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1.憑依
しおりを挟む「……俺、詰んでるわ。」
俺が憑依した、悪役令息のカイン。コイツははっきり言ってクズだ。自分のやらかした後始末から逃げ出す為に俺を召喚してわざと憑依させたのだから。
「だいたい、なんで俺なんだよ。」
俺はこのゲームの作家じゃ無い、ただの動画編集者だ。出来上がった映像をつなぎ合わせて編集するだけ、一制作者に過ぎない。ブラックな職場ではあったが、過労死するほどじゃなかった。死んで、カインに転生したんじゃ無い。
「……俺は、無理やり呼び出されたんだ。」
仄暗い地下の床には召喚の魔法陣が魔獣の血によって描かれ、俺の心臓部には複雑怪奇な紋様が浮かび上がっている。鏡に映る男、赤い髪に鋭い目つき、怪しげな刺青は、ゲーム通り。
「完全に、悪役令息のカインだ。」
今までのコイツの記憶から俺の現状を確認する。このタトゥーの様な胸の紋様が、俺の魂をこの世界へ留めていて、カインは向こうの世界で俺の体を乗っとった。
「……はぁ。」
平凡なサラリーマンの身体に憑依して、一体どういうするつもりなんだ。カインは全てから逃げ出し、全く違う世界で別人になりたかったのか。
「俺だって、死にたく無い。」
この体で俺がカインの記憶を引き継いでいるのが、せめてもの救いだ。現状を理解出来なくて、記憶のないまま憑依させられていたら、なんの対策も取れない。意味もわからず、断罪まで一直線。
「俺は元の体に、戻れるのか?」
なんとなくだが、もう戻れないのだろう。カインは、魔法を解除させない為に胸の術式にワザといくつかの欠陥を作り、相反する魔法を複雑に絡み合わせている。浮かび上がる魔法陣を無理やり解除すればたぶん死ぬ。
「クズの癖に、無駄に優秀かよ。」
コイツは、魔法の腕はピカイチだった。俺の頭の中にその知識が残っているからわかる。でも、この力を世の為、人の為となるような事に一切使わなかった。悪質な魔法ばかり生み出して来た。例えば、魂を入れ替えるような魔法もその一つ。もっと他の事に頭を使えば、こんな事態に陥らずに済んだだろうに。
「コイツの父親が酷いから、こんな方法しか思いつかなかったのか?」
俺は重いため息をつきながら、心の中にわだかまる苦い思いを噛み締めた。憑依した当初は状況が掴めずに戸惑ったが、今では理解している。これは、カインだけの責任でもない。この元凶が、父親の悪意と野心に塗り固められたものであることを理解した。
この国の治安が悪いのも、貴族が皆、何かに怯えるようにカインに従うのも……すべてはあの父親のせいだ。奴隷売買に違法な薬物、裏で人を動かし、他人の苦しみを金に変えることに何の良心の呵責も感じていない。それがカインの父親なのだ。
この身に染みついた周囲の冷たい視線や、家に集まる暗い噂は、すべてカインの父親が蒔いた種のせいだ。いっそ、この家門が滅んでしまえば、どれほど楽かとすら思える。だが、その運命に巻き込まれ、罪を被るのが憑依させられただけの自分であることだけは、断じて受け入れられない。
王も父を捕らえようと必死になっている。奴は狡猾にその手をかわしていた……。多くの貴族の弱みを握り、あらゆる手段で自分を守るための布石を打ち続けていた。だから、王は第三王子を……カインの“婚約者”として送り込んできたのだ。
婚約者として選ばれたのは家門のためではなく、王子が自分や父の動きを監視し、決定的な証拠を掴むためだった。そうとも知らず、カインは王子に夢中だった。王子を何度もこの屋敷に招き入れていたから、王家はこの家の悪事の証拠も既に掴んでいる事だろう。
カインの今までの酷い立ち回りのせいで、情状酌量の余地もなしだ。平民を虐め、友人を脅していた。周りの奴らも薄々勘付いている。それを知ってもなお、カインを救うために尽力する者など一人もいないことが、今の自分の危うい立場を如実に物語っている。
……俺はこの運命に呑まれて死ぬつもりなんかない。どうして、罪を被る必要がある? 誰が望もうと、俺は生きて、この家を抜け出す。
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