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不穏な予感
しおりを挟む母が亡くなる前に感じた胸騒ぎと同じものがあった
いつもとは違う夜に、月夜はどこか落ち着かなかった。普段ならば、師匠と他愛もないことを語り合ったり、学問で苦手な分野を教えてもらう時間だ。なのに今は10人近くの気配を感じる。師匠には東雲殿が付き添うならば部屋を出ても良いと言われたので、少し散歩でもしようか。東雲殿に相談してみると、快く了承してくれた。屋敷周辺を歩いていると、心地好い風が首筋を撫でる。
「しかしまあ、落ち着かないもの分かる。俺以外が此処に来ることはなかったもんな」
「ええ。夕飯の時や厠に行く時に天狗の方々を見かけたのですが、皆さんも本当に面を被っておられるのですね。ですがどれも全く同じものが本当に無いのが驚きです」
まじまじと見つめてはいけないと思って控えていたが、一人一人面の意匠が違う。配膳で運んでくれたたおやかな女天狗は優しげな面であったし、人間達と共に来た男達の物は逞しそうな面であった。
「そらそうよ。面は性情を表すからね。月夜君のは優しく強かな表情の面になるだろうな」
そうだろうか。私はそんな大層な人間ではないのだが。私はそっと今被っている師匠の面に触れる。師匠の面は威圧感があり厳めしい。性格も本当に面にある通りのままだ。だからこそ、ふとした時に見せる暖かな眼差しや天女のような素顔が映えるのかもしれない。
「ですが今回のことで、延期になったりいたしませんか」
「うーん、どうだろう。むしろ魂の契りが早くなって、面は後々にということになる可能性がある。魂の契りは想い合っていればいつでも出来る。君達は端から見てるだけでも伝わってくるから問題はない。だけど面は急いで誂えるよりは、じっくり作ったほうがいい。それだけ面は大切な物なんだよ」
予備とはいえ、そんな大事な物を貸してくださったのか。月夜は肌触りの良い面に指を這わせ、改めて師匠の愛情を噛み締めた。
東雲殿が気遣っていただいたのか、道中で天狗の方々とすれ違うこともなかった。人払いならぬ天狗払いをしてくださったのだろうか。だとしたら、やはり東雲殿は天狗の中でも中々の地位にあるようだ。
「東雲様、以前からお聞きしたかったのですが、師匠と東雲様はどのようなご関係なのですか?」
「幼馴染みと言えばいいのかねえ。せいぜい10歳しか歳は変わらないな。餓鬼の頃から、風琴に仕えるようにと教えられてずっと見守ってきたけど、弟みたいに可愛がってたな」
……子供の師匠を見守っていたなんてずる……いや、うらやましい。きっと師匠の幼い頃は、とても可愛らしくて頬がもちもちしていただろうな。月夜が想像していると、東雲はまあなと目を細める。
「昔の風琴はかわいかったよ。いつもお母上にベッタリだったし、飛ぶのが怖いと泣くものだから俺の身体ごと紐で縛って空を飛ぶ練習したり」
「……おい東雲、その減らず口を一度糸で縫ってやろうか」
冷たい妖気に振り向くと、そこには師匠が立っている。やっと終わったのか。月夜が喜んで近づく一方、東雲は金縛りにあったように固まっていた。風琴は傍に来た月夜を撫でつつ、東雲を睨む。
「だって本当のことだろうが! あーあ、あの可愛かったふうちゃんはどこへ行ったんだか」
「誰がふうちゃんだ。本当に怒るぞ」
妖気が怒りで揺らいでるのを見て、東雲は慌ててごめんごめんと謝る。風琴は妖気を鎮めると、ふんとそっぽを向いた。
「今から月夜と話がある。お前にも後で話に混じってもらうのでついてこい」
「承知って……俺も?」
二人っきりかと思ったが、東雲殿も話に加わるのか。少し残念だ。だがどんなことを話されるのか。不安と期待が入り交じっていた。
月夜の部屋で二人きりになる。昼間どのようなことを人間達と話していたのだろう。月夜が煩い鼓動を深呼吸をして落ち着かせていると、風琴は面を取った。萌葱色の双眸はいつもより僅かに暗く、表情が険しい。
