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第四章 ハートランドのゲーム

56: 長距離射程ライフルと重力制御ベルト

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 今回の対抗狙撃戦、流騎冥に全く勝算がないワケではなかった。
 いくら、軍隊で憧れだった狙撃手の目を覚ませる為だと言っても、まったく勝ち目のない勝負に出る程、流の人は良くない。

 最近手に入れた重力制御ベルトを、防御バリアとして応用する手があった。
 ベルトの基本的な動作は、重力を局所的に増加減退させる事にあったが、それが及ぶ範囲を、恣意的に数か所あるいは数方向に別ける事によって、様々な使い回しが可能になる。
 ベルトは、既にそこまで機能するレベルまで調整が仕上がっていた。

 普通に考えれば、世紀の大発明品を流騎冥は手に入れた訳だが、現在の人間の知力では、ベルトの原理も仕組みも解明することは出来ない。
 技術応用も不可能。当然、製品化など夢の又、夢。
 もうこうなれば、魔法使いが使う魔法のようなものだ。

 特異点テクノロジーシェルター内で純粋培養された天才児、メロディでさえ、グレーテルキューブと言う人間の知性を内に閉じこめた、スーパーコンピュータのレプリカがなければ、どうしようもなかった代物なのだ。
 だが、とにかく重力制御ベルトとやらは作動するのだ。

 重力の制御ベクトルを変えれば、流騎冥が待機するキャットウオークから、演台へ伸びる重力の遮蔽膜がつくれる。
 それで相手からの第一弾を逸らせば、相手の狙撃位置が分かる。
 あとはカサノバベックの配下が、向こうに配備されている分だけ、こちらが有利だった。
 問題は、ベルトがその場面で、そう都合よく流騎冥の思うように作動するかだった。



 流騎冥がベルト制御にある程度の手応えを感じ始めていた頃、カサノバベックが軍仕様の特殊狙撃用ライフルを携えて、スラムにある彼のアパートにやって来た。
 流騎冥は、退役時にライフルなどの一切の装備を返還していたから、ライフルの調達をカサノバベックに依頼していたのである。

「もっと最新のが手に入りそうだったから、そちらにしようかとも思ったが、あんたの指定だから古いのにした。それで良かったか?なんなら最新モデルを手に入れようか?伝手は付いている。」
「いやこれでいい。最新モデルが採用されたのは俺も知っているが、今からそれをコネクタに繋いでチューニングするには時間が掛かり過ぎる。」

「ふーん、そんなものかね?しかしそのライフル、馬鹿でかいな。あんたらの活躍はケーブルテレビでよく見てたが、ライフルはもっと小さい物かと思っていた。」

「ああ。中継映像は俺達の戦闘を格好良く見えるように編集してあるからな。多分、俺たちが元気溌剌でコレを軽々と扱ってる場面だけを切り取ってるんだろう。実際は酷いもんだ。しかしこのライフルは、これでもサイズと重量をぎりぎりまで絞ってあるんだぜ。まだ軽い方だ。でかいので昆爬を相手に、遠距離射程でじっくり狙ってたら、その間に首をもぎ取られてしまう。だから俺達はこいつを担いでギリギリまで、こっそり昆爬に近づくんだ。その為の軽量化がなされてある。もっとも近づいたら、近づいたで危険は増すわけだか。」
 カサノバベックが流騎冥の話を神妙に聞いているのが可笑しかった。

 このコロニーでは徴兵制が用いられて来なかった。
 他のコロニーと比較しても、ここウェスト・ウビコンは群を拔いた人口を有していたからだ。
 遙かな過去に行われた地球からの大量転移が、成功した数少ない例なのだ。
 軍は一般志願兵と職業軍人・軍属によって構成されている。
 そして一般志願兵は、食い詰めた人間達が、まっとうに生活する為の正当な職業選択枝の一つだった。
 勿論、それを選ばぬ貧困層の人間も多かった。

 何故と言って、兵士になった限りは、かなりの確率で死を覚悟しなければ行けないからだ。
 生き延びる為に兵士になっても、そこに死が待っているなら意味がない。
 それでも兵士になろうとする人間は、それ以上に今の暮らしが厳しいか、それなりの事情があるからだった。
 おそらくカサノバベックも兵士になっていても、おかしくない過去を持っていた筈だった。
 だがこの男は、生きのびる為に、兵士を選ばすマフィアになる道を選んだのだ。

