家出少女は昔振られた幼馴染と瓜二つ

ナックルボーラー

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糞野郎

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 取引打ち切りを申し立てられたオオヒラに対しての菓子折りを買いに行ってる最中に、突然、事の元凶でもある人物から電話がかかって来た。
 相手はまるで何事も無かった様な口調で「———————に来てください。話はそこでしましょう」と言われたが、私は行くかどうか迷った。
 
 今回の件は私の対応にも問題があった。
 相手が気に食わない事を言ったとはいえ、感情的にならずにやんわり断れば良かった。
 だから、自分で犯したミスは自分で拭いたい。だけど、私が出て更に状況が悪化するのではと危惧した。
 もしここで更に状況が悪化すれば、尽力してくれているこーちゃん達に申し訳ができない。
 だからここは一旦、こーちゃん達に連絡を入れればいいが、相手は付け足す様にこういった。

「もし他の人たちにこの事を言えば、僕は貴方の隠している事は貴方の会社に暴露します。例えば――――教師と淫行をして子を孕み中退したとかをね」

 私はそれを聞いた時心臓が凍る程に寒気を感じた。
 何故、大平さんがその事を知っているのか。
 この事を会社で知っているのは、幼馴染のこーちゃんと、もしかしたら白雪部長だけなのに……。
 そして大平さんは更に私を窮地に追いやる様に告げる。
 
「そして貴方と古坂康太……ですけ? 営業部の課長。学生時代の貴方達の関係も言った方がいいでしょうか? 自分が好きだった幼馴染が教師と淫行した事で振られた所為で、学校で孤立していたなんて知られれば、さぞ惨めになるでしょうね。職場には居づらくなるんじゃないですか?」

 私は過呼吸になりかけた。手汗が滲み焦点が定まらない。
 本当に大平さんが私とこーちゃんの関係を知っているんだ!? 
 こーちゃんが自分の不利益になる様な事を言いふらすわけがないし、白雪部長も他人の過去をばら撒くような性格じゃない。何処からその情報を!

 私の事はどうでもいい。私がしでかした事だから自業自得だと納得できる。
 だけど、一切の非がないこーちゃんに飛び火が振るのは看過できない。
 ……最初から私に選択権はなかった。
 これ以上こーちゃんに迷惑をかけるわけにはいかない。ごめんね、鈴音。また転職を考えないと。

「…………辞表の内容を考えとかないとね」

 菓子折りが売られている店とは逆方向に私は、踵を返して歩き出す。

 ある程度の距離はあったが、タクシーなどの交通機関を一切使わずに私は目的地へと辿り着く。
 場所は線路が近くに通る廃工場。そこが相手が指定した場所だ。
 私は薄暗い廃工場の敷地に入ると、天蓋の穴から差し込む光源で彼を視認出来た。

「女性1人をこんな人目の付かない所に呼び出すなんて、趣味が良いとは思えませんね」

 天蓋や壁に穴が空く年期の入った廃工場の中心に腰程度までに積み立てられるタイヤに腰を掛ける人物、大平さんが営業スマイル……いや、今は悪魔の微笑の様に感じる笑みを浮かばせていた。

「よく来てくれましたよ田邊さん。先日はあんな風に振ってくれたから、来ないかと思ってました」

「あの様な脅迫じみた事を言っておいて白々しいですね」

 私は憎しみを込めて彼を睨みながらに尋ねた。

「電話で言っていたあれ、何所で調べたんですか?」

「あれ、とは。もしかして貴方達の過去の事ですか?」

 再び白々しく首を傾げる大平さんに私は頷いた。
 すると大平さんは懐から資料の束を取り出し、徐に朗読を始めた。

「田邊凛。1988年8月31日生まれの33歳。父田邊隼人と母田邊由香里の間に産まれた長女。○○市で育ち、○○幼稚園、○○小学校、○○中学校を出て、○○高校に入学するが中退する。その原因は当時2年B組の担任兼数学教師をしていた、宮下徹との淫行による妊娠」

 教師との淫行だけじゃなくて、宮下先生の名前まで!?
 それに、生年月日は兎も角、なんでお父さんとお母さんの名前まで、詳し過ぎる!