「昼間……話していたのはだな……単刀直入に言うと我等天狗に手を貸してくれということだ」
「天狗の方々に……?」
一体どういうことなのか検討がつかぬが、悪寒が背筋に走る。月夜が目で問うと、風琴は目を伏せた。
「今の日之本は邪気が溢れて彼方此方に魑魅魍魎が出て人を襲っているのだそうだ。陰陽師や退魔師は何やら手が足りないようだ。長も部下を偵察に回したが真だと」
「では……もう手を貸すとお決めになられたのですか?」
師匠は隠居とはいえ、手練れの者である。下手をすれば最前線に追いやられてしまうかもしれない。もしそうなったら傷を負う危険が高まる。
思わず声が震えてしまうと、師匠は安心しろと笑った。
「まだ手を貸すとは決めてない。それに、どのように手を貸すことを想定しているのか、そもそも手を貸して此方に利があるのかなど色々見極めねばなるまいからな」
師匠は心配するなと明るく言うが、逆に心配なのだ。師匠はいつも強がって本心を隠すのだから。
「……ただもしそうなった場合、お前は早く天狗になる必要がある。我に万が一があった際に、お前を守れなくなる」
万が一など想像したくない。そんなことなど言わないでほしい。だけども私は武士の子だ。師匠の真剣な目を見てしまうと、願いは喉に張りついたままだ。
「師匠が天命を迎えるまで同じ時を歩めるとは……一緒に死ぬということではないのですか」
「遠回しな言い方をしてすまなかったな。それは違う。お前は我が死んでも生きられる。寿命は天狗の長さのままだ。同じ時を歩むというのは、我が死ぬまではこうして共に過ごすということ。お前は我が死んだら好きなように生きることができる」
そんなことなど喜べない。私は、貴方がいない世界など考えられない。月夜は押さえつけていた感情のままに風琴を押し倒した。
「私は……貴方がいなくなるくらいなら死んだほうがましです」
師匠は萌葱色の瞳を丸くしていたが、やがて苦笑する。失礼なことをしているので蹴り飛ばされる覚悟はしていたが、師匠はただ私の頬を撫でるだけであった。
「心配するな。死ぬというのは万が一と言っておるだろうが。我はまだ青二才のお前を置いていくつもりなどない」
そうだ。私は貴方にとっては未熟者の青二才なのだ。最低でも貴方に認めてもらうまでは貴方が傍にいてもらわなければならない。
「真でございますね?」
「ああ、本当だとも」
萌葱色の瞳は嘘偽りを映していない。風琴の瞳を見つめていた月夜は安堵で身体の力が抜けた。
「はあ……よかった。そうですよね。師匠はお強いのですから」
「そうだとも。それに天狗にさせるのを早めるのは、我が不在の際に襲われても対処出来るようにするためだ。天狗になれば、肉体は頑丈になる上に、お前であれば妖力も相当な物になるだろう。……ともかく、最後まで聞いてから行動に移せ。あの夜といい、早とちりだぞ。お前らしくもない」
そうは言われても、今回は師匠が先に物騒な言い分をされたのが悪いのではないのか。月夜が目を泳がせていると、頭を引き寄せられる。気がついた時には柔らかい感触が唇にあった。
「んっ……師……匠……」
舌を絡める前に唇が離れると、師匠が困ったように笑っていた。
「まったく……我を愛してくれるのは嬉しいが、我のことで冷静さを失うのは良くない。これから、その辺りの自制も心掛けるように」
「は……い……」
口づけの後に言われては返す言葉も見つからない。月夜はただ頷く以外のことなど出来なかった。
「とりあえずどいてくれ。このままの体勢を東雲に見せるつもりか」
「す……すみません。今どきます」
東雲殿にこんな姿を見られては、師匠と私の面子が立たない。慌てて離れると、師匠はゆっくりと起き上がった。少し乱れた衿元を整える仕草に視線が離せない。師匠は武人であるが、骨張った指は白くて美しい。鍛練の後にいつも塗り込んでいる塗り薬の効果なのだろうか。
「月夜、我に見惚れるのも良いが東雲を呼んでこい」
