気高き翼に手を伸ばす

幽月 篠

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大戦前夜※

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命の覚悟を決める前にお前とひとつになりたい



 予定通り、夕刻に陣に来ると既に多くの者が陣にいた。術師である人間だけでなく、我らのような人でない者も多くいるようだ。我らの為に開けておいた場所に案内された後、我が話し合いに呼び出される。
 我は月夜と東雲を付き添いにして、参加することにした。奥の陣幕の向こうには、既に十数名もの頭や長の身分の者がいた。風琴は一礼して入ると、空いていた椅子に腰を下ろす。

「おお、久しいな風琴。息災であったか」

 隣の椅子に居たのはがっしりとした体格の天狗である。確か鞍馬の僧正坊であったか。そういえば、我が元服した時に来ていたような……。

「お久しぶりでございます。まあ、そこそこ元気と言ったところでしょうか。僧正坊殿もお元気でしたか」
「儂はこのとおりよ。おぬしらの話を聞いて、儂も少しは人を手伝ってやろうかと思ったのだ。昔はぴいぴいと泣いていった坊が、世のため人のためと奮闘するなんてなあ。物心つく前に抱き上げてやった儂も鼻が高いぞ」

 ……褒められるのは恐縮なのだが、我の小さい頃の話をしないでもらえるだろうか。なんならその口に握り飯を突っ込んで黙らせたくなったが、相手は僧正坊。正直、我が敵う相手かは分からぬ。

「僧正坊にお褒め頂きまして恐縮にございます。ですが、此方は評定の場。我は大したことなどしておりませぬので、どうかこの場ではお控えくださりますと助かります」
「天狗とは矜持高きもの。褒めちぎって悪いことなど無かろう……と言いたいところだが、そうだな。戦の話し合いの方が先であるな。土御門よ。霊山の天狗も参ったところだし、始めても良いのではないか」

 僧正坊が久脩に目を遣ると、久脩は頷いた。

「ええ。もうそろそろ刻限ですし、始めましょうか。太陰、皆様にあれを」
「承知いたしました」

 どこからともなく神気が漂ったかと思うと、男が現れた。年は二十代半ばといったところか。大陸の文官のような衣を纏い、長い黒髪が邪魔にならぬように結い上げている。
 中性的で美しいが、どこか冷たい印象を受ける容姿だ。あれ、太陰は女の姿ではなかったか? いや、今さら気にしていては面倒だ。
 風琴が太陰を見ていると、太陰は空中から十数枚の紙を手元に出現させる。紙を我らに向かって投げると、皆の手元にすっと紙が行き渡った。紙には関ヶ原の地図や様々な詳細なことが書かれており、見やすいことこの上ない。

「さて、では明後日に向けての戦に向けての評定を始めましょう」

 久脩の言葉と共に、明後日の戦についての話し合いが始まった。
 元々、ある程度の評定で今後の作戦が決まっていたが、今回の現状を見ての変更点など様々なことが話し合われた。
 申の刻から亥の刻少し前まで程であろうか。まだまだ話すことがあるが、それは明日に延長ということになり、今日はお開きとなった。
 皆すぐに傍に控えていた供とそれぞれの陣幕に戻っていく。風琴も月夜達と戻ることになった。風琴達の陣幕の者達は、不寝の番以外は眠っている。
 風琴は起こさぬように、己の陣幕に入った。長に等しいものは、個室のように囲ってある陣幕が用意されている。そこに入ると、風琴と東雲、そして月夜は腰を下ろした。

「ふぁ~あ。もう俺は眠い」
「同伴してもらってすまなかったな。もう眠るといい」
「うん。そうする。陣幕の傍に寝るから、何かあったら呼ぶといい」

 東雲は大きな欠伸をひとつすると、陣幕の外に出ていく。二人っきりになったところで、風琴は面を外した。

「月夜、分かっておろうが明後日が戦だ。明日は戦に備えて早う寝なければならぬ」
「分かっております」

 月夜も面を外すと、風琴をそっと腕の中に流し引き寄せた。衣越しに互いの熱が伝わり、鼓動が早くなる。

「最後とは思わぬ。だが……どうか今一度肌を重ねても良いか?」

 そんなこと、本当は強がりだ。嫌な予感ばかりがする。月夜は最前線に巻き込む予定などない。何かあるのはきっと我の方だ。だから、何もない内に、お前の熱をこの身体に刻んでおきたい。

