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玻璃が紅に染まる 其の壱
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目の当たりしたのは、雪化粧ではなく紅の野
その夜、天狗達は歓待を受けた。人間の酒はさほど強くないが美味い。風琴は酒を飲みながら紅月を見る。どうやら紅月は里の者に慕われているようで、何人もの人間と笑顔で会話している。
「どうだ、俺の主は。意外にも慕われているだろう」
「そのようですな、騰蛇殿。ところで……勾陳殿と違い、紅月は仮の主ではないのですか」
騰蛇はいいやと笑い、盃の酒を飲み干した。
「まだ正式な手続きはしていないが、ほぼこやつが第2の主と言って過言ではない。久脩は少し迷っていたが、何処かの天狗の勧めで、紅月を俺の主に据えることを決断したんだと」
何処の天狗がそう言ったのだ。言いかけた時、久脩と己のやり取りを思い出す。そういえば、我はそのようなことを言ったな。もしや、我は要らぬことを言ってしまったか。怒っているかと思いきや、騰蛇殿はそんな雰囲気を全く見せていなかった。
「正直、有り難いと思っている。俺以外の天将になぞ、紅月の相手が務まるか」
「それは良かった。ですが、騰蛇殿。あの者に、特別な感情がおありなのですか」
騰蛇はどうかねえと顎に手をやった。紅月の方を向いているが、何処か遠くを見ているようだ。
「驚恐の騰蛇と言われるように、俺は人からは拒絶や畏怖の対象だ。晴明や土御門の一部の者は、そんなことを気にしなかったが……俺をきれいだと言ったのはあいつぐらいだ。それに、あやつには俺がいてやらないと、いけない気がする」
騰蛇殿とあの紅月は似ているところが些か多い。それ故、惹かれ合ったのか。もしくは、騰蛇殿が長年異端扱いを受けてきたので、己を綺麗だと言った紅月に庇護欲が湧いたのか。どちらにせよ、こやつらは主従に相応しい。
「ですが、あやつの寿命は短いですよ。あまり心を向けると、傷ついてしまいまする」
「600年も人に仕えてきたんだ。もう慣れた。それに……如何にあいつの天命が短ろうと側で見守りたい」
我の心配も杞憂な程、騰蛇殿の顔には覚悟がある。本当にお強い人なのだな。風琴は、無言で騰蛇の横顔を見つめていた。
宴の合間に抜け出して、怪我をした者達の見舞いに行く。治療部屋に入ると、きつい薬の臭いがして顔をしかめた。
「3人とも調子はどうだ」
「おかげさまで、桔梗様の薬で痛みが収まりました。数日後には飛べるとのこと」
人間や天狗では治療出来なかったものを一日足らずで治癒してしまうとは。風琴はその場に腰を下ろすと、桔梗に頭を下げた。
「我が同胞の怪我を治してくださり、感謝する。どう礼をすれば良いものか」
薬研で薬を磨り潰していた桔梗は、顔を上げた。
「別に礼は要らないさ。前払いは頭領と土御門に十分してもらっている。ところで、貴方は天狗の隠居だね。声音や魂からして随分若い」
「ああ、そうだ。名乗るのが遅くなって申し訳ない。我は風琴と申す」
桔梗は、風琴という名なのかと呟くと、考え込む仕草をする。
そこまで珍しい名前でもなかろうに、何か思い当たることがあるのか。しばらく桔梗はその仕草をしていたが、気のせいだったのか、首を横に振った。
「いや、ごめん。聞いたことがあるような気がしたけど、思い出せないや。ところで風琴の旦那、宴を抜け出して良いのかい? うちの頭領が奮発して色々出したようだけど」
「有り難く頂いたさ。酒だけでなく、料理も美味かった」
ただ、酒を飲むのは少人数の方が好きだ。そう言うと、桔梗は笑みを溢した。
「ならば後日、うちの頭領と飲むと良い。あいつも酒は皆で飲むより、静かに飲むのが好きだからね」
そうなのか。あやつは人に囲まれるのが好きそうだが。いや、人は見かけによらぬもの。いつも皆に囲まれているからこそ、人がいない静かな場所を好むのかもしれない。
「別に飲んでも構わぬが、我を警戒しないのか。我は人ではないから、おぬしの頭領と2人にさせる危険など考えぬのか」
桔梗は怪訝な表情をした後、ふふっと笑い声を上げる。
「天狗は矜持が高い。故に卑怯なことなどしたくないだろ」
桔梗の言葉で、風琴は一瞬固まってしまう。そうだった。普段から卑怯な手を使われて殺されかけてきたが、本当の天狗はそのような卑怯なことはしない。正々堂々と殴り込むのが我らの生き方だ。
「確かにそうだな。騙し討ちなどするものか」
かつて、騙し討ちをしたと濡れ衣を着せられ、後ろ指を指された心の古傷の痛み。それが、少しだけ癒された気がした。
亥の刻となって、風琴は紅月と話し合いをする。翌日の出陣に響かぬよう、酒ではなく茶を飲んでいた。
「では、その手筈でお願いします」
「あい分かった。ところで紅月、出陣前に身体を清めたい。禊祓……つまるところ水垢離が出来る場所はあるか」
「それでしたら、龍神の霊脈が通っている箇所に泉がございます。側には川も流れておりまして、滝行も出来るかと。某が道案内をしますが、月夜殿か東雲殿にご同行頂きましょうか」
そうしたいところだが、東雲は不寝の番ではないので泥のように眠っている。月夜も連日の行き来で妖力を消耗し、早朝には飛び立たなくてはならない。こいつがいれば、一応は安全だろう。
「いや、いい。二人は疲れ果てておるでな」
「そうでしたか。では、騰蛇を同行させるといたしましょう。それでよろしいですね」
「ああ、承知した」
風琴は立ち上がって障子に手を掛ける。すると、風琴殿と名を呼ばれた。
「ご到着なさってから、某の所の蛇神の社に参拝なさったこと、感謝いたします。何分、某の守り神は我ら以外には崇められておりませぬ。それ故、神は大層喜んでおりました」
そこまで感謝することなのだろうか。百地の所でも参拝はしたが、特に何も礼は言われなかったが。風琴は紅月に目を遣った。
「神への挨拶は怠ってはならぬからな。それと戦勝祈願だ。天狗だけでなく人間も誰一人欠けては嫌だからな」
そう言い残して、風琴は立ち去る。紅月は風琴の足音が無くなるまで、風琴に頭を下げていた。
翌日、早朝から紅月や騰蛇と共に里を離れる。少し山奥の足場の悪い場所に、例の泉があった。近づくだけで、清浄な空気に充ちているのが分かる。
風琴は泉を眺めながら、水垢離用の衣に着替えた。普段は水垢離の際は面を取るが、どうしようか。万が一盗まれては困る。少し悩んだが、風琴は2人に背を向けた。そして、面を外すと、妖力で烏面を編み、外した面を騰蛇に渡す。
「騰蛇殿、しばし面を預かって頂きたい」
「了解した。俺が責任を持って預かろう」
騰蛇は汚さぬようにと神気で編んだ布で、風琴の面を包む。何も言わなくても、丁重に扱ってくださるとは。風琴は騰蛇に頭を下げると、泉に入り肩まで浸かった。
母が亡くなってから、東雲の父に禊祓の仕方を教わった。方法が分かってからは、1人でしようとした。だが東雲やその父が傍についてくれて、冬ですら一緒に冷たい水に入ってくれた。
それ故に、我はこれが大して辛くないのかもしれない。風琴は二人に背を向けて、烏面を解く。そして目を瞑り、祓詞を何度も唱え。それにつれて、精神が研ぎ澄まさせる感覚は心地好い。
四半刻が経ったであろうか。妖力で再び烏面を編みかけたその時、突然足に何かが絡みついた。
「何!?」
足首を見ると、黒い何かが絡みついているのが見える。外そうとしたが、その前に水中に引きずり込まれた。
「「風琴殿!?」」
騰蛇殿と紅月が我の名を呼ぶのが聞こえる。だがその直後に頭部までもが水中に沈んで何も聞こえなかった。
このくらい、妖力を爆ぜれば何とかなる。そう思ったのだが、絡まった箇所から妖力を奪われていることに気づいた。まずい息が……。風琴は何とか抗おうとする。その時、頬に白い指が触れる。
「風琴」
気がつけば目の前に母がいた。どうして貴女が。風琴は置かれている現状を忘れて、口を開く。
「母……上……」
言霊は泡と消え、風琴は大量の水を飲み込んでしまう。息苦しさの中で風琴は手を伸ばす。だが届いた所で母の姿が消え、代わりに我の首を締める義母上の姿があった。
我を隠居に追いやって、戦場に出させているというのに、まだ我を恨むのか。我は貴女に何もしていない。だというのに、どうしてそんなに恨むのか。聞きたくても、口を動かすことすら億劫だ。
死ぬわけにはいかない。そう思っている筈なのに、全てを捨てて目を閉じようとする自分がいる。誰か助けてくれ。さもなければ、私は自ら命を手放しそうだ。
「風琴……!」
誰かに名を呼ばれる。相手を判別する前に、風琴の意識が途切れた。