「答えてください! 何処でその情報を手に入れたんですか!」

 廃工場内に木霊する程の声量で私が叫ぶと、大平さんは失笑する。

「それは後で話しますよ。僕が仕入れた情報にはまだ面白い事があるんですから」

 人の過去を面白がるなんて、この人は相当な濁った性格をしている!
 私の憤慨した視線を物ともしない彼は更に得た情報を読み上げる。

「それにしても何とも笑い話ですね。宮下徹との淫行の起因は幼稚園の頃からの幼馴染への恋の相談。ははっ! 何とも滑稽な話ですね。大方教師に恋愛相談をしている間に、頼れる大人に惹かれたとかですか? その後に体の関係となって子供を孕み、幼馴染を振る。そんな使い古された寝取られ展開がリアルにあるなんて、思わず笑ってしまいますよ!」

 腹を抱えて哄笑をあげる大平さんに私の顔は熱を帯びた様に真っ赤になる。
 人の触れられたくない黒歴史を抉る様に話すなんて、この人は本当に性格が悪すぎる!

「残念なことに、中退して地元を去った後の情報は得られませんでしたが、どうですか? この僕が短期間で得た情報に間違いはありましたか?」

 もう興味がないとばかりに書類の束を放り投げる大平さん。
 私は何も言い返せなかった。ぐうの音も出ない程にその情報は正しかったから。

「そこまでの情報を得るなんて……探偵か興信所でも使ったんですか? 本当に振られた相手の過去を貪る様に探らすなんて、蛇みたいに執念深い人ですね」

 皮肉を込めて言うが、

「なんとでも言ってください。けど―――――俺程の裕福な生まれなら大枚を叩いて簡単に人の過去を探る事が出来るんだよ、お前みたいな底辺と違ってな!」

 詐欺師の様な上辺の笑顔は消え陰りのあるどす黒い表情となる大平さん……。

「それが貴方の本性ですか。やっぱり、私の勘は間違っていなかったみたいですね。貴方の心は腐ってる!」

 本性を表した彼に私は驚きはしなかった。
 料亭の所では薄々で、会社の件ではもしかしたらとは思っていた。

「勘とか優越に浸った言葉を言うんじゃねえよ底辺女。本当に、顔と身体だけは良いから声をかけてやったのに、俺に恥をかかせやがってよ」

「声をかけてやったってかなりの上から目線ですね。本当に良かったですよ。最初は娘の為にって思って心が揺らぎましたが、誘いに乗らずに正解でした。結婚なんてしてたら地獄そのものでしたよ」

 もしあのまま流されて付き合っていたら、私と鈴音はどうなっていたか……。
 初めて自身の選択に間違いがなかったと安堵する私だが、大平さんはせせら笑い。

「結婚? はははっ! お前、あれ本気にしていたのか? なんで俺みたいな金持ちがお前の様な貧民と結婚するんだよ。お前なんか遊んだ末に無様に捨てるつもりだったよ」

 ここまで清々しい屑発言を聞くと逆に感心するよ、微塵も尊敬しないけど。
 
「1つ聞きますが、私の過去は探偵やら興信所を使えば調べはつくかもしれませんが、火のない所に煙は立たない、私と先生の関係の情報源は何処か聞いてもいいですか?」

 私と宮下先生との交際は当時の生徒なら知っている人は多い。
 けど、その付き合う経緯を知る人を私は知らない。一応は裏でこっそり密会をしていたのだから。
 妊娠騒動で誰かが推測して噂を広めた。いや、私たちがバレてないと思っていただけで誰かに知られていた? 色々な考察を思い浮かべるけど……1つ心当たりがあるとすれば、いや、ありえないか。
 
「これでも契約上情報の提供者は言えねえが、俺ぐらいになれば多く金を積んで相手の知られたくない過去も知る事が出来るんだよ。本当に不運だな金がないってのは」

 結局、誰があそこまでの情報を彼に与えたのかは定かにはならなかったけど、正直今は粗末な事。
 
「それで? 人の過去を陰湿に暴いて愉悦に浸ってるだけですか? じゃないなら、そろそろ本題に入って貰ってもいいですか? 私、新人でも忙しいので」

 私が核心を促す様に彼は強く舌打ちをして。

「調子付いたこと言うんじゃねえぞクソ女が。だが、俺も長くお前と話すつもりはねえ。単刀直入に言うぜ―――――」

 彼は私を指さし。

「お前は底辺の貧民だけど、顔と身体は良いからな。お前、俺の愛人になれ」

 その言葉は確実に私の心を嫌悪と言う手で握るのに十分過ぎた。
 眩暈もする、吐き気もする。もし世論が許すならここでコイツを殺したい程に殺意が芽生えかけた。
 だが私は必死に心を押しとどめ、

「ふざけた事を言わないでください。30過ぎた良い大人の癖にエロ本の読み過ぎなんじゃないですか?」

 当たり前だが一蹴する私に彼は嘲笑うかの様に喉を鳴らし。

「お前の会社、今相当慌てた状態になっているだろ? お前がここで俺の誘いに乗るんだったら、今すぐ契約を続行してやる。それに、金の無いお前にとって悪い話じゃないぞ。俺の愛人になれば、ある程度の金は恵んでやる。そうすれば、今の生活は幾分マシになるだろ」

