俺の最強のゲームアカウントが乗っ取られた話。

ひがらく

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一章

【15】MPの底上げ

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 それから俺は三日三晩、高熱を出して寝込んだ。
 どうやらMPの暴走は思っていた以上に身体に負担をかけていたらしく、目が覚めたときには熱こそ引いていたが、全身がぐったりと重くてしばらくは起き上がれなかった。
 
 けれど不思議と気分は悪くなかった。起きたときには体内に溜まっていた淀みがすっきりと流れたような、そんな感じがした。
 
 そしてヨルバは二日間、ずっと付き添ってくれていたらしい。けれどちょうど俺が目を覚ましたときには姿がなく、どうやらすれ違ってしまったようだった。
 
「湯加減はいかがです?」
 
 お湯の張ったバスタブの中で口までつけてぶくぶくと考え事をしていると、メイド服に身を包んだ年配の女性が声をかけてきた。丸みを帯びた優しげな顔に、穏やかな笑み。ここの使用人であるメアさんだ。物腰が柔らかくどこか母のような温かさを感じさせる人で、ここに最初に来た時、入浴の準備をしてくれたのも彼女だった。

「あ、はい。……とても気持ちいいです。ありがとうございます」

 目覚めてからずっと体に力の入らない俺を気にかけて、こうして風呂まで付き添ってくれている。何かと世話を焼いてくれる面倒見のいい人だった。
 
「すみません。何かから何までお世話をしてもらって……」
「あらまあ、ヤシュ様が気にすることなんてないんですのよ。熱が出た後は身体をちゃんと労わらないといけないんですから。……そうそう、ヨルバ様も小さい頃はね、よく高熱を出して――」

 あ、またはじまった。
 メアさんは気付くとヨルバの幼い頃の話をする癖がある。
 ここに滞在しているあいだ、俺はその度に間接的に彼の過去を知ることになった。
 小さいながらも物怖じしない性格だったのだとか、フィリク殿下とよく遠出にでかけていたのだとか、泣くと大変なことになるのだとか、いろいろだ。それはまるで、母親が自分の子どもを誇らしげに語るような口ぶりで。
 言葉の圧を笑顔の下に仕込んで外堀を埋めようとしてくる殿下とは違い、メアさんはただ井戸端会議のように楽しく話してくれた。そんな語りを聞くのも、俺は好きだった。

 ――けれど、今は。

 あの夜。
 舞踏会での出来事の、後。あんなことがあってしまった後では、ヨルバのことを考えるだけで胸が苦しくなって、気まずくて。顔から火が出てしまいそうで。
 正直、目を覚ましたときに彼の姿がなかったことにほっとしてしまった自分がいた。
 あれはそう。きっと仕方なかったんだ。ヨルバは暴走した俺の身体に対処してくれただけ。ただの善意。そう、だから、なんでもない。ほら、学生のときに男同士でふざけ合ってやったりするときもあるって、聞いたことあるし。……うん。

「あら、ヤシュ様。顔が赤いですわよ。のぼせたらいけませんわ」
「……はい、あがります」

 考えれば考えるほど、あの夜のことが頭をよぎってしまう。
 だめだ、もう思い出さないようにしよう。
 
 頭を振って、バスタブから上がる。
 メアさんが用意してくれた服に袖を通していると、フィリク殿下からの呼び出しが届いた。

 
 
 * * *
 
 
 
「呼びたててすまなかったね。調子はどうだい」
 
 案内された部屋はそれほど広くはないが、壁一面には武器と装備で埋め尽くされていた。精巧な細工が施された剣や、見たことのない形状の弓、魔道具らしきものまで、目を引く品々がずらりと並んでいる。どこかの武器屋のようでもあり、けれどそのひとつひとつがあきらかに高級品で不思議な空間だった。

「随分と回復しました。……アリネ嬢は無事ですか?」
「ああ、彼女はちゃんと保護したよ。今は医師のもとで静養中だ。大きな外傷はなかったそうだから、ひとまず安心していい――それと、シエンヌ嬢の処遇は聞くかい?」
 
 気にはなる。あれほどの騒動を起こして、無傷で済むとは思えない。
 頷くと、殿下は少しだけ表情を引き締めた。

「まず、王城の離れにある屋敷を半壊させた件。それと、あの場に召喚された魔物によって負傷者が多数出たこと。そして何より……レオニスに『魅了』の呪いをかけていたことが確認された。これらを踏まえて、彼女には数ヶ月の謹慎処分が下されたよ」
「謹慎、ですか」

 あれだけのことをしておいて、それだけで済むのか。

「まあ普通なら即刻、貴族の籍を外されて、教会の監察下に置かれるのが妥当なところだろうね。けれど彼女は『帝国の血』を引いている……その血筋に免じて、今のところは追放までは至らなかった。忖度と言えばそれまでだが、実際、それだけの力を持った家だ」

