気高き翼に手を伸ばす

幽月 篠

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※玻璃が紅に染まる 其の弐※

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 玻璃を紅に染めるは大蛇の子


 説明書きには「未使用ですのでご安心ください」と書いてあり、詳しい使用方法が書いてある。それを読むだけで、顔から火が出そうになった。
 いや、流石にこれはお節介にも程があるだろ。誰がこんな低俗な……。説明書きを燃やしたくなったが、何故だか躊躇してしまう。投げ捨てようかと思ったが、ついつい目を通している自分がいた。
 まさか我はこれを使ってみたいと思っているのか。いやいや、あくまで戦で昂ったからだろう。それにしてもこれ……月夜のと大して変わらぬが……入れるのか。

「師匠、此度の戦いお疲れ様でした。折角ですのでお背中流し……っ!? 師匠……それは……」

 いつに間にか月夜が部屋に入ってきていた。風琴は思わず振り返った時既に遅し。張形を持っている姿を見られてしまった。

「月夜!? いや……これはだな……。その……こっ紅月が妖気を補えと部屋に勝手に用意したのだ。別に我の趣味では……」

 月夜は面を取ると、微笑を浮かべる。ただし、いつもの弟子面とは違い、閨で見せる獣の笑み。そんなことに気づかないまま目を泳がせる風琴の手首を月夜が握った。

「師匠、ご興味があらせられるならば、使ってみられるのがよろしいかと」
「しかし……我はそんな低俗では……」

 月夜が赤くなった風琴の耳を軽く食む。すると、風琴が熱い吐息を漏らした。何度も抱かれているというのに、乙女のように恥じらう様。月夜は思わず笑みを漏らした。

「師匠の艶姿が見られるのなら、私は低俗になっても構いませぬよ。師匠……私への褒美に、艶姿を見せてくださいませぬか」

 月夜の言葉がじわりじわりと毒のように、身に染み込んでいく。風琴は面を取って、紅潮した顔を晒すと月夜の唇に口づけをした。

「……最近頑張っているお前への褒美だ。道具を使いたいなら好きなだけ使うといい」
「ええ、有り難き幸せ」

 月夜は微笑むと、風琴の頬に軽く口づけた。



 風琴が出ていった後、紅月はのんびりと酒に口を付けた。

「良いのか紅月。このままだと風琴に不興を買うことになるぞ」
「大丈夫だ。あの方は心の狭き方ではない。それよりも、愛しいお弟子さんに身体も心も癒してもらってほしいんだ。でなければ、もし今日のあれが現れた時に厄介だし」

 天狗の仕組みは分からない。だが、師弟として契りを結び情交をすることで、何らかの良き作用が働いていることは分かる。

「……それにしても、某は最近誰にも抱かれていないなあ。騰蛇、抱いてみる?」

 騰蛇は軽く目を見開いたが、すぐ呆れた顔をした。

「十二天将に情欲など無い。抱かれるならともかく、抱けるわけ無かろうが。それに、自分の身体は大事にせぬか。関ヶ原の折に、身体を酷使して1ヶ月寝込んだと聞いているぞ」
「まああれは………どうなるか分からなかったし、某の美貌につられた口が軽い奴が多かったから仕方ないだろう」

 図星を疲れて目を逸らす紅月の手をそっと取って、騰蛇はその甲に口づけた。

「我が主。貴方の美貌はこの騰蛇が存じている。故に、御身は貴方が忠誠を誓う鷹の君と許嫁だけに使ってくれ」

 紅月は驚いて動けなかったが、やがて目を細めて笑った。

「風琴殿だけでなく貴方にまで言われるとは。我は幸せ者だな」

 この身は主君の為に、穢れてしまっても構わない。既に片手では数えられぬ程抱かれたり抱いたりした身だ。そんな私を、憧れであった神まで心配されるとは。泣かないようにするのに精一杯であった。




 風呂から上がった風琴は、目隠しをして月夜に身を預けることにした。風呂の間、背中に触れる月夜の手付きがいやらしかった。胸に触れていたら拳骨をくれてやっていたが、何とか我慢していたのでそこは許してやろう。

「……月夜、縛るのは良いが血の流れを止めないように気をつけよ」
「心得ております、師匠」

 月夜の声は穏やかだが、やっていることが物騒である。縄で縛って興奮する者などいるのかと思っていたが、まさか身近にいたとは。……痛くないのはいいとして、後で説教してやろう。風琴はそう心に誓った。

