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凛の後悔の過去

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 部長の白雪さんに酔い潰れたこーちゃんを託された私は、こーちゃんを肩で支えながらに夜道を歩く。
 こーちゃんの家の住所は白雪さんに教えて貰ったし、後は携帯のマップ機能を使って歩くだけ。
 こーちゃんと私は身長差があって、少しこーちゃんの足を引きずる形だけど我慢して欲しい。

「それにしても……大きくなったんだね、こーちゃん」

 私が彼を支えていると否応でも身体の成長を感じさせる。
 私がこーちゃんと最後に会ったのは、あのこーちゃんが私に告白してくれた日。
 あの頃は私もこーちゃんも若くて、今は互いに顔つきは大人びていると思う。
 だけど、身体付きが大きくなって、顔が老けても、こーちゃんの優しそうな顔は変わらない。
 久しぶりに会ったのに、どこか安心してしまう様な気がした。

「それにしても、こーちゃんって本当にお酒が弱いんだね。小さい時は、早く大人になってお酒が飲みたいって駄々こねてたのに」

 子供の頃、大人が飲むお酒は輝いて見えて美味しそうだった。
 だから一度、こーちゃんと私は隠れてお酒を飲もうとしたけど、私のお父さんに見つかって未遂に終わり、その後にお父さんに2人共拳骨を喰らったっけ。
 やっと大人になってお酒が飲めるのに、昔のこーちゃんが見ればだらしがないって言うのかな。

 何もかもが懐かしい。
 私にとって一番輝いていた時代は、幸せな時は、こーちゃんと一緒にいる時間だった。
 勿論、今の時間も否定はしない。したくない。だって、あの子と一緒に過ごした時間も私にとって捨てがたい日常なのだから。

 けど……たまに思う。もし、あの時私が道を外さなかったら。もし私とこーちゃんが結ばれていたら、どんな未来になっていたのだろう、って。

 ……私はこーちゃんの事がずっと好きだった。
 小さい頃からこーちゃんは私のヒーローで泣いている私の許にいつも誰よりも早く駆けつけてくれた。
 泣いている私の手を引いて、私を笑顔にしてくれるこーちゃんはカッコ良かった。
 ずっと、ずっと好きだった。あの時の私はこーちゃんと結ばれる事を夢見ていた。

 楽しい時も一緒に共有して、辛い時は一緒に泣いて、たまにそりが合わずに喧嘩しても、不器用ながらに仲直りして二人で笑い合って。本当に楽しかったな。
 
 こーちゃんと一緒に過ごすにつれて、私の心の恋は徐々に大きく芽生えて行った。
 だけど、それと同時に不安も大きくなった。

 小さい頃は男女でも体付きが違って意識は無かったけど、成長するにつれて体付きも互いに変わり、思春期に突入したにも関わらず、私たちの関係は友達以上に進展はなかった。
 買い物を一緒に行ってもデートではなく友達。食事を一緒にしても私は彼女じゃない。
 祭りに行っても私は幼馴染で。どんなに時が経っても私たちの関係は変わらない。
 それも嬉しくて安心できる部分もあったけど、それでも私は不満だった。
 
 周りから「恋人」だ「夫婦」だと揶揄されたりはしたけど、私たちの関係は友達以上であるけど恋人未満。いつこーちゃんが私の気持ちに気づいてくれるのか今日か明日かと待ち続け。
 気づけば高校1年で他の同級生たちとは何人も進路が分かれたけど、私たちは同じ高校に通った。
 
 学生の青春の中に恋がある。だが、いつまでも進展しない私たちの関係。
 もしかしたら、こーちゃんは私の事を女として見ずにただの仲の良い友達として見ているのではと不安が芽生え始めた時だった。私はあの人に出会ってしまった。

「おい田邊。何悩んだ顔しているんだ。ほら、俺も教師だ。悩み事があれば聞いてやるよ」

 私の人生が大きく揺れる原因となった男性、こーちゃんのクラスの担任で数学教師の宮下先生。
 
 宮下先生は美丈夫で女子人気も高く。教師と真面目な先生……だと当時は思っていた。
 宮下先生に私の悩みを見抜かれて、先生は私の恋愛相談に乗ってくれた。
 
 私は相手が経験豊富な大人で教師って事で安心して、幼少から好意を抱いていたこーちゃんの事を話した。
 先生は最初は優しく相談に乗り、色々なアドバイスをして、私はそのアドバイス通りに様々なアプローチをこーちゃんにしたけど……結果は乏しかった。
 時折顔を赤められたりはされたけど、こーちゃんは私の事を女扱いはしてくれなかった。
 今思えば、思春期故の気恥ずかしさと幼馴染としての関係の変化を恐れててだったのだろうけど、当時の私はただ不信感を募らせていった。
 そして、こーちゃんへの不信感を募らせていく私に、宮下先生は優しく接してくれた。

