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指摘とアドバイス
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「なるほどな、それはお前にとっては由々しき悩みだ。お前と田邊の関係を知っている私でもそれは分かる」
先日の出来事を俺は上司である白雪部長に相談した。
昔、俺を振った幼馴染の凛が俺のことを好きだということを……。
正直、自分で言ってて自意識過剰ではないかと顔が熱くなるが、部長は俺を馬鹿にはせず、優し気な微笑して俺に問う。
「それで。お前はどうなんだ?」
「どう……って、なんですか?」
「お前の気持ちだよ。それが田邊の本心かは定かじゃないが、それを聞いてのお前の心境はどうなんだって聞いてるんだ」
部長は指で挟む先端が赤く灯るタバコを眺めながらに質問の意味を言う。
俺の心境……か。
「それが分かるなら苦労はありません。てか、分からなくて悩んでるから相談したんじゃないですか」
「それもそうか」
部長はかっかっかと喉を鳴らして笑い、空を仰ぎ。
「お前は随分変わったよ」
「は? いきなり何言ってるんですか?」
突拍子もない部長の発言に困惑しながらに聞き返すと、部長は思い返す様に語りだす。
「今ではこうやって普通に話したりできて、お前も周りから信頼を置かれる立ち位置になったが。私とお前が初めて出会った時のことを覚えているか? コミュ力皆無だった古坂くん」
「な!?」
昔のことを掘り返され、俺は顔から火が出たのでは思うぐらいに熱くなる。
だって、あの時の俺は。
「今回は突然の増員ってことで人手が不足したが、この会社は基本的には新人の教育を2年目に任せる社風がある。私はお前よりも一つ上で入社したから、お前の教育係を私が務めることになったよな」
「…………そうでしたね。あの時はどうもお世話になりました」
「まあ、お前は仕事面では優秀だったから直ぐに覚えてくれて楽だったがな。性格面を除けば」
俺は何も言い返せなかった。
親から大学進学を勧められたが、それを無視して高校を出て就職したあの時の俺は、正直……心が荒んでいた。その為か、俺は教育係だった当時の白雪さんに対して……。
「本当に驚いたよ。ただの世間話で話題を振ったらお前—————『仕事以外のことで話しかけないでください。自分、あまり人と関わりたくないので』って言うもんだから、あの時は本当に驚いたよ」
笑い話で語っているが、普通であれば社会人としては有り得ない態度だ。
それを言ったのが、俺なんだから、非常識なんて言えるはずがない。
「仕事が出来るだけに本当に質が悪かったよなお前。死んだ魚みたいな目で、好んで1人でいる癖に、寂しそうに社内の片隅にいて」
高校を卒業したての俺は、まだ幼馴染の凛に振られた失恋の傷が癒えておらず、他人と関わるのを極力避けていた。
高校の時は本当に居心地が悪かった。
恋人だ夫婦だと周りから揶揄されていた俺と凛。だが、凛の教師との交際が発覚した時、周りは俺に対して同情的だった。いや、あれは俺にどんな声をかけていいのか分からないと言った困惑な雰囲気。
その所為か、高校で俺とまともに話した奴はあまりいない。
俺がどんだけ凛に振られたことを気にしていないと訴えても、気丈に振る舞っていると取られて信じてはくれなかった。
だから俺は、俺を知らない地元から離れた場所に就職して、高校までの交流を全部断った。
だが……俺を知らないとはいえ、ずっと好きだった幼馴染に振られ、いくら弁明しても言葉を信じてくれなかった周りに対して辟易して、人を信じられなくなった。
だから俺は、自分から周りと距離を置いて、ただ黙々と仕事をこなす機械の様に振る舞っていた。
当時の先輩たちからしたら、俺は相当不気味な後輩だっただろう。