 全身を夜着の上から縛られて、身動きが取れない。梁に吊るされて膝立ちさせられていることくらいしか分からぬ。

「師匠、口を開けてください」

 言われるままに口を開けると、何か甘くとろみを帯びた液体を口移しで飲まされた。確か「媚薬」と書かれた紙が巻かれた瓶があったな。それだろうか。

「んっ……」

 臀部を布越しに撫でられて、思わず声が漏れる。触り方がいやらしい。何度か撫でてから、裾を捲られた。

「師匠……褌を脱がせますよ」
「ああ、もうっ……。一々聞くな、変態! 我は何も出来ぬから、魔羅を挿れる以外は確認を取るな! 我はお前が痛いことはせぬととっくに承知しておる」

 すると月夜はふふっと笑う。

「では、好きにさせて頂きます。……師匠、足を開いてください」

 言われるままに足を開くと、そっと褌を外される。空気に晒されて、少し寒い。我が視界を奪われているというのに、月夜には見えているせいだろうか。頬が熱くなる。
 ぴちゃぴちゃと音がしたかと思うと、臀部を左右に開かれて、後孔に冷たい感触が触れた。

「ひっ……」

 とろみを帯びた液体を纏った指がくるくると後孔周辺をなぞる。いつ入れられるのかと身構えているが、中々入れない。ええい、いつまでそうやっているのか。焦れったくなってきた頃に、つぷりと指が入った。

「んぅっ……」

 思わず身体が跳ねそうになるのを堪える。遠慮無く水音を立てて指が解していく。ここまではいつも通りだが、いつ道具を使うのだろうか。

「う……ぁん……」

 指を増やされ、声を抑えるのが難しくなる。媚薬を飲まされたせいか、身体が熱くて堪らない。特に後孔が火が付いたように熱いが、塗られたのは飲まされた物と同じ媚薬であろうか。

「ふう……くっ………うあっ……!?」

 風琴が荒い吐息を吐き始めると、指を抜かれた。まさかもうするのか。拍子抜けしかけた時、後孔に冷たく丸い何かを押し付けられた。

「なんだ……それは……」
「数珠のような道具ですね……大丈夫です。私のより大きいものなどございませんから」

 そういえばそういうのがあったな。先端に小さい珠があって、徐々に大きい珠になっていくおかしなものが。……まさか。

「数珠って…それは……ひあああっ__!?」

 後孔に珠が何個も入っていく。ごろごろと中を刺激され、風琴は思わず悲鳴を上げた。


「もう……やめろ……中が破れる……」

 中が圧迫されて苦しい。快楽に僅かに動くだけでも、中をぐりぐりと掻き乱される。せっかく身を清めたというのに、じとりと汗をかく。そのせいでぴったりと夜着が貼り付く。
 これから何をされるのだろうか。心の臓が煩くなり始めた時、背後から胸に手を回された。

「師匠、期待して頂いているのでしょうか。もう、こんなに夜着越しでも勃っておられる」
「んっ……胸はやめっ……」

 知らぬ間に勃っていた胸の頂きを掻かれる。思わず身動ぎすると、中の珠が動いた。

「あんっ……く……ううっ……」

 動きたくないのに、月夜の指使いのせいで動いてしまう。もう達ってしまう。風琴が快楽に身を委ねようとした時、胸から指が離れる。何事かと聞こうとしたが、中心の根本を紐状の物で縛られた。

「月夜、何を……!?」
「まだ挿れていない内から出してしまえば、明日に響くでしょう。申し訳ございませんが我慢してください」

 こやつ何ということをしやがる。言っていることは分かるが、こやつの趣味でないのか。今すぐ拳骨を食らわせてやりたいが、手首を縛る縄のせいで出来ない。風琴がぐぬぬと呻いていると、珠に通された紐を引っ張られた。

