12 / 85
第1章 サファイア姫の失踪
11: 身体改造と山椒魚
しおりを挟む
俺の知り合いに眩伏鱒夫という身体改造マニアがいる。
もちろん俺が、そっちの道に填ってる訳じゃない。
俺にはそんな根性はない。
俺が自分で自分の身体を弄れるのは、爪と髭程度だ。
しかも髪の毛は理髪店にご厄介になっている。
眩伏鱒夫とはオカルト繋がりだった。
眩伏が埋没しているモダン・プリミティブは、オカルトと親和性が高いのだ。
身体改造については説明が難しいが、『自らの意志で自らの体をデザインする』『自らの体を使って自らを表現する』行為といえば、判って貰いやすいだろうか。
そうそう、タトゥーやピアスに、どんどん填っていく傾向がある人間なら、その先にある、さらに難易度の高い行為として「身体改造」が、燦然と輝いている筈だ。
身体改造の代表的な行為を挙げていくと、体を装飾する目的のために、皮膚下への異素材を埋め込むインプラント、皮膚を切り刻み、その跡で模様を描くカッティング、小説の題材にもなったようだが、舌の先端をふたつに裂くスプリット・タンなんかが有名だ。
眩伏鱒夫は、これらのフルコースだった。
漂白したリザードマン。
昼間に会うと、なんだか特殊メイクを落とさない俳優と喋ってるような気になる。
俺はこのリザードマンに、アドニスのママ・コーちゃん経由で手に入れた田崎修の写真と、DVDから抽出した煙猿の写真を見せた。
手ぶらではなんだから、手土産に鎌倉紅谷のクルミッ子を持参した。
本人は言いたがらないが、眩伏鱒夫は鎌倉の旧家の出身で、クルミッ子が大好きなのだ。
俺もクルミッ子は好きだ。
大人の男が食べる甘いモノで、「やめられない・やめられない」現象が起こるのは、これくらいのものだと思う。
でも俺はクルミッ子を一個一個大切に食べる。
情けないが、俺にとって、この小振りな四角いキャラメルの形をした食べ物はお高いのだ。
そのクルミッ子を眩伏鱒夫はいとも簡単に食べる。
コイツの住み家は、昔銭湯だったのを買い取って改造したやつだが、眩伏はその費用をポンと出している。
浴室の感じが気に入ったって事で、そういう訳の判らない改造をしている。
だが勿論、出資したのは眩伏の実家だろう。
羨ましい話だった。
「、、シリコンインプラントだけか、、こいつ、へたれだな。」
高い天井の下、男湯の中でカサカサとした声が響いた。
小さいプールみたいな浴槽のど真ん中にちゃぶ台が置いてあって、俺とトカゲ男が向かい合って座っている。
眩伏はそう言ったあと、何を思いついたか、奇妙な表情を浮かべた。
「どうした?何かあるのか」
「ん。。今気がついたが、これコスパ悪いな。」
「コスパ?」
「見栄えは、おでこの蚯蚓腫れみたいな輪っかだけだが、これだと顔面の皮膚を一旦剥いで埋め込む事になる。さっきはへたれと言ったが、、、そうじゃないのかも。同じ痛い目をするなら、もっと派手にやる。ベーグル・ヘッドとかな。それにコイツ、ハンサムじゃん。現実的な言い方だけど、今のこの国で、こいつにこれやる意味、どこにあんのかね?」
自分の身体をここまで改造してる奴の口から「現実的」なんて言葉が飛び出てくるのは吃驚だが、それはどうでもいい。
「それはどうでもいいんだ。こいつについて、何か解ることないのか?例えば手術した場所とか?」
端から、眩伏に煙猿を知ってるなんて反応は宛にしていなかったが、ここまでの空振りになるとは思わなかった。
俺は最初、煙猿の額に埋め込まれた輪っかが、奴を辿る為の決定的な手がかりになると思いこんでいたのだ。
「うーん。こんな感じで手術するとこあったかな?でも個人でやったにしては、仕上がりが見事すぎだしな。」
考え込むリザードマンを間近で見るのは不思議な感じだ。
普通「眉をしかめて考え込む」というが、眩伏にはその眉自体がない。
眉があった場所には、鱗のびっしり生えた隆起があるだけだ。
「それとさ、これ、サードアイとか、そんなつもりでやったんじゃない?俺達とは種類が違う感じだな。」
しかしサードアイに話を持って行くところが、さすがにオカルト繋がりだった。
「サードアイって、第六チャクラの事言ってるのか?」
「そうそう、邪気眼。」
外見上ではわからないが、人間はみな脳内に、使われる事のなかった目の名残を持っているという。
それは脳の「松果体」と呼ばれる部分で、この「目」は、実際に使っている二つの目と構造がよく似ていて網膜組織もっており、光に敏感なのだそうだ。
でも俺は、世間じゃオカルト探偵と呼ばれているが、本気でこの手の話を信じてる訳じゃない。
ただ、世の中には「科学的」に説明出来ない事象が山ほどあって、俺はそれに柔軟に対応できるってだけの話だ。
煙猿も、こんな手術で、サードアイが手に入れられるなんて思う単純明快なサイコパスじゃないだろう。
奴の動機は、俺達には理解できないような屈折を持っている人間の思考として、理解した方がいいだろう。