「……そんな俺を文字通り、ガツンと一発食らわしたのが、白雪さんでしたね」
「そうだったな。そんな強く殴ったつもりは無かったのに、お前蹲って涙出してよ。流石の私も焦ったよ」
「白雪さん。第二関節部分での拳骨ってマジで痛いですから。それに、軽くって言ってますが、脳内に響くぐらいの衝撃がありましたから」
俺はあの時の白雪さんの拳骨の痛みは一生忘れないだろう。
そして、あの時俺に言った言葉も。
『何も事情も話さず、ウジウジと悲劇のヒロインぶってるなよ。何か悩みがあるなら私に話せ。私はお前の教育係だ。新人の悩みを聞くのも仕事の内。最近良い居酒屋を見つけたんだ、行くぞ、古坂!』
って、あれが俺と白雪さんが初めて酒飲みに行ったんだよな……。
……白雪さん、4月上旬の生まれでギリギリ20歳超えてたけど、俺、まだあの時は、未成年だったんだけどな。強引というか。入社して早々、社会の洗礼を受けた気分だったよ。
※これはフィクションです。お酒は20歳を過ぎてから。
けど、本当に白雪さんにはお世話になったな。
あの時も、そして今も、俺の悩みを聞いてくれて。
酒乱で酒癖が悪いけど、頼れる良い人だ。なんでか女性として見れないけど。
「私が初めてお前の悩みを聞いた時、お前は言ったな。『俺は凛を恨んじゃいません。出来る事なら幼馴染として祝福してやりたかった。なのに、あいつは俺に何も言わせずにどこか行ってしまった。もし恨んでいるならそれだけで……男女間としてあいつに恨みはありません』って」
正確に言えば、最初に俺の方からあいつの前から逃げた。
振られたショックと泣き顔をあいつに見られたくなかったから。だが、その後、あいつとは一度も会う事なく、凛は失踪してしまった。
「お前、あの時の言葉と今、同じ気持ちか?」
「…………はい。変わってません。当時の俺とあいつはただの幼馴染、恋人じゃなかった。だから、恋人になりたくて告白して、振られたとしても、あいつに非は一切ありませんから」
「何とも真人間な回答だ。普通なら、相手を恨んでも可笑しくないのにな」
「自分でも驚いてますよ。けど、恨んでないからと言っても、あいつに振られたトラウマが無いわけじゃないです。おかげで、女性不信に陥って、33になってもまともな恋愛も出来てないんですから」
俺の歳になれば結婚どころかそこそこの歳の子供がいても不思議でない。
だが俺は、結婚どころか交際すらした事がない。 相手の裏を読み過ぎて、相手を信じ切れないのだ。上辺では好意的でも、腹の裏では俺のことを馬鹿にしているのではと勘繰ってしまい、俺が相手と距離を取って、相手の方から愛想を尽かされて離れていく。
白雪さんはタバコの燃え尽きた灰を指で叩くと、タバコを口に咥え。
「まあ、私の方からとやかく言う前に、お前に1つ確認するが。お前は結婚願望はあるんだよな?」
「ええ、一応は。このまま一人で寂しく過ごすのも嫌ですし」
そうか……と白雪さんが軽く笑うと、俺の背中をバンと叩き。
「最初に謝っとくよ古坂。私、お前の悩みの回答が思いつかないわ」
「はあ!?」
ここまで伸ばしての突然の裏切り。思わず声を張り上げてしまった。
悪い悪い、と歯を見せ笑う白雪さん。悪気の欠片が見えない哄笑だ。
「そう睨むなよ古坂。少し語弊があったわ。確かに100%の回答は出来ない。だが、1つの指摘と1つのアドバイスは出来るよ」
「指摘とアドバイスですか」
白雪さんは頷き、口に含む煙を吐き出し。
「まず指摘からだ。お前の人を、女性を信じられないって気持ちは、少し間違ってるぞ」
「間違ってるって何処がですか。結局、最後は俺が相手を信じられなくて、相手から去られるんですよ。間違っては…………」
「そうだな。だから少しって副詞を付けたんだ。人を信じる信じられないってのは誰もが持っているものだ。恋人になっても、夫婦になっても、疑う奴は疑う。逆に疑う心が無いって奴の方が稀有だ」