「うあっ……いきなり……引っ張るな……」
「すみません。師匠のお尻が可愛らしくて思わず」

 尻を可愛らしいと言うのが誉め言葉だと思っているのか。などと怒鳴ってやりたいが、それも億劫だ。

「せっかくなので、此処にも塗ってしまいましょうか」
「なっ……そこはもう良いだろうが……んんっ……」

 両胸に例の媚薬をかけられる。ただでさえ、胸がもどかしいのにそんなものをかけられては……。風琴の胸に恐怖と期待が入り交じる。……次回は、こいつの根本を縛った状態で我の尻で弄んでやる。好き勝手されるあまり、普段ならば考えないことすら、頭に浮かんでしまった。


 媚薬が胸から腹、そして足へと伝うせいか、縄に媚薬が染み込む。それ故、縄で縛られている箇所すら甘美な快楽を伝えてきた。

「うっ……ううっ……」

 達したいのに、根本を縛られているせいで無理だ。もどかしい。いっそのこと狂わせてほしい。そう口に出来れば何と楽なことか。風琴が耐えていると、背後から両方の胸を弾かれた。

「ひああっ__!? 月夜、貴様ぁ……っ……うあっ……やめっ……」

中指と親指で挟んだ乳首を人差し指で弄られる。背中を駆け抜ける快感に腰を動かすと、中の珠が転がった。

「いやっ……中のが……ああっ……」
「師匠、気持ち良さそうですね。よかった」

 月夜は嬉しそうに耳元で囁いて、胸を弄くり回す。摘まれたり、爪を立てられたり。上と下を狂わされているのに、出すものを出せない。

「良くないわあっ………! さっさと前のを外して挿れろ……っ……前が痛くて敵わん……!」

 生殺しにさせられているのが、腹が立ってくる。前が破裂するのではないかと思うくらい痛い。子を成す予定はもう無いが、それはそれとして破裂したら命に関わる。

「困った師匠ですね。もう少し楽しみたかったのですが。では、1回出しましょう」

 すると、後ろをくいっと引っ張られる。おい待て何を。分かっているのに、頭が理解するのを拒んでいる。月夜は我の腰を片手で抱えると、反対の手で紐を引っ張った。

「うああっ___!? あんっ……これ………月……ああっ__!! やらっ__!!」

 大きな珠が後孔を出た瞬間、頭が真っ白になる。あまりの快楽に気を失いかけたが、2つ目の珠が出て、無理矢理覚醒された。
 風琴は珠が出る度に、何度も痙攣のように背を仰け反らせて悲鳴のような嬌声を上げる。やがて全部出ると、ぜいぜいと肩を上下させてぐったりとしていた。

「師匠……あの……大丈夫ですか……」

 気がついたら、月夜が不安そうな声で我を抱き締めている。

「……貴様、引っぱたいてもよいか」
「大丈夫そうですね。では玩具も次で最後にいたします」

 月夜は我の頬をそっと撫でる。こやつ、楽しそうな笑みを浮かべているだろうな。目隠しを外されていないのに、容易に想像できた。


「未使用ということですので、咥えてくださいますか」

 唇に触れるのは、冷たく塗れた木の塊。……恐らくは、張形であろう。

「張形は普通後ろに使うのではないか。何故、咥えさせたいのだ」

 お前のならば咥えてやっても良いのに。すると、月夜は困ったように笑い声を上げた。

「風呂上がりとはいえ、師匠の口を汚すのは恐れ多い。それに……師匠もまだ咥えたことなどございませんでしょう? 来る時の練習だと思ってくださればよろしいかと」

 来る時というのは、我が素面で咥えたいと思った時のだろうか。まあ、確かにいきなり本物を咥えさせられて噛んだりすればまずい。風琴はおずおずと口を開いた。

「ふ……っ……ん……む……」

 確か月夜はどうやってしていただろうか。思い出しつつしていると後ろに指が入ってきた。

「あ……んんっ……ふ……」
「師匠、私の物だと思って舐めてください」

 背後からそのような事を言われる。お前のならばこんなに冷たくはないだろう。何を馬鹿なことを言っている。
 苛立ちを露にしながらも、風琴は張形を舐めた。根元から幹、先端と舌を滑らせて包み込む。後ろの良いところばかり攻められるせいか、はたまた張形を前後に動かされるせいか。いつしか本物を咥えているような気がしてきた。