「はっ……はい! ただ今呼んで参りますね」
すぐさま部屋を出ると、縁側で寝転んでいる東雲殿に声をかけた。ようやく終わったかと伸びをすると東雲殿は部屋に入ってくる。
「で、月夜君はともかく、俺への用事は何だ」
「契りを早める。妙薬が出来次第届けてほしい」
「まあそんなことだろうと思った。了解、なるべく早めに作ってと薬師には言っておく」
東雲殿はにやりと笑うと、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「人間の成長とはあっという間だなあ。この前小僧だと思ってたのに、もう肉体年齢は風琴と少ししか変わらない。天狗になれば、此処と里を行き来することになるだろうから。その時は俺も色々教えるよ」
「東雲様、ありがとうございます」
出来れば里など行かずに四六時中師匠と居たいが、それは我儘であろうし、天狗達と上手く付き合っていかなくてはならないだろう。
「で……例の役割についてなんだけど、俺もあれから調べたんだよ。人間と天狗の抱く立場は逆で良いんだけど……抱く側の人間が天狗になる場合、天狗の精を口で摂取しなければならないらしくて……出来る? なるべくなら口淫が望ましいらしいけど」
師匠はあまりの事実に絶句しているようであった。だが、私にとってそのようなことは些末なことだ。それよりも問題がひとつある。
「出来ますとも。……ですが、どうすれば師匠を気持ち良く出来ますか」
師匠を無理矢理抱いたのだから、師匠の魔羅を咥えることなど造作もない。だがどうすれば気持ち良くなるかなど分からない。一方、二人には意外だったようで、二人とも目を大きく見開いたまま固まっていた。
「どうしましたか、お二人とも」
「……いや、だって魔羅だぞ。させるとして我はちゃんと身体を清めるつもりだが、それでも想像しただけで生理的な嫌悪感はあるのではないか」
師匠はお優しい方だ。本当ならば口淫しろと命じて良いのに、私のことを気遣ってくださる。私は師匠の手を握った。
「私は貴方の髪の一筋から足の爪先まで愛しているのです。今更魔羅を咥えることなど些末なこと。貴方が行為に喜んでくださるのが私の喜びなのです。是非とも御奉仕させてください」
師匠の鼓動が早くなっているのが指先から伝わってくる。師匠は顔を真っ赤にして私を見つめるばかり。
「……風琴が此処までなるのは初めて見たな。良かったじゃないか。愛されて」
師匠はいつものように東雲殿に文句を言う余裕すらないようだ。ああ、こんな様子の師匠も愛らしい。
「それで、どのようにすれば良いのかご教示よろしいですか」
「えー、ああ……うん。 俺はやったことないから、元人間の天狗に聞いてみた方が良いかもしれないけど……風琴、お前はまだ月夜君とあまり接触させたくないだろう?」
固まっていた師匠であったが、軽く私が肩を叩くとようやく我に返った。
「当たり前だ。契り前に我以外に目をつけられては困る。コツだけ聞くのが良いだろう」
直接見聞きした方が良いのではないだろうか。だが、私は師匠の物なので他の方の物になるつもりはないので仕方ないか。
「元人間のやつが蛇人間のところに監視でいるから聞いてくる。風琴、念のため俺が戻るまでは月夜君の傍を離れないように」
「当たり前だ。早く聞いてこい」
はいはいと東雲殿は蛇人間? のところにいる天狗の元へと行く。
「師匠、蛇人間とは例の厄介な方のことですか」
「ああ、そうだ。……大蛇神の化身と言ったところか。月夜、くれぐれも注意するように」
大蛇神の化身とはどんな容姿なのだろうか。恐ろしさもあったが、興味も少しだけあった。
四半刻後であろうか。東雲殿が戻ってくる。内容があのようなことであったからか、面を被っていても苦虫を噛み潰したような表情をしているのを察してしまった。
「聞いたのはいいけど、『東雲殿って稚児を得たら初っぱなから咥えさせたいんですか。最低ですね』と言われたんだが。目が冷めきってて、ちょっと涙出そうになった」
