気高き翼に手を伸ばす

幽月 篠

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失った生きる全て

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貴方が私の生きる全てだったのに


 よく晴れた昼頃、長の屋敷ではベンベンと琵琶の音が響いていた。琵琶の主は長である。兄である風琴のように様々な楽器を奏でることは出来ないが、琵琶だけは里一の名手であった。

「兄上……まだかな」

 毎日守り神である国津神に祈っている。皆が元気で帰ってきますように。兄上が怪我をしませんようにと。私は戦を見たことがない。元々、山が異界に近い環境であるため、人が入ってくることが少ないのだ。 
 それに山の結界は神や同胞達の力が込められている。それ故、争い事で同胞が亡くなった話は聞かない。
 ……覚えているのは、兄上が母上達から追い詰められる姿を見た時だけ。里を出る直前の兄上が辛そうだったのに、何もして差し上げることが出来なかった。
 兄上が里を出た後は、皆兄上のあることないこと悪し様に言っていた。それが聞きたくなくて、琵琶の練習に明け暮れたものだ。この琵琶だけが、最後に兄上がくださったものだから。壊されなかったのは、兄上の前は父の私物だったからであろう。

「兄上……」

 撥を握る手に力が籠る。兄上の助言が無い間、必死に長の座を握ってきた。母上達は私をお飾り程度にして里の行く末を握ろうとしている。
 それだけは避けたい。兄上に仕えていた瑞煙や松風など若い者達は、信用している。だが、時折信じて良いものかとすら考えてしまう。そんな疑心暗鬼になっている自分が嫌になってしまうが。

「千風様、どうなされましたか」

 女の声に顔を上げる。そこには千風よりも幾ばくか年下の女が千風を見ていた。

「ああ、小雪殿。いや、ご隠居のことを考えておりまして」
「千風様は、ご隠居のことが好きなのですね」

 小雪は面を取って微笑む。つられて千風も微笑んだ。小雪は千風の許嫁である。皆が帰ってきてから祝言を挙げる予定だ。

「ええ、私にとってご隠居は憧れの存在ですから」

 何とはなしに、兄上が弾いてくださった曲を弾いてみる。その音色に小雪はうっとりと耳を澄ませていた。

「痛………えっ……!?」

 突然、琵琶の弦が切れる。切れた弦の先が手に当たり、手の甲に赤い線が出来た。

「千風様、大丈夫ですか!?」

 小雪が慌てて千風の手を取る。千風は呆然と弦を見つめることしか出来なかった。

「あ……ああ、大丈夫」

 私の怪我は大したことなどない。しかし弾く前に弦の確認はしたのだ。まだ古くないものなのに、どうして切れる。何だか嫌な予感がする。小雪が手拭いを千風の手に巻いている時、凄まじい勢いで松風が駆け込んできた。

「長、大変です!! ご隠居が、外法師の式神に浚われました!」
「なっ……兄上が………!?」

 兄上は強い御方だ。それなのに外法師に奪われた!? 同胞達は兄上を守れなかったのか。あの元人間の青年も? 千風は身体中の血の気が引くのを感じた。



 封印の術が完成した後、土御門達の軍勢は外法師の策略で多少不利になりつつも、無事に優勢に終わった。あとは各地の中規模と小規模の沸き処を残すが、下手に塞げば別の箇所に綻びが出るということで、今後は人間と人間に従う者達次第である。
 天狗は重軽傷の者が半数以上は出たが、死者は出なかった。ただ、大きな問題が起こった。それは風琴の消息が分からないのことである。
 何処かにある筈の剣も見つからない。ただ陰陽師達に占ってもらって、風琴が死んではいないということが分かっただけである。
 統率代理の東雲と月夜、久脩と紅月、そして僧正坊は陣幕の中で話し合う。そこに、涼太が長からの文を届けに来る。それは風琴が消えたその日に東雲が送った文の返答であった。

「それで、長は何と。開いて読んでみろ」

 涼太は東雲に促され、文を開く。はっと目を見開きつつも、読み始めた。

「『同胞達よ、ご隠居を連れ帰らなければ、それ相応の罰が下ると思え。土御門と紅原よ、ご隠居を見捨てたなら、盟約を断ち切る所存。ぬしらを敵とみなす』と。……穏和な長がこれ程激情に駆られるのは、初めてなのでは」