風琴と紅月が禊祓を行っている間、騰蛇はそれを見守っていた。紅月は滝に打たれているが、平然とした様子。それにしても、白衣から透ける傷跡が増えている。いい加減、自分を大切にしてほしいが、そう言っている場合ではないのが現実だ。
そして風琴に視線を向ける。抜けるような白い肌と細い体躯。こちらも少し心配になる。2人とも、もう少し肉を付けた方がいいのではないか。
騰蛇が思案していると、背後から音がした。振り返ると、風琴の側近である東雲と目が合う。東雲は軽く会釈をすると、騰蛇の横に並んだ。
「おはようございます、騰蛇殿」
「確か東雲と言ったか。おはようさん。ところで月夜とやらはどうした」
「すぐに発ちました故、私が代わりに参りました。にしても、此処の空気は良いですな。私どもの里を思い出します」
東雲は眩しそうに辺りを見回す。霊脈の影響か、どこか此処の景色は光輝いているように見えるのだ。
「此処は龍神の山から霊脈が流れているからな。……話は変わるが、風琴殿は大丈夫なのか。痩せすぎだぞ」
「あやつは食が細いですからな。月夜が飯を作るようになってからは、少し肉が付いたのですが、最近のことで食事は最低限に減りましたよ。あと……いや、これ以上話しては雷を落とされますので、止めておきましょう」
一体何なのだ。そう中途半端に止められても困る。紅月は風琴が女役などと言っていたからそういうことなのか。確かにあんなに細いと狙われかねないなと、少し同情的な視線を送ってしまう。
東雲と2人で話していると、妙な気配を風琴の方から感じた。本人は気づいていないようだが、言うべきだろうか。いや、下手に言えば気配の主も勘づく。そこで騰蛇は東雲に小声で耳打ちをした。
「では、風琴のことは俺に任せてください」
東雲は丁度祓詞が終わった風琴に近づく。その時、不意に風琴の身体が傾いだ。
「「風琴殿!?」」
騰蛇と紅月は思わず大声で名を呼ぶ。ただ転んだだけではないのか、水面越しに風琴が抗っているのが見えた。だが、黒い邪念が風琴の顔に重なった途端、ふつりと風琴の妖気が途絶える。
俺が飛び込もうとした時、東雲がすぐに飛び込んだ。だが、東雲にも邪念が絡みつこうとしている。相克だが仕方あるまい。騰蛇は刀を顕現させると、水ごと邪念を切った。
東雲はすぐさま風琴を手繰り寄せる。だが、風琴は目を瞑ったまま水に沈んでいた。邪念は離すまいと風琴の身体を水底に留めようとする。水中で神気を使っては、たちまち風琴と東雲が煮えてしまう。どうすれば良いか。騰蛇が唇を噛んだ時、風琴の手首が紅い光を放った。
確かあれは蛇神の神気の……。淡い光だったものは、目を潰す程の光となると、邪気が溶けるように霧散する。東雲は光を物ともせず、風琴を引き寄せると、陸を目指した。
陸に上がって紅月が敷いた羽織の上に風琴を寝かせる。風琴はぐったりとしており、肌が青白くなっていた。
「風琴……おい風琴!」
東雲がいくら呼んでも返事をしない。紅月は風琴の口元に手を当てると、顔色が変わった。
「騰蛇、至急桔梗を呼んできて! 我は風琴殿を蘇生させる! 東雲殿は風琴殿の名を呼べ!」
騰蛇は頷くと、稲妻のように駆けていった。それを横目に紅月は風琴の胸部を一定の間隔で圧迫する。東雲は言われた通りに名前を呼び続けるしかなかった。
それでも風琴はびくともしない。東雲は身体中の熱が失うのを感じる。嫌だ……待ってくれ……。目頭が酷く熱い。東雲の心が恐怖で満たされた時、紅月はバシンと東雲の背を叩いた。
「我を失っている場合ではないだろ、たわけ! さっさと息吹を風琴殿の口に流し込め!」
紅月の表情は本気の怒りに満ちていた。ああ、そうだ。怯えている場合ではない。東雲は面を取ると、紅月の指示通りに風琴の唇に息を吹き入れた。
その後、紅月はまた風琴の胸部を圧迫する。これを数度続けていると、風琴の身体が震え、水を吐いた。萌葱の瞳が瞼から覗いたかと思うと、何度も咳き込んだ。
「風琴、俺が分かるか」
「東……雲……」
風琴の萌葱の瞳から涙が溢れる。怖かったのだろう。首や手足には締め付けられた痣が色濃く残っている。無言のまま涙を流す風琴に、東雲はそっと己の羽織を掛けたのだった。
駆けつけた桔梗殿に診てもらったが、我は1日安静にしておけと言われた。計画を崩す訳にはいかぬと立ち上がろうとしたが、すぐにふらついてしまった。
「風琴、医者にも言われたんだから大人しくしろ」
「しかし、我のせいで計画を潰す訳には……」
すると、東雲の周囲の妖気が冷たくなる。あまりの冷気に風琴は何も言えなくなってしまった。
「そんな状態で戦場に立たれては、足手まといだ。部屋から出るな」
寒々とした言葉に風琴は青ざめる。まるで、その声音は我を里から追い出した時の声と同じだ。抵抗しなくなった風琴を胸の前で抱えると、東雲は紅月の屋敷に戻った。
食事を取ることすら億劫なのだろうか。風琴は部屋から一歩も出ずに横になっていた。里の薬師と桔梗とやらが改めて風琴を診る。外で待っていた東雲は、無言で座っていた。
風琴のことが心配なあまり、酷い言い方をしてしまった。あの表情からするに、嫌なことを思い出させてしまったに違いない。
……俺があいつのためにと取った行動は、あいつを傷つけてしまう。だから想いを諦めていた。それなのに……。東雲は己の唇に触れる。不可抗力とは言え、あいつの唇に己のこれを重ねてしまった。その動揺のあまり、俺は一歩離れた目線でいることを忘れていたのだ。なんという愚か者なのだろう。東雲は自分が情けなくて、唇を噛む。
その時、2人が部屋から出て来た。東雲は反射的に立ち上がる。
「風……御隠居の容態は?」
「痣が目立ちますが、数日で治るかと。妖力もすぐに戻るでしょうな。ただ熱が出ておりますので、今日は安静にさせないと」
「そうか……」
東雲は安堵のあまり、膝から崩れる。そんな東雲の腕を桔梗が引っ張った。
「ほら、あんたも邪気に当てられているんだ。あとはそこの薬師に任せて、あんたは私と此方に来い」
「いや……だが……」
薬師も、私が診ているから行ってこいと目で言っている。俺はそのまま、妖狐に別部屋に引き摺られて行った。
東雲は桔梗の部屋に連れていかれると、紅月が部屋で端座して待っていた。微笑を浮かべると、此方に手招きをする。東雲は紅月の前に腰を下ろした。
「此度、風琴殿を危険な目に合わせてしまい、申し訳ございませぬ。本来は、風琴殿やそのお弟子である月夜殿に謝罪をせねばなりませぬが、風琴殿は熱を出しておられる。それに月夜殿は不在なので、先に貴方様に謝罪をさせて頂きたい」
「別にいい。元はと言えば、悪いのは風琴だ。俺に書き置きだけ残して行水なぞ……」
「……確かに危ないところでしたね。ですが、悪いのは風琴殿でなく、邪念を放った者ですよ。よりにもよって生き霊とは、何という執念なんでしょう」
紅月は面倒そうに、頭を掻いた。端正な顔立ちが、疲労しているように見えるのは先程の件のせいだろうか。
「まずは、貴方の身に邪気が残っているかを確認させてください」
手を出すように言われ、警戒しながらも東雲は邪気に触れた方の手を差し出す。紅月は手を掴むと、反対の手で、腕の数ヵ所を確認していった。
「うーん……なるほど……ありがとうございます。よろしいですよ」
紅月の確認が終わると、東雲はすぐに手を引っ込める。紅月は、取って食いはしませんよと笑った。
「予想はしておりましたが、貴方も邪気の影響を受けておりますね。それ故か、負の念に影響されております。普段よりも、負の言霊だけが相手の心を抉りやすくなっております。……相手が正論と分かっていても、死にかけたせいで心が脆くなっている相手は、さらに傷つきやすくなっているでしょうな」
もしや風琴のことを言っているのか。東雲は、人間に指摘されたことへの苛立ちや、自分の不甲斐なさに拳を握りしめた。
「怒らないでくださいませ。最初に申した通り、私どもの落ち度と邪念を向けた相手が悪いのですから………縛」
東雲の妖気が紅月に襲いかかろうとした瞬間、紅月の瞳が赤く輝く。そして赤き焔の霊力が東雲を縛りつけた。
紅月が袖の下で結んでいた内縛印が露になる。そして涼しげな顔のまま、口を開いた。
「ノウマク サンマンダ バサラダン センダマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」
「何を……か……はっ……」
そこから剣印、転法輪印などの不動七縛印を組みながら、合間に「オンキリキリ」と唱えていく。その間、桔梗と隠行していた騰蛇が妖力と神力で霊力の縄の上から東雲を拘束していた。
「臨 兵 闘 者 皆 陣 列 在 前 っと……えーと一応これもしておこうか。大蛇神、赤き瞳で邪を縛る」
赤い瞳が鮮やかに輝く。それと同時に、東雲の身体ががくりと大きく仰け反った。そして意識を失ったかと思うと、東雲の身体から邪気が噴き出る。