普段はさほど東雲殿に対して同情の念など湧かないという様子の師匠だが、今は申し訳なさそうな顔をしている。本当は私が聞くべきなのに任せてしまって何とお詫びをすればいいのだろうか。
「本当に申し訳ございません。私が直接聞くべきなのに」
「いいのいいの。月夜君は謝らないで。月夜君はまだ男どもの前にでない方がいいし」
東雲殿は私達のことを思って、私が知りたいと思ったというのを伏せてくれたのだろう。恥ずかしい思いをしただろうに、お優しい方だ。
「……すまん。詫びになるかは知らぬが、我の作った漬け物でも持たせてやる」
「おお、ありがたく貰っておこう。お前の漬け物って酒の肴には絶品だし」
師匠は悪くないのにわざわざ気に入っている漬け物を詫びに出すとは。師匠を喜ばせるつもりが、むしろ迷惑をかけてしまったようだ。私が縮こまっていると、師匠がぽんと肩に手を置く。
「こいつと我がお前を守るために勝手にしたことだ。そんな申し訳なさそうな顔をするな。契りが済むまではまだ子供なのだから、頼って良い」
「師匠……。そうですね、ありがとうございます」
お二人の名を汚さぬように励みたい。そして師匠が幸せだと感じてくださるような情交が出来ればいい。すぐさま東雲に口淫のコツについて聞くことにした。
「それで、どう致せばよろしいのでしょうか」
東雲殿はほんのり耳を赤くして目を泳がせる。東雲殿は師匠によると、美丈夫らしいが、伴侶もいなければ稚児を得た経験も無いらしい。となれば、そのような行為が恥ずかしいのかもしれない。
「流石にいきなり口淫はまずいし……何よりも俺があんまり人のを見るのに馴れてないから、指で練習しよう。うん、爪の長さも問題なし。風琴、とりあえず手を洗ってきて」
「分かってる」
師匠は面を被り直すとすたすたと井戸の方に向かわれた。途端に一気に肩が重くなったように感じる。月夜がちらりと東雲を見ると、障子越しで井戸の方を見る東雲の瞳がどこか辛くて切な気であった。
「東雲様、どうかなさいましたか」
「え!? いやあ、何でもないよ」
東雲殿は手と首を横に振って否定する。それでも、あれが何でもない目には到底思えなかった。
師匠が戻ってきたのはそれから十も数えない程度であった。
「風琴、まずは真ん中三本の指をくっつけて。出来るだけ口に入りやすいように」
「こうか?」
師匠は美しい指を口に入れやすい形にする。まずい、指を口にいれると考えただけで身体が熱い。
「ええと、最初に先端に唇を近づけて口づけすると良いらしい」
言われた通りに師匠の中指に口付ける。師匠はぴくりと微かに指を震わせた。
「それからは他の部位や幹に口づけしたり、先端を舌で舐めたり咥えたりとか。注意するのは咥える時に歯を立てないようにすること」
「っ……」
師匠の指に舌を絡めると、師匠は押し殺した呻き声を上げる。妙薬は口にしておられないのに、指ですらこのような反応を示されるのか。月夜は興奮を押さえつつ、そっと指を咥えた。
「ふっ………う……」
僅かに滲む汗の味。いつの間にか面を取った素顔は、頬を赤く染めて唇を噛んでいた。
「後はしゃぶったり、喉を使ったりや舌を絡めたりとする。まあそこは相手の反応を見ながら臨機応変に。上目遣いですると相手は興奮するのだとか」
「んんっ……くぅ……っ」
反対の手で口元を押さえ震える師匠は何とも艶やかで、己の中心が熱くなってしまう。
「……風琴、指を舐められたくらいで変な声を出すなよ。妙な気分になるだろ」
「好きで変な声を出す訳じゃ……っ……月……夜……もう……それくらいで……」
もっと師匠が感じておられる姿を見ていたかったが、これ以上は危ない気がして唇を離す。師匠は唾液だらけの指を片手で包んだ。
「風琴の様子からすると中々良かったんじゃないかな。本番では咥えながら、陰嚢を揉むと良いらしい。……だけど、そんなことしなくても十分なくらい感じてたけど」
「東雲うるさいっ……! 面を取らずともにやけてるのが丸分かりだぞ!
