アンプラグド 接続されざる者

Ann Noraaile

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第二章 漂流漂着

30: 陰鬱王と屠場の博士

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 岩崎が恐れていた通り、アルビーノ・ブキャナン博士の世界らしきエリアには、忍ハートランドと名乗った女性は、その存在の痕跡を無くしていた。
 それだけではなく、更にエリア自体のリアリティも失われいた。

「前と全く同じ光景なのに、何かが違いますね。全てが死んでいる。このままこの世界を探索しますか?」
 あれほどこの世界に対して恐怖感を抱いていたイマヌェルが冷静な口調で岩崎に聞いた。
 彼の感覚では、一度見終わった恐怖映画のようなものなのだろう。

「ここは、もう意味はないだろうな。マーシュは国立精神病理学センターで当事者に聞き込みをやり、その後、警察のデータベースで検索も行っている。我々が相手をしている存在に知恵があるなら、もう防御策を施しているだろう。この前の様な挑戦的な態度には出るまい。ここは奴の庭みたいなものだ。やろうと思えばいくらでも誤魔化しが効く。それにあの女性がいない。ここに長居をしても同じ事だ。振り出しに戻そう。私はいつも捜査が行き詰まった時にはそうしている。何か見落としている事があるかも知れない。今度は私が主導してジャンプしてみる。よろしいかな?」
 イマヌェルが岩崎の提案に同意した合図に首を縦に振った途端、彼らはガタナの城の物見の塔の中にいた。

「ガタナ氏自身の世界で、彼が通り魔の様な犯罪に遭遇するとは考えにくい。それにガタナ氏は世界の構造を知っている。その中で命のやりとりがあったんだ。ガタナ氏はなんらかの手がかりを現実世界に対して残している可能性が大きい。」
 岩崎は牢獄の壁の岩肌をなぜながら言った。
「主がいないのに何故、この世界は残っている?」

「第一レベル以外の世界でも、マスターが退去した後、環境は暫くの間、更新されません。人間の想像力には類似性があるんです。作り出された環境を消去してしまうより、再構成し直す方が手っ取り早いのです。それにここは特別な世界ですからね。でもここでガタナ氏のダイイングメッセージが見つかるとは思えない。」
 イマヌェルは薄暗い室内を見渡しながら岩崎に答えた。
 岩崎は部屋の片隅の闇の濃くなった部分を睨み付けている。

「ん。どうかしましたか?」
「しっ。静かに。」
 岩崎はイマヌェルの口を封じた後、壁の一点を指さした。
 そこに鎌首をもたげた白い小さな蛇が岩の透き間から顔を覗かせている。

「見覚えがあるだろう?前に、あの氷の世界にいた蛇だ。」
「貴方があんな威し方をしたから様子を伺いに、、」
 イマヌェルが唸るように言ったとき蛇はその口から何か白いモノを吐き出した。
 岩崎はそれをつまみ上げる。

「メッセージだ。ついてこいとある。」
 岩崎はつまみ上げ広げた紙片をイマヌェルに渡すとその蛇によりいっそう近づいた。
「どうするつもりです。」
「乗車切符を買うのさ。ついてきたまえ。」
 岩崎が小さな蛇に手を翳した途端、彼の手に針に刺されたような痛みが走った。
 それが氷の世界への転移の合図だった。

 氷の女王は洞穴の中央の、氷で出来た王座に座り、岩崎らを見下ろしていた。
 その顔やコスチュームは、どこかの娯楽映画に登場して来そうなものだった。
 実際に、そういった所からエレメントを引っ張ってきているのだろう。
「私が誰かを詮索しないなら、お前達が探し求めている謎の一つを解いてやろう。」
 (氷のような冷たい声)の実物をまき散らしながら女王は言った。

「約束できます。少なくともここではね。貴方は氷の女王以外の何者でもない。で貴方は情報提供者なのですな?私は少し安堵している。この世界にも良識を持った人間がいるのだという事を知りましたからね。外の世界では道ばたで倒れている老人に誰も手を差し伸べようとはしない。」
 岩崎が面白そうに応える。
 ここが現実世界なら、今頃は岩崎の頭の中は相手の素性を探ろうとフル回転している筈だった。

