一よさく華 -幕開け-

いつしろ十蘿

文字の大きさ
27 / 51
第三章 手繰り寄せた因果

六.似た背のふたり

しおりを挟む
 老人の家は、集落の端の小高いところにあった。

「ありがとう、お嬢さん」

 縁側に座らされた老人は、椿が手当てを終えると、柚月に対するのとは別人のように、丁寧に礼を言った。

 柚月はというと、庭の端ですっかり背中を向けてしまっている。
 顔は見えなくても、むくれているのが分かる。

 道中、二人はますますムキになり、ずっと子供のケンカのように言い合っていた。
 椿は、柚月があんなに声を荒げている姿を、初めて見た。

 だが、おぶった状態でよくそんなに揉められるものだ、とおかしくなり、二人の後ろについて歩きながら、こっそり笑ってしまった。

 ふてくされた柚月は、老人を縁側に下ろすなり頬を膨らませ、「クソ爺」と吐き捨てるように独り言った。

 だが途中で見捨てなかったばかりか、家に着くと、自分は下手だからと言って、椿に老人の手当てを頼み、そして今も、その手当てが終わるのをじっと待っている。
 さすがに退屈したのか、庭に入ってきた猫と遊び始めた。

 ――そういう人なのだな。

 椿は柚月の背中を見ながら、自然と笑みが漏れた。

「柚月さん」

 縁側から椿が声をかけると、振り向いた柚月は、椿の笑みを見て手当が終わったのだと分かったのだろう。
 縁側にやってくると老人の隣に腰かけた。

「大丈夫なのかよ」

 ややぶっきらぼうな口調だが、少しは気持ちが落ち着いたらしい。
 柚月の声には、優しさが戻っている。

「大したことない」

 老人の方も、不愛想だが先ほどよりかは幾分落ち着いている。
 その足にはしっかりと包帯が巻かれ、しばらく歩くのに不自由しそうだ。

 柚月は部屋の中を見渡した。
 一人住まいなのか、殺風景で、必要最低限な物しかないようだ。
 そんな中、片隅にひっそりと、刀が一振り立てかけてあるのが目に留まった。

「じいさん、武士なの?」
「ああ? あんなもん、錆びついて抜けもせんよ」

 老人は柚月の視線の先をちらりと見ると、ぼんやりとした口調でそう言って、さっさと視線を庭に戻してしまった。

「へえ。なんか、立派そうなのに、もったいないな」

 隠すように壁に立てかけられているその刀は、鞘に紋があしらわれ、このあばら家には不釣り合いな、高貴な雰囲気を放っている。
 刀に詳しくない柚月にも、特別な一振りだということが分かる。

「刀で成せる事など、たかが知れている。」

 老人の声には、失望のような響きが混ざっている。
 大切なものを失くした。
 そんな響きだ。

「じいさん、家族、いないの?」
「おらん」

 老人の突き放したような言い方の中には、寂しさ混ざっている。
 柚月にも、いたんだな、と分かった。

「へえ、じゃあ、俺と一緒だな」

 柚月は足をプラプラ揺らしながら、庭を見つめた。
 その顔は、老人を慰めるように微笑んでいる。

「お前、親兄弟はおらんのか」
「いない。皆死んだ」
「じいさん、ばあさんもか」

 そう聞かれて、柚月はふと考えた。そんなことを聞かれるのは、初めてかもしれない。

「そういえば、じいさんとかばあさんのことは知らないな。物心ついた時には、親父と二人だったから」
「親父殿と?」
「そう。母親は早くに死んじゃってたから。あ、そうそう、おれの親父も、権時けんじっていうんだよ」
「権時…」

