学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー

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6章

本当の記憶

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 耳を斬る様なブレーキ音はなりを潜め。
 公園周辺に再び静寂が戻る。
 彩香の不注意による飛び出しでの車との衝突は—————間一髪の所で太陽が彩香を抱いて飛び、車を避けたことで難を逃れた。
 
 今、太陽の心拍数はどれほど上がっているだろうか。
 聞こえて来る程に心臓は鼓動して、呼吸の荒さが肺の活発を言い表す。
 まるで宙に浮いているかの様な生きた心地のしない最悪な気分だが、太陽が抱き抱える彩香は無傷で、太陽も道路を多少転がって膝を擦りむいた程度の軽傷で済んだ。
 万が一にも彩香及び太陽が車と衝突しておればこれだけ済むはずもなく、多少の傷で済んで良かっただろう。

「オイゴラッガキッ! いきなり飛び出してくんじゃねえよ! 死にてえのか!?」

 乗用車から荒々しく降りて怒声を浴びせる中年の男性。
 事故が起きなかったとはいえ、全員が肝を冷やすほどの出来事
 だが、彩香の不注意での飛び出しが原因ではあるが、この中年の男性の運転にも問題はあった。
 公園の近くであれば子供の飛び出しも十分に考えるだろう。だが、この中年の男性は明らかにそれを考慮するどころか法定速度を完全に超過したスピードを出していた。
 もし法定速度を遵守、飛び出しを考慮での減速をしておれば彩香が危険に晒される可能性は減っていた。
 しかし、この中年の男性は完全に太陽たちの非だと決めつけている。

 中年の男性の怒声が辺りに響くが、太陽の耳に男の怒声は届いていない。
 それもそうだ。自分のギリギリの所を猛スピードの車が通過したのだ。もし、後数秒、否、それ以下でも遅れていれば太陽は今生きていただろうか……。九死に一生を得るとはこの事だろう。
 
 中年の男性の汚い罵声をかなりの間を空けて太陽は気付き、男性の方へと振り返る。

「おいゴラッ聞いて…………」

 太陽が中年の男性の方へと振り返ると男は言葉を詰まらす。
 太陽の生気の籠ってない、焦点が定まってない瞳に圧倒されたのだ。
 萎縮って言うよりもどちらかと言えば気味が悪いというのが妥当だろう。
 口を詰まらしていた中年の男性は目を泳がした後にハッと威嚇する様に強く喉を鳴らし。

「気を付けやがれッ!」

 そんな捨て台詞を吐いて車に戻り、憤慨を言い表す様なエンジン音を鳴らして去って行く。
 車は遠ざかり2個先の角を曲がった所で、太陽に抱えられる彩香は状況をやっと理解出来たのか徐々に顔を歪めて泣き出す。

「う————うぇええええええん! 怖かった! 怖かったよぉおおお!」

 太陽の胸に埋めるように泣き出す彩香。
 高校生での太陽でも死を覚悟する程の恐怖体験だったが、まだ心が出来上がってない子供にとっては一生のトラウマ物だろう。
 安堵と恐怖が入り混じった号泣をする彩香の頭を太陽を宥めるように力なく撫でる。

「は、ははっ……気を付けろよな……マジで」

 絞り出すような言葉しか出なかった。
 まだ太陽も気持ちを戻し切れてない。まだ浮いた様な最悪の気分である。
 泣く彩香を抱えながら、太陽は震える足で立ち上がり、足は掠り傷程度であるが足は鉛の様に重たく震えて、牛歩の様な足取りで公園に戻る。

 公園の入り口を通ると、近くまで来ていた千絵と弦太に迎えられる。
 太陽は抱える彩香をゆっくりと下ろし、彩香が自分の足を地面に着けると、彼女は早足で弦太の所に向かい。

「弦太君……う、うぅ!」

 泣き場所を太陽から弦太に変えただけで彩香は泣き止む素振りはない。
 あれだけの恐怖体験をしたのだから当たり前で。
 弦太も彩香の心情を察しているのか太陽に習って彼女の頭を撫でて宥める。
 公園に彩香の泣き声だけが響く中、千絵が泣く彩香へと歩み寄り。

「ねえ、彩香ちゃん」

 ぐすっと鼻水を啜る彩香は千絵の方へと振り返ると—————バチン!と乾いた音が鳴る。
 誰もが唖然となった。泣く彩香の頬を千絵がビンタしたのだ。
 赤く腫れる頬。彩香が叩かれた部分を摩ると痛みが痛覚に届いたのか今度は傷みで泣きだす。
 一瞬、太陽も訳が分からずに固まっていたが我に返り、すかさず千絵の肩を掴み。

