気高き翼に手を伸ばす

幽月 篠

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天狗と式神の三番勝負  其之壱

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戦闘での高揚などすっかり忘れていた

 夜になると、紅月と泰重は土御門当主である久脩への報告をすることにした。呪具である鏡の向こうで久脩は渋い顔をする。

「先祖がそこの天狗は気難しい者共と仰っていたので覚悟はしていたが……そうか、手合わせなあ」
「某が考えるに、向こうの思惑としては十二天将が負けた場合、我等は役立たずと烙印を押されて、盟約が契れぬでしょうな。騰蛇殿と勾陳殿はそういうことは好きでしょうが、後はどうしますか? 四神は無理でしょう?」
「四神に京から離れてもらっては京の結界が崩壊しかねん。四神を省くとなると、後は貴人、六合、天空くらいであろう。それ以外は戦闘には不向きだ」

 意外と人選ならぬ天将選びの幅が狭いなあと、紅月は顎に手をやる。貴人は美形の優男だが、あれでも十二天将を纏めるのだから、それだけの実力はあるのだろう。
 天空は女性であるが、鬼を斬り捨てる姿は惚れ惚れする様であった。

「あの、六合は和合を司るのでしょう。お姿を拝見したことはございませんが戦闘なんて出来るのですか」
「言っておくがかなり強いぞ。個人的には天空か六合を薦める程だ」

 ほう。それ程なのか。我も少し気になるな。でも我の興味だけで選ぶのはなあ。泰重に目を遣った。

「泰重殿は六合と天空のどちらがよろしいですか。某よりもお詳しいのでしょう」
「え!? 私ですか!? いや、えっとそうですね……」

 泰重は眉間に皺を寄せて一生懸命考えてる。この坊っちゃんはいつも真面目で面倒だが、悩む表情がかわいいな。泣かせたいという嗜虐心もたまに沸くがそこは我慢せねばなるまい。

「此処の天狗の五行は火ですので、木生火となる六合よりも天空がよろしいでしょうが……彼等は我々に力を貸すことの益を知りたがっています。相生ならば彼等の力になりますので、彼等の関心を引きたいならば六合がよろしいかと」

 なるほど、手合わせの勝敗ではなくそこを重視すると。それともこの坊っちゃんには六合が勝つという自信でもあるのかな。紅月はにやりと笑みを浮かべた。



 すぐに呼び出された騰蛇、勾陳、そして六合は久脩の前に座る。

「で、俺達に天狗との手合わせをしろと」
「すまんが、これも天狗を協力者にするためだ。力を貸してほしい」

 頭を下げて頼む久脩に、しょうがないなと騰蛇は笑う。

「殺生が絡まないからこっちは気が楽だ。なあ勾陳」
「ああ、僕としてもちょっと鬼どもの血飛沫にうんざりしてたから、丁度良いよ。六合はどう?」
「……俺は別に構わないですけど、他に適任がいるのでは? 貴人や天空など」
「泰重が指名したのだ。天狗の里に滞在しているあやつが言うのだから此度は信じてみることにした」

 成る程と六合は腕を組んだ。だがそこまで自分が強いなどと思ったことはない。修練の為にこの2名に相手をしてもらってはいるが、ほぼ白星を勝ち取ったことなどない。そんな自分がどうして選ばれたのか。

「指名されたからには、期待を裏切る訳にはいきませんね。出立はいつになるのです」
「なるべくなら、今すぐ行ってもらいたいが良いか」

 天将は人と違って体力の消耗が無い限りは、睡眠を必要とはしない。3名は首を縦に振った。

「承知した我が主よ。ところで、泰重や紅月に伝言か渡すものがあるか」
「天狗は警戒心が強い。泰重宛の文を持って行ってほしい。今はそれぐらいだな」

 久脩が勾陳に文を渡すと、3名の気配が瞬時に消える。十経ってから、久脩はため息を吐いた。

「落ちた星を祖とする天狗か。……それらと天将の手合わせなぞ、私だって見たいわ!」

 本当は天狗の里に行って直に見たい。だが、私は土御門の当主にして、今回の日之本に蔓延る邪気を取り除けと徳川家から仰せつかった身。自由に動く余裕なぞ針の穴もない。

「はあ……羨ましい」

 久脩は我が子には、一切言えぬ言葉をぽつりと呟いた。



 翌日になって風琴は十二天将と名乗る者が里ではなく此方に来たとの報せを受けた。おおよその天狗の住処の位置は把握しているであろうが、泰重の霊力か縁を頼りに来たのであろう。