 不安に侵食される心を浄化してくれるのは寄り添える存在。
 
 相談していく毎に大人な対応する宮下先生に私は少しずつ惹かれて行った。
 アドバイスと称して、買い物に連れて行って貰って沢山の物を買ってくれた。
 後の事前学習だと称してデートにも車でデートにも連れて行って貰い、私は大人と子供の違いを痛感した。
 徐々に私は優しい宮下先生に心酔し始めた私はついには……体まで許してしまった。

 その時も先生は「処女は重いから古坂の為にも色々と経験した方が良い」。
 今思えばふざけた論理だけど、当時の私は先生の事を完全に信用し始めて、その言葉を疑わなかった。
 
 一度体を許してしまえば、その後の滑り落ちも早い。
 先生の自宅やホテルで密会をして私たちは体を交えた。
 けど、当時の私は先生に体を許しても心の中ではこーちゃんが好きだった。
 本当に自分ながらに反吐が出るよ。先生と行為をしても、それはこーちゃんの為で、後にこーちゃんとこういった事になったら喜ばせてあげたいっていうのを本気で思ってたんだから……。

 馬鹿な行為をした者には当然報いが来る。
 事の重大と自分の愚かさに気づいた時には遅かった。
 
 体の気怠さ、吐き気などの体調不良を感じて、最初は風邪かなと思ったけど、思い返せば最近生理も来ていない事に気づいた私は青ざめ、直ぐ様に妊娠検査薬を買って調べると……妊娠していた。
 あの時の私は自分の身体が自分の物ではない感覚で絶望した。
 私はまだ学生で育てられる程の金銭的余裕も無い。けど、妊娠したモノをどうしようとすることでもできない。絶望に打ちひしがれる私に更に追い打ちをかけたのが―――――こーちゃんからの告白だった。

「凛。俺、お前の事がずっと前から好きだったんだ! 幼馴染でこそばゆい関係だったけど、俺と付き合ってくれ!」

 突然呼びされていきなり言われた告白に私は頭が真っ白だった。
 何を考えていたのか今も思い出せない程に混迷していた。
 
「ど、どうして……今更」

「今更って。確かに高校になって今更だけど。……本当は幼馴染としての関係でいようと思っていた。無理に告白して関係が壊れるよりも、ふざけあう馬鹿な友達同士で居続けようってずっと我慢していた……。けど、やっぱり俺は一人の男としてお前と一緒に居たいって我慢出来なくなったんだ」

 緊張か頬を赤くするこーちゃん。多分、言っている言葉は本心でずっと溜め込んだ想いなんだろう。
 ヤッタじゃん私。ずっと、ずっとこーちゃんからその言葉を聞きたいと思ってたじゃん。
 嬉しがる所なのに……どうして、どうして私は―――――こんな悲しい気持ちになっているの。

 私はこれまでの宮下先生との思い出を走馬灯のように思い出して吐きそうになった。
 気持ち悪い。汚らわしい。自分の身体を見てそう思った。
 
 この時私は気付いた。
 私は間違っていたんだと。
 こーちゃんを喜ばせる為になんて、冗談も甚だしい。
 私が今までした事はこーちゃんを喜ばせるどころか傷つける行為であると。
 
 —————自分の身体は穢れているんだ。

 別に好きでもない相手と体を重ね、剰えその人の子供を孕んだ私にこーちゃんの想いを受け入れる資格はなかった。
 嬉しいはずなのに。私の心は罪悪感と後悔で引裂かれそうになった。
 心の中で幾度謝っただろう。涙を流しそうになるのを堪え、私はこーちゃんへの返事をした。