眩伏が、もう興味を失ったという感じで写真を俺に突き返す。
くそ、そんなのなら、クルミッ子をやるんじゃなかったと俺は思った。
クルミッ子はそれなりの値段がするのだ。
「それよかさぁ、あんたが紹介してくれた山椒魚って小説面白かったよ。軽いヤクやりながら読んだのが、良かったのかな?」
俺はちょっと、どうやって対応していいか思い浮かばず、手近にあったケロリンの風呂桶を手に取って、いかにも今、それに気付いて、興味をそそられたという感じで少し時間を稼いだ。
「・・・うーん、良かったじゃん。でもあんた、今のあんたじゃなかったら、もっとまともに読めたと思うよ。あの内容のちゃんと深いところまで読めた筈だ。」
俺が眩伏に紹介と言うか、話の成り行きで口にした「山椒魚」という短編小説は、昭和初期のもので、今時の人間が読んで面白いような作品じゃない。
その内容は、成長しすぎて自分の棲家である岩屋から出られなくなってしまった山椒魚の話なんだが、後で同じような境遇に陥る蛙が登場して、山椒魚がその蛙を虐めてみたりとか、深読みすると、それなにり「存在の意味」とか色々考えさせる話ではある。
もっと言えば辛気い話で、こんなのはオカルト仲間でも読まない。
まあ、それを有り難がって読むのは、根がひねくれ者の俺だからだ。
それをこの眩伏は読み、俺達とは全然違った解釈をする。
まあある意味、眩伏も又、新人類、いや異世界の人間なのだ。
「今、なんて言った?もっとまとも、だって?」
眩伏がイラッとした表情を見せて俺を見た。
こいつは妙な部分でカンが鋭い。
「いや、何でもない。とにかく今日はありがとう。煙猿の件でなにか情報があったら、連絡くれよな。」
眩伏との別れ際、ひょっとして大きく成りすぎて穴から出られなくなったのは、あの山椒魚じゃなくて、俺なんじゃないかという思いが俺の頭をかすめた。
もちろん俺が、そっちの道に填ってる訳じゃない。
俺にはそんな根性はない。
俺が自分で自分の身体を弄れるのは、爪と髭程度だ。
しかも髪の毛は理髪店にご厄介になっている。
眩伏鱒夫とはオカルト繋がりだった。
眩伏が埋没しているモダン・プリミティブは、オカルトと親和性が高いのだ。
身体改造については説明が難しいが、『自らの意志で自らの体をデザインする』『自らの体を使って自らを表現する』行為といえば、判って貰いやすいだろうか。
そうそう、タトゥーやピアスに、どんどん填っていく傾向がある人間なら、その先にある、さらに難易度の高い行為として「身体改造」が、燦然と輝いている筈だ。
身体改造の代表的な行為を挙げていくと、体を装飾する目的のために、皮膚下への異素材を埋め込むインプラント、皮膚を切り刻み、その跡で模様を描くカッティング、小説の題材にもなったようだが、舌の先端をふたつに裂くスプリット・タンなんかが有名だ。
眩伏鱒夫は、これらのフルコースだった。
漂白したリザードマン。
昼間に会うと、なんだか特殊メイクを落とさない俳優と喋ってるような気になる。
俺はこのリザードマンに、アドニスのママ・コーちゃん経由で手に入れた田崎修の写真と、DVDから抽出した煙猿の写真を見せた。
手ぶらではなんだから、手土産に鎌倉紅谷のクルミッ子を持参した。
本人は言いたがらないが、眩伏鱒夫は鎌倉の旧家の出身で、クルミッ子が大好きなのだ。
俺もクルミッ子は好きだ。
大人の男が食べる甘いモノで、「やめられない・やめられない」現象が起こるのは、これくらいのものだと思う。
でも俺はクルミッ子を一個一個大切に食べる。
情けないが、俺にとって、この小振りな四角いキャラメルの形をした食べ物はお高いのだ。
そのクルミッ子を眩伏鱒夫はいとも簡単に食べる。
コイツの住み家は、昔銭湯だったのを買い取って改造したやつだが、眩伏はその費用をポンと出している。
浴室の感じが気に入ったって事で、そういう訳の判らない改造をしている。
だが勿論、出資したのは眩伏の実家だろう。
羨ましい話だった。
「、、シリコンインプラントだけか、、こいつ、へたれだな。」
高い天井の下、男湯の中でカサカサとした声が響いた。
小さいプールみたいな浴槽のど真ん中にちゃぶ台が置いてあって、俺とトカゲ男が向かい合って座っている。
眩伏はそう言ったあと、何を思いついたか、奇妙な表情を浮かべた。
「どうした?何かあるのか」
「ん。。今気がついたが、これコスパ悪いな。」
「コスパ?」
「見栄えは、おでこの蚯蚓腫れみたいな輪っかだけだが、これだと顔面の皮膚を一旦剥いで埋め込む事になる。さっきはへたれと言ったが、、、そうじゃないのかも。同じ痛い目をするなら、もっと派手にやる。ベーグル・ヘッドとかな。それにコイツ、ハンサムじゃん。現実的な言い方だけど、今のこの国で、こいつにこれやる意味、どこにあんのかね?」
自分の身体をここまで改造してる奴の口から「現実的」なんて言葉が飛び出てくるのは吃驚だが、それはどうでもいい。