「それで、人間の小僧は十二天将が本物であると言ったのか」
「はい。長はここに来るまでの間に時間がかかるので、代わりに風琴様に相手をしてほしいとのことです」

 式神であっても神だ。礼儀を怠れば面倒なことになる。それに、どうせ我が手合わせをさせられるのだろうから、相手のことは知っておきたい。

「分かった。我が客人をもてなすから引き続き、此処の警護は頼んだ」
「承知いたしました」

 若い天狗は頭を下げると、持ち場に下がる。さて、十二天将とは書物に書かれた通りの存在なのか。それとも全く異なる姿をしているのか。風琴は少しだけそわそわとした。
 客間に足を運ぶと、5名の人影があった。十二天将以外ならば、泰重と紅月であろう。
 障子を開けると、予想通りに十二天将とあの2人。……ほう、確かに人とは違う成りをしているな。当然ながら全員美形であるが、それぞれ外見の年齢も違う上、雰囲気が違う。
 3名中2名は男なのは分かるが……残りのはどっちなのだ。男の衣服を纏ってはいるが、紅月以上に中性的で男装の麗人なのか本当に男なのか全く分からん。
 風琴は疑問を抱えながら座る。

「風琴殿、此方が十二天将でございます。左から騰蛇、勾陳、そして六合です」

 天狗風情に彼等は頭を下げてくる。我もすぐに一礼すると3名を見た。
 騰蛇の外見は我よりも若干年下と言ったところか。炎のように透き通った赤み金色が混ざった長い髪を頭の高い位置で括っており、瞳は金色。……何故か雰囲気が紅月に似ている。
 勾陳は月夜より若干幼い外見で……やはり性別が判別出来ぬ。長い髪は艶やかな黒髪であり、瞳は藤色。
 そして六合は我と同じくらいの外見で、檜皮色の髪を首元で括っており瞳は……うん? 鏡で見た我の瞳と同じ色のような……。
 十二天将にも我達のような目の色の者がいるのかと親近感が沸いた。

「騰蛇殿、勾陳殿、六合殿にはわざわざ此方までのご足労感謝いたす」
「天将にとってはこれくらい朝飯前と言ったところだ。それで、対戦相手は既に決まっているのか」

 外見の割には大人びた声で勾陳殿が問う。声の低さからしたら勾陳殿は男か。
 同胞には外見で油断する者がいそうだな。外見は幼いながらも、凶将に位置する者の神気は凄烈で、侮れば殺されかねぬ。

「長や長老どもが決めるそうだ。運が良ければ我がそなたらの相手になるかもしれぬ」

 ここ最近、強い相手と闘う機会など無いのだ。闘いたくて血が騒いでいるのは、3名の神気の凄まじさ故か。

「では風琴殿と闘えるかもしれぬと。ならば、俺が貴方の相手であるのを願うよ」

 騰蛇殿がにやりと笑みを浮かべる。驚恐畏怖の神気を当てられては肌が粟立ったが、口角が上がってしまう。

「ああ、我も貴方が相手であることを願うばかりだ。長が来るまでの間に時間がかかるが、食事は必要か」
「いえ、我々は主の霊気と地の気で十分。この地は清浄な気で満ちておりますので、お気遣いは不要にございます。」

