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第四章 ハートランドのゲーム
59: 二つのルール
しおりを挟む数日が過ぎ、カサノバベックが、再び流騎冥の元に訪れていた。
報奨金の振り込みは既に終わっている。
今やこの暗黒街のトップに上り詰めた組織のナンバー3が、わざわざ街の始末屋へ直接赴いて来る理由は何処にもない筈だったが、流騎冥はあえてその疑問を口にしなかった。
流騎冥にしてみれば、借り受けたままになっているライフルを返却出来る良い機会だった。
「なあ、あんた、前にも言ったが、これを機会にウチの組織に来ないか?今度はウチのボスもあんたの事を知った上で高く評価してる。」
「だったら、そのボスから直接お褒めの言葉が一言ぐらいあって良いようなものだがな。俺は、一応、命の恩人とやらなんだろう?」
流騎冥の何気ない皮肉に、カサノバベックが複雑な表情を見せた。
「冗談だよ。なんだか、おたくが悪党らしくもなく、俺の事を気に入ってくれるみたいだから戯れ言を言ってみたのさ。、、いや、おたくの話についてはマジだ。」
カサノバベックが珍しく照れたような表情を浮かべた。
「・・それで満足が行ったなら、今日は例のライフルを返すから、それを持って気持ちよく引き上げてくれよ。」
「ライフルはいらん。いやこれから必要になるだろう。今日はそれもあって、ここに来たんだ。」
「うん?又、新しい依頼か?殺しは引き受けないぜ、」
「どうやら、あんた、あの事は耳に入っていないようだな?無理もない。たかが『只の始末屋』だからな。」
「ただの始末屋で悪かったが、その、あの事ってのはなんだ?」
「スネーク・クロスが今度はあんたの命を狙ってる。例の公開暗殺っていう手法でな。俺達の世界の重要ポジションにいる人間は、すべてそれを知っている。」
「はぁ?遣りそこねたあんたのボスをもう一度やろう、ってなら話は分かるが、俺みたいなのを殺って何の得になる?」
「もう、ウチのボスの位置は確定した。誰もスネーク・クロスを雇うような人間はいない。スネーク・クロスが自分の意趣返しでボスを狙ったら、今度はスネーク・クロスが俺たち全てを敵にまわす。そうじゃないんだよ。、、スネーク・クロスへの依頼相場は、べらぼうだ。それでも奴への依頼は絶えない。何故だか判るか?奴が絶対に失敗しないからだ。それに初めてケチを付けたのが、あんただ。あんたを無様に撃ち殺すしか、奴の名誉と食い扶持が回復される道はないって事さ。」
流騎冥は正直、この展開は考えつかなかった。
世慣れているとは言え、所詮、兵士上がりだ。
悪の経済学に詳しいわけではない。
「スネーク・クロスにしてみれば、狙撃に失敗したそれらしい説明なんて、いくらでも考えつく。だが、生きてるあんたがいる限り、どうしょうもないって事さ。」
「・・有難うよ、だからライフルは、とっておけだの、ウチの組織に入れだのと言ってたわけか。でもそれはご辞退申し上げるよ。どうせスネーククロスは、宣伝効果を狙って、狙撃手決闘みたいな、お膳立てをしてるんだろうが、それに乗らずに無視しマクリってのも一つだろう?俺は今更、卑怯者呼ばわりされた所で何の痛みもない。」
「そうか、、あんたならそう言うって思ってた。だがもう一つ、教えといてやろう。スネーク・クロスってのは、一人じゃないようだ。あの衛星コロニーで九死に一生を得たウチの若いのがいるんだが、どうやらスネーク・クロスには奴のサポートチームが付いてたみたいだ。今回の件、一人の人間が、やっていることなら、あんたの惚けた対処の仕方も通じるかも知れない。しかし他の人間がいるなら、この先の展開はわからない。俺も組織の人間だから、そこんところは良くわかる。一人の考えやメンツだけで、先の動きが決まるわけじゃないんだ。あれはどうする?これはどうする、俺の立場はどうしてくれる?って話になるんだ、、一人の人間だけの思惑でやれるなら楽なものなんだよ。」