 この人は私の心を大きく揺さぶる。
 私1人の犠牲で会社の業績悪化を防げるという。その報酬でも金を出す。
 実際、娘1人を養う為に私はかなりの節制を行っている。その生活を脱却したくないって思った事はない。自己犠牲に苛まれる私だったが、

「そうだ。お前の娘を俺に紹介してくれよ」

 その言葉に私の心は冷え切った。

「それにしても惜しいことしたぜ。底辺の女の娘だから、どうせブスかと思ってたが、報告を受けた時にマジで美人だったんだからよ。俺、沢山の女を食って来たが、親子丼っては体験ないからよ。娘も差し出せば色は付けてやる。貧乏な生活から脱却する為に親子共々体を差し出す。簡単な話だろ?」

 女の尊厳を見ず食い物と捉える捕食者の目。
 最悪、私だけの犠牲だけなら我慢が出来たかもしれない。
 だけど、私の命よりも大事な鈴音を食い物とする彼の発言に冷えた心が熔岩の様に沸き立った。そして私は全力の力で彼の頬を叩く。

「人を侮辱するのも大概にしろ、この外道が!」
 
 私の平手打ちビンタによる渇いた音が廃工場内に響く。
 人の道を外す男に対する制裁だったが、私の平手打ちは彼の心に響かず。

「痛ぇな、このクソ女がッ!」

 反撃の拳が私の頬を打ち、私は地面に倒れ込む。
 右頬にジワジワ来る鈍痛。唇を切ったのか口内に血の味が広がる。
 私を殴った大平は私を見下す様に立ち
 
「調子に乗ってんじゃねえぞマジで。テメェの様な底辺は俺の様な金持ちに媚びてればいいんだよ!」

 彼は追い打ちをかける様に私の横腹部を蹴る。
 腹部を蹴られゴホゴホッと咳き込む私は、懐に手を入れる。
 出来れば私自身の力で解決したかったけど、やっぱりそれは自惚れだった。
 
 私は事前にスマホの発信番号に110を入力していて、直ぐに警察に電話出来る状態にしていた。
 後はボタンを押すだけで警察に繋がる。だけど繋がれば、今回の件は大事になるかもしれない。
 そうなれば、会社にどれだけの影響を当たるだろうか。その躊躇いがボタンを押す指を止めてしまった。

「なに変な事をしようとしてるんだ!」

 その隙を突かれてか、懐に入れていた右手を蹴られ、その衝撃で私の手とスマホは外に飛び出る。
 その間にスマホが振動していた様に感じたが、気のせいか……?
 そんな事よりも、今のでスマホが私の手から放れてガサガサと転がっていく、これでは警察に通報ができない!

「用意周到の様に直ぐに警察に連絡できる様にしていたようだが、やっぱりお前は頭が悪いな! 事前に警察に連絡を入れていて出ていれば、危ない時に直ぐに来てくれたのによ。素直に1人で来るとか馬鹿過ぎるだろ!」

 確かにそうだ。嗤われても言い返せない。
 そうだ。私は皆に迷惑を掛けたくないと1人で背負い解決しようとした。
 だけど、それが一番の迷惑なんだって、気づいているはずなのに目を逸らしていた。
 私は本当に……大馬鹿だ。 

「本当にイラつかせてくれる女だ。顔と身体はいいから愛人にしてやろうとしたのによ」

 上から目線な発言に私は怒りよりも何故か哀れみが浮かび上がった。

「なんて情けない人だね……。自分に魅力が無いから、金と暴力で想いのままに操るなんて。本当に魅力的な人は、そんな物なくても惹かれていくもの……」

 私の憐れんだ発言が彼を更に怒らせたのか、黙れと言わんばかりに私の首を掴む。
 呼吸が難しくなって息苦しくなるけど、私は哀れみの表情は変えずに振り絞っていう。

「……お金があるからなに? お金があればどんな事をしても良いと本気で思っているのかな? だとすれば、貴方が過ごした30年余りの人生、本当に哀れに思えるよ」

「好きだった幼馴染を振って中退した屑女が言うんじゃねえよ!」 

 通過する電車の音にも負けない程の声量で叫ぶ彼だが、確かにそうだと私は自嘲する。

「……そう。私も屑だ。だから、類は友を呼ぶって言う……だから、貴方みたいな屑を呼び寄せたのかもね」

 私は自分を全うな人間だと思った事はない。
 高校を中退した後、沢山後ろ指を指されてきた。沢山嫌がらせを受けてきた。
 何度も、何度も、人生を投げ捨てようと思った。だけど私には大切な物があった。