「それはどうでもいいんだ。こいつについて、何か解ることないのか?例えば手術した場所とか?」
端から、眩伏に煙猿を知ってるなんて反応は宛にしていなかったが、ここまでの空振りになるとは思わなかった。
俺は最初、煙猿の額に埋め込まれた輪っかが、奴を辿る為の決定的な手がかりになると思いこんでいたのだ。
「うーん。こんな感じで手術するとこあったかな?でも個人でやったにしては、仕上がりが見事すぎだしな。」
考え込むリザードマンを間近で見るのは不思議な感じだ。
普通「眉をしかめて考え込む」というが、眩伏にはその眉自体がない。
眉があった場所には、鱗のびっしり生えた隆起があるだけだ。
「それとさ、これ、サードアイとか、そんなつもりでやったんじゃない?俺達とは種類が違う感じだな。」
しかしサードアイに話を持って行くところが、さすがにオカルト繋がりだった。
「サードアイって、第六チャクラの事言ってるのか?」
「そうそう、邪気眼。」
外見上ではわからないが、人間はみな脳内に、使われる事のなかった目の名残を持っているという。
それは脳の「松果体」と呼ばれる部分で、この「目」は、実際に使っている二つの目と構造がよく似ていて網膜組織もっており、光に敏感なのだそうだ。
でも俺は、世間じゃオカルト探偵と呼ばれているが、本気でこの手の話を信じてる訳じゃない。
ただ、世の中には「科学的」に説明出来ない事象が山ほどあって、俺はそれに柔軟に対応できるってだけの話だ。
煙猿も、こんな手術で、サードアイが手に入れられるなんて思う単純明快なサイコパスじゃないだろう。
奴の動機は、俺達には理解できないような屈折を持っている人間の思考として、理解した方がいいだろう。
眩伏が、もう興味を失ったという感じで写真を俺に突き返す。
くそ、そんなのなら、クルミッ子をやるんじゃなかったと俺は思った。
クルミッ子はそれなりの値段がするのだ。
「それよかさぁ、あんたが紹介してくれた山椒魚って小説面白かったよ。軽いヤクやりながら読んだのが、良かったのかな?」
俺はちょっと、どうやって対応していいか思い浮かばず、手近にあったケロリンの風呂桶を手に取って、いかにも今、それに気付いて、興味をそそられたという感じで少し時間を稼いだ。
「・・・うーん、良かったじゃん。でもあんた、今のあんたじゃなかったら、もっとまともに読めたと思うよ。あの内容のちゃんと深いところまで読めた筈だ。」
俺が眩伏に紹介と言うか、話の成り行きで口にした「山椒魚」という短編小説は、昭和初期のもので、今時の人間が読んで面白いような作品じゃない。
その内容は、成長しすぎて自分の棲家である岩屋から出られなくなってしまった山椒魚の話なんだが、後で同じような境遇に陥る蛙が登場して、山椒魚がその蛙を虐めてみたりとか、深読みすると、それなにり「存在の意味」とか色々考えさせる話ではある。
もっと言えば辛気い話で、こんなのはオカルト仲間でも読まない。
まあ、それを有り難がって読むのは、根がひねくれ者の俺だからだ。
それをこの眩伏は読み、俺達とは全然違った解釈をする。
まあある意味、眩伏も又、新人類、いや異世界の人間なのだ。
「今、なんて言った?もっとまとも、だって?」
眩伏がイラッとした表情を見せて俺を見た。
こいつは妙な部分でカンが鋭い。
「いや、何でもない。とにかく今日はありがとう。煙猿の件でなにか情報があったら、連絡くれよな。」
眩伏との別れ際、ひょっとして大きく成りすぎて穴から出られなくなったのは、あの山椒魚じゃなくて、俺なんじゃないかという思いが俺の頭をかすめた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
(完結)姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……
泉花ゆき
恋愛
蘭珠(ランジュ)が名門である凌家の嫡男、涼珩(リャンハン)に嫁いで一年ほど経ったころ。
一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を屋敷へ連れてくる。
やがてその女が「子が出来た」と告げると、姑も夫も大喜び。
蘭珠の実家が商いで傾いたことを口実に、彼女には離縁が言い渡される。
……けれど、蘭珠は知っていた。
夫の涼珩が、「男女が同じ寝台で眠るだけで子ができる」と本気で信じているほど無知だということを。
どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。
嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。
※ゆるゆる設定です
※以前上げていた作の設定、展開を改稿しています
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる