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第一章 遺産
17: 侵入者との遭遇
しおりを挟む岩崎達が、出現したのは巨大な氷柱が密生する氷の世界だった。
「寒くありませんか?」
「いや私には想像力がないのかな?暑くも寒くもない。それにこの格好だ。」
岩崎の服装はトーガから、普段のくたびれたスーツに、申し訳程度のグレーのボックスコートだった。
「いいえそれは貴方が原因ではなく、この世界のマスターのせいですよ。彼。いやもしかしたら彼女は、そういった気温の疑似体験を必要としないのかも知れない。その代わり、ほらご覧なさい。」
あまりに高すぎて頂上の見えない氷柱の表面から、何か細長いものがわき出てきて、天空に向かって立ち昇ってゆくのが見える。
目を凝らしてみるとそれらは緑色をした小さな蛇だった。
時間が経つに連れて、その数は増えてゆき、その様子は、まるで下から上へ雨が吹き上げていくように見えた。
「氷と天に昇る蛇か、変わった心象風景だな。フロイト流に分析をするとどうなるのかな?」
「そういった考え方は意味がありません。この疑似空間の半分はビッグマザーが支援した結果なのですから。あいまいな夢の様なものでも、ビッグマザーは素材に現実のものを与える。ここにあるものは記号であって記号ではないのです。」
「そうでしたな。記号の世界では、仮にも殺人事件が起こりようもない。」
岩崎は苦笑いをした。
そして氷柱の世界に向けて大声で叫んだ。
「おおい!誰か聞いておられるか!私はトマリオル市警察の岩崎といいます。この世界にいたアッシュ・コーナンウェイ・ガタナ氏の殺人事件について調査をしております。貴方も容疑者の一人なのですぞ!返事をください!」
「岩崎警部!」
イマヌェルがそれを咎めた。
「いいんだ。こうでもしないと埒があかない。」
先ほどまで天に向かって立ち上り続けた蛇達が、一斉にその頭を岩崎に向けた。
見る間にその頭部は金属の鋭いドリル状のものに変化し、凄まじい回転を上げる。
「それにしてもマンガちっくなメタモルフォーゼですな。それでは私の方は、映画に出てくる刑事を見習って(拳銃)と行きますか?」
岩崎はコートの懐の中に右手を差し込むと、拳銃を抜き出した。
「どこのどなたか存じませんが、よくお聞きなさい。今の私はプラグを装着している。この世界ではイメージの強靱さがものをいう。私は現役の刑事ですぞ!その意味がおわかりかな?」
その途端に氷柱達が震えた。
続いて氷の世界中が咆哮した。
「止めて下さい岩崎警部!」
イマヌェルが岩崎の肩を掴んだ。
すると二人の姿は一瞬の内に消えた。
彼らは、氷の世界のマスターの逆鱗に触れて弾き飛ばされ再び転移したのである。
「暑い!」
今度の世界の外気は、非常に乾燥しておりその上に高温だった。
岩崎は、服装をコート姿をTシャツとジーパンに替えた。
岩崎の年齢に反して筋肉の盛り上がりをみせる肩からはホルスターが吊られてある。
「今度のマスターは、現実主義者という事かな?しっかり風景に似合った気温がある。」
岩崎は、先ほどの岩崎の行為に怒りが収まらず憮然として横を向いたままのイマヌェルに話しかけた。
イマヌェルの方も、岩崎とよく似た服装をしていた。
「貴方は本当に無茶な人だ。これからもあんな方法でやっていくなら、私はもうつき合えない。第一。あれじゃ捕まえられる者も捕まえられない。」
イマヌェルは岩崎が氷の世界で取った行動を非難しているのだ。
しかし岩崎はそれに取り合わず惚けたように言った。
少なくともあの氷の世界のマスターはアッシュ殺しの犯人ではない。
あの過剰反応には興味があったが、犯人なら自分がそうである事を認めるような反応はしないはずだ。
残された時間は少ないのだ。
出来るだけ手早く、容疑者のリストを消去して行かなければならない。
それにはまず、この世界を素早く転移していく必要がある。