それに月夜も、上手いのは上手いが我の姿を楽しんでいるのではあるまいな」
師匠は涙目で東雲殿と私を睨む。事実、師匠の姿にやましい気持ちを抱かなかった訳ではない。私はただ頭を下げた。
「そりゃあ楽しまなくちゃ、やってられないでしょ。しかし指でもそんなに気持ちいいのか。勉強になった」
「勉強とはなんだ! 唾液まみれの手で殴るぞ」
「それはごめんだ。よし、ちょっと桶に水でも汲んでくるから洗うといい」
逃げるように東雲殿は桶を片手に部屋を出る。師匠は今しがた私が舐めた手を汚いと拭き取ることもせず、反対の手で強く握りしめていた。
「指でこれでは、本番では我はどうなるのだ」
無意識に出たであろう小さな声。それに思わず、鼓動がどくんと鳴った。
手を洗うとすぐに師匠が部屋を出たので、私は寝る準備をした。明日は遅くてもいいと言われたが、里の者達がいる手前で寝坊助だと思われたくない。
火を消して寝床に入る。外では東雲殿が寝ずの番をしてくださっている。部屋におられたままで良いのではと勧めたが、部屋の外にいた方が不審な気配に気づきやすいという。後日、お礼に何か差し上げようか。
うつらうつらし始めた時、目蓋の裏に炎が見える。その直後、胸を鋭く貫く痛みが稲妻のように走った。
「はっ……」
がばりと飛び起きる。何故、今更こんな物を見る。ここ数年程見ていないというのに。心の臓がどくどくと煩くて呼吸をゆっくりしようとも空気を吸うことすらままならない。どうしよう。久しぶり過ぎてどうすればいいのか忘れてしまった。
「おい、月夜君。大丈夫か!?」
障子が勢い良く開かれ、東雲殿が私の顔を見る。大丈夫ですと言いたいのに、言葉にならない。ぱたぱたと涙が零れる。
「今から風琴呼んでくるから、待っていてくれ」
東雲殿は翼をはためかせ、目にも止まらぬ早さで飛ぶ。師匠が来たのは二十も数えないくらいであった。
「月夜、しっかりしろ。ゆっくりと息を吐け」
師匠が私を抱き締めて耳元で囁く。だが私は師匠の腕にすがりついていることがやっとで上手く出来ない。師匠が真似をしろと言わんばかりに息をする音にあわせてすると、ようやく収まった。
「よし、もう大丈夫だな。では我は戻るぞ」
師匠は立ち上がると、私に背を向ける。その時、また胸が痛んで袖を掴んでしまった。
「月夜、今夜は一緒に寝るか」
「……申し訳ございません。お願いします」
師匠は仕方のない奴だと笑うと、私に添い寝をしてくださることになった。
1枚の褥を2人で共有する。以前はそれほど狭さを感じていたが、今では狭くてぎりぎりはみ出てしまいそうだ。
「本当に随分大きくなったな。まさか我がお前の腕の中に入る側とは」
「すみません……」
互いにはみ出ないようにするために身を寄せあった結果、不敬にも師匠を抱き抱える姿勢になってしまった。気にするなと師匠は首を横に振る。気づくと、師匠の眉間には皺が寄っていた。
「先程の話のせいで幼い頃の傷を思い出させてしまったならすまぬ。我のせいだ」
「いいえ、師匠が悪くないのです。ただ、私の心が未熟なだけで……」
まだ言い終わらぬ内に指で唇を塞がれる。目の前の師匠は少し睨んでいた。
「たわけ。心が成熟しようが古傷は痛むものだ。自分が未熟だからと責めるな。辛くなったら我に打ち明けよ。お前が苦しむなら共に受け入れるだけの覚悟はとうに出来ている」
師匠の怒っているような声音だが、どれだけ温かい思いが込められているか知っている。思わず目頭が熱くなった。
「師……匠……」
「泣くのは良いが、苦しいからそんなに抱き締めるな。よしよし、特別に子守唄でも唄ってやるからさっさと寝ろ。肌が荒れては困る」
師匠は私の背中を軽く叩くと、低い声音で子守唄を唄う。幼い頃に何度も聞かされた子守唄に目蓋が重くなった。
暗い場所に引き摺られるような妙な胸騒ぎに意識が覚醒する。ああ、母が亡くなる前もこんな胸騒ぎがあったな。とはいえ、目蓋が重い。そんな時に、2人が話す声が聞こえてきた。
「手慣れていたようだけど、月夜君がこうなるのは何度もあったの?」
「まあな。目を瞑ると、追手や母の最期が目蓋に浮かんで辛いとああなったようだ。ここ数年は落ち着いたのだがな」
師匠であろうか。誰かがため息をする吐息が聞こえる。
「我がいなくなるかもしれぬと言ったのが悪かった。あやつは我を信頼しているのに」
「そんなこと言ったのか。それは風琴が悪い。……けれど、天狗は不死ではない。そこのところ、お前も月夜君もいづれ覚悟することになる。今がその時でないのを願うしかないけど」
「今の月夜を置いていく訳にはいかぬ。人間どもと手を組んだとしてもそれは同じだ」
師匠の強い決意の籠った言霊。なのに胸騒ぎが余計に酷くなるのは何故だろうか。月夜は一筋涙を溢すと、再び眠りに落ちた。
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