「ん……んんぅ………っ……」

 また、頭が白くなって身体から力が抜ける。風琴が快楽の余韻で動けずにいると、手首の縄を解かれた。身体はがくりと背後の月夜に寄りかかった。

「師匠、申し訳ございません。その……挿れても大丈夫ですか」

 風琴は力の入らぬ指で、何とか目隠しを取る。そして月夜の顎を掴んで口づけをした。

「さっさと挿れろと……言っているで……あろうが」

 腎水を出さないまま何回も達したというのに、萌葱の瞳にはまだ理性がある。……何とお強い方なのか。月夜は無意識の内に口端を歪ませていた。

「師匠のお望みのままに」

 月夜は己の褌を外すと、胡座をかく。そして風琴の腰を軽く持ち上げてから、自分の膝の上に座らせるように摩羅で貫いた。


「くっ……ああっ__!? 待っ……月夜……紐を……うああっ__!!」

 達している筈なのに、根元を縛られているせいで出ないまま達する。風琴が絶頂の快楽に涙を流すと、腰を持つ手が止まった。

「あっ……申し訳ございません。師匠の艶姿に急いてしまいました。今外しますね」

 そっと紐が解かれると、今まで塞き止めていた腎水が上がっていく。

「ひっ……」

 強制的に絶頂に導かれている恐怖に、風琴は顔を引きつらせた。恐怖を口に出すことも出来ず、風琴は腰を掴んでいる月夜の腕を掴む。

「あっ……な…………う……やっ……あああっ___!!」

 腎水が一気に出る衝撃に、風琴は大きく身体を仰け反らせる。強烈な快楽に悲鳴を上げる風琴はもはや涙が止まらない。
 そんな風琴の腰を動かすのはあまりにも酷だと悟った月夜は、ただそれを見守って倒れないように支える。平常を保ちたいところだが、熱い肉壁に締め付けられてそうもいかず、白濁を注ぎ込む。
 やがてくったりと風琴が倒れ込んだ。すると月夜は風琴の顔を濡らす涙や腎水を拭う。

「師匠の腎水は美味ですね」
「……この変態」

 意識を取り戻した風琴が息も絶え絶えに呟く。月夜はふふっと笑う。

「本当ですよ。甘いというか臭いの割には飲んでも平気です」
「我と契りを……結んだからかもしれぬな。……それにしても、出すのが早くないか。早漏だったか」

 月夜は風琴の物言いにむっとすると、軽く風琴の腰を持ち上げて離す。自分の重さのままに深く貫かれて、風琴は喘いだ。

「あんっ……!? いきなり何を……」
「いくら師匠でも早漏とは失礼な。今から早漏でないことを証明いたしましょう」
「はあ……!? 何を……うあっ……それ……深いから……止めろ……!」

 風琴の制止の言葉を無視して、風琴の腰を上下に動かす。風琴は抵抗する術すら無く、ただ艶やかな声を出す美しき楽器と化していた。

「ああっ……やらっ……達して……いるから……もう……この……好色が……!!」
「好色で結構っ……ただ……私が好色になるのは……貴方だけですよっ……!」

 一際強く貫かれ、風琴はまた白濁を出して達する。嬌声を上げて倒れかけた風琴であったが、必死に自分の身体を支えて振り返った。

「この姿勢……口吸いには不向きではないか……向き合ってさせろ……」

 本当はとっくに疲れて眠りたいであろう。それなのに、向かい合っての情交をご所望されるとは。月夜は愛しさのあまり、胸がいっぱいになった。

「ええ、勿論です。私の首に腕を回してくださいね」

 頷くと腰を持ち上げる。するととろとろと白濁を溢す後孔が露になった。

「くっ……う……ああっ」

 風琴は月夜の魔羅に手を添えると、自ら挿れていった。快感に目を瞑って耐えていたが、なんとか腕を月夜の首の後ろに回す。月夜は風琴の身体を引き寄せると、深い口づけを交わして情交を続けた。



 目覚めると、羽織を掛けられて清潔な褥に寝かされていた。

「痛っ……んん?」

 腰を上げると痛みが走るが、意識ははっきりとしていて体調も悪くない。散々抱かれたというのに、これは一体どういうことだ。風琴は首を傾げる。今日は久しぶりに我と同様に休みである月夜は、ぐっすりと寝息を立てていた。