「北の荒野の陰鬱王と、屠場の博士の確執を深く知る者は少ない。ここではお互いの王国の距離は有るようでないのと同じだからだ。だから無関心がとても重要になる。私とて、彼らの戦いを知ろうと思って知った訳ではないのだ。」
 陰鬱王とはガタナのことであり、屠場の博士はブキャナンを指すのだろうと岩崎は思った。
 ある意味で両者の本質を突く優れたネーミングだった。

「嘘だ。マスター同士の確執などあり得ない。CUVR・W3内で接続者同志の深いコミュニュケーションは成り立たない筈だ。」
 イマヌェルは隣の岩崎に囁きかけるように言った 。

「幽霊の彷徨い人よ。お前のいわんとする事は判る。だが陰鬱王は謀略の臭いを誰よりも早く嗅ぎ付けた。そして屠場の博士は歪んだバイブレーションを果てしなく放ち続ける人間だ。最近では屠場の博士の歪みから逃れられるマスターはいない程だ。多かれ少なかれ、それぞれが持つ世界は、彼によって変質させられている。」
「屠場の博士の存在は貴方の関心を惹いていた。そうですね?そこに陰鬱王が登場した。」

「陰鬱王は、何度か屠場の博士の世界に出向いて話し合いを持っていたようだ。」
「なぜ貴方がそんな事を知っている?」
 イマヌェルは苛立って言った。
 その苛立ちの中にはソラリス内で管理者たる彼らの知らないことが進行していた事への悔恨があった。

「陰鬱王はこの世界の王達の全てに、屠場の博士を封じ込める協力を求めていたから、、、。」
「そしてあなた方はそれを断り続けた。まるで現実世界の縮図だな。ガタナ氏はCUVR・W3の中でも、人間の寒さに震えていた訳だ。彼が何故、自らの王国で自らの住まいを牢獄にしたのか判るような気がするよ。」
 岩崎が暗い表情で話を被せた。

「で。屠場の博士は何をしようとしていたのです?」
 イマヌェルは強い調子で氷の女王に詰問した。

「判らないわ。博士の狙いの、本当の所は陰鬱王ですら理解出来ていなかったのではないかしら。でも陰鬱王はこう言っていた。屠場の博士は悪魔の降臨の場所を創ろうとしていると。ファウスト博士の例を引き合いに出さなくても、大昔から悪魔を呼び出す人間の狙いは、だいたい決まったものなのじゃないかしら?少なくともそれは大勢の人間の利益をもたらさないはずだわ。」

 岩崎はハッと息を飲んだ。
「イマヌェル君。私は錯覚していたようだ。ガタナ氏のダイイングメッセージとは、結果的に彼自身の死にあったんだ。彼があのような死を遂げなければ、我々はこの世界で起こっている変異さえも気づかなかったに違いない!」
「警部さん。残念だけれどそれは少し違うかも知れない。外の世界に、陰鬱王の死という形でメッセージを送ったのは、屠場の博士なのかも知れないわ。その内容はきっとこうなのよ。『用意は調った。』 私にはそれが誰に対するメッセージなのか理解できないけれども。」
 氷の女王は既に女王の口調を失っていた。
 そこには、この世界も、現実の暗黒面を防ぐ力はないのだと気づいた一人の民間人がいただけだった。

「これからどうするんです?」
 イマヌェルが岩崎に向き直って尋ねた。

「ビッグマザーの偽仮想人格に犯行を自供させるのは無理だろうな、、。、、しかし私には後数時間。この世界での調査が可能だ。あの娘に会いたい。そうすればもう少し霧が晴れるかも知れない。」
「、、つい先ほど私の世界に、異物が侵入したわ。それは屠殺の博士の世界に向かっていった。今なら間に合うかも知れなくてよ。」
 氷の女王は目を閉じながら言った。
 氷の世界の全ての表面がうっすらと溶け掛かっていた。
 これだけの情報を我々に与えたのだ、この世界のマスターは二度とソラリスに接続しないかも知れないと、イマヌエルは考え始めていた。

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