.親友

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 日之出峰ひのでみね、山頂付近。
 椿と剛夕ごうゆうは、人の気配に身を隠していた。

 確認できるだけで、十人程度。
 待機しているというよりは、何か作業をしている。

 だが、まだあたりは薄暗く、詳細を確認することができない。
 しばらく警戒したが、城を目指してくる様子でもない。

 椿は剛夕を背に隠し、男たちと距離を取りながら、じわりじわりと山頂を目指し始めた。
 幸い、男たちが気づく様子はない。
 息を殺しながら、登り、頂きを越えようとした時だった。

「おーい」

 男の声に、椿はビクリとして身をかがめた。
 聞き覚えのある声。

 瀬尾義孝せおよしたかだ。

 椿は、茂みを楯に伺い見た。
 義孝は手を振りながら、斜面を登ってくる。

「義孝。遅かったな」
「さっきの銃声、お前か? 心配したぞ。どうした」

 男たちが、次々声をかける。

「ああ、鹿が飛び出してきて。ビビったやつが、撃っちまったんだよ」

 義孝は軽く流すように答えた。
 が、その刹那。
 意を決したように鋭い眼光を放ち、それを隠すように、ヘラっと笑うと両手を振った。

「これは中止だ」
「は?」

 男たちはそう漏らしたきり、一様にきょとんとした。
 時が止まったようだ。
 皆、義孝が何を言ったのか、飲み込めない。
 だが、次の瞬間。

「どういうことだ⁉」
「義孝!」

 男たちは、一斉に義孝に詰め寄った。
 ただ驚いた、というより、その声には怒りが混ざっている。

「まあまあ。苦労したところ悪ぃけどよ。計画変更だってよ」

 義孝が苦笑いしながらなだめるが、男たちは納得しない。
 義孝を取り囲むようにますます詰め寄っていく。

 椿は茂みの中から、目を凝らした。
 その肩越しに、剛夕もうかがい見ている。

 男たちの傍には、何か塊がある。
 台に乗せられた、筒のような物。
 あれは――。

「…大砲」

 剛夕は思わず声を漏らすと、狼狽が体に現れて足を滑らせ、ガサリ、と、不審な音がたった。

「誰だ⁉」

 一瞬にして、張り詰めた空気。
 男たちの視線は皆、椿と剛夕が隠れる茂みに向いている。

 椿は震える剛夕を背に庇いながら、動けない。
 緊張のためだけではない。
 あろうことか、義孝と目があっている。

 ――これまでか。

 椿は静かに鯉口を切った。
 息を殺し、鋭い視線で義孝を捉えたまま、飛び出す瞬間を見定める。

 義孝もまた、そんな椿をじっと見ている。
 そのはずだ。
 だが。

「うさぎじゃね?」

 義孝はさらりと目をそらした。

「…そうか?」
「ここに来る途中にも見たぜ?」

 そう言われ、男たちは疑いながらもその注意は徐々に義孝に向いていく。
 椿は一瞬驚いたが、すぐに義孝の意を解した。

 半信半疑ではある。
 が、逃がしてくれようとしているのか。
 椿と同時に、剛夕の存在にも気づいたはずだ。
 それなのに。

 椿は問いかけるように義孝の横顔を見つめたが、義孝はかたくなに振り向かない。
 それが答えだと確信した。

 椿は剛夕とともに身をかがめ、茂みに隠れながら、じりじり歩を進めた。
 距離を保ちながら、男たちの横を通り抜けていく。

 張り詰めた緊張感。
 息が詰まる。
 椿も剛夕も、微かな音も立てないよう、全神経を集中させた。

 もうすぐ、男たちの視界から外れる。
 椿がそう思った時だった。

「何者だ!」

 勘のいい一人が、茂みの剛夕に気づいた。
 椿は飛び出した。
 抜刀している。

 咄嗟に一人が椿に向かって銃を向け、その腕を、義孝が切り落とした。
 一同動揺した。

 が、次の瞬間。
 一斉に抜刀し、斬りあいになった。

「義孝! どういうつもりだ⁉」

 当然の疑問だ。
 だが、義孝は答えない。
 とにかく斬った。
 仲間を。

 だが、もう退けはしない。