 六合殿は首を横に振って丁重に断ってきた。そういうものか。せっかく枇杷や酒を馳走したくなったが、不要とあらば仕方がない。

「では、暫しの間休んでいただきたい。必要なものがあれば、護衛の者に言いつけてくれ」

 相手をすると言ったが、彼等は放っておいてほしいのかもしれない。一言言い残して、客間を去る。結界を指を鳴らして瞬時に張ると、腰を下ろした。

「……あやつらと闘えるのは、我と東雲くらいか。長は……あいつ、剣は微妙だしな」

 本当は全員と闘ってみれば、気持ちいいだろうな。手合わせが終わったらこっそりと頼み込んでも良いかもしれない。腰に差した剣を鞘から抜いてみる。

「なあ、お前も闘いたいだろう?」

頷くように剣が仄かに光を発した。
 



 風琴が席を外すと、泰重は大きく溜め息を吐いた。

「やはり……昨日の1件であの方がそれほど怖くないと分かったけど、妖力で身体が強張っちゃう」
「昨日の1件? 何をしたんだ」
「風琴殿とその片腕とお弟子さんと枇杷を食べたんですよ。その時に他愛のない話で花を咲かせましてね。中々に楽しい時間でしたよ」

 泰重の代わりに紅月が答える。そうかと騰蛇が笑った。

「あの天狗は人間を毛嫌いしているように見えたが、意外と友好的だと。ただ……俺を見て戦闘意欲を掻き立てる物好きだから少し注意が必要かもな」
「騰蛇に怯えずそうなるなら、あの天狗の相手は騰蛇に譲るよ。でもあの風琴、なんで隠居なんかしているんだろうな。騰蛇みたいに敬遠されてるか戦闘馬鹿だからとか?」
「敵を源氏武者の如くばっさばっさと斬って笑っているお前に言われたくないぞ勾陳」
「誰が源氏武者だ。僕はそこそこ手加減はしているんだぞ」

 むっとする騰蛇にぷいっとそっぽを向く勾陳。2人をまあまあと六合が宥めた。

「下手に詮索してはまずいことだと俺は思いますよ。とりあえず今は手合わせで最善を尽くせるように努めることかと。騰蛇、勾陳は俺よりも強いことは重々理解してますけど、油断しないでくださいね。特に騰蛇。神気に頼り過ぎて俺如きに隙を突かれたことがありますから、用心なさい」

 騰蛇はうぐぐと唸り返す言葉も無いと目を泳がせる。ほら言われているぞと言いたげに勾陳が笑った。

「そんくらい分かっている。六合も1人だけ負けることがないようにな」
「勿論ですよ。泰重に信頼して頂いたからには、負けるわけにはいきません」

 泰重は主の子であって、主ではない。それでも信頼を寄せられたからには応えたい。
 六合が泰重に微笑を向けると、泰重は照れて赤くなった顔を伏せた。



 長が来たのは昼前辺りだろうか。天将達と軽く話をした後に我の部屋までついてきた。

「兄上……何故、あのような方々が人間に仕えているのですか。理解が不能です」

 泣きそうな声で我の腕を掴む。昨日の月夜のことがあるからくっつかないでほしいのだが。風琴は長の頭を撫でるついでにしれっと距離を取った。

「お前自身が我に説明したではないか。彼等を従えた安倍晴明とやらが主としての器があったんだろ。それよりも、そんなに怯えるとは騰蛇の神気に当てられたか」

 はい……としおしおと頷く長。こやつは戦の経験がほぼ無いから仕方ないか。情けないぞと背中を叩いた。

「お前の気持ちが分からなくはないが、天狗の長なのだぞ。敵意の無い者に怯えていては話にならん。……でもまあ、彼等の前ではしっかりと胆を据えていたのは良かった」

 こやつは臆病者ではあるが、やる時はちゃんと長としての風格を持っている。数十年経って戦いの経験を積めば、臆病なところも少しはましになるだろう。

「それで、長老どもは誰を出すと言っている」
「兄上は騰蛇、東雲は勾陳に。私の片腕である松風しょうふうが六合の相手をすることになりました」

 松風とは誰だったか。一瞬思い出せなかったが、我を見つめるだけで近寄らない天狗が脳裏に浮かんだ。

「あやつか。……ところで、あやつは我を嫌っているのか?」
「松風は嫌ってはいないと思いますよ。ただ松風は無口なんです」

 そうなのか。嫌われてないならそれでいいが。……長の片腕ならば、実力が気になる。まともに天将殿の相手になれば良いがな。風琴は松風が控えているであろう方を向いて笑みを浮かべた。