「なら、何処が違うって言うんですか…………」
「正直、自分で言ってて私もあまり分かってない。私だってそんな恋愛経験がある方じゃないからな。だが、色々な奴から恋愛相談されたり、お前からも幾度も見合い失敗談を聞いていて思っていたことがあるんだ」
白雪さんは自身の髪を手で掻き上げて、一切の遮断物が削がれた曇りなき瞳で俺を見て言う。
「お前は、ずっと好きだった幼馴染に振られてから、心の中で何処か保険をかけてるんだよ。自分が相手を信じられない。相手が本当は自分をどう思っているのか分からない。だから相手は自分から離れて行く、だから仕方ないって—————自分が選ばれないって恐怖から逃げる為に」
まるで心臓を鷲掴みされたかの様な衝撃が奔る。
言葉が出なかった。呼吸も数秒忘れてしまった。汗が多く滲み出た。
「自分が本気に好きになって、好意を向けて、けど……相手に想いが通じ合えずに失恋する。傷つくぐらいなら最初から好きにはならない方がいい。つまりは、相手が信じられないんじゃなくて、お前が本気で相手を好きになろうとしてないだけなんだよ」
「お、俺は別に! 今までお見合いした中には好きになれそうな女性は何人も—————」
「なら、結婚願望もあるのに、一度離れて行っただけで諦めてるんだ。営業では相手に煙たがられても、根気強く粘って、幾つも取引を成功させたお前が、一度不満を言われただけで早々に諦める奴か。つまりは、お前の気持ちはそれだけなんだよ、相手に対して」
白雪さんに捲し立てられ、俺は反論の言葉が出なかった。
俺は自分の過去を振り返った。
俺は何度も上司からお見合いの話を持ち掛けられ、参加した事がある。
その中で一度、相手の女性から言われた言葉を思い出す。
『あの……古坂さん。貴方は私を、好きになろうとしてくれてるんでしょうか?』
昨日今日あったばかりで、好意的に接しようとしてくれていた女性だったが、それを口にした後、関係が深まる事無く、破局した。他の女性も俺に同じ様な感情を抱いてたのだろうか。
俺と付き合っても、俺が本気で恋愛しないと勘付いて……。
「恋愛は博打の棒だ。100%の恋は無い。些細な事が切っ掛けでどっちに転ぶかも分からない。だけど人間は、そのどっちに転ぶかも分からない博打を打ち出すんだ。自分の好きだって気持ちに嘘を吐きたくないから」
部長は言い終わると俺の髪をワシャワシャと乱れる程に掻き荒らし。
「恋愛に恐怖は付き物だ。それを楽しみ、恐怖を乗り越えたからこそ、恋に尊さが生まれる」
部長は俺の髪から手を離すと、再び俺の背中を良い音がなる程に強く叩き。
「そしてアドバイスだ、古坂。一度、自分の気持ちと本気で向き合え。お前が今、田邊のことをどう思っているのか。結局、悩みの解決はお前次第なんだよ。私にはどうしようもできない」
だから、回答が無いって言ったのか。
白雪さんの言う通りだ。俺は他人から答えを貰おうとしていた。
俺の気持ちは俺のだけのものだ。他人から答えを聞いても、それは相手の意見であって俺の意志ではない。
俺の気持ちか…………結局、振り出しに戻っただけか。
けど、少し吹っ切れたと思う。
白雪さんの言う通り、恋愛に怯えているのか、胸がドキドキする。
自分の気持ちに向き合うのがこれだけ怖いなんて、久々に思うな。
俺もまた、あの時の様に、本気で誰かを好きになりたい。疑うのはその後でもいいかもしれない。
「どうだ古坂。私の意見は役に立ったか?」
「微妙なところです。最終的に悩みが解消されたわけじゃないですから。逆に更に悩みが増えたぐらいですから。けど、白雪さんが先輩で本当に良かったです。いつもありがとうございます」
「ハハハハハッ! それはどうもだ古坂。そう言われるとは先輩冥利に尽きるってことだ。お前が誰かを本気で好きになって失恋しても、私が慰めてやるから。当たって砕けて来い」
