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第一章 遺産
04: ジャッジメント・システム
しおりを挟む時計の針は夜の12時を回り、既に明日になっていた。
Ωウェブ・ソラリス第二監視官、イマヌェル見崎は、会議室の中央に座っている背の低い、だが強靱な体格の持ち主の初老の男を見つめていた。
初老の男は、泊居(トマリオル)市警の刑事部長というふれこみだったが、イマヌェルの目から見れば、ただの議論好きの粘液質な性格異常者にしか見えなかった。
もしそうでなければ、どこかの鄙びた漁港で、寂しく漁夫をやっているのがお似合いのような男に見えた。
その男の浅黒い鞣革の様な肌が、そんな印象を与えるのだ。
彼のお陰で、この会議という名前の事情聴取は、昼食を挟んで延々と14時間続いている事になる。
会議には、ソラリスの第一レベルから第八レベルまでの有力な実務担当、及びテクノラートが召集されている。
その間、Ωウェブ・ソラリスの活性度は低レベルに置かれているはずだから、これは国家的な損失と言えた。
ソラリスは、人間に娯楽だけを提供しているのではないのだ。
しかしこの初老の男は、その事を一向に解していないようだ。
彼の側には一人の若い男が座っていたが、この会議が、岩崎のその場の思いつきのようなソラリスメンバーの強制呼び出しという形で始まり、尋問まがいの事が始まっていたから、途中で参加したイマヌェルには未だに彼の名前も所属も判らなかった。
おそらく岩崎の部下に当たる刑事なのだろが、彼はそういった場面があっても、名乗りさえしなかった。
名乗る必要もないだろうという態度だった。
部下からして無礼千万の姿勢だったが、もちろん、彼らはそれを意識的にやっていた。
「もうこれで、貴方は十分、ソラリスについて理解された。そのレベルは恐らく一般人としては最高クラスになるはずだ。第一級の機密レベルの情報まで開示したのだ。この辺りで、我々を解放してはもらえんだろうか?ここにいるのは、ソラリスを運用するための重要人物ばかりだ。その彼らがここに拘留されているという事が、どう言った意味を持つのか、貴方にはもう十分ご理解願えているはずだ。」
カーマベルが苦虫を噛みつぶした様な表情で、ソラリス側の意見を代表して言った。
カーマベルは今日召集されたメンバーの中では、経営サイドに最も近い人間であり、今回の会議のまとめ役ともいえた。
いや実際には会議ではないのだから、カーマベルは思わぬ刑事の訪問を受けた反社会的組織のリーダーといったところなのか。
「ソラリスのお偉方には、こういった状況も含めて許可は頂いています。それに拘留とは、適切な表現ではありませんな。これは単なる事情聴取です。おっと失礼、あなた方の二度手間を省くための全体聴取会です。本来なら警察に出向いて頂くところだが、あなた方の状況を配慮して、こういう形式にしてあるのです。だから、会議中、何人がメンテナンスと称してこの席を抜けられるのを、私は別段咎めはしなかった。しかし忘れては困りますよ。ソラリスシステムに繋がれていた重要人物が殺害された。これはその事情聴取なんだ。事の次第によれば、ソラリス自体の存続が危うくなるのです。我が国のジャッジメントシステムは、ある時点で融通が利かなくなる。いや逆ですな。融通の利きすぎる人間を制御するために作られたのが、ジャッジメントシステムだ。そういうのは、良くご存じでしょう?」
岩崎は、そう言って自分の白髪が入り混じり始めた五分刈りの頭髪をのんびりと撫で上げた。
その口からは今にも欠伸が出そうだったが、もちろんそれは彼の演技にしか過ぎない。
彼の言った内容は、自分はジャッジメントシステムの人間側の代理人だという意思表明だった。
「岩崎刑事部長。我々は協力を惜しんでいる訳ではない。長すぎると言いたいだけだ。それに言ってはなんだが、私の目から見れば、貴方はこの任務に当たるにはCUVR・W3について素人過ぎる。市警に人物がいなければ、それも仕方がなかろうが、そうではないだろう?第一、この分野でのトラブルでは市警ではなく、もっと上の国家安全機構が動くはずだ。」
第一レベルの調整官のトウラ・カーマインが、辛辣な言葉を述べた。
事情聴取という名の会議は既に終わっていて、話の内容はソラリス側の具体的な捜査協力をどうするかという事に変わりつつあった。
岩崎が、信じられないような要求をしているのである。
岩崎自身がCUVR・W3の第一レベルに潜って、捜査活動をすると言うのだ。
警察がそれをやるために、正規の手順を辿ったなら、数ヶ月、いや実施にさえ至らない可能性があったが、岩崎はジャッジメントシステムが選んだ人間だった。
岩崎刑事部長が扱っている殺人事件は、トウラの管轄である第一レベルで起こっている。
彼にはそう言った苛立ちもあったのかも知れない。
第二監視官のイマヌェル見崎は、岩崎刑事へのトウラの当てこすりに、普段はそりの合わない男だったが内心拍手を送った。
ソラリスシステムが起動してから、過去において刑事事件がらみのトラブルが全くなかったわけではない。
言い方を変えれば、死人こそ出なかったが、それに近い事はいくらでもあったのだ。
しかし、今回の様な対応は何処からも起こらなかった。
ソラリスシステム自体が、超法規的な存在としてこの社会に位置づけられてきたからだ。
