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第3章 ザ・バットとパペッター

25: BATとガタ

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 俺は、カップラーメンを啜りながら、修理工の南禅が若いバイト学生と店屋物を食べ、ダベっている内容を何気なく聞いていた。
 もちろん、俺の視線は、昼のTVニュースの画面から離れない。
 今の所、俺のやらかした族狩りはニュースには取り上げられいていないようだ。

「ほんと、リーゼントって最近見かけなくなりましたよね。」
 バイト学生が親子丼の飯粒を口の横に付けたまま、しゃべっている。
「ん。いや。まだいるぜ。」
「南禅さん。そんな世界、詳しいんすか?」
「詳しいって訳じゃないけど、ちぃとはな。」
 俺は、南禅が事あるごとに、自分が元暴走族だったのを持ち出すのに苦笑いした。
 もう四十に手が届く腹の出た、うだつの上がらない修理工の過去に誰が興味を持つ?

「族狩りの復讐に立ち上がった元暴走族リーダーってのはどうだ?」
「なんすか、ソレ。」
「昨日おとといの話だぜ。」
「そうだ。ダンマ君は昨日、残業だったろ?奴らの非常線にひっかからなかったか?」
 南禅がこちらを見て大声で怒鳴る。
 おそらく俺の事を、ダンマ君と呼び付ける自分を、バイト学生に印象づけたかったのだろう。
 俺の姓は壇だ。
 ダンマというのは、俺が無口なのに引っかけて付けられた俺のあだ名だ。
 俺は気弱げに首を振って見せながら、半分残ったカップ麺のカップを持って彼らのテーブルに移動した。
 これで彼らの話題に自然に入っていける。

「まさか。今日も続くんでしょうかね。俺、今夜も残業しようと思ってるんですけど。」
「いざとなったら、俺の名を出せばいいさ。」
 そう言った南禅を、バイト学生が憧れの目で見る。
 バカな野郎だ。
 あのガキ共が害虫なら、コイツは金魚の糞程度だろう。
「そいつら、南禅さんと知り合いなんですか?」と俺。
 世の中は、奇妙な偶然に満ちている。
 TVでも拾えないような情報を、この男が知っているのだ。

「今度の動きを作った野郎は、俺のチームの後輩なんだ。」
 俺のチームだと?もっと正確に物事は言ったらどうなんだ。
 そんな口振りだと、まるであんたが族のヘッドだったみたいじゃないか?
 第一、噂話じゃ、あんたがいた暴走族は、この辺じゃ確かに強力で有名だったらしいが、どっかの流れ者に乗っ取られて、挙げ句の果ては自主解散したんじゃなかったのか?

「ガタだよ。しらねぇか?鈴木モーターの整備やってる。ダンマ君も一度は会ってる筈だぜ。」
 俺は記憶を探った。
 もちろん鈴木モーターは知っている。
 だが俺は営業だ。
 南禅のように整備工同士のつながりはない。
 しかし南禅が言ったように、何処かでは会ってはいるはずだった。
 おとといの件が、意外な身近さで俺との接点を持とうとしている。
 そして族の奴らは、俺を追っている。

「覚えてないです。で、そのガタって人はなんで急にその、、。」
「族狩り野郎を狙っている理由か?一昨々日、被害にあったのがガタの義理の弟だからさ。ガタはその弟を可愛がってた。妾腹のガタが、本妻の息子を可愛がるってのも不思議だが。そこには色んな因縁があるんだろうさ。奴が族を解散させたのは、その弟を族にしたくなかったからだという噂もあるほどだ。」
「でもそんなニュースは、、。」
「ガタの弟の親父が握りつぶした。代議士様だよ。倅が自分の地元でバカやってるのは知っていたんだ。それに地元の人間は、ガタの弟がそうなった事を喜んでも、悲しむ奴は誰一人としていない事もな。案外、ガタの弟の親父は、息子が失明した事を喜んでいるんじゃないか。目が見えないんじゃ、バカをやってもたかが知れてるからな。」

「失明、、。」
 俺は言葉を呑んだ。
 俺の中の狂気が、退いていくのが判った。
 判らなかった。
 相手の死さえどこかで覚悟していた筈なのに、「失明」という程度の言葉で、俺の中の猛々しさが退いていったのだ。
「だが、収まらないのはガタのほうだ。奴は解散したメンバーを呼び寄せ、どこぞでチンタラ走ってる予備軍まで集めて組織しちまった。義理の弟の復讐。その族狩り野郎を追い込むためさ。みんな、暴れたくて疼いていたんだろうよ。たったの半日で、ガタのチームは復活した。」
 そこまで喋って南禅は、不思議そうな顔をして俺を見た。
「どうしたダンマ君?顔色がわるいぜ?」
 俺は動揺したつもりはなかった。
 だが俺の身体は、俺の心以上に、事の成り行きに正直に反応したようだった。



 翌日、俺は鈴木モーターに立ち寄った。
 BATになった俺が、急ごしらえの族のガキ共につるし上げられるような場面だけは、避ける必要があった。
 BATは伝説になる男であって、決して嘲笑の的として墜ちてはいけないのだ。
 だが、彼らと全面戦争をして勝てる見込みもなかった。
 ヘッドだ。
 ヘッドを、潰せばいい。
 BATとガタが対峙すれば、正面衝突しかないだろう。
 だが、今ここには、小ずるい臆病者の「俺」がいる。
 「俺」が、BATに知恵を授けるのだ。
 それには、まずガタを知ることだった。