「お、おい! なにしてるんだ千絵! 何も叩かなくてもいいだ—————」

「太陽君は黙ってて!」

 千絵の瞋恚な声に太陽は気圧されて言葉を途切れされる。
 太陽は今までに千絵の怒り顔を幾度も目の当たりにしてきたが……今の千絵の憤怒な表情はこれまでに見た事がない程に険しかった。

「車道は危ないから飛び出しちゃいけないって学校で習わなかったのかな!? 今回は太陽君が助けてくれたから良かったけど、もし助けが無かったら彩香ちゃんは死んでたんだよ、分かる!?」

 千絵は下唇を噛み、号哭する彩香を剣幕を釣り上げて叱り飛ばす。
 先ほどまでの優しかった千絵からの変わりように彩香はビクビクと体を震わせて。

「ごめ、ごめんな……ごめんなさい……」

「ごめんで済まないよ! 一瞬の不注意が全てを台無しにする! 彩香ちゃんの家族だって悲しむんだよ!」

 必死に泣くのを我慢するが子供では無理でしゃっくり上げる彩香。
 彩香も大分反省している様だ。
 感情を荒ぶらせて激昂していた千絵も息を切らし、はぁ……はぁ……と呼吸を整えると、彩香の目線へと屈み。

「だからね、彩香ちゃん。お姉ちゃんと約束して。次からしっかりと安全を確認して、もう飛び出さないって。私ね。今日初めてあったけど、これからも彩香ちゃんには元気で生きて欲しい。彩香ちゃんが死んだら私はとても悲しい……だから、約束して」

「うん……うん。約束する……ごめんなさい、お姉ちゃん」

 彩香は強く頷き千絵と約束する。
 これだけの事があったのだから、彩香の心に深く刻まれただろう。
 怒っていた千絵は次は優しく微笑み、ギュッと互いの生きてる証の温もりが感じる程に抱擁して。

「ありがと彩香ちゃん。叩いてごめんね。痛かったよね、ごめんね……」

「うん……すごく痛かった……けど、ありがとお姉ちゃん……」

 千絵に抱きしめられながら彩香は次は感涙で泣きだす。
 どうやら2人の仲に亀裂は入らずに仲直りが出来たようだ。
 一時は千絵の憤慨に肝を冷やしたが、誰も重傷は負わずに済んで一件落着であった。

 …………と思った矢先、太陽の側頭部分にズキッと痛みが奔り、太陽はその部分を押さえる。
 事故未遂で忘れていたが、太陽はその前にこの原因不明の動悸と頭痛で苦しんでいた。
 ガンガン……と金槌で幾度も叩かれる様な痛みの連打。
 痛みは止むどころか徐々に痛みが増していく。

「(なんだこれは……事故でか……? 気づかない内に頭でもぶつけたのか……)」

 原因を究明することも出来ずに、ただ太陽はこの原因不明の頭痛に耐えるしかない。
 治まれ治まれ、と強く念じるが全く効果がない。
 太陽が頭痛を耐えていると、千絵が今度は太陽の方へと近づき。

「ねえ、太陽君」

「……………なんだ」

 頭痛の所為で返答に間が空いたが、千絵は気にする事はなく言葉を続ける。

「太陽君が彩香ちゃんを助けてくれて本当に感謝しているよ。もし、太陽君が彩香ちゃんを助けてくれなかったら今頃彩香ちゃんがどうなっていたか……頭の中では理解している。理解はしているんだけど……理不尽なのは承知で言うね—————なんでそんな無茶をするのかな!」

「……千絵」

 千絵の悲哀な瞳から流れる涙に太陽は固まると、千絵は太陽の胸に飛び込み、太陽の胸を太鼓を打つ様に叩く。

「馬鹿バカばか! 太陽君の馬鹿! 恐かった……今度こそ太陽君が死んじゃうんじゃないかって……。前のは奇跡的に助かったけど、奇跡は2度も起きるか分からないのに……。もう”目の前”で太陽君が轢かれる所なんて見たくないよ!」

「千絵……お前なにを」

「分かってる! 分かってるよ! 自分が理不尽な事言っていることなんて!」

 太陽が何を言いたいのか全然分かってない。
 千絵は自分の感情を爆発させるように叫び、そしてむせび泣く。

 千絵の声が、千絵の顔が、太陽の頭痛を更に加速させる。

「が、がはっ……あぁ」

 平衡感覚が失ったのかよろよろとした足取りで太陽は千絵から離れ、後ろに倒れそうになるも、精一杯の踏ん張りで耐え、片方は頭に、もう片方は膝に付けて地面を見下ろしながらに太陽は頭痛に耐える。

