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第3章 ザ・バットとパペッター

26: 嫁威しの肉附面

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 指尻ゑ梨花女史が、壇伊玖磨事件の再分析の途中経過を報告に来てくれていた。
 南禅修一と堅田裕司の人物資料や、彼らの事件前後のアリバイ状況だけで、ここまで壇伊玖磨が置かれた心理状況を補完再現できるとは、指尻女史を6係にスカウトした私自身が驚かされていた。
 特に、現在行方不明のままになっているガタこと堅田裕司が、この事件にどう関わっていたのかが、私にとっての最大の関心事だった。
 そこから、この事件の隠された新しい側面を掘り起こすことが出来るように思えたからだ。

 だが、面白いことに、指尻女史の「口寄せ」の為の資料を作成した丑寅巡査部長の関心は、そこにはないようだった。
 丑寅巡査部長自身は、普段から「自分は本物の刑事になりたい」と口癖のように言っているのだが、私から見れば彼の行動原理は学者そのものである。
 指尻女史の訪問を受けて、彼の関心は「真犯人捜し」よりも、「謎解きゲーム」のテクニック研修に向いている。
 もちろん6係としては、彼のそんな部分に有用性を感じているのだが。
 我が6係には、既に「本物の刑事」が、しっかり揃っている。
 むしろ彼らは刑事として「濃すぎる」くらいだ。

 この情報交換を、私に与えられた個室ではなく、会議室で行ったのは正解だった。
 私は指尻女史から必要な報告だけを聞いて、この場から退散する事が出来るからである。
 丑寅巡査部長の悪口を言うつもりはないが、彼が「入り込んで」しまった時の熱弁は、なかなかのものであり、それに付き合うには結構なエネルギーが必要なのだ。
 ただ、指尻女史と丑寅巡査部長を残し会議室を退席する際、指尻女史が見せた私への非難がましい視線には、多少の罪悪感を感じてはいるが。


「ちなみに『能面とエロチシズム』で、検索をかけると返ってくる件数は20件程度で、内容も極めて学術的なものが多いんですね。言葉を換えて『能面とフェチ』では、10倍に跳ね上がるんだけれど、今度は逆に能面自体に触れた内容は激減するんです。この時に気が付いたのですが、「能面のような」という表現は大体、人の顔の表情の悪口に使われるようです。ただ一件だけ、『能面の表情は無表情なんじゃなくてニュートラルなんだ』という見出しを見つけて、これには凄く納得させられました。」
 丑寅巡査部長は、熱に浮かされたように喋り続けている。
 頭部や顔面を覆う物に対するフェチシズムについて、色々研究したらしい。
 結局、微笑花は、この丑寅巡査部長の目の前でラバーマスクを被って見せたのだろうか?
 微笑花はフェチズムに対して、まったく感度がないという女性でないが、この目の前の好青年は、そういった事を「頭」でしか理解しそうに見えなかった。
 もし微笑花が、丑寅巡査部長の前で、性的要素の強いラバーマスクを被って見せたのなら、彼女は相当、恥ずかしい思いをしたに違いなかった。
 ゑ梨花は、その場面を見たかったような気がした。

「実際に能面は『八方睨み』みたいな効果を考えて作られている筈ですね。でも昔から映画などで表出する、能面を使っての官能表現は『能面を付けたまま悶えている女性』『能面を付けて泣いている女性』って感じで、能面の無表情とその下に隠された女性の表情の落差を上手く利用してきたような気がしますね。能面の無表情が、ニュートラル状態だという定義と合わせて考えると、これはとても面白くて、色々な考察が可能だと思いました。実際には、この考察においては能面を被った女性を『見る快楽』と『見られる快楽』の二つの条件も付け加えて考える必要があるとは思いますが。その他、能面がエロチシズムを発揮する要素には、この表情の落差・隠蔽以外に、『仮面が取れなくなる』という恐怖もあるのではないかと思います。」
 何を言ってるんだか、、と思いながら、それでも、ゑ梨花は丑寅巡査部長に話を合わせてやる事にした。