それが今、毎日殺害現場で血の臭いを嗅いでいる様な、叩き上げの男が送り込まれて来ているのだ。
しかも何故か、ジャッジメントシステムを笠に着た物言いをしている。
「この会議が長くなる原因は、あなた方が指摘するように私が不適切である事も確かにあるかも知れませんね。その点は認めざるを得ない。私自身、その事を上司に表明しているのだから。しかし、原因はもう一つある。」
岩崎はそこで一旦、話を切って周囲を睨み付けた。
「それはあなた方の思い上がりだ。その思い上がりは、ソラリスという器を介して精神世界を扱い、しかもこの国の運営に密接に関係しているコンピュータシステムに密着している内に形成されたものだ。それが今日の会議で得た私の一つの結論でもある。あなた方がどう考えようが、私にとってあなた方は一つの殺人事件の重要参考人にしか過ぎない。その視点でものを喋ってもらわないと、空回りするだけだ。私が思うに、この手の事件に関して全くの門外漢であるこの私が任命されたのは、門外漢、その事自体が重要なのだという気がする。ちなみに、私という人間を直接選んだのは、ジャッジメントシステムなのですよ。」
その一言に、会議室に居並ぶ人間達に衝撃が走った。
ジャッジメントシステムと言っても、通常、コンピュータの統治補助システムが、人事や事前調整に直接関与する事はない。
この事件は既に、相当高いレベルでのジャッジメントシステム案件になっているのだ。
「あなた方が、頼みの綱にしている国の内調機関が今回に限り手を引いている。あなた方にしてみれば、信じられないヒエラルキーの逆転現象でしょうね。しかし今回の捜査実施は、ジャッジメントシステム適用という事だけではなく、我々が想像も出来ないようなこの国の上層部の意志が働いているのですよ。私は、間違って、ここにいるのではない。」
岩崎が更に押し込んでくる。
カーマベルの顔が歪んだ。
彼は岩崎刑事部長が臭わした背後の事情を、大まかにソラリスのトップから聞かされているのだろう。
ジャッジメントシステムと言えど、前段階では、全ての事件がそのステージに上げられる訳ではない。
そこに事案が手渡される前には、ある階層の人間の判断が入るのだ。
そして現在では、ジャッジメントシステムは、人の手を離れた動きまで見せようとしている。
「判りました。しかしもうこれ以上、この会議を続けるのは無理が多すぎる。会議中に貴方が提案されたいくつかを承諾しましょう。実際に、第一レベルに貴方が参加できるように取りはからう事。その時には、貴方の為にエキスパートをこちら側で用意する事。主にこの二つでしたね。それは一週間後に。」
カーマベルが自分の苦渋を吐き出すように言った。
「駄目ですな。一週間後では遅すぎる。明日、おっと、もう今日ですな。いや、あなた方の顔色を見ているともう今日は無理のようだ。、、明後日の早い時刻にお願いしたい。」
岩崎は軽い口調で答えたが,そこには断固たる意志が見えた。
「無茶を言うな!あんたみたいなド素人をCUVR・W3に参加させる事が出来るもんか!第一、プラグの手術で早くとも一週間はかかるんだぞ!」
トウラ・カーマインがヒステリックに吠えた。
「CUVR・W3にプラグなしで潜れる人がいる事を聞いている。たしかイマヌェル見崎さん。貴方がそうでしたな?」
岩崎の目が会議中終始沈黙を保ってきたイマヌェルに注がれた。
「貴方にも、それが出来るとでも?」
イマヌェル見崎は低い声で岩崎に聞き返した。
「何事もやって見なくてはわからない。でしょう?無理なら無理で違う方法を探せば済むことだ。」
イマヌェルがわき上がってくる怒りの為に口を開こうとしたとき、カーマベルがそれを塞いだ。
「判りました。協力します。これで今日の拘留、いや会議は終わりにしてくれますね。」
「事情聴取ですよ。カーマベルさん。お間違いにならないように。」
岩崎刑事部長は、感情を交えずにそう言い残して席を立った。
・・・・・・・・・
「部長、粘りましたね。第一、彼女の事を一言も口に出さなかった。彼女の名を出せば、もっと押しが利いたのに。」
会議中、沈黙を守り岩崎の側にいて記録を取り続けていた男が、帰りの車の中で初めて口を開いた。
彼の部下である若手のマーシュ刑事である。
新任の域を脱し、いよいよこれから刑事として脂が乗ってこようとする時期に差し掛かっていた。
体型は陸上競技選手の典型だったが、岩崎と似た雰囲気を持った男だった。
「イスミンは、今や立派な外交官だ。あんな場面で引き合いに出すべき女性ではない。それに私は、ああゆう青白い顔をした奴らを見ると無性にファイトが湧いて来るんだよ。ところで、連中、何度かソラリスシステムのコアを、違う呼び名で喋った事があったな。お前、覚えているか?」
「ええ、HOKAIシステムですよ。それがなにか?」
「いや。なんでもない。ちょっと引っかかる部分があってな。お前、そのHOKAIを別ルートで調べておいてくれ。」
岩崎はそう言った後、深くシートに身体を沈め動かなくなった。
マーシュはそれが岩崎の仮眠ではなく、思索の現れである事を知っていた。
そして彼は同僚からアイアンマンと呼ばれるこの男が、明後日のCUVR・W3への潜入を果たすことを信じて疑わなかった。
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