アラサー魔法少女ミラクル☆ルチカ!!~マスコットキャラの愛が重くて面倒臭いと思っているけど本人には内緒だよ~

空木切

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激情編

17-2

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 玄関の方から物音がする。アストは緊張しながら立ち上がった。陽波が帰ったのであれば真っ先に“ただいま”を言うはずだ。泥棒かもしれない。

 例え怖くても、陽波が不在の間はアストが家を守らなければいけない。不審な足音に向かって声を上げた。

「だ、誰だ!」
「あれ。ええと、部屋を間違えたかな? すみません。すぐに出ます」

 アストは身構えたまま、入って来た男を無言のまま見送ろうとする。が、陽波が背負われているのを見て引き留めた。

「ま、待って! く、ください。その人、俺の……知り合い? です」
「……そうですか。僕は彼女の上司です。寝てしまったので部屋まで送ろうと思ったんですが、間違えてしまったようで。すみません。すぐに出て行きます」

 男、黒須は陽波を背負ったまま頭を下げた。そして玄関まで戻ろうとする。アストは咄嗟に声を上げた。

「あー! あの、部屋、合ってます。ここ、陽波の部屋です」
「え? ええと? 平牧さんは一人暮らしと聞いています。失礼ですが、具体的にどういったご関係の方ですか?」

 アストは言葉に詰まった。知り合い、以外にどう説明すれば良いのか。以前織部と会った時の陽波の説明を思い出しながら言った。

「陽波の、実家の近所に住んでた……幼馴染なんです。最近、ちょっと、この辺に来て、陽波の家に泊まらせてもらってるんです」
「ああ、そういうことでしたか」

 黒須が安堵したように見えたので、アストもほっとしながら手を差し出した。

「なので、陽波は俺に任せてください」

 しかし黒須は一歩後退った。僅かに敵意を持った目で言う。

「本当のことですか?」
「え?」
「疑って申し訳ないとは思うのですが……彼女の幼馴染だという証拠はありますか?」
「そ、れは、無いです、けど」

 黒須は明らかにアストを警戒している。アストは戸惑って、挙動不審になってしまう。黒須はいよいよアストを疑いの眼差しで見始めた。

「近頃物騒ですから。帰宅したら不審者がいたというニュースも聞くでしょう。僕は彼女の身を預かっている以上、少しの不安要素も避けたいんです」
「で、でも、本当のことなんです。陽波に聞いてみれば分かります!」

 アストは他に訴え方を知らない。黒須は少しアストを見つめてから、背負った陽波に声をかけた。

「平牧さん、起きられる?」
「んー? うんうん」

 陽波は僅かに唸った。黒須は再度、今度は少し大きな声で陽波に言った。

「平牧さん、もう家に着いたんだ。起きてくれる?」
「そうなんですかー……」
「陽波、起きて俺のこと説明してよ」
「んあー」

 生返事だ。アストは焦った。黒須越しに、陽波の顔を必死に覗いた。

「陽波~! 陽波、俺のこと分かる? 俺の名前言って!」
「あー、誰だっけ?」
「ちょっ……」
「アハハハうそうそ。アストじゃん。おかえり~」
「逆だよ……」

 アストは脱力した。それから陽波が「アスト、水持ってきて~喉乾いた~」だのと言ったために、無事疑いは晴れたのだった。

 黒須もほっとした様子で陽波をベッドに降ろした。陽波は水を飲んだ後、ご機嫌なまま再び眠ってしまった。

 陽波の荷物をアストに渡し、黒須は深々と頭を下げた。

「疑ったりして、申し訳ありません」
「い、いえ! 俺も自分のことながら言動が怪しかったと思うので、すみません……」
「平牧さんのこと、お願いします。お酒をたくさん飲んだようですから気を付けて見ててあげてください」
「はい。ありがとうございます」

 黒須は陽波の方をちらと見てから、部屋を出て行った。まだ少し心配しているのかもしれない、とアストは思った。
 アストがいる所為で余計に心配なのかもしれない。黒須に最後まで敵意を抱かれていたような気さえした。