「つまり一回はすっぽかせても、奴ら、手を変え、品を変え、俺を殺すまで粘着を止めないってコトか?」
カサノバベックが寂しげな表情を浮かべた。
もちろんそれは、目の前の男以外には、誰にも見せたことのない顔だったろう。
「あんたら兵隊の中に生まれる仁義とかは、よく分からんのだが、多分それは、俺達の世界のとはちょっと違ってるんだろうと思ってる。自分で言うのも何だが、俺達の世界にだって、守るべきルールだとか、筋はある。だがそれを貫き通すのは難しい。俺たちは、マフィアなんだ。金やら権力やら居心地の良い生活にずっとしがみついていたい、ってのが基本なんだよ。スネーク・クロスだって、俺達と同類なんじゃないのかな。」
流騎冥は、自分のいた分隊が、囮の様な状態に陥った日の事を思い出した。
昆爬の群れを、中隊を2つに割って挟み撃ちにしようとしたのが、期せずしてそういう結果になってしまったのだ。
昆爬の分布と、人間側の軍備配分が食い違っていたのだ。
司令部は中隊の6つの持ち駒を4つと2つに分け、2つを東西に伸びた昆爬軍の力の弱い方に差し向けた。
だが実際は、昆爬軍の力の配置は東西に等分だった。
地力は圧倒的に昆爬軍が、勝っていたから、この読み違いは致命的だった。
どの段階で、誰が状況分析を間違ったのか、未だに分かっていないが、そういった判断を下せるのは軍の上層であるのは間違いない。
それが上層部が意図したものなのか、それともたまたまそうなったのか、今もって分からないのだが、その日、流騎冥は自分達の出向いた場所で、昆爬と交戦状態になり、彼自身も戦艦級昆爬の下敷きになりかけていた。
どうせ押しつぶされるなら、特攻してやろうと、身体に付けていた狙撃姿勢固定用ハーネスからワイヤーフックを取り出し、それを昆爬の体表に撃ち込んで、自分の身体を巻き上げ昆爬の体表にへばり付いた。
その時、流騎冥は、より広い視野を確保するために顔に付けていたガスマスクを捨てた。
つまりこの時、自分は生きて帰れないと覚悟を決めたのである。
幸いワイヤーフックのアンカーは、昆爬の呼吸口近くに接着したようで、流騎冥はその側まで這い寄る事が出来た。
すると昆爬は猛烈な勢いで暴れ始めた。
信じられない程、強固な外骨格を持つ昆爬なのに、呼吸口付近は異変に対して恐ろしく敏感だったのだ。
振り落とされまいと、必死にしがみつく流騎冥だったが、それでもなんとかライフルの銃口をその呼吸口に向ける事が出来た。
だが呼吸口が開いた瞬間を狙って放たれた銃弾は、激しく動く虫の為に薬剤揮発のタイミングをずらした。
流騎冥は結果、大量の揮発薬剤と虫の排気息の混じった空気を大量に吸い込み、意識が朦朧となりかけていた。
だがその時、奇蹟が起こったのだ。
二手に別れていた筈の別働隊の内、一分隊が、流騎冥分隊の危機を知り、馳せ参じてくれたのだ。
昆爬に振り落とされかけていた流騎冥を救ったのは、別働隊に別れていた彼の友人の長距離狙撃だったのである。
勿論、この別働隊一部の行為は、後に軍上層部によって厳しく罰せられた。
現実的にも、無理な応援に駆け付けた別働隊一部にも多大の被害が出ていたし、流騎冥がいた分隊も、ほぼ全滅に近かった。
たが兵士たちの中で、別働隊一部が流騎冥分隊の元に駆けつけた事を非難する人間は一人もいなかった。
戦場では自分の背中を他人に預けざるを得ない、それがどういう意味を持つのかを皆が知っていたからである。
しかしこのウェスト・ウビコンでは、同じ命を懸ける人間同士の闘いでも、そこに働くルールはかなり違うものなのだと言う事なのだろう。
そしてスネーク・クロスは、既に流騎冥が思うような「兵士」ではないのかも知れなかった。
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