「風琴殿、お目覚めなら入ってもよろしいか」

 障子の向こうから騰蛇殿に呼び掛けられて、風琴は面を被る。面倒なので、月夜の顔には自分の羽織を被せた。

「どうぞ」
 騰蛇殿は静かに障子を開けると、風琴に軽く頭を下げた。

「風琴殿、おはようございます。昨夜は良く眠れたかな」
「まあ……眠れはしましたが……ちょっと大変でありました」

 風琴は言いながら月夜を見下ろす。月夜は起きる気配がない。まったく、あやつは何度我の中に出したのやら。後始末をしなかったらどうなっていたかを考えただけでぞっとする。

「それでも妖力は溺れられる前以上になっておりますね。安心いたしました」

 気だるさが無いのはそういうことなのか。言われてみれば、確かに妖力が漲るようだ。ということは、我の妖力を補えるだけ、月夜が自ら妖気を生成できるようになったのだろう。

「後程紅月の部屋に来ていただけたら幸いですが……いえ、此方に来るように伝えましょう」

 まさか我が情交で腰を痛めたことがばれたのか。いやいや、そんなわけは………。

「そうして頂けたら助かります」
「承知いたしました。ではまた食後に」

 騰蛇は一礼すると、部屋を去っていった。風琴は面を取って息を吐くと、月夜に被せた羽織を剥ぐ。

「月夜、朝だぞ起きぬか」
「う~ん、師匠。おはよう……ございます」

 月夜は寝ぼけ眼で我を見上げる。その表情が幼くて、風琴は思わず笑ってしまった。

「ああ、おはよう」

 月夜の頬に軽く口づけをすると、途端に月夜が真っ赤になる。寝起きの口づけは刺激が強かったか? 風琴はくくっと肩を震わせた。



 朝食後、騰蛇の言う通り紅月がやって来た。

「明日のことなのですが、仕掛けておいた術を解放するつもりです。貴殿方にはその間の時間稼ぎをして頂ければ幸いかと」
「承知した。だが具体的にはどうするつもりだ」

 風琴が問うと、紅月は何やら意味ありげな微笑を浮かべた。

「まだ秘密です。ですが、天狗の方々には危害はございませんのでご安心を。ただ……少し面白い風景が見れるかと」

 面白い風景だと? 一体何を見せるつもりなのか。風琴は紅月の顔を観察しながら考える。やがて、紅月が賜る予定の名字の由来について思い出した。

「……ああ、そういうことか。我は多少は興味があるが……無理はするなよ」
「それは難しいですねえ。何せ、前々からこそこそと仕込んでいた術です。それに……多少の無理もせねば、倒れていった仲間にも顔向けが出来ませぬ」

 紅月の顔が憂いを帯びる。今のところ、天狗は死者が出ていないが、それは我らが天狗であるからだ。脆い人間ともなれば、いくら戦闘経験を積んだと言えど、片手で数えきれぬほど亡くなっているだろう。

「だとしても、無理をして天命よりも短命になるなよ。お前のような神の眷族が死ねば、周りの天命も狂うことになる」
「それもそうですね。無理も程々にしながら全力を尽くしましょう」

 口では簡単に言っているが、我の言葉は馬に念仏なのではないだろうか。少し不安になる。

「……まあいい。では滞りなく進められるようにいたそう」
「有り難き幸せ。それと最後に申し上げたいのですが、貴方はお美しいので、面の紐は欠かさずに補強の呪をかけてください。もし身体を犯されれば、命に関わるやもしれません故」

 指摘されるのは構わぬが、濁すべき部分が多いのではないか。それを濁さず述べたと言うことは、我を侮っているか、本気で心配しているかのどちらかである。

「重々承知しておる。我は母譲りの顔であるからな」

 風琴は面の紐に触れる。もう随分紐が古くなってしまっている。母の形見とはいえ、もう替えた方が良いだろう。分かってはいるが、少し寂しさを覚えた。


 紐を交換したい旨を相談すると、紅月は微笑を浮かべて答えた。

「その事ですが、夜に月夜殿に相談なさいませ。私では言いにくいので」

 言いにくいことだと? それも月夜に相談しろとは。少し考えてすぐに意味が分かった風琴は、無意識に笑みを浮かべた。

「ああ、承知した。ところで、この間の礼に何かしたいが、願いはないか」

 紅月は腕組みをしてしばらく考え込む。前回は髪を所望したが、今度は何をねだるのだろうか。また髪だったら、月夜に叱られそうだな。髪でないことを願っていると、紅月が口を開いた。