「一つ、聞いていいか?」
「ああ、俺の尻の穴のサイズ以外ならな、」

 流騎冥は、早速、ライフルを分解し仔細な点検を始めている。
 その手の流れは、全く淀みがなく機械のようだった。
 もし部品に何らかの欠損があれば本番での命取りになる。
 それを探し出して、直ぐに目の前の男に告げるつもりだった。

「昆爬を薬で退治出来るようになったのは知っている。だが実際にはどうやるんだ?注射器とかを、そのライフルで発射してるのか?それに薬を大量に作ってばら撒くって方法を、何故取らなかったんだ?」

 流騎冥は、虫に注射器が刺さっている光景を想像して、思わず笑い転げそうになったが、それは我慢した。
 カサノバベックは、これでもまだコロニー外での戦闘についての知識を持っているほうだった。
 政府は、外界の戦闘について徹底した情報管制をコロニー内に行っている。
 退役軍人に支払われる年金も、半分は口封じ料のようなもので、軍の戦闘行為に関わる事を一般人に漏らせば規約違反ということで減額になる。
 勿論、若くして退役軍人になった流騎冥は、そんな事を気にする様な男ではない。

「昆爬たちの外皮装甲は信じられない程強力で、コチラの武器がなかなか通用しなかった。それに奴らの飛び道具は、直接、尻の穴から吹き出して来る火炎弾と溶解弾だったから、こっちは最初、それを侮っていたんだよ。見た目、原始的すぎるからな。」

 流騎冥は初めて、巨大な蟻のような姿をした昆爬が、その尻を持ち上げ空中に火炎弾を吹き出した光景を目撃した時の事を思い出した。
 おかしみを感じたのは、昆爬が尻を上に突き上げる時だけだった。
 後は地獄だった。

「だがその威力は俺達の兵器を充分上回っていたんだ。奴らには、フェアリー型と言って羽で高速飛行する奴もいるしな。こっちはあの糞忌々しい毒電波空のお陰で、空を飛べないから、地上戦だけだ。最初のうちはコテンパンに殺られていた。反撃しようにも付け入る隙がなかった。でもある時、奴らに効く殺虫剤と奴らの呼吸口が見つかった。ただしこの二つが癖有りでな、薬の方は成分の安定性が極端に悪く揮発性が強すぎた。散布は無理なんだ。それに呼吸口の方は大体昆爬たちの体側に小さなものが安全弁付きで2・3個並んでいるだけだ。それは超大型もゴミ屑サイズも皆同じだ。奴らの身体の仕組みは未だによく解らない。」
 カサノバベックは目を丸くして聞いている。

「まあともかく、その呼吸口を狙ってこのライフルで薬剤を破裂揮発させて昆爬に吸い込ませるわけだ。呼吸口そのものは駄目だ。本当にビックリする程のスピードで口を閉じるからな、相手は飛んで来るライフルの弾なんだぜ。それに反応しやがる、仕組みってか、理屈がわからん。まあ昆爬自体が半分、機械見たいなところがあるからな。だから狙うのは、呼吸口の外側の輪っかの部分だ。そこで炸裂気化させて、吸い込ませる。」

 そう言い終わった流騎冥が、今度は一旦分解したライフルを素早く組み立て直し、各作動部分のチェックをはじめる。
 全てが早くて手馴れている。

「このライフルは、そういった機能に特化されて作られている。勿論、基本的には狙撃手の命を守るために遠距離射程で確実な安定した弾道が得られる。まあそちらの使い回しは、実践ではほとんどなかったがね。奴らの動きは信じられない程、速いし予測がつかない。コネクタでライフルを同調させても遠距離では無理だ。実戦でやったのは、良くて中距離、大体が近距離射程だ。それで何人も死んでる。」
 流騎冥は、これも同じくカサノバベックが持ってきた弾倉パックの中の一つを掴み上げて言った。
 勿論、それは昆爬に使う揮発薬剤弾ではない。

「今の所、問題はないようだ。おたくが選んだこれ、良いライフルだと思うぜ。これから試し撃ちに行く。弾は長距離射程の対人用と炸裂弾と、、。うん?あんたも、試し撃ちに付合うか?用心棒である俺の腕前が見たいだろ?」
「いや、遠慮しとくよ。今日は、色々とあるんでな。だが今日のあんたの話を聞いて、正直な所、ちょっと安心した。あんたは正真正銘のプロだ。」

「安心?馬鹿を言うな、俺は昆爬殺しのプロだが、スネーク・クロスは人殺しのプロだぞ。あんたらも人を殺めるんだろうが、奴とはレベルが違う。」
 ・・・スネーク・クロスは、俺が昆爬にやった事を人間にやるんだ。
 と流騎冥は心の中で付け加えた。




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