それは風琴を襲った邪気に酷似していた。それを眺めていた紅月は溜め息を吐く。
「天狗というだけで面倒なのに、女天狗の生き霊か。六条御息所以上に厄介じゃないか。しかも、風琴殿の側近……というか風琴殿に片想いしている者の思慕と無意識の嫉妬に付け込むとは……うーん、我は結婚しない方がいいかなあ」
「紅月、そんなことを言うと、許嫁が怒って殴りかかるぞ。あと百地の旦那も」
苦笑いをする紅月に騰蛇が釘を差す。すると、紅月が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「言わないでよ。百地の旦那とあの方が怒る姿なんて想像しただけで怖いのだから。それにあの方は、鎌倉の尼に負けないほどの豪傑の魂だから、許嫁の関係を解消したくないし」
……こやつ、一途に愛してくれる女に、よくそのような事を言えるものだ。騰蛇は少し説教をしたくなったが、それどころではないので、我慢する。
「それでどうする。生き霊ならば下手に殺せはしないだろ」
目の前の邪気はいつしか人の形を取っており、今にも紅月の身体を引き裂かんと暴れていた。
『あの小僧を生かしてなどやらぬ。あの女と同じ瞳が忌々しい。抉り出して、獣の糧になればよい』
風琴を襲うことを妨害したせいか、はたまた紅月が風琴の髪を触媒にしたことで勘違いしているのか。紅月に肌を刺すほどの殺意を向けている。紅月は風琴の義母の憎悪を涼やかな顔で受け流していた。
「そうだよね。祓うのは我達には簡単だけど、長殿を信奉している天狗達に殺されかねないし。源氏物語に則って、生かさず殺さずあれを焚くということで。桔梗お願いね」
「はいはい分かりましたよ。ったく、これは親父からもらった貴重なものだからな」
桔梗が傍にある香炉に火をつける。すると、白檀の香りが妖力と神気の風に乗って、部屋中に満ちていった。
破邪専用に作られた香炉の香りは邪気と化した生き霊にとって、毒そのもの。途端に生き霊は苦悶の表情で絶叫を上げている。
「彷徨える悪鬼よ。憎悪砕かれ、元の場所に去れ」
紅月は刀印ではなく、本物の短刀で空を裂く。部屋に赤い光が弾けると、いつの間にか生き霊はいなくなっていた。
「あちゃー。これ鍛えてもらったばかりなのに、壊れたか」
紅月の手の中の短刀は、刃の部分が欠けてヒビが入っている。最早使い物にはならないだろう。
「里の刀鍛冶に新しく作ってもらうしかないな。次は、俺の炎と蛇神の焔で鍛えるか」
「それがいい。よろしく頼むよ。火加減については刀鍛冶に聞いてくれ」
紅月は騰蛇に砕けた短刀を渡すと、伸びている東雲に目を遣る。
「風琴殿の呪詛返しの術を警戒したのか、はたまた無意識に送ったのか。また来そうで怖いなあ」
「ということは、あれでも足りないというのか」
騰蛇の問いにああ、と頷く。
「良心の呵責があれば、霊魂に移った白檀の香りで己の罪業を知って、改心するだろう。だけど、良心の呵責が無かったらまずいんだよなあ。まあ、念のために東雲殿に霊符の灰を飲ませておこうか」
香炉を片付けていた桔梗は頷くと、東雲を傍の布団に転がした。
「別に良いけどさ、風琴の旦那はどうする? あのままじゃ数日は動けないよ」
「我が面倒を診て、明後日には動けるようにするから大丈夫。では東雲殿をお願いね」
紅月はそう言い残すと、風琴が眠っている部屋に向かった。部屋に入っても一向も目覚める様子はない。
片膝を突くと、風琴の顔を覗き込んだ。熱で頬が赤く染まっており、荒い呼吸で胸が上下している。この状況で言うのもなんだが、艶やかすぎる。我は自制心があるが、天狗などは薬師以外殆ど風琴の顔を見たことがないだろう。
「月夜殿や桔梗以外が来ないように人払いの結界をしておこうか」
紅月は人払いの為の術を小声で唱え始めた。
風琴が気がつくと、既に夕方になっていた。
「なっ……いつの間に……」
溺れた後の記憶が一切無いのだが、誰か助けてくれたのか。
目覚めたと言えど、倦怠感があって少し気分が悪い。溺れたせいで風邪でも引いてしまったのか。とりあえず風琴は身体を起こすと、傍に胡座をかいてこくりこくりと船を漕いでいる人影に気がついた。
ここ数日疲れているだろうからそのままにしておくか。風琴は己の頬に触れる。……あの状況だと、紅月に顔を見られた可能性が高い。素顔を見られるのは嫌なのだが、あの状況では責められまい。
とはいえ、今後も素顔を見せたいとは思わない。念のために面を被ると、部屋に近づいてくる2人分の足音が聞こえた。
「月夜殿、入ってもよろしいですか」
障子越しで見えたのは、予想通り紅月と女の人影である。
「月夜は眠っておる。入れ」
障子が開くと、紅月と桔梗が部屋に入ってきた。
「風琴殿、お加減は如何ですか」
「正直言ってまだ怠い。我に何があったのか」
桔梗に脈を取られながら聞くと、紅月は答えた。
「貴方の義理のお母上の生き霊が、貴方を溺死させようとしたのです。何とか事なきを得ましたが、明日までは休養なさってください」
「そう言うが、同胞達に何と説明すれば良いものか……」
風琴が腕を組んで悩むと、桔梗が風琴の肩に手を置いた。
「うちの頭領が何とかしたから、十分休みなさい。風琴殿の場合は……まあそこのお弟子殿に、妖気を血などの体液で少量ずつもらうといいさ」
月夜に血は流させたくないのだが……ならばまた情交か? それでは我の体調が悪化しそうだし……。風琴が悩んでいると、目を瞑っていた筈の月夜と目が合った。
「し……師匠__!」
突然月夜が抱きついてくる。重さに呻くと、月夜が桔梗に投げ飛ばされた。
「病人に飛びつくな阿呆!」
月夜はすぐに姿勢を正すと、申し訳ありませんと頭を下げた。
「師匠が心配なのは分かるが、あんたの師匠は細すぎだ。飛びついたら、砕けてもおかしくないのだから気をつけな」
待て。いくらなんでも砕けることはないだろう。そう言いたかったが、月夜のしゅんとした姿に気を取られ、笑いそうになる。
「こやつは我のことが心配だったのだ。あまり責めないでやってくれ」
「私は病人や怪我人を守り、癒すのが仕事だ。病人に無理させるような奴は誰であっても容赦などしない」
桔梗は不機嫌な表情を浮かべる。このような厳しい薬師程かえって信用できるというものだ。……これ程の妖力を蓄えておきながら、どうして人間の式神となって薬師をやっているのかは不思議だ。
「はい、これが薬ね。今日の晩と明日の朝昼夜の計4回飲んで。それとこれが御神酒。そこのお弟子殿の血を1滴垂らして飲むと、安定するだろう」
薬と酒を枕元に置かれる。風琴が礼をすると桔梗は気にするなと、部屋を出た。
「ところで、手首の御守りが砕けてしまいましたので、また新しい物をご用意しますね」
手首を見てみると、確かにあの御守りがない。少し愛着も沸いたのだが残念だ。風琴が手首を見ている様子を、月夜はじっと見つめる。その時、月夜は紅月にちょんちょんと肩を叩かれた。
「せっかくなのです。瑪瑙を通す紐として、月夜殿の髪を頂いてもよろしいですか?」
小声で耳打ちされて月夜は驚いたものの、頷く。すると紅月が笑みを浮かべた。
「私のですか!? 勿論構いませんが……」
「では髪を縒って紐にしましょう。愛し合っている者の一部ほど、強い守りはありませぬ」
本当にそうであれば良いのだが。月夜は紅月の誘いに乗ることにした。
夜になり、粥と薬を口にしてから月夜の血が入った御神酒を飲む。喉を滑り落ちる度に、身体に染み渡るのを感じる。試しに軽く妖力の小さな風を起こしてみると、問題なく妖力が体内で動くのが分かった。
「迷惑をかけてしまってすまなかったな。大変だっただろう」
「いいえ、すぐに文は凩殿に渡して戻ってきたので、大丈夫ですよ。それより……師匠……生きてて良かった……」
我の手を握る月夜の手は震えている。最近の我は月夜に心配をかけてばかりだな。詫びに抱かれてもいいが、そんなことをしては桔梗に怒られかねない。
「……本当にすまぬ。情交などしてやれぬが、せめて口淫ぐらいなら……」
「謝らないでください。それに口……え!? 今何と仰りました!?」
思わず身を乗り出す月夜を押し戻す。
「だから詫びに口淫をしてやってもいいと言っている」
月夜は呆気に取られて我を見ていたが、ぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ、病床の身にある師匠にそのようなことをさせられませぬ。その代わり、口吸いを所望しても宜しいでしょうか」
月夜が我の頬に指を添えて視線を合わせる。そのようなことをされては断れない。風琴が頷くと、唇を重ねられた。
「んぅ……」
舌を絡め合うだけで、身体が1つになった心地がする。深く口吸いをする内に、安堵と恐怖で涙が溢れた。