 吐き捨てるような調子ではなかったが、殿下の声には解けきらないわだかまりがあった。彼自身、その結末を納得していないのだろう。

「だが君が止めてくれなければ被害はもっと大きくなっていた。礼を言うよ」

 そう言って、殿下は静かに頭を下げる。貴族が、それも王子である彼が頭を下げるなどそうあることではない。思わず背筋を伸ばして、きちんと会釈を返した。
 
 ――〈白の冒険者〉が俺だって前提でずっと話してるけど、もうおそらくバレているんだよな。……こればかりは、仕方ないか。

「いえ、俺ひとりの力ではどうにもできなかったです。……ヨルバ、さんがいなければ、スキルもまともに放てなかったですし」

 そう言うと、フィリク殿下はぱんっと軽く手を打ち鳴らした。

「そう、それだよ! 実はそのことで君を呼んだんだよ」

 突然話の調子が変わって、思わず目を瞬かせた。

「君のスキルは非常に優れている。だが、どうにもMPが心許ない。あの時のようにすぐに限界を迎えてしまっては、いざというとき頼りないだろう。だからそれを補う魔法具を渡そうと思ってね」
「MPの上限を上げる魔法具って……かなり貴重なものじゃないんですか? そんなものを、俺に?」
「価値があると私は判断したんだ。君が命懸けで守った人たちと、あの場の状況、そして君自身の能力。見込みがある。だからこそ、私に投資させてくれ」
 
 少し間を置いて、殿下は部屋を見回すように顎で示す。

「ここにあるのはすべて、叔父上――テネス公から譲り受けたものだ。彼は魔道具の収集家でね。中にはとんでもない掘り出し物もあるよ」

 殿下は傍らの小さなテーブルにいくつかの道具を並べる。どれもが光を受けて鈍く輝いていて、とても高価そうだ。
 
「この中のものはMPの上限を底上げしてくれるものだ。さぁ、選んでくれ」
「どれもあきらかに高価そうなんですけど……?」
「これは君の功績を称えた褒美でもある。遠慮なく受け取ってくれ」

 そう言われてしまえば断れない。
 俺は少しでも安そうなものをと、端にあった小さな短剣に手を伸ばした。
 それは手のひらより少しだけ長い刃渡りで、鍔の部分には琥珀色の宝石がはめ込まれている。ぱっと見は控えめな装飾だが、光を受けた瞬間、宝石がふっと青く煌めいた。

「おや、それを選ぶとは。お目が高い」

 後ろからフィリク殿下が肩越しに覗き込みながら声を弾ませた。

「それは〈ブルーアンバー〉と呼ばれる短剣でね。本来、琥珀は黄や褐色が主だが、これは非常に稀な青色。しかも中でも純度が高いものだ。東の国から輸入された品で、この大陸ではまず手に入らないよ」

「そっ、そんな貴重なものだったんですか……!?」

 慌てて元に戻そうとすると、殿下はあっさりとした声で言った。

「いいさ。気に入ったのだろう? それにこれはもう、君の瞳の色にしか見えない」
「え……?」
「気づいていないのかい? 君の目――普段はくすんだ青に見えるが、光の加減によっては宝石の奥に青い光が差し込んでいるように見える。まるでこの短剣の宝石と同じさ。夜の深海に月明かりが射したような……静かで、でも底知れない色だ」

 冗談混じりに言っているわけでもなく、殿下の声は真剣だった。
 やけに詩的な表現に、やっぱりこの人も王族なんだなと思ったけれど、それに言い返すこともできず結局そのまま短剣を受け取ることになった。

 腰に装備したとたん、MPの流れが一変するのをはっきりと感じた。感覚だけでも上限があきらかに倍以上に跳ね上がっている。これだけあれば、今までマナポーションを飲みながら苦労してスキルを放っていたのも楽になる。余裕も出て来るはずだ。

「……すごい。これ、ホントにすごいな……」

 小さく呟くと、殿下は満足そうに頷く。
 
「しかもそれは魔除けの効果もあってね。呪詛や呪具の類も断ち切れるんだよ」
「うわっ、やっぱり返してもいいですか。こんな高価なもの持ち歩くの怖いです」

 思わず本音が口をついて出る。だが殿下はにやりと笑った。

「ダメだね。君に恩を売っておかないと、私が後々困るから」

 直球だな、と思った。
 だがその言葉は裏を返せば、それだけ自分に価値を見出してくれているということなのだろう。フィリク殿下は冗談のような調子で話しながらもその視線だけは素直に真っすぐだ。

「……わかりました。ありがとうございます。大事に使います」
「気負う必要はないよ。ただ次にまた何かが起きたとき、その短剣が君の助けになるといい。そう願っている」

 手の中の短剣は淡く静かな青を宿していた。光を受けてきらりと反射するその輝きは、今の自分には少し眩しくて、ほんの少しだけ身が引き締まる気がした。
 
「まあそれと、――ヨルバと同じように私の懐刀になってくれると、嬉しいんだけどね」

 軽く、冗談めかした調子。けれどその目は笑っていない。
 
 ……いや、それだけは全力で断らせて頂きたい。
 
 思わず口に出そうになったが、俺は笑って受け流した。


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