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第一章 遺産
03: 狙われる真言
しおりを挟む夕食を取るには、遅すぎる夜の11時前という時間だったが、保海真言はアーチャーの店に立ち寄った。
アーチャーの店はトマリオル市の中でも、かなり物騒な危険区域の中にある。
空腹もあったが、彼の意識の中には実家に帰りたくないという気持ちが働いていた。
特に母親の忍の顔を見たくなかったのだ。
忍は夫の死を目前にしても取り乱さない女だったが、真言はそれが表面的なものに過ぎない事を知っていた。
ただ流囲の人間に気を使って耐えてるのだ。
そして忍の性格から考えて、息子の慰めさえ拒否するだろう。
かと言ってその心の内の悲しみは癒えることはない。
そして真言は真言で、父親である保海源次郎に複雑な思いを持っていたのだ。
オートバイを、アーチャーの店の前に止めたとき、周囲の空気が変わった。
真言を遠巻きに取り囲むようにして、数台の武装装甲オートバイが出現していた。
タイヤが異常に太くて、車体もくまなく分厚い装甲に覆われているから、何かの巨獣が四つん這いで地面に伏せているようにも見える。
彼らは、自らの存在を隠そうともしない。
いやむしろ、その武装過剰気味のあり様を、周囲に誇示しているようだった。
銀色に輝くバトルアーマースーツを装備した銀甲虫達。
流騎冥が、彼らを引き連れて来たのか?
考えにくいことだった。
流の性格から考えて、保海の口封じの為に他人に助成を請うことは絶対にあり得ない筈だし、保海自身が銀甲虫達のターゲットになるような事をしでかした記憶もなかった。
たかが若造一人を、銀甲虫チームが締め上げる様な事があれば、それこそ彼らの威信が地に落ちるというものだ。
保海真言はそこまで考えて、彼らを無視することに決めた。
ところが、アーチャーの店の客達はそうは判断しなかったようだ。
保海が店内に足を踏み込んだ途端、店の中の雰囲気が水を打ったように静まり返った。
「今度は何をしでかした。」
カウンターの奥ので店主であるアーチャーが固い声を出した。
「冗談じゃない。僕が奴らを引き寄せるような大人物に見えるのか?それより熱いコーヒーとクラブサンドを頼む。」
アーチャーは垂れた頬をふるわせて何かを言おうとしたが思いとどまったようだ。
こんなヤバイ地域で深夜営業を営む男なのだ。
それなりの度胸と見識はある。
この店の客達はそれに惹かれてやってくるのだ。
「ソウシキとやらはやるのか?」
アーチャーがコーヒーを差しだしながらいつもの口調で真言に尋ねた。
「お袋と叔父貴は、碌でもない故国の伝統に則ってソウシキをやりたかったようだが、当の本人が俺が死んだら海に散骨しろと言ってたらしい。仏さんは恥ずかしがり屋だったんだろうよ。」
真言は『恥ずかしがり屋』と冗談めかして言ってから苦笑した。
何処の世界に、その身体が空から降ってくる恥ずかしがり屋がいるのだろうか?
一週間ほど前、名もない漁村に、得体の知れない生き物と海水が空から降り落ちてくるという怪異現象が起こった。
その降り落ちてきたものの中に、真言の父親は虫の息で混じっていたのだ。
本来なら今年の重大ニュースの一つに数えられる珍事であった筈だ。
しかしその事実は、彼の知らぬ強大な権力によって厳重に封鎖されてしまっている。
真言がこの事実を知る事が出来たのも、保海源次郎の身柄が保海家に引き渡されたのも、件の漁港を縄張りに含む地元の暴力団が、保海組との繋がりが深かったせいだ。
「今のご時世だ。それが正解さ。どんな大事な人間が死んだって、事務的には半日でけりがついちまう。その方がいい、その分、諦めにかかる時間が前倒し出来るってもんだ、、。法的な手続きはもう済んでいるんだろう?」
アーチャーの口調には慰めの色があった。
「信じられないけど、親父は僕に遺産を残したようだ。その手続きが明日で完了する。それで全て終わりだ。」
「いよいよ、決めるんだな、あの話?」
保海組の跡継ぎの話だ。
「結論は別にして、そういう事になるな。僕はどうでもいいが、お袋は約束を守る女だ。」
「保海組を継ぐのを、なぜ嫌がる?あんたなら、みんなも嫌がらないぜ。若いが実力があるのをみんな知っている。古い人間は経済やくざという言葉を知っているが、あんたにはそういう匂いがする。頭の切れだけじゃない、焦げ臭い匂いだ。今のヤクザには、もうそういう匂いはない。やくざなんて名前だけだ。あるのは、自分らのやってる事とはなんの関係もない、ご大層な儀式の真似事だけだ。」
「、、僕はヤクザが嫌いだ。それに器じゃない。親父を見ろよ。みんなから組長の器量はある、ただ頭が良すぎて、それに収まらない、それじゃ仕方がないって言われて、許されたんだぜ。で代わりに叔父貴が仮の組長を引き受けた。、、、そんなの在りかよ。」
保海真言は、彼に対してここ最近繰り返されて来た何度目かの質問に対する答えを口にした。
『親父が組長をふけたんなら、俺もそうする』、、子供じみていたが要はそういう事だった。
その時、彼らの背後で凄まじい爆発音と光の洪水が生まれ、アーチャーの店の通りに面した窓ガラスが全て内側に向けて吹き飛んだ。
保海真言は自分の背中に細かな傷みを感じたが掠り傷程度だろうと判断した。
窓際に席を取っていた客達は、散々な目にあったに違いない。
保海真言は、カウンターの奥にかがみ込んだアーチャーの怪我が、大したものではない事を確認すると、通りに向かって飛び出して行った。
通りの中央では、元は車らしきものが炎上していた。
どうやらこの車が爆発したらしい。
銀甲虫達の布陣は変わっていない。
炎の照り返しを受けて、彼らの体表の金属色は赤く燃え上がっている。
なおも突き進もうとする保海真言は、足の裏で何か柔らかいものを踏みつけて下を見つめた。
それはちぎれた人間の手だった。
皮膚の表面が奇妙にテカテカとした光沢を持っていた。
「ビニィか、、、。どういう事だ?」
ビニィは遺伝子工学が生み出した人間もどきの別称だ。
今の段階ではビニィ達は外見上は人間そっくりだが、その知能程度はチンパンジーにも及ばない。
彼らの行動は全て外部からのプログラムによって支配される。
(ローズ。奴に警告してやったらどうだ。この調子だと、保海真言の行く先々で死体が大勢転がる事になるぞ。)
アーチャーの店の前に突入してきたビニィの車を、炸裂弾一発で仕留めた銀甲虫・グリズリーが、その言葉を通信でリーダーのローズに送った。
(アイスマンのあのグダグダした指令書を読んでなかったのか?俺達はあの坊やを警護するが、いかなる理由があろうとも坊やの行動の自由を妨げてはならんのだ。警告を与えれば、坊やは己の行動を自重するかも知れないが、それは俺達がやる事じゃない。俺達は引き続き、あの坊やの後を金魚の糞の様に追跡し、外敵から保護する。ただそれだけだ。)
ローズは自嘲気味に、しかし、鋼の様な意志を込めてグリズリーに言い渡した。
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