「天将との手合わせは里で行うことになった。お前には今後の参考として直に見せたいが、里にお前を連れていくとまずい。だが、東雲と我が天将達の手合わせとして此処に不在になってしまうと、お前を置いていくことになるが……大丈夫か」

 月夜は少しだけ不安な表情を見せたが、すぐに微笑んでみせた。

「師匠の結界からでなければ大丈夫なのでしょう? 万が一何かあったらすぐにご連絡いたしますから。ですが、師匠と天将殿の闘いが拝見できぬことは残念ですね」
「いや、直ではないが一応見れるぞ」

 我は髪を1本抜くと、月夜の部屋にある手鏡の装飾に巻きつける。すると我の姿が鏡ではありえない方向から写し出された。

「これで我の姿が客観的に見えるようになる。部屋にいる間は眺めているといい」
「すごいですね! ありがとうございます、師匠」

 はしゃぐ月夜に我もつい笑みがこぼれる。月夜に信頼されたからには、頑丈な結界を張っておいた方が良いだろう。月夜には実戦経験が皆無だ。何かあった時に、萎縮して動けないということがあってはまずい。

「……もし盟約を結んだら、騰蛇殿か紅月の奴に月夜の手合わせの相手をさせねばな」

 結界を風琴でしか壊せぬ程の磐石なものにしながら呟く。……ああそうだ。もう情事と口づけは済ませたのだから、これも出来るか。結界の強化を終えると、月夜に近づいた。

「我の妖力が身体に入れば、手出しは出来まい。ということで、我が口移しするからその水を飲め」

 唾液を飲めと直接的に言うのは気が引けるので避ける。だがその気遣いは無用なようで、月夜は耳まで真っ赤にして固まっていた。

「師匠……からの……口移しですか。喜んでさせていただきます!」

 何度も口づけしたのに、それほど緊張するのか。声が裏返る月夜に、思わず笑い声を上げそうになった。
 井戸で汲んだ水を口に含むと、月夜の頭に手を添える。頬を赤くして目を閉じる月夜の唇に我のそれを重ねた。

「んっ……」

 液体を相手の口に入れるとは思ったよりも難しい。月夜も当然不馴れな為、手間取っているようである。

「ふっ……う……」

 我の呻き声と月夜が水を嚥下する音が部屋に響く。舌を入れられたら間違い無く、腰が砕けて闘いなどままならない。舌を入れられる前に我が唇を離したが、少しふらついてしまった。

「師匠、大丈夫ですか!?」
「これくらい平気だ……。それよりも月夜。厠は今の内に済ませろ。そして我が呼ぶまでの間、障子を開けぬようにな」
「承知しておりますよ」

 月夜は笑うと、我の手の甲に口づけをした。突然のことに我は動けなくなる。

「師匠。思う存分手合わせを楽しんできてください。私は此処で師匠を見守っていますから」

 月夜の言葉に胸が温かくなる。こんな優しい弟子を持てて我は幸せだ。

「ああ。今までだってお前の鍛練の相手として、自分の腕が鈍らないようにしてきたからな。お前の手本となれるように頑張ってくるさ」

 負けても構わない。だが、恥とならぬように自分の力を出さねば、この子の師匠と名乗れない。

「それでは行ってくる」

 障子をきっちりと閉めて部屋を出る。風琴はそっと面の下の唇に触れた。まだ唇は熱く、湿っている。
 どうして唇を重ねるだけで胸が満たされるのであろう。唇が触れている間は師匠と弟子という立場など関係無くなり、彼と魂が溶け合った気分になる。
 女役も致し方なしと受け入れた今、彼に抱かれたら自分はどうなってしまうのか。

「何を考えているのだ我は……!」

 今は手合わせのことを考えるべきではないか。我の馬鹿。風琴は首を横に振ると、翼を広げて地を蹴った。
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