 ガタは図抜けて身体の大きい男だった。
 ただその大きさには、愚鈍さは微塵もなく、大型肉食獣のイメージを見る者に印象づけた。
 その獣が車体の底の側面の陰から、ゆるりと上半身をもたげた。
「俺に何か?」
「いえ。南禅さんに、腕のいい修理工を捜してるなら、ガタにあって見ろと言われたもので。」
「あなた、確か木南の社長さんとこの、販売の人でしたよね。」
「どうして、知ってるんです?」
 胸の動悸が激しくなった。

 鈴木モーターも程度の差はあるが、俺の所とよく似た、公に出来ない車のルートを持っており、そんな関係で、お互いの従業員同士が、他の中古車販売店同士のそれよりも接触が多かったのは事実だ。
 だがしかし、整備工が他店の販売員を覚えているものだろうか、、。
 なにせ俺の方は、極めて目立たない存在だったのだ。
 例の車は、南禅が整備し始めている。
 南禅は馬鹿だから、ちょっとした車の擦り傷や凹みの増加など気がつかない筈なのだが、、。
 それでも、もしかして俺とガタの義弟との関係に気づいた彼が、ガタに通報している可能性はあった。
 昨日の話にしても、わざと俺に聞かせて見せたのかも知れない。

「南禅先輩から聞いてるんですよ。あの人は、未だに俺らの集まりに顔を出す人ですからね。」
「集まり?」
「族の方じゃないスよ。南禅さんも、いい年だ。そこまでバカじゃない。」
 ガタは苦笑いしながら言った。
 南禅を揶揄したのか、再び族を再結成した自分を笑ったのか、判断はつかなかった。

「壇さん?借金の方は?」
 借金?ホッとすると共に、怒りが込み上げてきた。
 南禅の野郎、どこまで喋ってやがる。
 俺は、酒も女もばくちもやらない。
 俺の借金の内容は、先日のヘルメットの購入のように、一般的な価値判断からいえば、屑みたいな物品に注ぎ込む為の資金だ。
 だが心の空虚を埋めるための衝動買いは、とどまる所を知らない。
 結果、「借金王のダンマ」という有り難くない渾名を頂くことになる。

 そして俺は表面上、愚鈍だが実直な仕事ぶりを見せている。
 結局、俺の周囲の人間は、俺がどうしてそれ程の借金を抱えているかが理解できず、俺が何か新しい事業を起こそうとして、悪あがきをしているのだと見えるらしい。
 勿論、俺は周囲のその思い込みを知っている。
 今日、ガタへの訪問の口実もそれでいくつもりだった。
 だが、俺の噂は、俺の思惑を離れてトンでもない速度で俺の周囲に流れ出しているようだった。

「あ。いや。まあまあって、とこです。」
「俺の腕が、どうだか判らんですが、いまんとこ、此処が気に入ってます。」
 穏やかな口調だった。
 遠回しに物事を断る大人の知恵もある。
 一言でいって、ガタは、その容姿も含めて「いい男」だった。
 このガタという男が、一旦自らの手で解散させたチームを再結成させたのだ。
 よほどの怒りがガタの胸にあったに違いない。

「いや、急にというわけじゃないんです。でも、あなたと話をさせてもらって、その時には是非ともという気持ちになりました。また、連絡しますよ。」
「そうすか。俺の気持ちはかわらないと想いますが。」
 ガタは真っすぐに俺の目をのぞきこんだ。
 俺は自分が矮小化していくのが判った。
 それと同時に、このコンプレックスが、BATのエネルギーの触媒になる事を俺は同時に理解していた。


 BATの顔は、人の頭の形をした銀色の針ネズミのようにも見えるし、一つ一つが隆起し尖った先端をもつ鱗に、顔面全てを覆われた醜い人の頭にも見えた。
 そしてBATには、禍々しさの中に静謐さもある。
 今、俺はその静謐さと会話していた。
 明かりを落とした部屋の中で、TVの光だけがBATの銀色の顔の表面を様々な色でなめとっている。

「いったいどうする。サシで潰せる相手じゃない。」
 ガタこと堅田裕司の姿を思い出す。
 大きな族のヘッドを務めただけあって、それなりの男だった。
 それに奴は俺を追いかけてくる、どこまでも。
 しかし一方で、ガタが永遠に俺の事を見つけられない可能性も残っている。
 だが、そうだとしても、BATは正義の鉄槌への衝動を押さえ続ける事ができないだろう。
 いつかは又、同じ事が起こるのだ。
 逃げ回る事は出来ない。

 銀色の髑髏の眼孔の暗渠が、俺に答えを迫る様に見つめてくる。
 「殺し」「殺され」は、始めからすり込みずみではなかったのか?
 ガタはBATが殺す。
 事実も伝説上も、だ。
 そうすることによってBATは存在できる。
 俺は、BATの為に準備をするだけだ。

 スタンガンや麻酔スプレーはずっと昔に購入したものがある。
 でもそれだけじゃダメだ、あの日本刀だ。
 今度は、前のように元に戻しておくのは無理だろう。
 それに強力な睡眠薬。
 ガタにとどめをさすのはあれしかない。
 社長は日本刀が一本盗まれた程度では警察に届けないだろう。
 いや届けられないといった方が正しい。
 嫌疑を掛けられば、裏で色々な闇商売に手を染めている社長の事だ。
 警察の追求は日本刀の秘匿だけでは、済まなくなる。
 その日本刀が殺しに使われたとしても、社長は隠しおおせるかぎりに黙秘を続けるに違いない。
 睡眠薬の方は、確か、外車を欲しがっている看護師の客がいた筈だ。
 女の側には、いつも崩れた感じの男がへばりついていた。
 そちらの方は、この女に車の便宜を計ってやるだけで何とかなるはずだ。

 ようやくの結論は、俺に眠りを許した。


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