……ああ、我は怖かったのだ。誰もいない水底に引き摺られて、月夜と永久に離れてしまうかもしれなかったことが。
月夜は風琴の涙に驚きつつも、気づかない振りをして口吸いを続ける。本当は涙を拭って、何か声を掛ければ良いのかもしれない。だけど、未熟な私には、師匠に相応しい言葉をかけられる気がしない。であれば、師匠がもう良いと言うまで、口吸いを続けることにしようと決めたのであった。
風琴が眠ったのを確認した月夜は、此処で寝ずの番をしようと柱に横になった。そこに足音が近づいてきたので、慌てて面を着けて、風琴にも面を着けさせる。部屋に入ってきたのは騰蛇であった。
「こんばんは、月夜殿。風琴殿の調子はどうだ?」
「ようやく眠ったところです。騰蛇殿は如何なさいましたか?」
「紅月に頼まれたからだ。……にしても、風琴殿は災難であったな。せっかく気性が好ましいというのに」
「……本当に」
月夜と騰蛇はそれから無言で風琴の寝る姿を見守る。騰蛇が来たことで、月夜は安堵したのだろう。それから数刻後に、船を漕ぎ始めた月夜に騰蛇は羽織をかけると、二人の寝姿を見守っていた。
それから2日後、桔梗や里の薬師の治療の甲斐もあって風琴は回復した。むしろ、これまでよりも体調が良くなった気がする。
「我が床にいる間、同胞達はどうしていた」
「紅月が提案した、交流を兼ねた鬼祓いとの手合わせをやっていた。だが、あの紅月は人にしておくのが惜しい程の実力だな」
東雲の言葉に確かになと頷く。人の器では溢れんばかりの、霊力の持ち主。いっそ始めから神に近しい器を持っていれば良かったものを。ふと、風琴はいつもと様子が違う東雲に気づく。
「東雲、出陣前というのにどうした」
「いや……なんでも。……ところで風琴、一昨日の事は覚えている?」
何やら歯切れの悪い言い方だな。風琴は怪訝そうに東雲を見た。
「溺れたのは覚えているがその後のことは知らぬ。紅月か騰蛇が助けたのだろう。それから桔梗に診てもらったり、月夜から苦しいほど抱き締められたことぐらいか」
事実をありのまま述べると、東雲はそうかと笑った。
「それよりも、昨日まで顔を見せないとはお前も熱でも出したのか?」
「まあ、そんなところだな。それよりも風琴、早く行くぞ」
東雲に急かされて皆が待つ場所に向かう。何かを忘れているような気がしたが、後で思い出せばいいかと頭の隅に置くことにした。
風琴が同胞達が待つ場所に着くと、どよめく声がした。
「御隠居、御加減は如何ですか」
紅月によれば、朝から我が過労で風邪を引いてしまったことになっているそうだ。風琴は心配するなと手を上げた。
「もう大丈夫だ。皆には迷惑をかけてしまってすまぬ」
皆、とんでもないや御隠居がご無事ならばそれで十分などと口にする。……さて、どれが本当の言葉なのかと知らず知らず冷めてしまう己がいた。
「今日は戦には吉兆。我が風邪もこの為だったのやもしれぬ。皆の者、今日は何事も無く、勝ち戦にするぞ!」
風琴の掛け声に皆が「応」と大声で応える。風琴の横顔を見ながら、東雲は一人唇を噛み締めていた。
今回は天狗が先に先陣及び索敵を行い、合図をしたら鬼祓いが地上での戦闘を開始するという算段だ。向かうにつれて邪気が濃くなっていく。
今日の所は、鬼祓いが何とか索敵出来た一ヶ所の湧き処を潰して、他の箇所を索敵していく。だが、こんなに邪気が濃いということは、霊脈の汚染も酷いことになっているのだろう。
あの城下や鬼祓いの里が何とかなっているのは、土地に住まう神々のお陰というべきか。飛んでいる内に、邪気の沸く場所が見えてくる。あそこか。近づこうとした時、風琴は鋭い殺気を感じた。
「皆下がれ!」
風琴の声に皆が下がる。風琴が瞬時に結界を織り成してひとつ数えた後、黒い影が結界にぶつかった。ミシミシと結界がひび割れる。
「気配を殺していたのに、よく分かったね坊っちゃん」
結界にぶつかったそれは、にやりと嗤う。それは我等天狗とよく似た姿をしていた。
「あれは何だ!?」
「我等とよう似ておるのに、翼からあの汁が垂れておる」
「あんな邪悪な妖気を放っている同胞など見たことがないぞ」
後ろの同胞達は口々に言っている。だが、我が一番驚いたのは、その者が素顔を平気で晒していることだった。端整であるが片目が無いのか眼帯で隠している。これはどういうことだ。元は我等と同じかそれともただの人間が我等を真似たか。
「羽虫がざわざわ喧しい。ほれ、仕事だぞ」
男が指を鳴らすと、いつの間にか男の後ろには伊賀で戦ったあの人の顔や手足をいくつも付けた化物が現れた。
「皆は背後の奴らと戦え、我はあやつを仕留める」
皆は返事をして化け物達と戦い始める。風琴の背後には東雲のみが控えていた。
「東雲、我の背後はお前に任せる」
「承知した」
男が刃で結界を壊す。風琴はその刃を受け流すと、男に斬りかかった。
何度斬り合ったことだろうか。周りの雑魚どもは同胞が処理できているが、こいつだけは格が違う。知らず知らずの内に息が上がっていた。
「ほう、すべて首を狙ったが当たらぬか」
男は笑みを浮かべる。腕を一度斬り落としたというのに、全く動揺せず腕が再生している。風琴はおぞましさに総毛立った。
「貴様は何者だ」
「元……天狗と言っておこう。俺は貴様を知ってはいるが……まあ何というお人好し。君は羽虫どもに頭領の座を追いやられたというのに、命を掛ける必要などあるか」
何故そのことを知っている。こやつの妖気を知らぬ。ということは、交流があった里出身の天狗か。
「貴様に答える義理など無い」
「そうか。躊躇う素振りでも見せれば手招きしたが、無駄だったか」
男が刀を振り上げたので、我は剣で受け止める。その時、妖気が一気に膨らんだのを感じた。
「では死ね」
避けようにも避けられない。妖気が爆ぜればひとたまりもない。だが逃げれば、我の首を刀が捉える。……えいままよ。風琴は覚悟を決めると、剣に力を籠めて強引に弾き飛ばした。
「何……!?」
男が目を見開く。その動揺している隙を狙って、風琴は男の翼を無理矢理斬り落とした。男は絶叫を上げながら、空から落ちていく。ようやく空から敵の姿が消えた。風琴は周囲を確認すると、息を整えながら指笛を鳴らす。
すると一筋の赤き神気が地を駆けた。男が抵抗する間も無く、神気……否、騰蛇が男を炎で燃やす。その直後、先陣を切った紅月達が地上の敵を蹴散らしていった。
それを確認しながら風琴は五芒星の陣を形成させ、沸き処を霊符で抑える。紅月達の作った道を通った騰蛇が陣の中心に立つと、神気の火柱を上げた。すると、周囲から妖どもの絶叫が上がる。
邪気が薄れていくのを感じて、風琴は肩の力を抜いた。
それから索敵を済ませて鬼祓いの里に戻る。そこに丁度騰蛇殿が戻ってきた。
「風琴殿ご苦労さん。面倒そうな奴に絡まれていたが、知り合いか」
「あんな知り合いなぞおらぬ。だが奴のとこで少し話したい。良いか」
騰蛇は勿論と頷くと、紅月の方へと行った。
晩飯を食った後、紅月と騰蛇に今回の報告と例の男のことについて話すことにした。
「正直言って、あやつは倒せた気がしない。手応えが無かった」
「それは俺も感じた。なんかあの天狗見覚えがあるような……。いやそれよりも、あれには注意しておくべきだぞ。世の中には自分と瓜二つの姿と能力を作り出した式など存在するからな。あれはその類いだろう。」
ではあの男の本体がいるということか。それを考えただけで、背筋が凍りつく。
「妖力が完全に戻っていないのに、我はよくあれを倒せたな」
「占で調べましたが、あの男は玻璃野にはもうおりません。ただ、今後出くわす機会はございますので、少しでも体調をきたしましたらご相談ください」
そう言うと、紅月は我が軽くまとめた索敵の報告書に目を移した。
「ふむ……地形の位置や敵の場所を考えるに、数日で方が付きそうですね。と言っても、他の場所同様、沸き処の沈静化程度ですが」
「ほう、随分自信があるようだな。根拠はなんだ」
紅月はただ笑みを浮かべる。その瞳の奥は蛇のようにぎらついていた。
「此処は蛇神の住まう場所。ということは、蛇神の威光を十分に示すことができます。風琴殿は明後日の午後に迎撃をお願いします。……それと、もうそろそろしておいたほうが良いですよ。妖気を取り戻すにはあれが最適でございましょう。寝床に道具と説明書きを置いておりますので、どうぞお弟子殿とご自由にお使いください」
初めは何のことかと首を傾げる。だが、こやつがあることに詳しいことを思い出し、頬が熱くなった。
「紅月……貴様……まさか……」
紅月は何も言わずに笑みを浮かべる。横の騰蛇は呆れた様子で、紅月を見ていた。
「……すまぬ、こやつは悪気は無くてただお節介焼きなのだ。どうか許してやってほしい」