「ほほう。あれはなんだね。ネパールにある寺院とアテスカのものを混ぜ合わせた感じだな。てっぺんにある、サードアイがペイントしてある壁の前を見てごらん。あれは人間の干し首だ。こんな遠くからでも見える。老眼はCUVR・W3では有利に働くんだね。」
岩崎は彼らの目の前に広がる、波のように連なった寺院建築の内の一つを指さして言った。
イマヌェルはその言葉につられ、寺院建築の頂上辺りを見つめた。
そして彼は、何か黒い影の様なものが動くのを認めた。
「今、動いたものが見えましたか?人影のように見えたが。」
「いいや。カラカラに乾いた干し首しか見えないよ。干し首の髪が熱風に煽られたんだろう。」
「いや私の見間違いではない。第一、CUVR・W3の中では全てが真実で意味があるんだ。だとすると、プラグ装着者の貴方に見えなくて、私に見えるものと言ったら。、、、誰かがここに入り込んでいるんだ!それもあんな見え方をする、、、別経路からの侵入者だ!」
イマヌェルは自分の発見に驚きを覚えていた。
・・・・・・・・・
「カーマイン調整官!第一レベルの様子が変です!」
「あそこはいつだっておかしいさ。」
カーマインは仏頂面のまま副調整官に答える。
彼の目は、大きなテーブルの上に描き出された第一レベルの立体概念図をぼんやりと眺めていた。
彼が今の職務に身が入らなくなり、早く経営サイドに転身したいと思い始めてもう1年になる。
カーマインは自分ではそれなりの業績と手腕を発揮したつもりだが、ここに至って、マスターの内の一人の死亡事故だ。
転身どころか、今の地位さえ危ういのかも知れない。
そんな不安が今のカーマインの全てだった。
「そうじゃありません!こちらで識別できない何者かが、第一レベルに潜り込んでいるんです。緊急事態です。上に報告します。」
カーマインの目が覚めた。
(報告だと!)今、そんな事をされては、ソラリスを放逐されかねない。
「待て!もっと調べるんだ。今日は、1日でプラグを付けたという刑事が第一レベルにいるんだ。彼が調整を失敗しているなら、その侵入者が刑事の存在エコーだっていう可能性もある。」
「しかしこの事は服務規程の最優先事項じゃないですか。」
「空山君。君にとってはそうだろうが、ここの現場の最高責任者はこの私だ。直前の判断は私がする。いいな。コントロールをこちらに回せ。私が調べてみる。」
カーマインは副調整官である空山を強制的に従わせ、第一レベルの全ての情報を一括把握するコントロールの割り込み権を得た。
そして彼は最初に、自分が今まで見ていた立体概念図に侵入者の位置を光点として表示させた。
第一レベルのDブロックにはイマヌェル見崎と岩崎警部がいる。
侵入者も同じDブロックにおり、しかも彼らの距離は殆ど開いていなかった。
「侵入者の経路が分析出来ました。信じられませんが、侵入者は第四レベルからアクセスして、第一レベルまで上り詰めてきたようです。」
「第四レベルにはどうやって入った。あそこにもファイアウォールがあるはずだ。」
「私には判りませんよ。第四は大衆アミューズメントなんだ。利用者は数十万のオーダーになる。」
・・・・数十万のオーダーだと!そんな事はお前に言われなくても判っている!
カーマインは自分が空山を怒鳴りつけそうになるのを堪えた。
目の前の立体概念図の侵入者の光点が点滅し始めたからだ。
それは彼にとっていい兆候と言えた。
点滅は侵入者の第一レベルでの存在が薄くなりかけている事を現しているのだ。
もしかすると事なきを得るかも知れない。
そしてそれは、イマヌェルと岩崎の帰還と共に起こった。
なんと侵入者を含めて3人とも第一レベルからの反応が同時に消え去ったのだ。
カーマインはすぐさま席を立った。
「どこに行かれるんです。」
「決まっているだろう。イマヌェルのダイビングルームだ。」
カーマインはドアを閉める前に空山に厳しく言い渡した。
「いいか、さっきの事は私が許可を与えるまで誰にも言うな。私は2ヶ月前に犯したお前のへまを知っているんだぞ!」
空山の顔は醜く歪んだ。
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