「本当に良かった……よ。お金持ちなんかに、生まれてこなくて……。金持ちに生まれてきてたら……、貴方みたいな人を見下す様な下衆になっていたと思うとね……」

「くっ……この減らず口の底辺女がッ!」

 激昂する大平は私の顔を何度も殴る。
 口内だけでなく、鼻からも血が出て、頬の皮も少し剥がれ血が流れる。
 痛い、痛い……泣き出しそうになるぐらいに痛い……だけど私は、迫り来る痛みよりも湧き上がる悲しさで涙が出た。

 本当に、類は友を呼ぶ、だね。
 自分の想いに目を逸らして、不安を払拭する為に目の前のモノに縋った馬鹿な女の末路だ。
 
 こーちゃん。
 こーちゃんが言った事は間違いじゃないよ。

『お前の男運は俺と出会った事で全部使い果たしたのかもな』

 そうだよ。私の運は全部、初めてこーちゃんと出会った時に全て使った。
 こーちゃんは、私の生涯を捧げても良いと思える程に魅力的な人だ。
 なのに私は……それを捨てたのだ。だから私は、悲嘆しても弁明はしない。私が招いた結果なんだから、私はそれを受け入れるよ。

 だけど、ね。1つお願い出来ないかな。

 もしかしたら、私は今日でギリギリに保たれていた真っ当な生活も終わるかもしれない。
 もう鈴音あの子の許に帰れないのかもしれない。そうなればあの子は1人になる。
 私が居なくなったら……鈴音のこと、頼めないかな……? あの子、私と違って良い子だから。

「本当に馬鹿な女だ。人をイラつかせて自分がどうなるのか予想できないのか? これだから貧しい奴は馬鹿にしか育たないんだよ」

 殴るのを止めた彼だが、その見下した目は変わりない。
 人はここまで汚れると簡単には落ちないのか。

「てか、お前みたいな女に育てられる娘もさぞ馬鹿なんだろうな。底辺から底辺しか生まれない。どうせ、無様な人生を送るのが目に見えているよ」

 私はその言葉に瞠目する。

「てか、こんな女に振られる幼馴染も惨めだな。それだけ魅力がないんだろ、金も容姿も全てが。そんな奴が課長だなんて、あの会社も未来もお先真っ暗だな」

 嘲笑う様に高笑いをあげる大平を私は睨む。
 そして、私を押さえる手を私は握り、口元に近づけ―――――千切らんばかりに噛む。

「ぐはぁあ!」

 大平は絶叫をあげて私から手を退ける。
 「このあま!」と睨む彼だが、私の怒りの沸点は限界を超えていた。

「撤回して……撤回しろ! 誰が無様だ、誰が魅力ないだ!」

 血で濡れる顔を袖で拭った私は叫ぶ。

「私の事をどれだけ悪く言っても良い! 実際私は、自分でも誇れる様な人生を送って来たなんて思ってない! だけど、私の娘、鈴音やこーちゃんを馬鹿にするような発言は絶対に許さない! 私の大好きな人達が、お前みたいな屑に劣っているなんて、冗談を言うのも大概にしろ!」

 鈴音はこんな私から産まれてきたのに、正義感があって優しい子に育ってくれた、私の自慢の娘。
 こーちゃんも誰が何と言おうと、世界一カッコイイ男性だ。
 そんな2人を侮辱されて私は怒りが納まらない。

 短時間でも喉を押さえられて僅かに呼吸困難になって息遣いが荒くなるけど、私は睨みは彼から外れない。ここで侮辱に晒されようと殺されようと、せめてこの男のち〇こを嚙み千切る覚悟がある。
 
 私の激情に反発してくれるかと思ったけど、彼は心底冷めた様にため息を吐き。

「ぎゃあぎゃあ喚く煩い女だ。あーあっ、マジで興ざめだ。お前に一ミリも欲情しないわ」

 そう言って懐からスマホを取り出す。

「本来なら先に俺が頂いて後から仲間でまわす予定だったが、お前なんて抱いたら腐っちまうからもう他の奴らにあげるわ」

 言いながら彼がスマホを耳に当てようとした時だった。
 
 ガシッと、誰かが彼の腕を掴んだ。

「あ?」

 私と大平の視線はその誰かに向けられる。
 廃工場内は薄暗く、一瞬正体が分からなかったけど、顔はハッキリとは見えない。
 だけど……それが誰なのか直ぐに分かった。そして、熱い涙が私から流れる。

「おい、テメェは何の権限があって俺の部下をここまで傷つけてくれたんだ、この糞野郎が!」

 現れたこーちゃんの右拳が糞野郎の頬を打つ。
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