これ以上言う言葉を考えられずに、用意されている寝床に向かう。案の定、情事に使うらしい卑猥な道具があって風琴の頬が羞恥で真っ赤になった。
その夜、天狗達は歓待を受けた。人間の酒はさほど強くないが美味い。風琴は酒を飲みながら紅月を見る。どうやら紅月は里の者に慕われているようで、何人もの人間と笑顔で会話している。
「どうだ、俺の主は。意外にも慕われているだろう」
「そのようですな、騰蛇殿。ところで……勾陳殿と違い、紅月は仮の主ではないのですか」
騰蛇はいいやと笑い、盃の酒を飲み干した。
「まだ正式な手続きはしていないが、ほぼこやつが第2の主と言って過言ではない。久脩は少し迷っていたが、何処かの天狗の勧めで、紅月を俺の主に据えることを決断したんだと」
何処の天狗がそう言ったのだ。言いかけた時、久脩と己のやり取りを思い出す。そういえば、我はそのようなことを言ったな。もしや、我は要らぬことを言ってしまったか。怒っているかと思いきや、騰蛇殿はそんな雰囲気を全く見せていなかった。
「正直、有り難いと思っている。俺以外の天将になぞ、紅月の相手が務まるか」
「それは良かった。ですが、騰蛇殿。あの者に、特別な感情がおありなのですか」
騰蛇はどうかねえと顎に手をやった。紅月の方を向いているが、何処か遠くを見ているようだ。
「驚恐の騰蛇と言われるように、俺は人からは拒絶や畏怖の対象だ。晴明や土御門の一部の者は、そんなことを気にしなかったが……俺をきれいだと言ったのはあいつぐらいだ。それに、あやつには俺がいてやらないと、いけない気がする」
騰蛇殿とあの紅月は似ているところが些か多い。それ故、惹かれ合ったのか。もしくは、騰蛇殿が長年異端扱いを受けてきたので、己を綺麗だと言った紅月に庇護欲が湧いたのか。どちらにせよ、こやつらは主従に相応しい。
「ですが、あやつの寿命は短いですよ。あまり心を向けると、傷ついてしまいまする」
「600年も人に仕えてきたんだ。もう慣れた。それに……如何にあいつの天命が短ろうと側で見守りたい」
我の心配も杞憂な程、騰蛇殿の顔には覚悟がある。本当にお強い人なのだな。風琴は、無言で騰蛇の横顔を見つめていた。
宴の合間に抜け出して、怪我をした者達の見舞いに行く。治療部屋に入ると、きつい薬の臭いがして顔をしかめた。
「3人とも調子はどうだ」
「おかげさまで、桔梗様の薬で痛みが収まりました。数日後には飛べるとのこと」
人間や天狗では治療出来なかったものを一日足らずで治癒してしまうとは。風琴はその場に腰を下ろすと、桔梗に頭を下げた。
「我が同胞の怪我を治してくださり、感謝する。どう礼をすれば良いものか」
薬研で薬を磨り潰していた桔梗は、顔を上げた。
「別に礼は要らないさ。前払いは頭領と土御門に十分してもらっている。ところで、貴方は天狗の隠居だね。声音や魂からして随分若い」
「ああ、そうだ。名乗るのが遅くなって申し訳ない。我は風琴と申す」
桔梗は、風琴という名なのかと呟くと、考え込む仕草をする。
そこまで珍しい名前でもなかろうに、何か思い当たることがあるのか。しばらく桔梗はその仕草をしていたが、気のせいだったのか、首を横に振った。
「いや、ごめん。聞いたことがあるような気がしたけど、思い出せないや。ところで風琴の旦那、宴を抜け出して良いのかい? うちの頭領が奮発して色々出したようだけど」
「有り難く頂いたさ。酒だけでなく、料理も美味かった」
ただ、酒を飲むのは少人数の方が好きだ。そう言うと、桔梗は笑みを溢した。
「ならば後日、うちの頭領と飲むと良い。あいつも酒は皆で飲むより、静かに飲むのが好きだからね」
そうなのか。あやつは人に囲まれるのが好きそうだが。いや、人は見かけによらぬもの。いつも皆に囲まれているからこそ、人がいない静かな場所を好むのかもしれない。
「別に飲んでも構わぬが、我を警戒しないのか。我は人ではないから、おぬしの頭領と2人にさせる危険など考えぬのか」
桔梗は怪訝な表情をした後、ふふっと笑い声を上げる。
「天狗は矜持が高い。故に卑怯なことなどしたくないだろ」
桔梗の言葉で、風琴は一瞬固まってしまう。そうだった。普段から卑怯な手を使われて殺されかけてきたが、本当の天狗はそのような卑怯なことはしない。正々堂々と殴り込むのが我らの生き方だ。
「確かにそうだな。騙し討ちなどするものか」
かつて、騙し討ちをしたと濡れ衣を着せられ、後ろ指を指された心の古傷の痛み。それが、少しだけ癒された気がした。
亥の刻となって、風琴は紅月と話し合いをする。翌日の出陣に響かぬよう、酒ではなく茶を飲んでいた。
「では、その手筈でお願いします」
「あい分かった。ところで紅月、出陣前に身体を清めたい。禊祓……つまるところ水垢離が出来る場所はあるか」
「それでしたら、龍神の霊脈が通っている箇所に泉がございます。側には川も流れておりまして、滝行も出来るかと。某が道案内をしますが、月夜殿か東雲殿にご同行頂きましょうか」
そうしたいところだが、東雲は不寝の番ではないので泥のように眠っている。月夜も連日の行き来で妖力を消耗し、早朝には飛び立たなくてはならない。こいつがいれば、一応は安全だろう。
「いや、いい。二人は疲れ果てておるでな」
「そうでしたか。では、騰蛇を同行させるといたしましょう。それでよろしいですね」
「ああ、承知した」
風琴は立ち上がって障子に手を掛ける。すると、風琴殿と名を呼ばれた。
「ご到着なさってから、某の所の蛇神の社に参拝なさったこと、感謝いたします。何分、某の守り神は我ら以外には崇められておりませぬ。それ故、神は大層喜んでおりました」
そこまで感謝することなのだろうか。百地の所でも参拝はしたが、特に何も礼は言われなかったが。風琴は紅月に目を遣った。
「神への挨拶は怠ってはならぬからな。それと戦勝祈願だ。天狗だけでなく人間も誰一人欠けては嫌だからな」
そう言い残して、風琴は立ち去る。紅月は風琴の足音が無くなるまで、風琴に頭を下げていた。
翌日、早朝から紅月や騰蛇と共に里を離れる。少し山奥の足場の悪い場所に、例の泉があった。近づくだけで、清浄な空気に充ちているのが分かる。
風琴は泉を眺めながら、水垢離用の衣に着替えた。普段は水垢離の際は面を取るが、どうしようか。万が一盗まれては困る。少し悩んだが、風琴は2人に背を向けた。そして、面を外すと、妖力で烏面を編み、外した面を騰蛇に渡す。
「騰蛇殿、しばし面を預かって頂きたい」
「了解した。俺が責任を持って預かろう」
騰蛇は汚さぬようにと神気で編んだ布で、風琴の面を包む。何も言わなくても、丁重に扱ってくださるとは。風琴は騰蛇に頭を下げると、泉に入り肩まで浸かった。
母が亡くなってから、東雲の父に禊祓の仕方を教わった。方法が分かってからは、1人でしようとした。だが東雲やその父が傍についてくれて、冬ですら一緒に冷たい水に入ってくれた。
それ故に、我はこれが大して辛くないのかもしれない。風琴は二人に背を向けて、烏面を解く。そして目を瞑り、祓詞を何度も唱え。それにつれて、精神が研ぎ澄まさせる感覚は心地好い。
四半刻が経ったであろうか。妖力で再び烏面を編みかけたその時、突然足に何かが絡みついた。
「何!?」
足首を見ると、黒い何かが絡みついているのが見える。外そうとしたが、その前に水中に引きずり込まれた。
「「風琴殿!?」」
騰蛇殿と紅月が我の名を呼ぶのが聞こえる。だがその直後に頭部までもが水中に沈んで何も聞こえなかった。
このくらい、妖力を爆ぜれば何とかなる。そう思ったのだが、絡まった箇所から妖力を奪われていることに気づいた。まずい息が……。風琴は何とか抗おうとする。その時、頬に白い指が触れる。
「風琴」
気がつけば目の前に母がいた。どうして貴女が。風琴は置かれている現状を忘れて、口を開く。
「母……上……」
言霊は泡と消え、風琴は大量の水を飲み込んでしまう。息苦しさの中で風琴は手を伸ばす。だが届いた所で母の姿が消え、代わりに我の首を締める義母上の姿があった。
我を隠居に追いやって、戦場に出させているというのに、まだ我を恨むのか。我は貴女に何もしていない。だというのに、どうしてそんなに恨むのか。聞きたくても、口を動かすことすら億劫だ。
死ぬわけにはいかない。そう思っている筈なのに、全てを捨てて目を閉じようとする自分がいる。誰か助けてくれ。さもなければ、私は自ら命を手放しそうだ。
「風琴……!」
誰かに名を呼ばれる。相手を判別する前に、風琴の意識が途切れた。
風琴と紅月が禊祓を行っている間、騰蛇はそれを見守っていた。紅月は滝に打たれているが、平然とした様子。それにしても、白衣から透ける傷跡が増えている。いい加減、自分を大切にしてほしいが、そう言っている場合ではないのが現実だ。