「どうして断ることが出来ましょうか。……師匠、愛しております」
「ああ、我もだ」

 そっと触れ合うばかりの口づけから、深く舌を絡め合う口吸いに変わる。陣幕の中は防音の結界が張ってある。この空間を邪魔する者などいない。

「ん……っ……ぅ……」

 月夜と口吸いをしている時は全てを忘れられる。矜持を捨てて、お前に我の全てを委ねたいと思ってしまう。だが、そんなことを言ってなどやらない。まだまだお前は、青二才の小僧なのだから。もっと立派に成長したら……いや、我から一本取れるようになれば言ってやろう。……もっとも、この戦を越えられたらの話だが。
 今までの戦はあまり犠牲を出さずに済んだ。だが、明後日はどうなるか分からない。それが怖いと思ってしまう。風琴は恐怖を忘れるように、口吸いに専念する。そんな風琴の頬に一筋の涙が伝い落ちた。

 月夜が我をはだけさせようとしたので、我は月夜の手首を握った。

「自ら脱ぐからいい。……お前はじっとしていろ」
「えっ……? 師匠、それは……うわっ……!?」

 月夜を投げ飛ばすのは造作もない。衝撃は妖気で抑えたが、月夜は驚いた評定で仰向けに寝床に倒れた。我は鎧や手甲を外すと、月夜に馬乗りになった。

「このような格好になると、まるで我がお前を抱こうとしているようだな」

 ついでに手足を妖気で寝床に縛り付けたので、動けやしない。1度くらい、こうしてみたかったと笑って見せた。

「師匠がそのつもりなら抱かれても構いませんが……」

 風琴は月夜の返答に半眼になる。お前……今さらそんなことを真面目に言われても困るしかないのだが。風琴は指で月夜の額を弾いた。

「痛っ……」
「たわけ。今さらお前の尻を馴らすなぞ面倒なことをしていられるか。あくまで我は女役のままだ。安心しろ」

 月夜の目の前で袴の脱いで前をはだける。月夜はじっとりと、我の胸元や生足を見ていた。

「何だ? もう勃ったのか。この若造め」

 我が指摘したせいか、月夜の頬が赤くなる。たまには閨で初な顔を見るのも良いものだ。風琴は笑みを浮かべながら、月夜の袴に手をかけた。

「師匠……!? それはちょっと……」
「我を縄で縛ったり、はだけさせたりしておいてよく言うな。大人しくしていろ」

 そして月夜の褌を剥ぐと、案の定勃って硬くなったそれがあった。……これを咥えるのか。顎が外れたりしないか? 風琴は少し不安になりながらも、咥えようとする。だが月夜は待ってくださいと叫んだ。

「師匠、せめて水浴びさせて頂かないと。というか、貴方の口を汚したくなどありませぬ」

 今宵くらいはしたいと思ったが駄目か? いや、洗えばいいのだ。

「月夜、冷たいが我慢せよ」

 風琴が指を鳴らすと、どこからともなく土砂降りの雨が降る。雨は月夜の肌を洗い流すと、何事も無かったかのように月夜の肌や寝床は乾いた状態に戻った。汚れに関してはこれで良い。
 ただ、濡れたせいで魔羅は硬さを失ったようだ。まあそのうちに硬くなるだろう。風琴は前だけはだけた状態で、しなだれかかるように再び月夜の唇に口づけをした。

「んっ……ふ……ぅ……」

 これで月夜と口づけを交わしたのは何度目だろう。風琴は舌を絡ませながら、考えていた。己から口づけを交わしたのはいいが、やはり若い月夜の方が口づけでは優勢になっている。このままでは呑まれる気がして、風琴は唇を離した。既に、月夜の中心は硬さを取り戻している。もうよさそうだ。
 風琴は息を整えると、月夜の魔羅に口づけをした。幸い、雨を一瞬呼んで洗わせたことで、臭いはさほど無い。ちらりと上を見上げると、羞恥で真っ赤になった月夜の顔がある。閨で優位になるのも悪くないな、風琴はにやりと笑うと、月夜の亀頭を舐めた。

