アンプラグド 接続されざる者

Ann Noraaile

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第一章 遺産 

16: ボシュロム美術館のCUVR・W3

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 岩崎は、足下の地面の固さに驚いていた。
 確かに前回、イマヌェルを伴ってこの世界にやって来た時も、その現実感に驚いたものだが、プラグ装着後のこの感覚に比べられるものではないと思った。
 むしろその現実感は、日常生活のそれよりも濃すぎた程だ。

「驚きましたね。一日でプラグ装着ですか?」
 イマヌェルが、やや皮肉を込めた口調で岩崎に言った。
 彼らは今、トーガ風の衣装を纏ってアッシュの城の中にいる。
 出現場所は前回と違って、物見の牢獄の中だった。
 岩崎の恣意がそれを決定したのだろう。

「君はプラグ装着者を憎んでいるのかね。」
 岩崎は刑事の視線で部屋中を観察しながら、ついでにと言った風情でイマヌェルに聞いた。
「私は初めこのCUVR・W3の世界に惚れ込んでいた。しかし今では、プラグどころか、この世界自身を疎ましく感じています。はっきりいって今のCUVR・W3は、ビッグマザーが人間にやるサンプリングの為の付属品に過ぎない。」
 イマヌェルは吐き出すように言った。

「私は、コンピュータによる人間支配など、神経のやせ細った持ち主の妄想に過ぎないと思っているのだが。」
「そうですかね。たとえば高速道路のビーム誘導を考えてごらんなさい。あれがたとえ一瞬でも途絶えたら、一大事になる。我々はコンピュータに依存しすぎなんですよ。このCUVR・W3の第一レベルはそれをもっと深い部分で拡大する事になる。」
「アッシュ氏は、その考えに賛成だったのかね?」
「まって下さい。私がアッシュ氏がCUVR・W3に接続していたのを貴方から初めて聞いたんですよ。そんな事を知るわけがない。」
 イマヌェルは驚きと怒りが入り交じったような反応を示した。

「そうでしたな。さあ急ぎましょうか?今日のCUVR・W3はにぎやかな筈だ。」
「あなた方が又、ソラリスに圧力をかけて、この接続にCUVR・W3を制限なしで使ったのは知っています。たしかにその方が捜査はやりやすいと思います。各マスターの世界への侵入が自由に出来る分、見落としがでませんからね。しかし岩崎警部、それはプラグ装着をした貴方にとって裏目にでるかも知れませんよ。この世界で貴方はもう幽霊のような存在ではあり得ないのだから。」
 岩崎はそれには取り合わず、不敵な面構えをして、牢獄の鉄の扉をあけ、イマヌェルに付いてくるように促した。
 幽閉の城の下に広がる町は寂れ果てていた。
 人間どころか、猫一匹いない。

「アバクワの街と呼ばれています。」
「良く知っているね。名の由来は?」
「判りません。ここの住人達がそう呼んでいただけの話です。」
「ここはアッシュのエリアだったね。でしょう?そして貴方は何度かここを訪れている。この前の街では、イマヌェルさん、貴方が自分のイメージでアクアギリシャと言ったが、ここでは住人達が名付けたと言った。ここの住人とね。」
 岩崎は、人気の途絶えた城下町の大通りの中央に立って、灰色の石造りの町並みを見つめた。
 岩崎は相手に軽い探りを入れた後に、それを直ぐにはぐらかす。
 彼特有の、容疑者に探りを入れる時に用いる話術だった。
 案の定、イマヌェルはムキになって話を続けた。

「先ほどから、貴方は、私を容疑者の内の一人として考えておられるようだ。この際だから正直に言って置きましょう。私の管轄である第二レベルからでも、やり方によればここにやってこれるのです。CUVR・W3の階層は、物理的なものではありませんからね。私の様な監視管の使用するギアは、それだけのスペックを持っている。だが誓って言うが、ここにこれたからと言ってマスターの判別や推定が出来る訳ではない。それにプラグなしの私はここでは幽霊の様なものだ。」
 岩崎はイマヌェルがまだそれ以上の何かを隠しているのを見抜いていたが、あえてそれ以上の追求はしなかった。
 相手によりけりだ。
 この人物はやがて私に全てを打ち明けるだろう。
 岩崎はそんな確信を持っていた。

「心配せずに。私は貴方を疑っているわけではない。ただ根ほり葉ほり掘り起こし、あらゆる事を確認しないと気が済まないのは、私が古いタイプの刑事だからです。さあ連れていってくれますか?出来るだけ遠く、そして出来るだけ沢山を調べて回りたい。私はプラグを得たが、まだこの世界では初心者にしか過ぎない。貴方の協力が必要なのですよ。」
 岩崎が皺のあるしかし肉厚の手をイマヌェルに差し出した。