「不吉な事言わないでください。けど、本当に。白雪さんは良い人ですよ。なんで、こんな良い人がアラサー超えてもまだ独身なのか不思議なものです」
「おいおい買い被るなよ古坂。私は、お前が思っているよりも悪い女だぞ。多分、一生結婚できないぐらいに」
「そんなご謙遜を」
白雪さんの結婚できない謎も1つ増えた所で、俺は腕時計で時間を見る。
「あ、ヤバい。そろそろ仕事に戻らないといけませんね。白雪さ……部長も戻りますか?」
「いや、私はタバコを吸い終わってから戻るよ。先に戻ってくれ」
「分かりました。では、また後で」
俺は屋上に吹く風に煽られながら扉を開き中に入る。
扉が閉まる僅かな隙間から見えた白雪部長の表情。
それは何処か寂しげで、辛そうな表情に見えたが、気のせいか?
古坂が屋上から去り、穂希1人となった場所で、穂希はタバコを口に咥えると大きく吸い込み、そして煙を伴って吐き出す。
「………やっぱり不味いな。タバコを吸う奴らの気が知れんよ。まあ、これは疾っくに賞味期限過ぎてるものだけどな」
喉を鳴らして笑うが、直ぐに虚しくなり笑うのを止める。
だが、次第に別の意味で可笑しくなり苦笑する。
「私が良い女か……知らぬが仏ってことか。古坂、私は本当に良い女じゃない。私は最低な女だ。お前を、”アイツ”の代わりにしようとしていたんだからな」
穂希は古坂と同じだ。
決して穂希の性格が悪くて結婚できないわけではない。
逆に穂希は、30過ぎて尚、その美貌からか、自社含めて他社からも求婚が多いぐらいに人気だ。
穂希が本気になれば結婚は直ぐに出来るだろう。だが、穂希はしないでいた。
穂希も恋愛に関して過去の出来事が尾を引いているから。
「正直、残念な部分はある。まるで大切にしていた弟が旅立つみたいな気持ちで、名残惜しいが……どこかホッとしている。最低限の一線を超えなくて済んで……」
穂希は多少、康太に好意を抱いていたかもしれない。だが、その好意が純粋な物かは本人にも分からないでいた。
「古坂は古坂だ。あいつじゃない。あいつの代わりはこの世の何処にもいないんだから……」
穂希は鉄柵に大きく凭れ込み、晴天の空を仰ぎ、タバコを吹かす。
口から吐き出される煙が、”彼”に届けと言わんばかりに。
「なあ、このタバコが全部吸い終われば、お前への未練が消えるだろうか……どうなんだろうな、”浩太”」
先日の出来事を俺は上司である白雪部長に相談した。
昔、俺を振った幼馴染の凛が俺のことを好きだということを……。
正直、自分で言ってて自意識過剰ではないかと顔が熱くなるが、部長は俺を馬鹿にはせず、優し気な微笑して俺に問う。
「それで。お前はどうなんだ?」
「どう……って、なんですか?」
「お前の気持ちだよ。それが田邊の本心かは定かじゃないが、それを聞いてのお前の心境はどうなんだって聞いてるんだ」
部長は指で挟む先端が赤く灯るタバコを眺めながらに質問の意味を言う。
俺の心境……か。
「それが分かるなら苦労はありません。てか、分からなくて悩んでるから相談したんじゃないですか」
「それもそうか」
部長はかっかっかと喉を鳴らして笑い、空を仰ぎ。
「お前は随分変わったよ」
「は? いきなり何言ってるんですか?」
突拍子もない部長の発言に困惑しながらに聞き返すと、部長は思い返す様に語りだす。
「今ではこうやって普通に話したりできて、お前も周りから信頼を置かれる立ち位置になったが。私とお前が初めて出会った時のことを覚えているか? コミュ力皆無だった古坂くん」
「な!?」
昔のことを掘り返され、俺は顔から火が出たのでは思うぐらいに熱くなる。
だって、あの時の俺は。
「今回は突然の増員ってことで人手が不足したが、この会社は基本的には新人の教育を2年目に任せる社風がある。私はお前よりも一つ上で入社したから、お前の教育係を私が務めることになったよな」
「…………そうでしたね。あの時はどうもお世話になりました」