そして風琴に視線を向ける。抜けるような白い肌と細い体躯。こちらも少し心配になる。2人とも、もう少し肉を付けた方がいいのではないか。
騰蛇が思案していると、背後から音がした。振り返ると、風琴の側近である東雲と目が合う。東雲は軽く会釈をすると、騰蛇の横に並んだ。
「おはようございます、騰蛇殿」
「確か東雲と言ったか。おはようさん。ところで月夜とやらはどうした」
「すぐに発ちました故、私が代わりに参りました。にしても、此処の空気は良いですな。私どもの里を思い出します」
東雲は眩しそうに辺りを見回す。霊脈の影響か、どこか此処の景色は光輝いているように見えるのだ。
「此処は龍神の山から霊脈が流れているからな。……話は変わるが、風琴殿は大丈夫なのか。痩せすぎだぞ」
「あやつは食が細いですからな。月夜が飯を作るようになってからは、少し肉が付いたのですが、最近のことで食事は最低限に減りましたよ。あと……いや、これ以上話しては雷を落とされますので、止めておきましょう」
一体何なのだ。そう中途半端に止められても困る。紅月は風琴が女役などと言っていたからそういうことなのか。確かにあんなに細いと狙われかねないなと、少し同情的な視線を送ってしまう。
東雲と2人で話していると、妙な気配を風琴の方から感じた。本人は気づいていないようだが、言うべきだろうか。いや、下手に言えば気配の主も勘づく。そこで騰蛇は東雲に小声で耳打ちをした。
「では、風琴のことは俺に任せてください」
東雲は丁度祓詞が終わった風琴に近づく。その時、不意に風琴の身体が傾いだ。
「「風琴殿!?」」
騰蛇と紅月は思わず大声で名を呼ぶ。ただ転んだだけではないのか、水面越しに風琴が抗っているのが見えた。だが、黒い邪念が風琴の顔に重なった途端、ふつりと風琴の妖気が途絶える。
俺が飛び込もうとした時、東雲がすぐに飛び込んだ。だが、東雲にも邪念が絡みつこうとしている。相克だが仕方あるまい。騰蛇は刀を顕現させると、水ごと邪念を切った。
東雲はすぐさま風琴を手繰り寄せる。だが、風琴は目を瞑ったまま水に沈んでいた。邪念は離すまいと風琴の身体を水底に留めようとする。水中で神気を使っては、たちまち風琴と東雲が煮えてしまう。どうすれば良いか。騰蛇が唇を噛んだ時、風琴の手首が紅い光を放った。
確かあれは蛇神の神気の……。淡い光だったものは、目を潰す程の光となると、邪気が溶けるように霧散する。東雲は光を物ともせず、風琴を引き寄せると、陸を目指した。
陸に上がって紅月が敷いた羽織の上に風琴を寝かせる。風琴はぐったりとしており、肌が青白くなっていた。
「風琴……おい風琴!」
東雲がいくら呼んでも返事をしない。紅月は風琴の口元に手を当てると、顔色が変わった。
「騰蛇、至急桔梗を呼んできて! 我は風琴殿を蘇生させる! 東雲殿は風琴殿の名を呼べ!」
騰蛇は頷くと、稲妻のように駆けていった。それを横目に紅月は風琴の胸部を一定の間隔で圧迫する。東雲は言われた通りに名前を呼び続けるしかなかった。
それでも風琴はびくともしない。東雲は身体中の熱が失うのを感じる。嫌だ……待ってくれ……。目頭が酷く熱い。東雲の心が恐怖で満たされた時、紅月はバシンと東雲の背を叩いた。
「我を失っている場合ではないだろ、たわけ! さっさと息吹を風琴殿の口に流し込め!」
紅月の表情は本気の怒りに満ちていた。ああ、そうだ。怯えている場合ではない。東雲は面を取ると、紅月の指示通りに風琴の唇に息を吹き入れた。
その後、紅月はまた風琴の胸部を圧迫する。これを数度続けていると、風琴の身体が震え、水を吐いた。萌葱の瞳が瞼から覗いたかと思うと、何度も咳き込んだ。
「風琴、俺が分かるか」
「東……雲……」
風琴の萌葱の瞳から涙が溢れる。怖かったのだろう。首や手足には締め付けられた痣が色濃く残っている。無言のまま涙を流す風琴に、東雲はそっと己の羽織を掛けたのだった。
駆けつけた桔梗殿に診てもらったが、我は1日安静にしておけと言われた。計画を崩す訳にはいかぬと立ち上がろうとしたが、すぐにふらついてしまった。
「風琴、医者にも言われたんだから大人しくしろ」
「しかし、我のせいで計画を潰す訳には……」
すると、東雲の周囲の妖気が冷たくなる。あまりの冷気に風琴は何も言えなくなってしまった。
「そんな状態で戦場に立たれては、足手まといだ。部屋から出るな」
寒々とした言葉に風琴は青ざめる。まるで、その声音は我を里から追い出した時の声と同じだ。抵抗しなくなった風琴を胸の前で抱えると、東雲は紅月の屋敷に戻った。
食事を取ることすら億劫なのだろうか。風琴は部屋から一歩も出ずに横になっていた。里の薬師と桔梗とやらが改めて風琴を診る。外で待っていた東雲は、無言で座っていた。
風琴のことが心配なあまり、酷い言い方をしてしまった。あの表情からするに、嫌なことを思い出させてしまったに違いない。
……俺があいつのためにと取った行動は、あいつを傷つけてしまう。だから想いを諦めていた。それなのに……。東雲は己の唇に触れる。不可抗力とは言え、あいつの唇に己のこれを重ねてしまった。その動揺のあまり、俺は一歩離れた目線でいることを忘れていたのだ。なんという愚か者なのだろう。東雲は自分が情けなくて、唇を噛む。
その時、2人が部屋から出て来た。東雲は反射的に立ち上がる。
「風……御隠居の容態は?」
「痣が目立ちますが、数日で治るかと。妖力もすぐに戻るでしょうな。ただ熱が出ておりますので、今日は安静にさせないと」
「そうか……」
東雲は安堵のあまり、膝から崩れる。そんな東雲の腕を桔梗が引っ張った。
「ほら、あんたも邪気に当てられているんだ。あとはそこの薬師に任せて、あんたは私と此方に来い」
「いや……だが……」
薬師も、私が診ているから行ってこいと目で言っている。俺はそのまま、妖狐に別部屋に引き摺られて行った。
東雲は桔梗の部屋に連れていかれると、紅月が部屋で端座して待っていた。微笑を浮かべると、此方に手招きをする。東雲は紅月の前に腰を下ろした。
「此度、風琴殿を危険な目に合わせてしまい、申し訳ございませぬ。本来は、風琴殿やそのお弟子である月夜殿に謝罪をせねばなりませぬが、風琴殿は熱を出しておられる。それに月夜殿は不在なので、先に貴方様に謝罪をさせて頂きたい」
「別にいい。元はと言えば、悪いのは風琴だ。俺に書き置きだけ残して行水なぞ……」
「……確かに危ないところでしたね。ですが、悪いのは風琴殿でなく、邪念を放った者ですよ。よりにもよって生き霊とは、何という執念なんでしょう」
紅月は面倒そうに、頭を掻いた。端正な顔立ちが、疲労しているように見えるのは先程の件のせいだろうか。
「まずは、貴方の身に邪気が残っているかを確認させてください」
手を出すように言われ、警戒しながらも東雲は邪気に触れた方の手を差し出す。紅月は手を掴むと、反対の手で、腕の数ヵ所を確認していった。
「うーん……なるほど……ありがとうございます。よろしいですよ」
紅月の確認が終わると、東雲はすぐに手を引っ込める。紅月は、取って食いはしませんよと笑った。
「予想はしておりましたが、貴方も邪気の影響を受けておりますね。それ故か、負の念に影響されております。普段よりも、負の言霊だけが相手の心を抉りやすくなっております。……相手が正論と分かっていても、死にかけたせいで心が脆くなっている相手は、さらに傷つきやすくなっているでしょうな」
もしや風琴のことを言っているのか。東雲は、人間に指摘されたことへの苛立ちや、自分の不甲斐なさに拳を握りしめた。
「怒らないでくださいませ。最初に申した通り、私どもの落ち度と邪念を向けた相手が悪いのですから………縛」
東雲の妖気が紅月に襲いかかろうとした瞬間、紅月の瞳が赤く輝く。そして赤き焔の霊力が東雲を縛りつけた。
紅月が袖の下で結んでいた内縛印が露になる。そして涼しげな顔のまま、口を開いた。
「ノウマク サンマンダ バサラダン センダマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」
「何を……か……はっ……」
そこから剣印、転法輪印などの不動七縛印を組みながら、合間に「オンキリキリ」と唱えていく。その間、桔梗と隠行していた騰蛇が妖力と神力で霊力の縄の上から東雲を拘束していた。
「臨 兵 闘 者 皆 陣 列 在 前 っと……えーと一応これもしておこうか。大蛇神、赤き瞳で邪を縛る」
赤い瞳が鮮やかに輝く。それと同時に、東雲の身体ががくりと大きく仰け反った。そして意識を失ったかと思うと、東雲の身体から邪気が噴き出る。
それは風琴を襲った邪気に酷似していた。それを眺めていた紅月は溜め息を吐く。