 老人は、噛みしめるようにつぶやいた。

「さっきじいさんも、『ケンジ』って呼ばれてただろ?」
「あ? ああ、あれはケンジじゃない。『ケン爺』じゃ」
「けんじい?」

 柚月は一瞬意味が分からず聞き返したが、すぐに「ああ」と理解した。 

「ケンジジイね」
「誰がジジイじゃ」

 柚月はいたずら坊主のように笑っている。
 その横顔を、ケン爺はじっと見つめた。

「若造、お前の名前は」

 ケン爺の声に、何かを確かめるような重みが混ざった。
 が、柚月はそれに気づいていない。
 笑いが収まらないまま無邪気に振り向いた。

「ああ、俺?」

 夕日が、柚月の明るい笑顔を照らしている。

「一華。柚月一華ゆづきいちげ
「一華…」

 そうつぶやくと、ケン爺は遠くを見るような目で庭を見た。

「一つ世に咲く、大輪の華か」

 柚月は「え」と驚き、目を見開いた。

「なんで、知ってんの?」

 いつか、父親が言っていた。
 一つこの世に大きく咲く華になれ。
 一華と言う名は、そう願って付けられたものだ。

「そんな変わった名前、そんなような意味だろう」
「は? なんだよ、それ」

 ケン爺は小ばかにしたように微笑み、柚月もまた、笑っている。
 日が暮れていく。
 赤く染まる空に浮かぶ夕日が、縁側に座る二人を橙に照らす。
 その並んだ背は、どことなく似ている。

「その刀は、どうした」

 ケン爺に目で差され、柚月は刀を見せるように少し持ち上げた。

「これ? 親父の形見だよ」

 よく、使い込まれている。
 ケン爺は、柚月の瞳の奥を見るようにじっと見つめ、ふと、悲しげに視線を落とした。

「え、何?」
「いや…」

 そう言ったきり、黙った。
 日が沈む山に、カラスが帰っていく。
 その声が、遠くにぎやかに聞こえてくる。

「西が、騒がしそうだな」

 ケン爺が独り言のようにつぶやいた。
 西には、はぎがある。

「この国を、いい国にしたいだけなんだけどな」

 柚月もポツリと漏らす。

「いい国?」

 ケン爺が振り向くと、柚月と目があった。

「そう、弱い人が安心して暮らせる国」

 柚月の口元は笑んでいるが、その目には、まっすぐに揺るがない強い光が宿っている。

 ――心星しんぼしだな。

 ケン爺は少しうれしそうにふっと笑うと、また庭に視線を戻した。

「そろそろ、陸軍総裁殿のところに帰らんでいいのか。もう、謁見えっけんも終わっとるだろ」
「え?」

 柚月が驚くと、ケン爺はニヤリと笑った。

「それくらい分かるわい。ここいらで刀をぶら下げとるのは、都から来たお武家さんとその家来くらいじゃ。旧都なんぞと言っとるが、実際は落ちぶれた貴族がいるくらいで、盗賊もよりつかんからの。それに…」

 ケン爺は振り返り、後ろに座っている椿の手を見た。

「移り住んできた若夫婦、というわけでもなさそうじゃ」

 椿は手の平を隠すように伏せた。
 その手には、刀を握る者にできるタコがある。

「日が暮れる前に帰れ」

 街の雰囲気からして、治安は良くはなさそうだ。
 確かに、暗くなる前に宿に戻った方がいい。
 柚月が椿を振り返り、「帰ろう」と目で合図をすると、椿もうなずいた。

「じゃあなー」

 庭の端まで来たところで、柚月は振り返り、縁側のケン爺に手を振った。
 その隣で、椿が静かに礼をしている。
 ケン爺は、ただじっと二人を見つめて応えた。

 そして、二人の姿が見えなくなるまでずっと、ただ静かに、ずっと見送った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

村長奇譚 ~夏祭りの惨劇と少女の亡霊~

水無月礼人
ミステリー
 子供達は独立し、長年連れ添った妻は病で死去した。  故郷の田舎町で余生を過ごそうと帰省した主人公(60代・男)は、住民の同調圧力で強引に自治会長(村長)に選ばれてしまう。  嫌々ながらも最大のイベント・夏祭りの準備を始める主人公であるが、彼は様々な怪奇に遭遇することになる。  不運な村長とお気楽青年のバディが事件を華麗に解決!……するかも。 ※表紙イラストはフリー素材を組み合わせて作りました。  【アルファポリス】でも公開しています。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...