「私もこーちゃんの事、大切に思ってるよ。多分、友達の中で一番大事だと思う……けど、ごめん。私ね。付き合っている人がいるんだ」

 この時の私は自分で心を閉ざすしかなかった。
 そうではないと。本当に好きだった相手を振るなんて行為は出来なかった。
 私はただ祈るだけだった。
 こーちゃんがこんな自分の愚かさに気づかなかった馬鹿な私を忘れて、新しい恋に足を踏み出して欲しい。
 今も私は、この時のこーちゃんの失恋で悲しむ表情が頭から離れない。

 こーちゃんを振った夜、私はベットのシーツが破れんばかりに握りながらに泣いた。
 自分の今までの愚行。そして招いた妊娠けっか
 振った方が涙するって可笑しな事だけど、私は自責の念を禁じえなかった。
 もう後戻りも時を戻す事さえもできない。後悔で私は胸が苦しかった。

 こーちゃんを振って焦燥しかかっている私には他にも考えなければいけない事があった。
 そう。私の中に芽生える子の存在。願って消えるモノでもない。 
 だが、どうしようもない私は現実逃避をするように日々を過ごしていたが、私を産んだ経験からお母さんは私の隠し事を見破った。
 自分では隠していたつもりだけど、僅かな所作から恐らくと疑いを持ち、私に検査を持ち込んで来た。
 私は拒否したけど、拒否するって事は疚しい事であり断定となる。
 結局私は両親に妊娠がバレ、お父さんは激怒。お母さんも娘の妊娠に慟哭。
 
 私は直ぐに子供を堕ろすように言われたけど……私には出来なかった。
 中絶は母体に負担をかけ、将来子供が産めなくなるリスクも考えたけど、それ以上に私は自分の子供を殺す事は出来なかった。
 本当は学生の私は子供堕ろす方が良いのだろうけど……私は強く反発した。
 私の反発に激昂したお父さんは強引にでも私に中絶させようとしたけど、私は逃げる様に家を出た。
 
 家を出た私は二日間野宿した後に、お父さんとお母さんが家にいない事を確認して荷物を取り。
 制服に着替えて一度学校に行った。目的は宮下先生に会うため。
 両親には頼れない。なら、大人でありお腹の子の父親である先生に協力を求めようと思った。
 
 学校に着いた私を待ち受けていたのは、周りからの奇々怪々な視線だった。
 ヒソヒソと私を見て何か話している。聞こえた範囲であるが分かった事は……学校の皆は私の妊娠を知っていた。
 後で知った事だが、私が家を出た後にお父さんは学校の方に「娘が学校の教師と交際して妊娠した! お前の所の教師はどんな教育をしているんだ!」と怒鳴り込んだらしい。
 私は妊娠の際の尋問で相手は誰なんだと聞かれ、先生の事を話していた……。
 そして宮下先生とはこの騒動の対応に翻弄して会えず、私は学校さえも逃げる様に去った。
 
 私の妊娠騒動で宮下先生は教師の免許を剥奪され、学校を去り。
 頼りの無い私は縋ろうと先生の許に向かったが……。

「テメェの所為で教師を辞めさられたじゃねえかこの馬鹿女がッ!」

 いつも優しかった先生とは思えぬ豹変で私を責め立てた。
 
「せ、先生……どうしたんですか……いつもの先生じゃ……」

「どうしたもねえよ! こちとら若い女が喰えるって事で教師やってたのに俺の楽しみが無くなったじゃねえか! 言っとくがな。俺は別にテメェの事は好きでもないんだよ! 入学した時に顔が良いって事で目を付けてやってたのに、マジふざけんじゃねえよ馬鹿女が!」

 先生は私を殴り、倒れた私を幾度も踏み暴行を加え始めた。

「や、止めて先生……お腹に赤ちゃんが……」

「知らねえよ! 勝手に孕んだガキなんてよ! いっそ死ねよ母娘共によ! 俺の楽しみを潰えさせ報いだ!」

 私は先生からの暴行から我が身とお腹の子を守る事しか出来なかった。
 私は気付いたのだ。私は先生に騙されていたと。
 こーちゃんとの恋に不安を感じた隙を突かれ、体目当ての毒牙にかかってしまったのだ……。
 恐らく、これが先生の素なんだろう。
 悔しかった。蹴られた痛みよりも騙された自分の愚かさと悔しさが上回っていた。
 
 両親と絶縁して、幼馴染のこーちゃんと決別して、最後に縋った先生にさえ見放された私は……1人となった。
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