「はあ。びっくりした」

 アストはやっと気が緩んだ。陽波は平和に寝息を立てている。憎々しいほどだ。

「……さっきのが陽波の上司って人かあ。すごくしっかりしてるね」

 話し相手もいないので、眠る陽波に言った。陽波は返事もしない。

「あの人が、陽波に気があるっていう人? 見た感じ分かんなかったけど、でも、家まで送って来たくらいだもんね……。俺、邪魔だったかな、やっぱり」

 苦笑した。もしアストがいなかったら、どうなっていたのか。想像しかけてやめた。

「俺、邪魔だよね。自分でも分かってるんだ。陽波の邪魔ばっかりして、邪魔だけして、他に何もしないんだよ俺は。やらなきゃいけないことも上手く出来なくてさ……」
「唐揚げをさあ……四等分……」
「唐揚げ?」

 陽波の寝言に首を傾げた。どんな夢だろう。

「俺はここを出て行く。決めてる。でも言えないし、言いたくない。本当は、出て行きたくないし……本当に駄目だあ……」

 出て行くと言ったら、陽波は悲しむかもしれない。悲しまないかもしれない。悲しまれたら辛い、とはいえ普通に『そっかー、仕方ないね』と軽く流されるのも辛かった。

「俺が地球人だったら良かったのにな。そしたら」

 そしたら? 考えを振り切った。

「……陽波はさっきの人のこと、好きなの? 俺も協力しようかなあ。そしたらここにいてもいいかな。俺のお陰で彼氏が出来たら、俺も役に立ったってことになるしね」

 言ってから、ベッドの端に突っ伏した。

「なんて。協力、出来るわけないよねえ~……だって俺、陽波のこと好きだもん」

 陽波もそうでしょ? とは聞かない。返事も無いし、聞く意味も無かった。

「俺は陽波が好きだよ。ずっとそう。でも多分、最近はちょっと違う」

 アストは顔を上げる。陽波が唸って寝返りを打った。手を伸ばさなくても届く距離にいるのに、酷く遠くに感じられた。

「ああ~。もう、分かってるよ俺も、駄目なんだよ~。駄目、全部駄目。そろそろ寝ないとだし、いい加減覚悟決めないとだし、もうこれ以上は本当に駄目なんだよ。俺さ、弱いから……」

 意識しないようアストは目を逸らした。陽波に背を向け、深呼吸をする。しかしまた陽波に向き直った。陽波は無防備に、口を半開きにして眠っている。

「だ……い、いや、でも、い、一回くらいは……俺もう出て行くしさ。き、記念に? みたいな」

 どうか起きませんように。ひょっとしたら、起きて欲しかったのかもしれない。アストは心臓の鼓動を抑えながら、震える唇を、陽波の唇にそっと付けた。一瞬で離す。

「の、ノーカン。一瞬だから。今のは無し。無かったことにする」

 誰に言い訳をしているのか、アストは一人呟いて、もう一度同じように唇を付けた。僅かに離すと、陽波の熱っぽい息がかかる。アルコールの匂いも気にならないまま、アストは、吐息ごと飲み込むようにまた長くキスを繰り返した。

「ん~?」

 陽波が顔をしかめる。我に返ったアストは、怯えるように距離を取った。陽波が起きて怒鳴ってくるのを待ち構えたが、まだ眠ったままだ。

「な、何だ。寝言か。びっくりした」

 びっくりした。ではない。アストは冷静になって、頭を抱えた。

「何してんだ俺! 最悪だ! あああああ~……」

 最悪だった。こうなると、本当に出て行く以外に選択肢は無い。無抵抗の相手に何をしているのか、先ほどの陽波の上司の方がよほど弁えていた。

「だから俺は駄目なんだよ……はあ。もう、最悪だ、俺なんか陽波に嫌われたって仕方ない……」

 もういっそ嫌われるなら同じでは? アストの脳裏に悪魔的な考えが浮かぶ。しかし根性で振り払った。

「人として駄目なラインとかあるから。そもそも俺はアニムスのみんなから期待されてここに送り込まれているのであって、こんなことの為じゃない。そうだ。俺にはすべきことがある」

 しかしアストは意思が弱かった。強い誘惑にはそう耐えられないのである。

「俺は、ここを出て行くんだ。そしたら、陽波とは二度と会えない。だから」

 だから仕方ない。仕方ないのだと自分に言い聞かせ、アストは再び陽波に近付いた。
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