「し……しょう……駄目……そんな……」

 舌や口の中で弄んでやると、月夜は荒い息を吐く。いつも我ばかりが啼かされるが、月夜を思う存分啼かせて見せよう。
 月夜が我に今までした口淫を思い出しつつ、魔羅を舐める。それにしても大きいな。よく我の腰が砕けないなと感心してしまう。本当は喉まで咥えた方が良いらしいが、流石に評定の最中に食べた湯漬けを戻しかねない。
 月夜もそれを分かっているようで、何とか腰を動かすのを堪えているようだ。

「んっ……う……」

 段々口の中に苦味を感じる。これが先走りというやつか。もうそろそろ出してくれないと、我の顎が疲れる。早う出せと、風琴は舌や咥内を使って促す。陰嚢を揉みながら、根元から先まで一気に舐め上げた。

「っ……うあっ……」

 魔羅が膨らんだかと思うと、白濁が爆ぜる。風琴は前髪を汚さぬように、熱い飛沫を口の中で受け止める。絶対不味いだろうな。流石に月夜の物でも吐き出すかもしれない。そう思っていたが、白濁が舌を濡らすと、意外なことが起こった。

「んぐっ………ん……?」
「師匠、私のなどペッと出して大丈夫ですから。って師匠……!? 何を飲んでしまっておられるのですか!?」

 風琴が月夜の目の前でごくりと白濁を飲み込む。月夜も風琴が即座に吐き出すと思っていたので、師匠のあまりの光景に目を大きく見開いた。風琴の方も驚いているのか、唇に手を当てる。

「いや……あれ、腎水は不味いものではなかったか? 何故か甘いのだが」
「もしや、師匠の身にまで契約の影響があられるのかもしれませぬ。前回、肌を重ねた時もそうでしたので」

 あの時、我の腎水を美味だと言ったのは冗談ではなかったのか。風琴は驚きのあまり、呆気に取られてしまった。
 次は我が己の後ろを慣らす番か。風琴は衣に隠していた丁子油を取り出すと、手から滴り落ちる程に濡らす。月夜の前に腰を下ろすと、両足を開いた。
 今まで衣で隠されていた風琴の股が露になった。中心部は口淫をしたせいか、既に勃っている。確か指を入れれば良いのか。風琴は丁子油で濡れた指を後孔に入れた。

「っ……ん……。月夜……我は己の指を入れたのは初めてだ。どうするべきが教えろ」
「っ……はい……」

 月夜は風琴の艶姿に見とれていたが、慌てて我に返る。そして自分が今までやっていたことを思い出した。

「ごほん……まず指を入るところまで入れてください」
「あっ……ああ………」

 指の感触に小さく震えつつも、指を奥へと入れていく。自分の中がこんなにも柔らかくて熱いとは。風琴の頬が赤みを増した。

「それから指で中を掻き回すように動かしてください」
「ん………く………うあっ………」

 途中で、良い部分を掠めたが唇を噛んで耐えた。ここは月夜の物に突かれるまで取っておきたい。目を瞑って指を動かす。そうすると、まるで月夜が指を突っ込んでいるように感じるのだ。

「月……夜……んっ……次は……?」
「もうそろそろ指を増やされてよろしいかと。ばらばらに動かせば、より慣れると思います」

 言われた通りに中の指を増やしていく。時折、頭を振って甘い息を吐く姿は妖艶で月夜はごくりと生唾を飲んだ。

「も……もうそろそろ大丈夫だと思います。師匠、妖術を解いてくださって大丈夫ですよ」
「んぅ……ふ……。いや、我がやる。お前はそのまま仰向けになっていろ」

 風琴はふらりと立ち上がると、月夜の上に股がった。そして月夜の魔羅にしなやかな指を添えて、ゆっくりと腰を下ろす。

「っ………く……う……あっ……ああ……」

 じわりじわりと魔羅が中を割り開いていく。中の肉に魔羅が擦れて、あられもない声を上げたくなる。前回も散々やった後に自分から受け入れたが、此度は理性が残っている。そのせいか、背徳感に似た何かがあった。

「ううっ……く……ああ……んあ……」

 風琴は快楽のあまり、途中で止まりそうになる。だか、気合いでどうにか魔羅を奥まで呑み込んだ。

 風琴はどうだと言わんばかりの表情を浮かべている。だが限界なのか、己の身体を支えている手が震えていた。

「どうだ月夜、我の中は」
「いつも以上に気持ち良いですよ。……ところで師匠、腰を動かせます?」

 いつもは月夜が突き上げるのだが、金縛りに似た拘束をされている。なので風琴が腰を動かさなければ、終わらない。風琴はそれを忘れていたのか、目を泳がせた。

「……いや、無理だが。ただでさえ限界なのに、どうやって動けば良いのだ」

 少し気まずい沈黙が流れる。風琴はともかく、月夜にとっては据え膳に等しい。
 風琴は仕方ないと、片手で身体を支えつつ、指を鳴らした。拘束が無くなると、月夜の瞳が獣のように光る。……絶対に、まずい気がする。餓えた獣を野に放ったのと同じなのではないか。
 風琴が腰を逃がそうとする。だが、がっしりと腰を掴まれていた。

「師匠、逃げては悲しいですよ」
「いや……その……お手柔らかに……ひっ………ああっ……!?」

 お手柔らかにといったが、馬の耳に念仏。腰を持ち上げられたかと思うと、ずんと深く下ろされた。自らの重みで、より深くまで穿たれる。
 風琴は逃れることも出来ず、嬌声を上げるばかり。風琴が耐えきれず身体が傾ぎそうになる。すると、月夜は風琴の腰を持ち上げて半身を起こした。ぐったり凭れる風琴に対して、笑みを浮かべると、風琴の腰を上下に動かす。

「あんっ……月夜………深い……から……ゆっくり……して……」
「散々私を煽ったのは師匠でしょう……? 申し訳ございませんが、一度出すまではゆっくりなど出来ません」
「この……けだものがあ……ああっ………」

 やっぱりこやつは、閨では恐ろしい獣だ。後悔しても意味はない。風琴は諦めて、月夜にしがみつく。月夜は風琴の腕の熱を感じながら、風琴腰だけでなく、下からも突き上げる。風琴の矜持も理性も、既にどろどろに形を失っていた。

「あん……っ……月夜……もう……達く……」
「私も……です……」

 月夜の余裕の無い声が風琴の耳元に響く。それだけ我で感じているのか。やれやれ、求め方は乱暴だが、それでもかわいい奴だ。容赦無く穿たれながらも、風琴は微かに微笑む。

「う……ん……ああ___っ」

 その直後、中で熱い飛沫を受けたかと思うと、視界が一瞬白くなった。

「やらっ……もう出ないと………言っておろうが……!」
「私は出ますよ。私を煽ったお仕置きです。溢れる程に、私のものを注ぎましょう」

 気づけば月夜が我に覆い被さり、容赦なく我の身体を穿っていた。月夜は、獲物を捉えた獣のような笑みを浮かべている。師匠に対してお仕置きとはどういうことだ、この野郎。文句を言いたいが、快楽の前には嬌声以外の言葉が出ない。

「あう……んっ……うあ……達く……から……」
「っ……師匠……う……」

 我が出したと同時に、中が月夜のものを搾り取ろうと締めつける。月夜は息を荒げると、また我の中に出した。こやつはどれだけ出したか。ぜいぜいと息を整える月夜の顎を掴む。

「あれだけほざいて、おいてもう根を上げるか? この若造め」

 本当は我が既に限界だ。だというのに、月夜を煽ってしまいたくなるのは何故だろう。我は被虐体質なのだろうか。月夜にはこの煽りが効いたらしく、若葉色の瞳がぎらついた。

「何のこれしき。もっと流し込んでっ……差し上げましょう……っ!」

 我の耳元で囁くと、浅いところから一気に深くまで貫く。

「うあっ……激し………月夜……いっ……あああ……!」

 我は凄まじい快楽に達しそうになるが、月夜はお構いなしに激しく我を穿つ。我は髪を乱しながら、月夜の腎水が出なくなるまで貫かれていた。

 気がつくと、我の身体は清められていた。臭いもそれほど残っていない。月夜は情事の後片づけをしていたようで、手拭いと桶を運ぶところである。我が身体を起こすと、腰に痛みが走った。

「痛たっ……」
「師匠、大丈夫ですか」

 お前がやったのであろうが。そう言いたいところだが、誘ったのは我だ。文句は言えまい。

「痛みがあるから、塗り薬を取ってほしい。我の袋に入っているだろう」
「はい。では塗らせて頂きますね」

 我は上半身をはだける。すると月夜は後ろに回って我の腰から背中に薬を塗る。その触り方がいやらしくて、少し声を上げそうになった。月夜が塗り終えてから、我は月夜を己の前に来させて抱き締める。

「月夜……愛している」
「ふふ……私も貴方をお慕い申し上げておりますよ、師匠」

 情事だけでなく、言の葉でも愛を確め合うことで胸が満たされる。ああ、夜など明けねば良いのに。そんな子供じみたことを2人は心の内で呟いていた。

 いよいよ戦前日。朝から評定が始まった。昼辺りに紅原が到着し、より綿密な作戦が練られる。評定中に太陰が大きな巻物を立て掛けたのだが、巻物に書かれた絵が動く様は流石に仰天した。皆も驚いていたが、それを評定に用いることで、評定がいつもよりも順調に進む。
 他の術師や人外と違い、僧正坊や我は空を任される。もし空から襲われれば、飛べぬものはひとたまりもない。故に我らが戦で成果を上げねば、味方が大変なことになる。
 それにしても……我に不吉な相か。月夜を愛を育む内に、朧気であった死が形を成しそうで怖い。隠居の身であった時は、朽ちていくことなど怖くなかったというのに。風琴は面の下で自嘲の笑みを浮かべた。

「問題としては、外法師に賛同する術師も多いことか。数は我らが勝っておるが、術師の力量によっては戦力が揺れるな」
「政のせいとはいえ、虐げられるようになった者が多いのは事実。この世の在り方に不満を持ち、鬼が跳梁跋扈していた平安や神代に戻したいと思う者ばかりです」

 術師達が口々にそんなことを話している。久脩が京から追い出され、月夜が追われる身となった事件はそれほどに術師達には大変なことだったのか。
 まあ、泰重達が来る前の我は、陰陽師を胡散臭く仏や神の力を我が物顔で操る傲慢どもと思っていた。その政を行った者も、同じようなことを思っていたに違いない。

「儂が見た限り、平安の頃によくおった鬼に似せたものを見かけたな。だが、邪気はあの頃程ではないわい。風琴の父もよう狩っておったわ」

 僧正坊がそんなことを言ったので、昔のことを思い出す。そういえば、幼い頃はよく山の結界が破られそうになり、父上達が化物を倒しに行ったっけ。
 見事倒した化物の亡骸は、あまりにも恐ろしくて泣いたことを覚えている。

「私も朧気ですが覚えております。確かに平安の頃には及ばぬでしょうな。ですが、生きた人間や死霊を鬼に作り替えるような奴らです。注意はしておいた方が良いかと」
「それはそうだな。あれは流石に胆が冷えたわい。心ある者を幼子の玩具のように作り替えるなんぞ、狂っとるしか言えぬ」

 あのようなおぞましくも悲しき化物が現れるだろう。我はあ奴らを救うてやろうとは思わぬ。せめて苦しくないように、一息で仕留める。それが我に出来る唯一の弔い方法だ。風琴の瞳に憂いに染まった。

 話し合いが終わったのは大分日も暮れた頃。途中で控えていた凩が声をかけてきた。

「ご隠居、ご健勝のこと何よりでございます」
「久しいな、凩。おぬしの武勲は我の耳にも入っておる。長老の身ながらも同胞を率い、死者を出さなかったこと。我も己が如く鼻が高い」
「老いぼれには勿体のうお言葉にございます」

 凩は恭しく頭を下げる。ああ、草葉の陰の父もこのことを知ったらどれ程喜んでいただろうか。そんなことを考えてしまう。

「おぬしはそれほど老いぼれでもなかろう。ところで、長から緊急の用も無いが、そちらに何か連絡はあったか」

 長は時折、使いの者を通して土御門邸に文を預けてそれを涼太と月夜が我らに届けるという手法を使っていた。だが、文の内容は特に目立つことはない。働き盛りの男達の大半が減った里は寂しいということくらいで、あとは普段の日常にちなんだ歌が添えられている。

「いえ、特段目立ったことはございませぬなあ。ただ長は誰か様のように辛いことを隠したがる癖がございます。戦が終わったら早めに戻られた方が良いかと」
「そうだな。同胞達も家族が恋しいとぼやいておる。なるべく早めに戻るとしよう」

 そして明日の戦の際に使う連絡用の呪具を渡して己の陣幕に戻ろうとする。だが目の前に東雲が出てきた。

「風琴、話したいことがあるが良いか」
「話したいこと? 後日では駄目か」

 さっさと寝て備えたいのだが。しかし東雲は道を譲ろうとしない。

「いや、今じゃなければ無理だ」

 いつもであれば、金的でもして眠っていただろう。だが、東雲はいつも以上に真剣な眼差しをしていた。

「では陣幕の中で聞こう。念のために月夜を控えさせても良いか」
「いや……月夜君はちょっと……。せめて部外者。そうだ。土御門の式神はどうだ」

 ということは、あの3名の内の誰かを選べということか。風琴は紅月に渡された瑪瑙の腕飾りに妖力を吹き込む。

「紅月、騰蛇殿を我の陣幕に来させろ」
『騰蛇を? まあ良いですけど。半刻以内には戻してくださいね』

 それほど紅月の陣幕と離れていないためか、騰蛇殿が瞬く間に我らの元に来る。

「風琴殿、何か御用か?」
「月夜には聞かれてはならぬ話らしくてな。念のために、信頼できる騰蛇殿に同席して頂きたくお呼びした」

 騰蛇殿は東雲を一瞥すると、訳知り顔になる。何だ。東雲が話したいことが分かるのか。騰蛇殿をじっと見ていると、騰蛇殿は我の背中を軽く押した。

「俺が信頼されているとは喜ばしい。さあ、早く用を済ませるとしよう」

 何が分からぬままに、陣幕に連れて行かれる。本当に何なのだ一体。風琴には東雲と騰蛇の意図が読めなかった。
 陣幕に入るなり、東雲は面を取る。騰蛇殿もいるのに破廉恥な。そう言いたかったが、言わせない雰囲気があった。

「それで何だ。話とは」

 我側から問うてみる。東雲は僅かに目を泳がせた後、片膝を突いて頭を垂れた。

「風琴、まず謝らせてもらいたい。……っ、すまない。お前が溺れたあの日、俺はお前の唇を奪った」
「……は?」

 溺れた後の記憶は一切無いが、東雲が部屋に来た覚えはない筈。何を言っているのだ。訳が分からない。

「事情によっては殴るか不問にするか決める。だからさっさと話せ」

 東雲は頭を垂れたまま話し始めた。最初は苛立ちもあった我であったが、話の顛末を聞くにつれて苛立ちは収まる。

「そういうことか。我を助けるためであったのなら、別に怒りはせぬ。顔を上げろ」

 東雲は言われるままに顔を上げる。何故か、灰緑の瞳は今にも泣きそうな程に潤んでいた。

「それと……これは死ぬまで胸に秘めておきたかったが……俺はどうやら完全には諦めきれなかったようだ。だから諦めさせてもらいたい」

 諦めるとはどういうことだ。我が諦めさせなければいけないものとは。風琴問おうとしたが、灰緑の瞳に籠められた感情を何とはなしに悟ってしまった。

「風琴……俺は貴方を愛している。家族や主としてだけではなく、ただ一人の天狗として」

 静かではあるが、嫌なほど耳に響く。まさか兄弟のように思っていた男が、我をそのように思っていたとは。東雲は見目は悪くないし、互いのことをよく知っている。月夜がまだ未熟な今、背中を預けられるのはこの男しかいないと思っている。……それでも。風琴は面を取ると、困ったように笑みを浮かべた。

「我もお前を愛している。……だが、それは家族や兄弟に向けるような『愛』でしかない。すまぬが、我が伴侶として愛を向けるのは月夜だけだ」

 はっきりと断っては東雲を傷つけると分かっている。それでも、有耶無耶にしてはより東雲を傷つけるだけだ。
 それに、お前は我を隠居の身に追いやった者共に加担し、我の心を傷つけた。そんなお前のことを水に流すことは出来たが、伴侶のように愛することだけは出来ない。

「だよなあ。分かっていたが、こうやってはっきり言われると、意外に堪えるなあ。でもありがとう。最後にお前の手の甲に口づけをしてもいいか」

 そういえば剣の霊も手の甲に口づけをしたな。東雲の気持ちに応えてやれないから、それくらいはいいか。風琴が手を東雲の前に差し出す。東雲は恭しく風琴の手の甲に触れると、そっと口づけをして離れた。

「よし、これで諦めがついた。これからも主従であり兄弟ということで、以後よろしく」
「はいはい。こちらこそ、よろしく」

 風琴と東雲は互いに笑みを浮かべる。東雲は面を被ると、手を上げた。

「では俺はもう寝るから。月夜君を呼ぶとしよう。風琴、騰蛇殿、おやすみ」
「ああおやすみ」

 風琴が笑うと、東雲は陣幕を出ていった。一部始終を見ていた騰蛇は、ようやく口を開く。

「少しあの者が気になりますね。俺が見てきましょうか」
「ええ、すみませんがよろしくお願いいたします。我が行ったら焼け石に水ですから」

 騰蛇が出ると、月夜が入ってくる。月夜は面を取ると、風琴に水を渡した。

「師匠、お疲れ様です。東雲様と何かございましたか。東雲様の面から何か雫が零れているように見えたような……」

 風琴は水をごくりと流し込む。やはり泣いておったか。我が断ったとはいえ、心が痛む。

「喧嘩ではないが、まあちょっとな。しばらくはそっとしてやれ」
「はい……分かりました」

 月夜にはまだ言わぬ方が良かろう。これは我と東雲のことなのだ。風琴は夜空の月を見上げる。月はいつもように、静かに見下ろすばかりであった。



 風琴の元を離れた東雲は、人気の無いところまで飛ぶと、大きな木の幹に寄りかかった。

「っ……やはり、辛いな」

 とうに分かってはいたことだった。だが、この想いを抱えたままであったら、あの時のようにお前を苦しめてしまう。
 だから秘めたままでいるよりも、砕けることを選んだ。部外者を呼ぶように言ったのは、断られた際に何をしてしまうか分からなかったからである。
 東雲は面を取る。そして涙で濡れた頬を袖で拭う。それでも一向に涙が止まらないので、袖で顔を隠した。それから十数えぬ内に、隣に誰かの気配がした。

「想いを告げたのは、この前のことがあったからか」

 東雲はその問いに、頭を縦に動かした。顔を見られているとはいえ、涙で濡れた顔など誰にも見られたくない。

「けじめをつけねば、また心の隙につけ込まれてしまう。俺は風琴を愛している。だから、あいつの幸せを守りたい。そのためなら、この想いを砕いてほしかった」

 顔を隠す俺の肩をそっと騰蛇が触れる。俺は騰蛇のことを恐ろしいと思っていたのに、今は温かいとしか思えない。

「俺は恋心など理解できぬ。……だが、よく風琴の前で気丈で耐えることが出来たな。俺が言っても慰めにはならぬが、お前はすごいと思うぞ」
「そんなことはない。俺は……一度だけあいつを裏切ったんだ」

 風琴が陥れられていた時、風琴の育ての親である父も与した疑いで牢に入れられた。父が壮絶な拷問を受けて面会すらも許されぬ中、現れたのは今の長の母親の派閥の者だった。父を助けたくば、風琴を傷つけろ。そう言われたので、孤独に戦う風琴にこんなことを言ってしまった。

『貴様が長の座におられると思うたか。失せろ。親殺しが』

 父親だけでなく、自分のせいで母親が死んだと思っていた風琴には効果覿面。その一言で風琴の心を折ってしまった。結局父は、牢を出る前に拷問による衰弱で帰らぬ者となった。全てを失ったと気づいたのは、既に風琴が隠居の身になってからである。それと同時に、あいつを愛していたことに気づいてしまった。
 あの後、長い時間をかけて互いの関係を修復した。だが、修復出来たのは風琴が慈悲の心を持っていた故である。許してほしいなど思わなかった。だけどあいつは笑って水に流すと言った。それだけで俺は風琴に全てを捧げようと思った。そして、この想いも忘れたふりをしていた。
 なのに思い出してしまったのは、風琴が月夜に慈愛を向けた頃である。見たことも無いような幸せな笑みを月夜に向けた時、嫉妬が芽生えた。そのせいで、つけ込まれてしまった。だから、この想いなどもう捨てようと決めた。

「人であれ、神であれ間違えることはある。それに……皆、我が身が可愛いのだから、大切な者のために傷つくことは相当な勇気がいる。と俺の最初の主が言ってたな。泣きたいのなら存分に泣け。俺が聞いてやるから」

 騰蛇がぽんぽんと東雲の肩を叩く。東雲は堰を切ったように嗚咽を漏らした。そして東雲が泣き止むまで、傍にいた。
 騰蛇が気づいた頃には、東雲は泣き疲れて眠っていた。……子供か。いや、男は泣かぬものと言われているから、長年堪えてきたものが一気に出たのだろう。面を外していたせいか、顔が露になる。散々泣いたせいか、目元が赤くなっていた。面の裏も涙で濡れている。

「このまま置いていく訳にもいかないしな」

 騰蛇は神気の布を編むと、東雲をそれで隠す。そして東雲を抱き抱えると、今の主の陣幕に向かった。
 主は何やら桔梗と相談をしていたが、俺に気がつくと少しむっとした。

「騰蛇、遅い。何かあったのか」
「端的に言うと、風琴殿の側近が泣き疲れて眠ったので連れてきた。天狗は矜持が高いゆえ、泣き疲れて眠った姿など見られたくないだろう?」

 紅月はなるほどと頷く。そして隅に寝かせるように促した。

「泣いた理由はまあ何となく分かったし、仕方ないか。明日に響くといけないから、少しおまじないをしておこう」

 そして東雲の傍に腰を下ろすと、何やら唱え始める。確か、丹田の活性化を促して疲労回復を早めるものだったか。唱え終わると、にこりと笑う。

「いやあ、風琴殿には及ばないけどこの人も美形だね。天狗は美形揃いとかいいなあ」

 紅月はいつに間にか東雲の顔を隠した布を取っていた。俺は慌てて眠っている東雲を引き寄せる。

「あっこら。紅月、傷心中の東雲を襲うなよ。分かっているな」
「分かっていますよーだ。流石の我も明日が肝心要だから今夜はしないよ。しかし……風琴殿大丈夫かねえ。相が心配なんだよなあ。一応祈祷はしておこう」
「やっておいてくれ。あの方とは数百年くらいは酒飲み友達として、付き合いたいからな」

 それに、せっかく東雲が風琴殿を想うが故に行動したのだ。風琴殿になにかあって無下になるのは勿体ない。騰蛇は複雑な面持ちのまま、東雲を見守っていた。




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短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

カボチャの馬車に乗り損ねたのにはワケがある。

わをん
BL
「もう、これは。友達と言って差し支えないと思う」 「友達は嫌です」 サラリーマンBLです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

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