 返答の文を読んでいた涼太は苦々しく文を皆に見せる。その筆跡はいつもの優しげなものと違い荒々しく、墨が流血なのではないかと錯覚してしまう程恐ろしい。
 長になってからは、少しづつ長の格を身につけている千風。だが、幼い頃から優しく当たり障りのない気性は一切変わらず、怒った姿を見たことがない。そんな長が文でも分かる程、激怒しているのだ。それもそうだ。あの方は風琴を兄として好いているのだから。

「ですって、久脩殿。封印を一旦解いて道を開けることが出来ますか」

 紅月が久脩に問う。だが、久脩は苦々しく首を横に振った。

「無理に決まっている。せっかく外法師を退けたのだ。それに、此方も負傷者は多い。たった一人のために多くの者を犠牲にするわけにはいかぬ。……他の道を探すしかあるまい」
「外法師が異界と繋げた道はいくつもあります。道がひとつしかないということは考えにくいですし、関ヶ原よりも小規模の道を辿るのが良いでしょうな。ですので月夜殿と東雲殿、剣を収めてください。某もお気持ちは分かりますが、今は冷静になる時です。焦っては方法を違えます」

 紅月に窘められ、東雲と月夜は無意識に柄にかけてしまっていた手を下ろす。2人とも、怒りと焦燥感でいつもよりも冷静でないのだ。天狗の神経を逆撫でするとは何事だ。紅月は一瞬、久脩を睨んだ。

「道を探すには、風琴殿の私物があれば理想的ですが何かありますか」

 月夜と東雲は何か無いかと考える。私物は最低限しか持ってきていないし、物は屋敷に戻らないとないだろう。そう考えた時、微かな金属の掠れる音がした。

「あります。師匠から頂いた髪飾りです」

 月夜は己の髪から髪飾りを外す。翡翠と金属の装飾が施された髪飾り。確かにこれは使えるだろう。

「ありがとうございます。ではこれをお貸しいただきたく……」
「おい、東雲と月夜。俺を忘れてはいないか」

 突然、誰かが紅月の言葉を阻害したかと思うと、男が陣幕に入ってくる。長い銀髪に金色の瞳で、天狗達と同じ修験者のような衣装を纏っているが、翼はない。風琴と容姿は似ているが、上背はそれよりも高い。皆がぽかんとする中、僧正坊だけが笑った。

「おう、風琴の剣よ。もう成りおったか」
「あんたのお陰だ。主に見せられぬのは腹立たしいが、ようやく現世で人の身になれた」

 風琴の剣霊は不機嫌そうに髪を掻き上げた。


「あの……剣が成るとは一体」

 月夜が恐る恐る僧正坊に問う。僧正坊はふふんと風琴の剣を見ながら答えた。

「付喪神と似たようなものよ。霊魂が宿った剣が強い者の霊力や妖力を長年浴びると、剣霊が現世で人の姿を取ることがある。特に風琴は隠居にまで追いやられた身。味方は多い方が良かろうと、儂が少し弄った」
「そういうことだ。しかしもう少し早ければ、俺が主をお助けすることが出来たであろうに。ちっ……」

 剣は悔しげに舌打ちをする。そして紅月の方へ歩み寄った。

「髪飾りも良いが、俺の方が良いのではないか」
「うーん、そうですね……」

 紅月は腕を組んで悩む仕草をすると、久脩をつれて一旦陣幕を出る。四半刻もしないうちに戻ってくると、口を開いた。

「いえ、髪飾りでも十分触媒となります。ですので貴方には触媒の軌跡を頼りに道を開いて頂きたい」
「分かった。俺に出来るなら」

 剣は渋々であるが頷いた。そんな剣をじっと見ていた月夜は、ある疑問をぶつける。

「剣殿。剣というのはなんですし、呼び名はございませんか」
つるぎでいい。……主が名を付けてくださる筈だったのだ。仮の名であっても、嫌だ。初めに呼んでくださるのは主がいい」

 剣はぶすっとそっぽを向く。月夜はそんな天狗の姿に、名前をもらった日のことを思い出してしまう。

『小僧、名は何だ』

 師匠は逃亡生活で汚れた私の身体を洗ってくださり、新しい衣と雑炊を与えてくださった後、そんなことを問うた。

『名前なんて捨てた。でないと殺されちゃう』

 幼い私は師匠にそう言って背を向けた。師匠はうーむと唸ると、しばらくしてからこう言った。

『月夜という名はどうだ。お前を拾ったのが月の綺麗な夜だから月夜。風流だろう』
『月夜……うん月夜がいい!』

 今思えば、少し粗雑な感じもする。だが、当時は何よりもきらきらとした宝物を受け取ったようで嬉しかったのだ。そして今もこの名は大事なものである。

「そうですね……剣殿」

 月夜は目の奥が熱くなるのを感じながら、面の下で微笑んだ。

 本来ならば、道具を手がかりとした持ち主の行方を調べ上げるのは容易く時間もさほどかからない。
 だが、此度は風琴が異界に連れ去られたことや、外法師に勘づかれないように細心の注意を払う必要がある。そのため、多忙な久脩の代わりに泰重が呼ばれた。そして紅月と泰重の2人で風琴の行方探しを始めることとなった。
 とはいえ、再び大量の鮮血が流れた関ヶ原の近くでは穢れの影響があって探すことが出来ぬ。久脩以外の陣幕にいたものは紅月の屋敷に向かうことになった。
 徒歩では時間がかかるので、風琴の配下数名に籠を用意してもらって向かう。話し合いは夕刻であったが、夜が明ける前には辿り着いた。そこから敵の血で穢れた身を清めたり、準備などをして朝から始める。
 月夜は部屋の外で、護衛として待っていた。疲労困憊な時に休憩もろくに取らずに始めてくださったことはありがたいと思っている。だが、行方を探して半刻経っているのだ。月夜は焦りと怒りを露にしてしまいそうになる。

『まったく……我を愛してくれるのは嬉しいが、我のことで冷静さを失うのは良くない。これから、その辺りの自制も心掛けるように』

 貴方は困ったように笑いながら、私に口づけをしてくださった。せっかく貴方から言われたのに、私はまた冷静さを失おうとしている。
 月夜は指を組む手に力を込めた。焦ってはいけない。貴方を助けたいのなら、落ち着いて行動しなければいけない。なのに焦りが消えないのは、生きる意味を失いそうだから。
 貴方が手の届かない場所にいるのが怖い。最近は、離れることもあったけど、帰れば貴方が必ずいたのだ。そんな幸せを当たり前と思ったのが駄目だったのだ。

「辛気臭いぞお前」

 突然頭を叩かれる。顔を上げると、剣殿が私を睨んでいた。

「主は生きている。それだけは分かるのだ。俺が保証する。だから、辛気臭い妖気を出すな」

 厳しいようで温かい言葉や剣殿の表情に師匠を重ねてしまう。月夜の目尻から涙がこぼれそうになった。

「ありがとうございます、剣殿」

 月夜が目を細めると、剣はふんと顔を逸らした。その時、部屋の障子ががらりと開く。そして紅月と泰重の2人が部屋から出てきた。


「やっと分かりましたよ。泰重殿が某の痕跡を隠してくださったお陰で、思ったよりも早く出来ました」

 紅月殿の顔は血の気が無く、目元にうっすらと隈が出来ている。泰重殿もあまり顔色が良くないようだった。

「それで師匠はいずこにおられるのですか」
 
 逸る気持ちを抑え、月夜が問う。

「直感で此方に戻ったのが良かったようです。先日、我々が風琴殿達と協力して封じた場所だと特定は出来ました。短時間なら道を開いても大丈夫です」

 その言葉に月夜は胸を撫で下ろす。すると、泰重が言いにくそうに口を開いた。 

「今のところ、命の危機ではないようです。ただ魂が苦痛を訴えていることからするに、随分と痛めつけられていると考えて良いでしょう。拷問の類いか辱しめの類いのどちらか……あるいはどちらも覚悟しておいたほうがよろしいかと」

 泰重の言葉に、月夜はさあっと血の気が引いていくのを感じる。思わずよろめく月夜を剣が支えた。

「しっかりしろ月夜。それで、陰陽師ども。今すぐ行けるか」
「……私達は霊力を使い果たしております。風琴殿を連れ出すまでに道を維持したまま、噴き出す邪気を抑えられるかどうか難しいでしょう。せめて夕刻までお時間を頂けないと」

 本当は泰重殿も言いたくはないのだろう。今にも泣きそうな顔をしている。泰重殿の気持ちも分かるが、師匠がこれ以上苦しむ思いをさせるわけにはいかない。

「では私の妖力を代わりにお使い頂け……」

 月夜が言いかけたところにさっと別の人影が前に出る。それは風琴が唯一背を預けた東雲であった。

「いや、陰陽師と紅月殿。俺の妖力を使って頂けないだろうか」
「東雲様……」

 月夜が東雲を呆然と呼ぶ。東雲は振り返ると、いつもと変わらぬ人のよさそうな目をしていた。

「蛇神を通してなら可能かと。ですがよろしいのですか。下手をすれば命の危険があるかもしれませんよ」

 紅月が真剣な目で東雲を見据える。だが、東雲の意思は揺らがなかった。

「それは承知だ。友のために命を捨てることなど後悔はしない」

 月夜は東雲の力強い言葉に、はっと我に返った。そうだ、東雲殿だって師匠のために命を懸けようとなさっているのに私がしっかりしなくてどうする。月夜はゆっくりと立ち上がった。
 振られても風琴のために命を捨てる覚悟の東雲と、瞳に強い光を取り戻した月夜。紅月は2人を交互に見ると、目を細めて笑った。

「神よ、すみませんが降りてきてください」

 紅月がパンパンと2度手を叩く。すると、視界が真っ赤な光で包まれた。月夜が目を開けた時、紅月の傍には見たこともない美しい女性が佇んでいた。
 神代の衣装を纏い、黒い髪を神気に靡かせている。そして紅月と全く違わぬ赤い瞳で此方を見つめていた。

 蛇神というから、恐ろしい大蛇が出てくると思ったがまさか女性とは。月夜がぽかんとしていると蛇神がにやりと笑みを浮かべる。

「大蛇の姿では恐ろしかろう? 故に、わらわは人前に出る時は、人の姿を取っておるのだ」

 私は蛇が少し苦手なので、そのような気遣いをしていただけるのは有り難い。おそらく大蛇のままであったら、腰を抜かしているだろう。私は礼を述べて軽く頭を下げる。すると蛇神は満足そうに微笑んだ。

「紅月よ。話は聞いておったが、つまりはこの東雲とやらの妖力を妾に捧げて、代わりにお前達の霊力を回復させよと言うことか」
「ええ、話が早いですね。出来れば、東雲殿の負担は軽めにお願いしますよ」

 紅月殿は人の良さそうな笑みで蛇神に頼み込む。蛇神は仕方ないと溜め息を吐いた。

「まあいいであろう。東雲、前に出よ」
「はい」

 東雲様は蛇神の前に出ると、片膝を突いて頭を垂れる。蛇神の瞳がぎらりと光ったかと思うと、蛇神の神気が東雲殿を包み込んだ。東雲殿はそれに動じることなくじっとしていたが、やがてぐらりと傾いだ。

「東雲様!」

 私が間一髪で東雲様を支える。東雲様は呼吸と鼓動があるものの、身体は冷たく意識を失っていた。

「約束通り、最低限の生命維持に必要な妖気以外は根こそぎ頂いた。回復するまでには……うーん分からぬ。まあ目を覚ますのに数日もかからぬじゃろう。寿命が削れぬ程度に加減したのでなあ。一応は女狐に診てもらえ」
「はっ…仰せの通りに」

 神に背を向けてはならないという師匠の言葉を思い出し、気をつけながら一旦東雲様を縁側に寝かせる。その間、紅月殿と泰重殿が蛇神から霊力を分け与えられていた。皆の傍に戻った時には、紅月殿と泰重殿の霊力が普段と同じくらいに回復していた。

「それと剣霊と天狗の小僧よ。特別に力を与えよう」

 まさか私達にも与えられるとは。素直にもらって良いかと悩んだが、神を怒らせてはならない。私は東雲様と同じように片膝を突いて頭を垂れた。

「有り難き幸せ」
「主を守るためならもらっておこう」

 剣殿は立ったままであるが、蛇神は構わなかったのだろう。薄く笑うと、なにかを投げるように腕を振る。すると、羽衣のような柔らかく温かい感触が我々を包んだかと思うと、雪解けのようにすっと消えた。

「神よ……これは一体」
「破邪の加護だ。月夜とやらは問題はないが、剣霊にはかなり気を配ったぞ。なにせ火剋金かこくきんという考えがあるのでな。せっかくの剣が溶けては勿体ない」

 ここまで気遣ってくださる神が、皆が口々に言っていた恐ろしい大蛇と同一なのか。月夜は内心驚きながらも、再び頭を下げた。

「有り難き幸せ。礼にしては大したことはないかと存じますが、後日、天狗酒でも持参いたしましょう」

 確か、師匠の秘蔵の酒があった筈だ。事情を説明すれば、師匠は快諾してくれるだろう。

「天狗酒か。たまには飲んでみたいと思っていたところぞ。では、それでよしとしよう」

 蛇神は慈愛の笑みを浮かべたまま、ぱちんと指を鳴らす。その体躯が赤い光に包まれたかと思うと、跡形も無く消えていった。

「ふう……今日はご機嫌で良かったです」

 紅月殿は安堵の表情を浮かべる。泰重殿も、今まで緊張していたのか、先程よりも疲れた表情をしていた。

「お優しい御方のようですが違うのですか」

 私は、蛇神が恐ろしい方というのが信じられなくて、紅月殿に問う。紅月殿は、あははと苦笑いを浮かべた。

「いやあ……某にとっては優しい御方ですよ。ですが……神は人の考えでは憶測も出来ぬ感情の動きや言動をされるのです。今日はついていましたね」

 それでも恐ろしくないと思ってしまうのは、蛇神の在り方が紅月殿と似ているからであろうか。

「月夜殿とにかく、先を急ぎましょうか。泰重殿、身体は大丈夫ですか」
「はい。霊力が戻りましたので大丈夫です」

 泰重殿は己の頬をぱしんと叩いて活を入れてから、返事をする。紅月はそんな泰重の肩をぽんと叩いた。

「では皆さん、行きましょう」

 そして東雲殿を桔梗殿に預けて目的地に向かう。東雲殿を差し置いて良かったのかと考えてしまう。だが東雲殿は私の代わりに代償を払ってくださったのだ。私が東雲殿の分まで頑張るしかない。月夜は己の剣の柄を強く握り締めた。


 目的地に着くと、まだ戦の名残が残っていた。封じられた場所は、何重もの厳重な術が織られている。紅月殿達と周囲のそれを見て回っていると、剣殿が立ち止まった。

「此処だ。主の気配が微かにする」

 剣殿が感じるならば、私でも感じられるのではないだろうか。目を瞑って意識を集中すると、僅かに師匠の妖気を感じた気がした。

「はい、集中しないと感じ取られませんが、確かに師匠の妖気を感じます」

 すると紅月殿は、封じの結界に手を当てる。間違いないと言うように首を縦に振った。

「ええ、此処で間違いないようです。此処まで来れば呼んでも大丈夫でしょう。というわけで剣殿、斬ってください」
「良いのか。こんな厳重な結界を?」
「ええ思いっきり」

 紅月殿は剣殿の問いに躊躇いもなく頷く。剣殿は少し離れると、陰陽師が指を剣に見立てるように、一気に振り下ろした。すると、種子島を射つが如き凄まじい轟音が鳴り響く。そしてぱっくり避けた切れ目から、一寸先も見えぬ闇が覗いていた。そしてどろどろと邪気が噴き出している。

「これは邪魔だな。吹き飛ばしてやろう」

 わざわざ同行してくださった僧正坊が団扇を使うと、邪気が霧散する。これなら何とか入れそうだ。

「では、僧正坊殿と泰重殿と某は此方で邪気を祓いながら、道を維持します。その間に皆さんは風琴殿の救出を。分かりましたね」
「はい、ですがよろしいのですか。騰蛇殿をお借りして」

 紅月殿は勿論ですよと頷いた。

「騰蛇程、強い者はおりませんからね。きっと力になると思います。それに騰蛇は風琴殿を気に入っておりますから」

 気に入っているというのはどういう意味だろうか。気になったが、それどころではない。

「覚悟は出来ているな。月夜よ」

 穴の入口に立った剣殿は真剣な瞳で私に問う。とうに覚悟は出来ている。迷っている暇はない。

「ええ、勿論です。行きましょう」

 剣殿は僅かに笑みを浮かべると、私の手を取って穴に飛び込む。師匠、どうかご無事で。月夜はそれを祈るしかなかった。
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