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第二章 漂流漂着
28: しばしの帰還
しおりを挟む「一体、君たちは何なんだ。無理矢理『潜らせろ』と言ったかと思えば、今度は今直ぐ引き上げろだ。第一、それは君の上司の命令なのかね?」
カーマインは、開発用CUVR・W3シートの前でマーシュ刑事と押し問答をしていた。
「あんたには関係がない。黙って言う通りにすればいいんだ。」
マーシュ刑事は、鉄の様な声で言った。
勿論、岩崎警部を第一レベルから引き上げるのは彼個人の判断でしかない。
しかしマーシュは、国立精神病理学センターで発見した事実を、どうしても緊急に岩崎警部に報告しておく必要があると考えていた。
岩崎らが、第一レベルで対峙している筈のブキャナン博士が『実際にはもう生存していないのだという事実』は、今後の彼らの行動を大きく左右するに違いない筈だからだ。
「黙っていう通りにしろとは、何という言いぐさだ。」
マーシュはそれに答える替わりに、小さなパンチをカーマインの顔の中央に見舞った。
カーマインは、鼻血を押さえながら床に蹲った。
「あんたの自尊心に付き合っている暇はない。訴えたければ、警部達を引き上げてからにしろ。それまでに俺はお前をボロボロにしてやるがな。早くしろ。さもないと今度は手加減をしない。」
カーマインは蹲った姿勢のまま、その手を副調整官の方に振って、『引き上げ』の合図を送った。
・・・・・・・・・
岩崎達が現実世界に戻ってくるのは、意外な程、あっけ無かった。
マーシュ刑事はカーマイン達を退室させた後、事の次第を、岩崎に報告した。
もちろん、ブキャナン博士との間の個人的な会話は抜きにしてだが、、。
第一レベルから戻ったばかりの岩崎の精神状態と顔色が平静を取り戻す頃、二人の会話は、岩崎からマーシュ刑事に対する確認に進行していた。
「それで、ブキャナンのダミーは、ビニィで間違いないんだな?」
「ええ。科捜が太鼓判を押しました。それにガタナ事件の起こる直前に国立精神病理学センターから一人の精神病患者の死亡報告が上がっています。名前や経歴こそ違うが、性別、年齢、体格はブキャナンのものと一致します。」
「しかし、だからと言ってブキャナンが死んでしまった事にはならないぞ。奴は何処かで悠々自適の電脳生活を送っているのかも知れん。」
「それならわざわざ手の込んだ状況をつくり、ブキャナンそっくりのダミーを創る意味がないじゃないですか?彼は唯の犯罪者にしか過ぎない。確かに、被害者達の肉親からは死刑の要求嘆願書がでていますし、不穏な動きもある。しかしそれらの脅威から、彼を隔離するために、あの様な大仕掛けをするとは考えにくい。」
「だが、ビッグマザーが、マスターもなしに、あんな悪意の塊のような疑似人格を形成するとは考えられん。」
岩崎は地下室の中の体験を思い出しながら身震いをした。
あの様に歪んだ発想は、機械のものではないという思いこみが岩崎を捉え続けていた。
「私はマーシュ刑事の言うことが正しいと思います。前に、マスター達以外のCUVR・W3の住人はビッグマザーが疑似人格を与えて、彼らの世界に登場させるのだと説明しましたね。あそこでの貴方とブキャナン博士のやりとりは、私の知っている他の疑似人格とのやりとりに類似している部分があった。なんというのか(悟りの怪)と話をしているような部分があったでしょう?」
イマヌェルが、ブキャナン疑似人格説を訴えるマーシュに助け船を出した。
「(悟りの怪)って、なんです?」
マーシュ刑事が怪訝な表情を浮かべる。
「私の故国に伝わる妖怪の名前だよ。その妖怪は相手の考えることが先もって判るんだ。」
岩崎がイマヌェルの代わりに苦悶の表情で答えた。
「自分は余計な事をしたのでしょうか?」
マーシュ刑事は、CUVR・W3から戻ってきた岩崎が終始不機嫌なのは、彼らのCUVR・W3内の捜査を中断させたからだと判断し始めていた。
「余計?余計どころか。助かったんだよ。あのまま、あそこにいたらこの私はどうなっていたか判らない。、、、何がアイアンマンだ。あの様じゃ、刑事も失格だな。」
マーシュ刑事は初めて自分の上司が弱音を吐くのを見た。
そこには年相応の疲れ切った男が、震えながら立っていたのだ。
「岩崎警部、気になさらないで下さい。あんな所に居れば誰でもそうなります。それに貴方は私と違って常に勇敢でした。」
イマヌェルが岩崎をいたわるように言った。
それにイマヌェルの判断でも、彼らがあのままあそこに居たら、全員が精神的な聖痕攻撃を受けて壊滅的なダメージを受けていた筈だと考えていた。
それにあのタイミングだったから、この世界に戻れたという気もしていた。
「・・・マーシュ。他に報告することは無いのか?」
岩崎はイマヌェルの慰めを振り切るようにいつもの口調でマーシュ刑事に聞いた。
「時間がありませんでしたから。取り合えず、この事だけを報告しておこうと思って、、、ガルモンド所長は、ブキャナンの一番穏健な人格を私に会見させると言っていました。もし、ガルモンド所長がブキャナンの疑似人格をまるごとそっくりビッグマザーに構築しているなら、他にも疑似人格がCUVR・W3内に存在することになります。これ以上CUVR・W3に潜るのは危険だと思います。奴はとても恐ろしい、、。恐ろしい罠を張ります。」
今度はマーシュ刑事の身体が震えた。
「マーシュ。君もやられたんだな?しかしよくやった。奴を相手にして、それだけの成果を持ち帰れたんだ。君は立派な刑事だよ。私もそれに見習う事にしよう。」
岩崎の背筋が伸びた。
「まさか、又、接続なさるんですか?」
イマヌェルとマーシュ刑事が同時に驚きの声を上げた。
「そうだ。今度はマーシュの情報がある。それに、有力な手がかりらしいものを見つけた。いや援軍なのか?あの勇ましいお嬢さんだよ。始めは気に掛からなかったんだが、今はずっと頭の片隅に彼女の事が引っかかっている。」
今の岩崎の心配は、その援軍、つまり保海真言と再び第一レベルで相まみえることができるのだろうかという事だった。
岩崎は、保海真言の前から突如としてマーシュ刑事によって現実世界に呼び戻されていたのだ。
真言にしてみれば彼らが突然消え去ったように感じられているだろう。
彼らの再会は難しいことかも知れなかった。
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