「律儀に礼などよろしいのに。貴方様は義理堅い御方ですね。では、ひとつだけ。……某の天命が尽きた後、某の血を継ぐ子や孫、そして子孫に何かあれば力を貸していただきたい」

 紅月は真っ直ぐな瞳で我を見据えた。……自分のことに使えばよいのに。いや、こやつには大した欲がないのだろう。少しつまらぬが、本人がそれを願うなら、叶えてやる他ない。

「戦が終わったら、子孫を守ってほしいだの、欲張りな奴だな。それほど我との縁を結びたいか。……まあいい。天狗は約束は破らぬ。我が助けると値した事態であったら助けよう」

 紅月は肩の荷が降りたように安堵の息を吐いた。それもそうか。こやつの天命はそれほど長くはない。きっと子を成しても、子が元服前には亡くなる。

「その前に、子は成せよ。流石の我でも我らの里の娘を紹介できぬ」
「ご心配なく。近々祝言を挙げるつもりですから」

 こやつに許嫁がいるだと!? 風琴は驚きのあまり、声を上げそうになる。こやつの妻になるなど、3日で逃げるのではないか。我の心情を察したのか、紅月は声を上げて笑った。

「某にだって許嫁はおりますよ。相手は百地殿の従姉妹の方です。兄妹のように、お育ちになられたとか。かえって某が百地殿達を怒らせぬよう、気を遣わねばならないのですよ」

 ならばその許嫁は多少は胆が据わっているだろう。……そのまま尻に敷かれて大人しくなればいいのに。そうすれば無茶も出来なくなるだろう。  
 風琴は庭の青葉を眺めながら、心の中で呟いた。


 夜になってから月夜に訊ねてみる。すると、月夜は恥ずかしがりながらも、懐から懐紙で包んだ何かを取り出した。懐紙を開けてみると、赤瑪瑙の飾りと、1対の組み紐。やはり、我が伏せっている間に作り始めたのか。

「今日やっと完成したのですが……如何でしょうか」

 元々、我が手先の細かい作業を教えていたので、初めてにしてはかなり上手い方なのではないか。風琴は思わず笑みを浮かべた。

「悪くない。それに、瑪瑙の守りも以前より強く……ん? 紐に血か何かを混ぜたか?」

 瑪瑙の飾りから蛇神の神気に混ざって月夜の妖力を感じる。月夜の顔を見ると、月夜は目を泳がせながらうなずいた。

「ええ。紅月殿が、我らの繋がりがあれば御守りが強くなるということで、やってみたのです。……その、気持ち悪いようであれば、紐を取り替えますよ?」

 他人の髪なら気持ち悪いが、月夜の髪ならばそうは思わない。むしろ、少ない時間を使って我の為に組み紐を編んでくれたことが嬉しい。

「そんなわけないだろう。我はお前の髪一筋すら愛おしいのだから。ありがたく受け取ろう。月夜、面の紐を取り換えてくれないか」
「はい! では面をお預かりしますね」

 月夜は受け取ると、我の面の紐を取り換える。それを眺めながら、風琴は母のことを思い出していた。母は我が幼い内から、今の面の紐を編んでいた。

『風琴、貴方に愛する相手が出来たら、面の紐を選んで替えてもらいなさい。ああ、だけどその前に切れそうになったら、自分で選ぶように』

 知らずの内に、母との約束を守ったのか。亡き母との繋がりを感じて嬉しくなる。

「師匠、いつになく嬉しそうで何よりです」
「そうか? まあ、当たり前だろ。愛しいお前からの贈り物なのだから」

 明日が戦でなければ、もっと手放しに喜べていたのだが。それだけが心残りであった。


 戦の日となり、風琴達は飛び立った。月夜達は凩への文や土御門の元に行き来する必要があるので忙しい。口づけをして別れは済ませて来たが多少は寂しいものである。
 数日前にある程度退治た筈だが、飛び立ってそれほど経たない内に化け物が現れる。
 数日前が嘘のように、何倍もの数がいる。もはや雲のようだ。今の内に少し片付けるか。風琴は妖気で弓を編むと背中の矢筒から矢を取り出した。己の中の妖力を矢に集中させ、前方の化け物達の群れの中心を狙う。