「太陽……君。どうしたの、なんか顔色が悪いけど……。もしかして、さっきので何処か打ったの!?」

 太陽の異変に気付いた千絵は離れた太陽に近づこうとして足を踏み出した時————太陽の頭痛が最高潮となった。

「う—————うがぁああああああああああ!」

 今までの頭痛は金槌で叩かれた痛みであるなら、今度の激痛は顔面を万力されたかの様に押し潰されたかと思えば、脳を引裂かれそうになる様な痛みである。
 先ほどまでは何とか立ってられたが、今度の痛みは立つのもままならず、地面に倒れ、痛みに打ちひしがれるように頭を押さえて転がる。

「太陽君! 太陽くんッ! 大丈夫!?」

「「(お)兄ちゃん!?」」

 太陽の突然の絶叫に千絵、弦太、彩香が太陽に呼びかけるが、太陽に返答の余裕は無かった。

—————なんだこの痛みは!? なんだこの記憶は!?

 これまでに感じた事のない様な頭痛に苦しみながらも太陽の脳裏にはあの情景が映し出される。
 
 真っ赤な夕焼け空のあの公園。
 公園の砂場で遊ぶ2人の少年少女。
 
『―――――んなかて—————を—————とい———————』

 ノイズと雑音が入り混じる記憶えいぞう。これは……あの約束の……。
 では、太陽のこの記憶に映る少女は……光だろうか。

『だっ————私————大好き—————それだけじゃあ駄目?』

 徐々にノイズと雑音が無くなる。
 やはりこれは、昔に太陽が光と恋人の約束をした忌むべきながらも愛おしい記憶。
 子供ながらの恥ずかしい記憶を、何故今、太陽は苦しみながらに走馬灯のように見せられるのか。
 
—————俺……死ぬのか?

 走馬灯は死の間際に見ると聞く。
 なら、それを見るって事は太陽は死に掛けているのか……頭の破裂せんばかりの頭痛はそれなのか。
 
『けど————え————はどんなに時間が経っても、たいよう————の事が大好きだよ! 絶対に、絶対にぃ!」

 太陽はこの記憶に違和感を覚える。
 今……光らしきノイズ混じりの少女の姿が一瞬別の誰かに変わった様な……。

—————誰だ。誰なんだお前は……光のはずだ。けど……違う。お前は光じゃない!
 
 太陽が記憶の違和感に気づくと、ノイズが消え始め、記憶に映る少女の顔が鮮明になっていく。
 
 これはまるで、無理やりはめられて出来上がったパズルを修正して、本当の形にするように。
 太陽のバラバラになって急性で組み立てられた記憶が本当の記憶へと作り直される。

「う……そ……だろ、これ……」

 そして、太陽の記憶に映る少女は—————
 
「やっぱりどこか打ったのかもしれない! 救急車を呼ばないと!」

 太陽の苦しみ様をただ事ではないと思った千絵は携帯で119番通報をしようとするが。
 液晶を打つ千絵の腕を、力強く太陽が掴む。

「太陽……君?」

 頭痛で滲み出た尋常じゃない汗で濡れた髪の隙間から覗く太陽の眼が千絵を捉える。
 苦しみで嗚咽を数度して、呼吸を整えながら太陽は千絵に聞く。

「なあ……千絵。俺、さ。お前に昔に何度か言った事があるよな……? 昔、俺達がよく遊んでいた公園で光と小っ恥ずかしい約束をしたってよ」

「う、うん……そうだね。なんでそれを聞くのかな……?」

 明らかに千絵は動揺している。居た堪れない様に目線を逸らし逃げる様に。
 太陽は歯噛みをして、更に千絵の腕を握る力を入れて、未だに信じがたい現実を受け入れられない瞳で千絵を見据える。

「じゃあ……じゃあなんで、なんでなんでなんで——————! なんで俺の記憶に出て来るのが光じゃなくてお前なんだよ! 千絵!」

 ノイズが完全に除去され鮮明に映った記憶が太陽のこれまでを根本的に覆す事実だった。
 
 あの夕焼けの公園。
 真っ赤に燃える様な夕焼けにも負けない程に熱く、嬉しくなる約束。
 しかし、その記憶に登場する少女は光ではなく—————

『千絵はずっと好きでいる自信はあるよ。だから、約束だよ—————!」

 ずっと太陽の悩みを聞き、光との恋を応援してくれた—————高見沢千絵だった。
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