「まあ、お前は仕事面では優秀だったから直ぐに覚えてくれて楽だったがな。性格面を除けば」
俺は何も言い返せなかった。
親から大学進学を勧められたが、それを無視して高校を出て就職したあの時の俺は、正直……心が荒んでいた。その為か、俺は教育係だった当時の白雪さんに対して……。
「本当に驚いたよ。ただの世間話で話題を振ったらお前—————『仕事以外のことで話しかけないでください。自分、あまり人と関わりたくないので』って言うもんだから、あの時は本当に驚いたよ」
笑い話で語っているが、普通であれば社会人としては有り得ない態度だ。
それを言ったのが、俺なんだから、非常識なんて言えるはずがない。
「仕事が出来るだけに本当に質が悪かったよなお前。死んだ魚みたいな目で、好んで1人でいる癖に、寂しそうに社内の片隅にいて」
高校を卒業したての俺は、まだ幼馴染の凛に振られた失恋の傷が癒えておらず、他人と関わるのを極力避けていた。
高校の時は本当に居心地が悪かった。
恋人だ夫婦だと周りから揶揄されていた俺と凛。だが、凛の教師との交際が発覚した時、周りは俺に対して同情的だった。いや、あれは俺にどんな声をかけていいのか分からないと言った困惑な雰囲気。
その所為か、高校で俺とまともに話した奴はあまりいない。
俺がどんだけ凛に振られたことを気にしていないと訴えても、気丈に振る舞っていると取られて信じてはくれなかった。
だから俺は、俺を知らない地元から離れた場所に就職して、高校までの交流を全部断った。
だが……俺を知らないとはいえ、ずっと好きだった幼馴染に振られ、いくら弁明しても言葉を信じてくれなかった周りに対して辟易して、人を信じられなくなった。
だから俺は、自分から周りと距離を置いて、ただ黙々と仕事をこなす機械の様に振る舞っていた。
当時の先輩たちからしたら、俺は相当不気味な後輩だっただろう。
「……そんな俺を文字通り、ガツンと一発食らわしたのが、白雪さんでしたね」
「そうだったな。そんな強く殴ったつもりは無かったのに、お前蹲って涙出してよ。流石の私も焦ったよ」
「白雪さん。第二関節部分での拳骨ってマジで痛いですから。それに、軽くって言ってますが、脳内に響くぐらいの衝撃がありましたから」
俺はあの時の白雪さんの拳骨の痛みは一生忘れないだろう。
そして、あの時俺に言った言葉も。
『何も事情も話さず、ウジウジと悲劇のヒロインぶってるなよ。何か悩みがあるなら私に話せ。私はお前の教育係だ。新人の悩みを聞くのも仕事の内。最近良い居酒屋を見つけたんだ、行くぞ、古坂!』
って、あれが俺と白雪さんが初めて酒飲みに行ったんだよな……。
……白雪さん、4月上旬の生まれでギリギリ20歳超えてたけど、俺、まだあの時は、未成年だったんだけどな。強引というか。入社して早々、社会の洗礼を受けた気分だったよ。
※これはフィクションです。お酒は20歳を過ぎてから。
けど、本当に白雪さんにはお世話になったな。
あの時も、そして今も、俺の悩みを聞いてくれて。
酒乱で酒癖が悪いけど、頼れる良い人だ。なんでか女性として見れないけど。
「私が初めてお前の悩みを聞いた時、お前は言ったな。『俺は凛を恨んじゃいません。出来る事なら幼馴染として祝福してやりたかった。なのに、あいつは俺に何も言わせずにどこか行ってしまった。もし恨んでいるならそれだけで……男女間としてあいつに恨みはありません』って」
正確に言えば、最初に俺の方からあいつの前から逃げた。
振られたショックと泣き顔をあいつに見られたくなかったから。だが、その後、あいつとは一度も会う事なく、凛は失踪してしまった。
「お前、あの時の言葉と今、同じ気持ちか?」
「…………はい。変わってません。当時の俺とあいつはただの幼馴染、恋人じゃなかった。だから、恋人になりたくて告白して、振られたとしても、あいつに非は一切ありませんから」