「天狗というだけで面倒なのに、女天狗の生き霊か。六条御息所以上に厄介じゃないか。しかも、風琴殿の側近……というか風琴殿に片想いしている者の思慕と無意識の嫉妬に付け込むとは……うーん、我は結婚しない方がいいかなあ」
「紅月、そんなことを言うと、許嫁が怒って殴りかかるぞ。あと百地の旦那も」
苦笑いをする紅月に騰蛇が釘を差す。すると、紅月が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「言わないでよ。百地の旦那とあの方が怒る姿なんて想像しただけで怖いのだから。それにあの方は、鎌倉の尼に負けないほどの豪傑の魂だから、許嫁の関係を解消したくないし」
……こやつ、一途に愛してくれる女に、よくそのような事を言えるものだ。騰蛇は少し説教をしたくなったが、それどころではないので、我慢する。
「それでどうする。生き霊ならば下手に殺せはしないだろ」
目の前の邪気はいつしか人の形を取っており、今にも紅月の身体を引き裂かんと暴れていた。
『あの小僧を生かしてなどやらぬ。あの女と同じ瞳が忌々しい。抉り出して、獣の糧になればよい』
風琴を襲うことを妨害したせいか、はたまた紅月が風琴の髪を触媒にしたことで勘違いしているのか。紅月に肌を刺すほどの殺意を向けている。紅月は風琴の義母の憎悪を涼やかな顔で受け流していた。
「そうだよね。祓うのは我達には簡単だけど、長殿を信奉している天狗達に殺されかねないし。源氏物語に則って、生かさず殺さずあれを焚くということで。桔梗お願いね」
「はいはい分かりましたよ。ったく、これは親父からもらった貴重なものだからな」
桔梗が傍にある香炉に火をつける。すると、白檀の香りが妖力と神気の風に乗って、部屋中に満ちていった。
破邪専用に作られた香炉の香りは邪気と化した生き霊にとって、毒そのもの。途端に生き霊は苦悶の表情で絶叫を上げている。
「彷徨える悪鬼よ。憎悪砕かれ、元の場所に去れ」
紅月は刀印ではなく、本物の短刀で空を裂く。部屋に赤い光が弾けると、いつの間にか生き霊はいなくなっていた。
「あちゃー。これ鍛えてもらったばかりなのに、壊れたか」
紅月の手の中の短刀は、刃の部分が欠けてヒビが入っている。最早使い物にはならないだろう。
「里の刀鍛冶に新しく作ってもらうしかないな。次は、俺の炎と蛇神の焔で鍛えるか」
「それがいい。よろしく頼むよ。火加減については刀鍛冶に聞いてくれ」
紅月は騰蛇に砕けた短刀を渡すと、伸びている東雲に目を遣る。
「風琴殿の呪詛返しの術を警戒したのか、はたまた無意識に送ったのか。また来そうで怖いなあ」
「ということは、あれでも足りないというのか」
騰蛇の問いにああ、と頷く。
「良心の呵責があれば、霊魂に移った白檀の香りで己の罪業を知って、改心するだろう。だけど、良心の呵責が無かったらまずいんだよなあ。まあ、念のために東雲殿に霊符の灰を飲ませておこうか」
香炉を片付けていた桔梗は頷くと、東雲を傍の布団に転がした。
「別に良いけどさ、風琴の旦那はどうする? あのままじゃ数日は動けないよ」
「我が面倒を診て、明後日には動けるようにするから大丈夫。では東雲殿をお願いね」
紅月はそう言い残すと、風琴が眠っている部屋に向かった。部屋に入っても一向も目覚める様子はない。
片膝を突くと、風琴の顔を覗き込んだ。熱で頬が赤く染まっており、荒い呼吸で胸が上下している。この状況で言うのもなんだが、艶やかすぎる。我は自制心があるが、天狗などは薬師以外殆ど風琴の顔を見たことがないだろう。
「月夜殿や桔梗以外が来ないように人払いの結界をしておこうか」
紅月は人払いの為の術を小声で唱え始めた。
風琴が気がつくと、既に夕方になっていた。
「なっ……いつの間に……」
溺れた後の記憶が一切無いのだが、誰か助けてくれたのか。
目覚めたと言えど、倦怠感があって少し気分が悪い。溺れたせいで風邪でも引いてしまったのか。とりあえず風琴は身体を起こすと、傍に胡座をかいてこくりこくりと船を漕いでいる人影に気がついた。
ここ数日疲れているだろうからそのままにしておくか。風琴は己の頬に触れる。……あの状況だと、紅月に顔を見られた可能性が高い。素顔を見られるのは嫌なのだが、あの状況では責められまい。
とはいえ、今後も素顔を見せたいとは思わない。念のために面を被ると、部屋に近づいてくる2人分の足音が聞こえた。
「月夜殿、入ってもよろしいですか」
障子越しで見えたのは、予想通り紅月と女の人影である。
「月夜は眠っておる。入れ」
障子が開くと、紅月と桔梗が部屋に入ってきた。
「風琴殿、お加減は如何ですか」
「正直言ってまだ怠い。我に何があったのか」
桔梗に脈を取られながら聞くと、紅月は答えた。
「貴方の義理のお母上の生き霊が、貴方を溺死させようとしたのです。何とか事なきを得ましたが、明日までは休養なさってください」
「そう言うが、同胞達に何と説明すれば良いものか……」
風琴が腕を組んで悩むと、桔梗が風琴の肩に手を置いた。
「うちの頭領が何とかしたから、十分休みなさい。風琴殿の場合は……まあそこのお弟子殿に、妖気を血などの体液で少量ずつもらうといいさ」
月夜に血は流させたくないのだが……ならばまた情交か? それでは我の体調が悪化しそうだし……。風琴が悩んでいると、目を瞑っていた筈の月夜と目が合った。
「し……師匠__!」
突然月夜が抱きついてくる。重さに呻くと、月夜が桔梗に投げ飛ばされた。
「病人に飛びつくな阿呆!」
月夜はすぐに姿勢を正すと、申し訳ありませんと頭を下げた。
「師匠が心配なのは分かるが、あんたの師匠は細すぎだ。飛びついたら、砕けてもおかしくないのだから気をつけな」
待て。いくらなんでも砕けることはないだろう。そう言いたかったが、月夜のしゅんとした姿に気を取られ、笑いそうになる。
「こやつは我のことが心配だったのだ。あまり責めないでやってくれ」
「私は病人や怪我人を守り、癒すのが仕事だ。病人に無理させるような奴は誰であっても容赦などしない」
桔梗は不機嫌な表情を浮かべる。このような厳しい薬師程かえって信用できるというものだ。……これ程の妖力を蓄えておきながら、どうして人間の式神となって薬師をやっているのかは不思議だ。
「はい、これが薬ね。今日の晩と明日の朝昼夜の計4回飲んで。それとこれが御神酒。そこのお弟子殿の血を1滴垂らして飲むと、安定するだろう」
薬と酒を枕元に置かれる。風琴が礼をすると桔梗は気にするなと、部屋を出た。
「ところで、手首の御守りが砕けてしまいましたので、また新しい物をご用意しますね」
手首を見てみると、確かにあの御守りがない。少し愛着も沸いたのだが残念だ。風琴が手首を見ている様子を、月夜はじっと見つめる。その時、月夜は紅月にちょんちょんと肩を叩かれた。
「せっかくなのです。瑪瑙を通す紐として、月夜殿の髪を頂いてもよろしいですか?」
小声で耳打ちされて月夜は驚いたものの、頷く。すると紅月が笑みを浮かべた。
「私のですか!? 勿論構いませんが……」
「では髪を縒って紐にしましょう。愛し合っている者の一部ほど、強い守りはありませぬ」
本当にそうであれば良いのだが。月夜は紅月の誘いに乗ることにした。
夜になり、粥と薬を口にしてから月夜の血が入った御神酒を飲む。喉を滑り落ちる度に、身体に染み渡るのを感じる。試しに軽く妖力の小さな風を起こしてみると、問題なく妖力が体内で動くのが分かった。
「迷惑をかけてしまってすまなかったな。大変だっただろう」
「いいえ、すぐに文は凩殿に渡して戻ってきたので、大丈夫ですよ。それより……師匠……生きてて良かった……」
我の手を握る月夜の手は震えている。最近の我は月夜に心配をかけてばかりだな。詫びに抱かれてもいいが、そんなことをしては桔梗に怒られかねない。
「……本当にすまぬ。情交などしてやれぬが、せめて口淫ぐらいなら……」
「謝らないでください。それに口……え!? 今何と仰りました!?」
思わず身を乗り出す月夜を押し戻す。
「だから詫びに口淫をしてやってもいいと言っている」
月夜は呆気に取られて我を見ていたが、ぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ、病床の身にある師匠にそのようなことをさせられませぬ。その代わり、口吸いを所望しても宜しいでしょうか」
月夜が我の頬に指を添えて視線を合わせる。そのようなことをされては断れない。風琴が頷くと、唇を重ねられた。
「んぅ……」
舌を絡め合うだけで、身体が1つになった心地がする。深く口吸いをする内に、安堵と恐怖で涙が溢れた。
……ああ、我は怖かったのだ。誰もいない水底に引き摺られて、月夜と永久に離れてしまうかもしれなかったことが。