    ・・・・・・・・・

 真言の目は、キリストの磔刑をグロテスクなまでに克明に描いた絵画に、釘付けになっていた。
 勿論、廃館に追い込まれる様な私設美術館に展示してあるものだ。
 本物ではない。
 しかし、その絵には原画を模写した人間の情念のようなものが宿っていた。

「原画は、グリューネワイトよ。私は余り好きじゃないけれど、、。」
 背後から突然、声をかけられて、真言は少しうろたえた。
 『闇の左手』の使い手らしくない醜態と言えた。
 それほど、真言はその絵に魅せられていたのだ。

「叔父貴がcuvrの為に準備している施設はどこなんです。余り時間を無駄に使いたくない。」
 真言は狼狽を押し隠すように、ハートランドに尋ねた。
「ボシュロム美術館、ここがそうよ。六ヶ月後にはCUVR・W3の一大アミューズメントとしてオープンする予定。旨く行けばね。」
「でもここは、、。」
「保海源三郎が、ボシュロムから全ての権利を譲り受けた。その手法は、余り誉められたものではないと思うけど、、。でも、宗教画専門の美術館をそのままcuvr施設に転用するなんて、源三郎もなかなかのアイデアマンだわ。とてもヤクザとは思えない。」
 採光の為のステンドグラスの赤や紫の光の曼陀羅をその顔に写して、ハートランドは苦く笑った。

「さあ行きましょう。設備は地下にあるの、CUVR・W3カタコンベと言った所かしら、スタッフ達は特別休暇という形で全て返してある。でもそんな特殊な事を出来るのは今日一日だけよ。いくら私がこのNEOHOKAIシステムの女帝でもね。それ以上は源三郎をごまかせないもの。」
「でもそれじゃ。」

「心配しないで、今日、君がHOKAIシステムと旨くシンクロしたら、あと何日かは、今日みたいな大がかりな事をしなくても、君はシステムを利用することが出来るわ。全ては今日次第という事よ。NEOHOKAIシステムはソラリスと違って、プラグなしでも、深いバーチャル空間が得られるの。それが売りなのよ。その替わり、シンクロするまでが大変なの。ましてビッグマザーを誤魔化してやるんだから。さあいらっしゃい。」
 真言とハートランドは回廊式の展示空間を抜け、地下に通じる幅の広い階段を下っていった。
 岩の壁には蝋燭が照明用に等間隔にとりつけられており、二人の影を長く落としていく。
 数分は歩いただろうか。
 突如として階段はとぎれ二人を地下の巨大な円形空間に導いた。
 空間の中央には更に白銀に輝く大ドームがあった。

「正面にあるのがCUVR・W3にダイブする設備よ。あのドームの中に、個室が三十二あるわ。パイを切る見たいに、中心から区切ってあるから、利用者は、お互いに顔を合わせないで済むのよ。もっともこのドームに来るまでをどうするかはまだ思案中なんだけど、、、源三郎は、この美術館の雰囲気を余り壊したくないみたいだから。ラブホテルみたいな構造にはできないしね。」
 ハートランドがドームの壁に自分の掌を押し当てると、冷ややかな表面がスルリと左右に分かれた。

「ここからは一人で行きなさい。私はコントロールルームで一仕事。大丈夫、モニターとスピーカーが中にあるから、私の指示に従えばいいわ。じゃ。頑張って。」
 ハートランドはそう言い残すと、形のいいヒップを左右に振りながらその場を去った。
 真言がその部屋に足を踏み込んだ途端、ドアが自動的に閉まった。
 中の光源は蝋燭ではなく通常のものだった。
 しかし、部屋の中央におかれたCUVR・W3チェアは異様な姿をしていた。
 そう、それをあえて表現するなら、西洋の巨大な黒く塗られた金属甲冑が脱ぎ捨てられた後の塊と言って良いのか。
 あるいは、肥満して身動きが取れず蹲ってしまった黒い強大なロボットとも見えた。

「服を脱いで、壁際にあるコンタクトスーツを着なさい。体中に電極をべたべたやるのは流行じゃないの。その代わり下着も取るのよ。」
 ハートランドの華やいだ声が部屋の天井あたりから聞こえた。
 真言が薄い金属膜で出来ている様なスーツを着込むと、CUVR・W3チェアがその腹を開いた。
「中に入って。カバーが直ぐにしまるわ。照明は中にはないから驚かないでね。その後、ヘッドセットが自動的に君の頭部を包み込む仕掛けよ。」
 どこかでハートランドは真言の動きをモニターしているのだろう。
 真言は素直に彼女の指示に従い、目の前の黒い巨人の腹の中に入り込んだ。



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