「何とも真人間な回答だ。普通なら、相手を恨んでも可笑しくないのにな」
「自分でも驚いてますよ。けど、恨んでないからと言っても、あいつに振られたトラウマが無いわけじゃないです。おかげで、女性不信に陥って、33になってもまともな恋愛も出来てないんですから」
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だが俺は、結婚どころか交際すらした事がない。 相手の裏を読み過ぎて、相手を信じ切れないのだ。上辺では好意的でも、腹の裏では俺のことを馬鹿にしているのではと勘繰ってしまい、俺が相手と距離を取って、相手の方から愛想を尽かされて離れていく。
白雪さんはタバコの燃え尽きた灰を指で叩くと、タバコを口に咥え。
「まあ、私の方からとやかく言う前に、お前に1つ確認するが。お前は結婚願望はあるんだよな?」
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そうか……と白雪さんが軽く笑うと、俺の背中をバンと叩き。
「最初に謝っとくよ古坂。私、お前の悩みの回答が思いつかないわ」
「はあ!?」
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「そう睨むなよ古坂。少し語弊があったわ。確かに100%の回答は出来ない。だが、1つの指摘と1つのアドバイスは出来るよ」
「指摘とアドバイスですか」
白雪さんは頷き、口に含む煙を吐き出し。
「まず指摘からだ。お前の人を、女性を信じられないって気持ちは、少し間違ってるぞ」
「間違ってるって何処がですか。結局、最後は俺が相手を信じられなくて、相手から去られるんですよ。間違っては…………」
「そうだな。だから少しって副詞を付けたんだ。人を信じる信じられないってのは誰もが持っているものだ。恋人になっても、夫婦になっても、疑う奴は疑う。逆に疑う心が無いって奴の方が稀有だ」
「なら、何処が違うって言うんですか…………」
「正直、自分で言ってて私もあまり分かってない。私だってそんな恋愛経験がある方じゃないからな。だが、色々な奴から恋愛相談されたり、お前からも幾度も見合い失敗談を聞いていて思っていたことがあるんだ」
白雪さんは自身の髪を手で掻き上げて、一切の遮断物が削がれた曇りなき瞳で俺を見て言う。
「お前は、ずっと好きだった幼馴染に振られてから、心の中で何処か保険をかけてるんだよ。自分が相手を信じられない。相手が本当は自分をどう思っているのか分からない。だから相手は自分から離れて行く、だから仕方ないって—————自分が選ばれないって恐怖から逃げる為に」
まるで心臓を鷲掴みされたかの様な衝撃が奔る。
言葉が出なかった。呼吸も数秒忘れてしまった。汗が多く滲み出た。
「自分が本気に好きになって、好意を向けて、けど……相手に想いが通じ合えずに失恋する。傷つくぐらいなら最初から好きにはならない方がいい。つまりは、相手が信じられないんじゃなくて、お前が本気で相手を好きになろうとしてないだけなんだよ」
「お、俺は別に! 今までお見合いした中には好きになれそうな女性は何人も—————」
「なら、結婚願望もあるのに、一度離れて行っただけで諦めてるんだ。営業では相手に煙たがられても、根気強く粘って、幾つも取引を成功させたお前が、一度不満を言われただけで早々に諦める奴か。つまりは、お前の気持ちはそれだけなんだよ、相手に対して」
白雪さんに捲し立てられ、俺は反論の言葉が出なかった。
俺は自分の過去を振り返った。
俺は何度も上司からお見合いの話を持ち掛けられ、参加した事がある。
その中で一度、相手の女性から言われた言葉を思い出す。
『あの……古坂さん。貴方は私を、好きになろうとしてくれてるんでしょうか?』