月夜は風琴の涙に驚きつつも、気づかない振りをして口吸いを続ける。本当は涙を拭って、何か声を掛ければ良いのかもしれない。だけど、未熟な私には、師匠に相応しい言葉をかけられる気がしない。であれば、師匠がもう良いと言うまで、口吸いを続けることにしようと決めたのであった。
風琴が眠ったのを確認した月夜は、此処で寝ずの番をしようと柱に横になった。そこに足音が近づいてきたので、慌てて面を着けて、風琴にも面を着けさせる。部屋に入ってきたのは騰蛇であった。
「こんばんは、月夜殿。風琴殿の調子はどうだ?」
「ようやく眠ったところです。騰蛇殿は如何なさいましたか?」
「紅月に頼まれたからだ。……にしても、風琴殿は災難であったな。せっかく気性が好ましいというのに」
「……本当に」
月夜と騰蛇はそれから無言で風琴の寝る姿を見守る。騰蛇が来たことで、月夜は安堵したのだろう。それから数刻後に、船を漕ぎ始めた月夜に騰蛇は羽織をかけると、二人の寝姿を見守っていた。
それから2日後、桔梗や里の薬師の治療の甲斐もあって風琴は回復した。むしろ、これまでよりも体調が良くなった気がする。
「我が床にいる間、同胞達はどうしていた」
「紅月が提案した、交流を兼ねた鬼祓いとの手合わせをやっていた。だが、あの紅月は人にしておくのが惜しい程の実力だな」
東雲の言葉に確かになと頷く。人の器では溢れんばかりの、霊力の持ち主。いっそ始めから神に近しい器を持っていれば良かったものを。ふと、風琴はいつもと様子が違う東雲に気づく。
「東雲、出陣前というのにどうした」
「いや……なんでも。……ところで風琴、一昨日の事は覚えている?」
何やら歯切れの悪い言い方だな。風琴は怪訝そうに東雲を見た。
「溺れたのは覚えているがその後のことは知らぬ。紅月か騰蛇が助けたのだろう。それから桔梗に診てもらったり、月夜から苦しいほど抱き締められたことぐらいか」
事実をありのまま述べると、東雲はそうかと笑った。
「それよりも、昨日まで顔を見せないとはお前も熱でも出したのか?」
「まあ、そんなところだな。それよりも風琴、早く行くぞ」
東雲に急かされて皆が待つ場所に向かう。何かを忘れているような気がしたが、後で思い出せばいいかと頭の隅に置くことにした。
風琴が同胞達が待つ場所に着くと、どよめく声がした。
「御隠居、御加減は如何ですか」
紅月によれば、朝から我が過労で風邪を引いてしまったことになっているそうだ。風琴は心配するなと手を上げた。
「もう大丈夫だ。皆には迷惑をかけてしまってすまぬ」
皆、とんでもないや御隠居がご無事ならばそれで十分などと口にする。……さて、どれが本当の言葉なのかと知らず知らず冷めてしまう己がいた。
「今日は戦には吉兆。我が風邪もこの為だったのやもしれぬ。皆の者、今日は何事も無く、勝ち戦にするぞ!」
風琴の掛け声に皆が「応」と大声で応える。風琴の横顔を見ながら、東雲は一人唇を噛み締めていた。
今回は天狗が先に先陣及び索敵を行い、合図をしたら鬼祓いが地上での戦闘を開始するという算段だ。向かうにつれて邪気が濃くなっていく。
今日の所は、鬼祓いが何とか索敵出来た一ヶ所の湧き処を潰して、他の箇所を索敵していく。だが、こんなに邪気が濃いということは、霊脈の汚染も酷いことになっているのだろう。
あの城下や鬼祓いの里が何とかなっているのは、土地に住まう神々のお陰というべきか。飛んでいる内に、邪気の沸く場所が見えてくる。あそこか。近づこうとした時、風琴は鋭い殺気を感じた。
「皆下がれ!」
風琴の声に皆が下がる。風琴が瞬時に結界を織り成してひとつ数えた後、黒い影が結界にぶつかった。ミシミシと結界がひび割れる。
「気配を殺していたのに、よく分かったね坊っちゃん」
結界にぶつかったそれは、にやりと嗤う。それは我等天狗とよく似た姿をしていた。
「あれは何だ!?」
「我等とよう似ておるのに、翼からあの汁が垂れておる」
「あんな邪悪な妖気を放っている同胞など見たことがないぞ」
後ろの同胞達は口々に言っている。だが、我が一番驚いたのは、その者が素顔を平気で晒していることだった。端整であるが片目が無いのか眼帯で隠している。これはどういうことだ。元は我等と同じかそれともただの人間が我等を真似たか。
「羽虫がざわざわ喧しい。ほれ、仕事だぞ」
男が指を鳴らすと、いつの間にか男の後ろには伊賀で戦ったあの人の顔や手足をいくつも付けた化物が現れた。
「皆は背後の奴らと戦え、我はあやつを仕留める」
皆は返事をして化け物達と戦い始める。風琴の背後には東雲のみが控えていた。
「東雲、我の背後はお前に任せる」
「承知した」
男が刃で結界を壊す。風琴はその刃を受け流すと、男に斬りかかった。
何度斬り合ったことだろうか。周りの雑魚どもは同胞が処理できているが、こいつだけは格が違う。知らず知らずの内に息が上がっていた。
「ほう、すべて首を狙ったが当たらぬか」
男は笑みを浮かべる。腕を一度斬り落としたというのに、全く動揺せず腕が再生している。風琴はおぞましさに総毛立った。
「貴様は何者だ」
「元……天狗と言っておこう。俺は貴様を知ってはいるが……まあ何というお人好し。君は羽虫どもに頭領の座を追いやられたというのに、命を掛ける必要などあるか」
何故そのことを知っている。こやつの妖気を知らぬ。ということは、交流があった里出身の天狗か。
「貴様に答える義理など無い」
「そうか。躊躇う素振りでも見せれば手招きしたが、無駄だったか」
男が刀を振り上げたので、我は剣で受け止める。その時、妖気が一気に膨らんだのを感じた。
「では死ね」
避けようにも避けられない。妖気が爆ぜればひとたまりもない。だが逃げれば、我の首を刀が捉える。……えいままよ。風琴は覚悟を決めると、剣に力を籠めて強引に弾き飛ばした。
「何……!?」
男が目を見開く。その動揺している隙を狙って、風琴は男の翼を無理矢理斬り落とした。男は絶叫を上げながら、空から落ちていく。ようやく空から敵の姿が消えた。風琴は周囲を確認すると、息を整えながら指笛を鳴らす。
すると一筋の赤き神気が地を駆けた。男が抵抗する間も無く、神気……否、騰蛇が男を炎で燃やす。その直後、先陣を切った紅月達が地上の敵を蹴散らしていった。
それを確認しながら風琴は五芒星の陣を形成させ、沸き処を霊符で抑える。紅月達の作った道を通った騰蛇が陣の中心に立つと、神気の火柱を上げた。すると、周囲から妖どもの絶叫が上がる。
邪気が薄れていくのを感じて、風琴は肩の力を抜いた。
それから索敵を済ませて鬼祓いの里に戻る。そこに丁度騰蛇殿が戻ってきた。
「風琴殿ご苦労さん。面倒そうな奴に絡まれていたが、知り合いか」
「あんな知り合いなぞおらぬ。だが奴のとこで少し話したい。良いか」
騰蛇は勿論と頷くと、紅月の方へと行った。
晩飯を食った後、紅月と騰蛇に今回の報告と例の男のことについて話すことにした。
「正直言って、あやつは倒せた気がしない。手応えが無かった」
「それは俺も感じた。なんかあの天狗見覚えがあるような……。いやそれよりも、あれには注意しておくべきだぞ。世の中には自分と瓜二つの姿と能力を作り出した式など存在するからな。あれはその類いだろう。」
ではあの男の本体がいるということか。それを考えただけで、背筋が凍りつく。
「妖力が完全に戻っていないのに、我はよくあれを倒せたな」
「占で調べましたが、あの男は玻璃野にはもうおりません。ただ、今後出くわす機会はございますので、少しでも体調をきたしましたらご相談ください」
そう言うと、紅月は我が軽くまとめた索敵の報告書に目を移した。
「ふむ……地形の位置や敵の場所を考えるに、数日で方が付きそうですね。と言っても、他の場所同様、沸き処の沈静化程度ですが」
「ほう、随分自信があるようだな。根拠はなんだ」
紅月はただ笑みを浮かべる。その瞳の奥は蛇のようにぎらついていた。
「此処は蛇神の住まう場所。ということは、蛇神の威光を十分に示すことができます。風琴殿は明後日の午後に迎撃をお願いします。……それと、もうそろそろしておいたほうが良いですよ。妖気を取り戻すにはあれが最適でございましょう。寝床に道具と説明書きを置いておりますので、どうぞお弟子殿とご自由にお使いください」
初めは何のことかと首を傾げる。だが、こやつがあることに詳しいことを思い出し、頬が熱くなった。
「紅月……貴様……まさか……」
紅月は何も言わずに笑みを浮かべる。横の騰蛇は呆れた様子で、紅月を見ていた。
「……すまぬ、こやつは悪気は無くてただお節介焼きなのだ。どうか許してやってほしい」
これ以上言う言葉を考えられずに、用意されている寝床に向かう。案の定、情事に使うらしい卑猥な道具があって風琴の頬が羞恥で真っ赤になった。
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