「矢よ、天駆ける流星となれ」

 風琴の妖気が溢れんばかりに高まると、矢は空から落ちる星の如く、一直線に駆ける。そして、矢が群れの中心の化け物を貫くと、空を覆わんばかりの光が爆ぜる。

「さあ、皆の者。かかれ!」

 風琴の号令と共に、堰を切ったように天狗達が進軍する。風琴は少し後方で、上がった息を整えていた。

「まあ無理をしちゃって。大丈夫?」

 風琴を飛ぶ東雲が声をかける。風琴はいつものように大丈夫だと返した。

「しかしあれを見ると、他の者にも弓矢を使わせたくなるなあ。地に落ちたら人が死にかねないから使えぬのが残念だ」

 土御門にも最初の頃に弓矢を使うことを提案されたが、外した場合に落ちた矢の衝撃で人間の血肉が鮮やかに舞うと言ったら、すぐに案を下げた。なので、矢筒を持っているのは我だけである。

「そうさなあ。矢を外さずに全て命中させるのは、お前ならともかく、それ以外は無理だ。それに、あんな威力の矢を放てるのはお前だけだよ」

 東雲は苦笑する。東雲も、射てない訳ではないだろう。だが、その際我よりも消耗が激しくなるのは目に見えている。

「さてと、ご隠居が片付けてくれたから頑張るとしますか。どれくらい時間を稼げば良いんだっけ?」
「出立前に申したであろうが、一刻が目安だ。紅月が合図をするまでは耐えろとのこと」
「へいへい。ところで少し寒気がするのは気のせい?」
「気のせいだ。我らも始めるとしよう」

 風琴はそう言いながら、紅月がいるであろう遥か下を見る。東雲の言う通り、妙な寒気があるのだ。……紅月、一体何をするつもりなのか。嫌な予感がしていた。
 風琴達は敵を蹴散らしていく。流石に今回は数が多すぎるせいか、一刻経つと、皆に疲労の色が見え始めた。

「全く……きりが無い」

 最初に矢を射ていなければ、どうなっていたことか。考えたくもない。もうすぐ約束の時間だがどうするのか。
 風琴が少し焦り始めたその時、手首の飾りが光った。遠見の術で地上を確認すると、騰蛇が此方を見て赤い布を振っている。ということは間違いないだろう。
 敵に伝わるのはまずいので、天狗の団扇で竜巻を起こして合図を送る。皆気づいたようで、敵が風に気を取られている間に後方に下がった。
 騰蛇が布を下ろした時、我は背筋が凍りつく程の寒気を覚えた。何をする気だ。風琴が身構えていると、急に風が赤くなる。

「っ……!? これは……」

 空気中にあの蛇神の神気が満ちる。神とは言え、蛇となればこんな上空にも及ぶ筈など無い。
 それなのにどうして。風琴だけでなく、天狗達が困惑していると、敵達は悲鳴を上げていた。敵は全身が火傷に侵食され、翼も灰となって墜落していく。落ちていく姿を眺めていると、紅原の方から凄烈な神気を感じた。本能的な恐怖を感じるが、目を離せない。
 敵が地に叩きつけられようとした瞬間、丸太を束ねたが如き大蛇が、あぎとを開けて噛み砕いた。

「なっ……!? あっ……うわああああ!?」

 同胞の1人が悲鳴を上げる。確かに叫びたくもなるなと風琴は心の中で呟いた。紅原側から、大量の大蛇が並みを打つように進軍していく。黒い身体に赤の瞳。まるで紅月にそっくりな大蛇は、地の魑魅魍魎を食ったり、潰していく。身体が半透明なので、あれは神気で作り出したに違いない。
 大蛇は造作もなく食い荒らしていき、ついには外法師達が構える拠点に辿り着いた。外法師も何とか結界を張ろうとするが、蜘蛛の糸を払うように結界を喰い破られて大蛇に喰われていった。

「うっ……」

 顔を逸らして誰かが吐く。無理もない。蛇が通った後は血で真っ赤に染まっており、一面紅で塗ったようだ。……「紅原」か。
 この名字を与えた主君とは、正直会いたくない。食い荒らした大蛇がすうっと消えるのを確認してから、風琴は口を開く。

「さて、此処での戦は終いだ。皆ようやった。ゆっくり休むがいい」

 皆は頷いたが、面を取らなくても分かる程重い空気が漂った。
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「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

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