昨日今日あったばかりで、好意的に接しようとしてくれていた女性だったが、それを口にした後、関係が深まる事無く、破局した。他の女性も俺に同じ様な感情を抱いてたのだろうか。
俺と付き合っても、俺が本気で恋愛しないと勘付いて……。
「恋愛は博打の棒だ。100%の恋は無い。些細な事が切っ掛けでどっちに転ぶかも分からない。だけど人間は、そのどっちに転ぶかも分からない博打を打ち出すんだ。自分の好きだって気持ちに嘘を吐きたくないから」
部長は言い終わると俺の髪をワシャワシャと乱れる程に掻き荒らし。
「恋愛に恐怖は付き物だ。それを楽しみ、恐怖を乗り越えたからこそ、恋に尊さが生まれる」
部長は俺の髪から手を離すと、再び俺の背中を良い音がなる程に強く叩き。
「そしてアドバイスだ、古坂。一度、自分の気持ちと本気で向き合え。お前が今、田邊のことをどう思っているのか。結局、悩みの解決はお前次第なんだよ。私にはどうしようもできない」
だから、回答が無いって言ったのか。
白雪さんの言う通りだ。俺は他人から答えを貰おうとしていた。
俺の気持ちは俺のだけのものだ。他人から答えを聞いても、それは相手の意見であって俺の意志ではない。
俺の気持ちか…………結局、振り出しに戻っただけか。
けど、少し吹っ切れたと思う。
白雪さんの言う通り、恋愛に怯えているのか、胸がドキドキする。
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俺もまた、あの時の様に、本気で誰かを好きになりたい。疑うのはその後でもいいかもしれない。
「どうだ古坂。私の意見は役に立ったか?」
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「いや、私はタバコを吸い終わってから戻るよ。先に戻ってくれ」
「分かりました。では、また後で」
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それは何処か寂しげで、辛そうな表情に見えたが、気のせいか?
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「………やっぱり不味いな。タバコを吸う奴らの気が知れんよ。まあ、これは疾っくに賞味期限過ぎてるものだけどな」
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だが、次第に別の意味で可笑しくなり苦笑する。
「私が良い女か……知らぬが仏ってことか。古坂、私は本当に良い女じゃない。私は最低な女だ。お前を、”アイツ”の代わりにしようとしていたんだからな」
穂希は古坂と同じだ。
決して穂希の性格が悪くて結婚できないわけではない。
逆に穂希は、30過ぎて尚、その美貌からか、自社含めて他社からも求婚が多いぐらいに人気だ。
穂希が本気になれば結婚は直ぐに出来るだろう。だが、穂希はしないでいた。
穂希も恋愛に関して過去の出来事が尾を引いているから。
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穂希は多少、康太に好意を抱いていたかもしれない。だが、その好意が純粋な物かは本人にも分からないでいた。
「古坂は古坂だ。あいつじゃない。あいつの代わりはこの世の何処にもいないんだから……」
穂希は鉄柵に大きく凭れ込み、晴天の空を仰ぎ、タバコを吹かす。
口から吐き出される煙が、”彼”に届けと言わんばかりに。
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※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)
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