 迷いもない。

 半数ほど斬ったところで、椿は茂みに駆け込み、剛夕の手を引いた。
 斜面を駆け下りる。
 速く、速く。
 力の限り、速く。
 義孝も応戦しながら後に続いた。

 しばらく下ったところで、剛夕の足がもつれ、止まった。
 息も随分上がっている。
 これ以上進むのは難しい。
 椿は剛夕を連れ、茂みに隠れた。

 剛夕を背に庇いながら様子をうかがい見ているところに、義孝が追い付いてきた。
 が、義孝は何も言わず、聞かず、二人を背に隠すようにして椿の前にかがんだ。
 剛夕の様子から、進めないことは察しがついている。

「…瀬尾様」
「ん?」

 椿の声に、義孝は振り向かずに返事だけした。
 口調はこの青年らしい軽い感じだか、目は鋭く、下ってきた斜面を睨んでいる。

開世隊かいせいたいは、横洲よこすで大砲を解体して、部品の状態で七輪山しちりんさんの中を運んだのですね。日之出峰で組み立て、そこから城に砲撃するつもりで」

 義孝はハハッと口元だけで笑った。

「お嬢さん、さすが。頭いいね」

 口調は軽い。
 だが、やはり振り向かない。

 柚月が切った男が背負っていた車輪も、この大砲の一部だ。
 義孝はその計画の最前線、日之出峰での砲撃、そして、そこからの進軍を任されていた。
 そこに割かれた兵の数も、当然、知っている。
 さっきの男たちだけではない。
 まだ、合流していない者がいる。

 義孝はちらりと剛夕を見た。
 肩で息をし、疲労の色が濃い。
 恐怖が、余計に体力を奪っているのだろう。
 剛夕を連れていては、逃げ切ることは難しい。
 義孝は刀の柄尻つかじりを額に押しあて、何事かを考えた。

「お嬢さん。名前だけ、教えてもらっていい?」
「え?」

 こんな時になんなのだ。
 椿は一瞬そう思ったが、義孝は額から柄尻を離し、どこか遠くを見ている。
 肩越しにちらりと見えたその目は、あまりにも真剣だ。

「椿です」
「椿…」

 義孝は、満足げに口元に笑みを浮かべた。
 懐かしいような目をしている。

「そういえば、そうだったね」

 初めて団子屋の前で会った時、確かにそう呼ばれていた。
 あの時の柚月の顔。
 椿が去った後も、椿が消えた雑踏をずっと見つめていた。

「あいつ、いい女見つけたなあ」

 義孝は、誰に言うともなくそう漏らすと、ふっと笑った。

「ねえ、椿ちゃん」

 振り向いた義孝の顔は、何か、覚悟を決めている。

「新しい国を生きてね。一華と」

 俺の代わりに。

 そう、目が言っていた。

 義孝は茂みから飛び出し、斜面を駆け上がった。
 同時に、椿は剛夕を連れ、斜面を駆け下りる。
 もみ合う音が、背中に聞こえ始めても、振り返らず、ただひたすらに山の出口を目指した。

 だんだん、木の隙間から見える景色が近づいてくる。
 立ち並ぶ邸が大きくなった頃、陸軍の旗が見えた。
 十二番隊だ。
 隊員も気づいた。

「…椿殿? 隊長、椿殿です!」

 隊員が声をあげた、ちょうどその時。
 山に銃声が響いた。

 一発。
 続けざまに四発。

 隊列が一斉に身をかがめる。
 同時に二人飛び出し、椿と剛夕に駆け寄ると、保護した。

 椿も思わず、安堵の息が漏れる。
 が、すぐに銃声があった方を見上げた。

 最初の一発は義孝の足を捉え、崩れたところに四発が放たれた。
 義孝は膝から崩れ落ち、斜面に従って仰向けに倒れて大の字になった。

 腹の底から、何かがせりあがって来る。
 吐き出すと、生温かく、赤かった。

 視界が、かすんでいく。
 その中で、木の隙間から七輪山が見えた。
 山の端に光の線が走り、どんどん空が、世界が、光に包まれていく。

「あったかいな…」

 真っ白な光に包まれながら、義孝は静かに目を閉じた。
 その手には、武士に憧れ続けた義孝らしく、しっかりと、刀が握られたまま。
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