「そうですね。恐怖とエロチシズムは隣人ですからね。そういうものでは、日本の古い伝承で『嫁威しの肉附面』が有名ですね。」
 ゑ梨花の顔を崇拝するように見つめている丑寅巡査部長の為に、ゑ梨花はある一つの「お話」をしてやる事にした。

「むかしむかし、蓮如さまが吉崎におられたときの話や。十楽村に嫁の清さんと婆さんが住んでいたんやと。清さんは三十三歳やったんや。かわいそうにの、二人の子供が次々と病にかかって死んでしもうた。ああ、と思っていたら、夫の与三次さんも急病にかかってなくなってしもうたんや。清さんはの、世の無常をさとって吉崎御坊へ参って、蓮如さまの話をきいて信者になったのや。それでの、昼はたんぼや畑を耕し、婆さんの機嫌をとって、夜、手がすくと一里の山道を歩いて吉崎御坊へお詣りしたんや。ところが、おもと婆さん、それが気にいらんで、家宝の鬼の面をかぶって、途中の谷間で清さんをおどし、こわがらせて吉崎詣りをやめさせようとしたんや。」
 丑寅巡査部長は、ゑ梨花の昔語りをうっとりと聞いている。
 普通の男性なら、芝居がかった昔語りをやるゑ梨花の艶のある口元や表情に見とれる筈なのだが、丑寅巡査部長は、その類い希なる想像力を駆使して、吉崎の世界に飛んでいたのだろう。
 それでも、若後家で三十三歳の清の姿を、目の前の色気の塊のような指尻ゑ梨花に重ねる程度の想像はしただろうが。

「、、、というシチュエーションと鬼姑さんの犯行動機ですね。後は、お定まりの『被った面が取れない、そして鬼に変化』と、念仏による救済なのですが。これが封建制度の中の女性対女性の相克の中で産み落とされた物語だという点と、それに『仮面』の持つ呪術性がミックスされる所が、いかにも日本の怪異伝承らしい所だと思います。」
「うむ、『仮面』の持つ呪術性ですか、、。」
 丑寅巡査部長の表情が、少し現実に戻ってきたようだ。
 壇伊玖磨事件の件を、刑事として思い出したのだろう。
 ゑ梨花は、そんな丑寅巡査部長を見て、もう少しサービスしてやる事にした。
 この青年は「好きでもない仕事をし過ぎている」と思っていたからだ。
 もっと最悪なのは、彼は自分が「この仕事が好きだ」と思いこんでいる点だと評価していた。

「私、この伝承を現代に置き換えた演劇を見た事があるんですよ。その劇団の主宰者である劇作家さんの主張は、『宗教逸話には女性を戒める物語が多すぎる。現代社会で実際に戒められているのは男性ではないか』というもので、その発想で作品をつくり出したそうです。私は、正直言ってその発想は馬鹿げていると思っています。特に現代社会で実際に戒められているのは男性だという主張ですね。男性は、今まで女性に対して、ずっと暴君以外の何者でもなかったと思ってますから。それでもこの演劇には、ユニークな視点があると思います。私は見てませんが、他の演目の中には、娘婿を嫌い女装して彼を誘惑し、家から追い出そうとする男のエピソードもあるんだそうですよ。」
 ゑ梨花は、この堅物青年に少し餌を蒔いてやるつもりになった。
 この青年は、世の中に溢れる「変態」を、知識ではなく、感性で捉える必要があると思っていたからだ。

「私の実体験で言えば、確かに熟女女装の方が大好きな『ヤングマン』もいないではないですね。私が脚本を書くなら、初めは偽装女装だったのが、若者との肉欲に溺れて本気になって男は彼と駆け落ち、自分の父親に夫を寝取られた娘は、嫉妬に狂い、なんてぐらいまで書いちゃいますね。それくらい書かないと、今の時代、お手軽フェミニズムは現実に通用しないんじゃないですか?」
 丑寅巡査部長は、そのゑ梨花の話を目を白黒させて聞いていた。
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