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激情編
24-2
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「あれ、う、動けない」
手足が何かに縛られている感覚があった。見ても何も無いが、手首も足首もくっついたまま離れない。
陽波は右手を動かすと左手も一緒に付いてくるのを不思議そうに見ていた。ティグロが憐れむように言う。
「ルチカァ~。お前はいい加減俺より弱い生き物だってことを自覚しろ」
「いつも負けてる癖に何を偉そうに……」
陽波が半笑いで言うと、ティグロは気に障ったのか眉間に皴を寄せた。ソファに手を置いて、動けない陽波を見下ろす。陽波はさすがに恐怖を覚えたが、表には出さない。
「何。別にあんたなんか怖くないし」
「この俺が毎回尻尾撒いて逃げてるとでも思ったか? ありゃわざとだ。ンなことも分かんねェのかよ」
陽波の怯えを感じ取ったのか、ティグロは鼻でせせら笑った。陽波はまずいと思いつつも強がる。
「何でわざと負ける必要があるわけ? もっとまともな言い訳しなさいよ」
「ハッ。何も知らねェ奴は気楽でいいよな……」
「……そんなに深い事情があるの?」
ティグロの様子が気になって問うと、彼は目をそらして考えるような間を空けてから、また陽波に視線を戻した。
「そんだけ元気がありゃ十分か。フン、まあ、あのクソ兎が来るまで寝てろ」
「うっ……!」
ティグロの手が近付いて来る。陽波は思わず身を固くしてぎゅっと目を閉じた。反射的な行動だった。ティグロは妙に思って疑問符を浮かべる。手が宙に泳いだ。
「……んん?」
さっきまでの強がりはどうしたのか、陽波は急に縮こまってしまった。見ていて気の毒になるほどである。
「おい」
「な、何! 別に怖くないし!」
「何があった?」
陽波は薄っすら目を開ける。ティグロが顔をしかめてこちらを見下ろしていた。陽波が無言でいるとティグロは息を吐いて、陽波の両手首を片手でそっと包んだ。すると見えない拘束が解けて自由になる。足の拘束はそのままだ。
「え? え?」
陽波が困惑していると、ティグロはソファのひじ掛けに腰掛けた。
「何も言わねえのか? あァ?」
「あ、ありがとうございます……?」
「違ェだろ。まさか、アストと何かあったか?」
名前呼べるんじゃん、と陽波が軽く感動している間もティグロは陽波を睨み続けている。陽波は体を起こし、背もたれに寄り掛かった。そして半ばヤケクソで答える。
「何も無かったと言うと嘘になります」
「あんのクソ兎……」
ティグロは低く悪態をついた。赤い目で陽波を睨みながら言う。
「いいか? あのクソ兎はクソだから気を許すな。付け込まれンぞ」
「ええ? どういう意味? 裏切り展開アリってこと? それはちょっと辛いんですけど」
可愛いマスコットキャラが実は超腹黒で裏切られる展開……を陽波は想像するもティグロは変な顔をしていた。
「ハァ? 単にアレは人間的にクソだっつー話だよ」
「普通に良い子だと思うけど」
「それが付け込まれてるってんだよ、バカめ。あのクソはさっさと追い出しちまえ。あーあーったく、見てらんねーよ」
ティグロはイライラした風に溜め息を零したが、急に獣耳をぴくりと動かして立ち上がった。部屋を出ようとして、陽波を振り返る。
「お前、帰る気はあるか? 帰りたくなきゃここにいてもいいぜ」
「え、何それ……何その優しさ……怖い……」
「早く決めろ。奴が来てる」
まさか、と陽波は耳を澄ませる。かすかにアストらしき声が聞こえる。何か叫んでいるが何を言っているかまでは分からなかった。
「アストじゃん! 助けに来てくれたんだ、感動!」
「おい」
「帰るに決まってるでしょ。折角来てくれたんだし。嬉しいなあ」
あっそ。と、つまらなそうに言ってティグロはこつぜんと姿を消した。陽波は唖然とする。一体何だったのか。彼の行動の意味を考えていると、人間体のアストが部屋に飛び込んで来た。陽波を見るなり表情を緩める。
「陽波! よ、良かった……」
「アスト~! ありがとう! まずこの足の拘束を、ってあれ、動く」
見えない拘束は消えていた。陽波は立ち上がって伸びをすると、息を切らしているアストをまじまじ見つめる。助けを期待してはいなかったものの、こうして実際に来てくれるとやはり嬉しかった。
「ごめんね心配かけて。別に何もされてない、んぶっ!」
人が喋ってる最中だというのにアストは陽波を抱きしめてぎゅうぎゅう力を込めた。陽波は普通に苦しかった。
「ぎ、ギブギブ、死ぬ」
「ねえ、誰と一緒にいたの?」
「誰とって……」
ティグロと分かってて助けにきたわけではないらしい。陽波は少しがっかりした。陽波の為に勇気を振り絞ってくれたと思ったのだが。すると当然の疑問が浮かぶ。
「じゃあ何で来てくれたの?」
「帰りが遅いし、声かけても返事ないし、事故にでも遭ったんじゃないかと思って」
「そっか。ありがとうね」
当たり前の心配だったが、陽波は嬉しかった。当たり前の心配をして駆けつけてくれる人がいることは、陽波にとってとても大きなことだ。じんわりと心に温かさが染み込んでくる。
「心配かけて申し訳ないけど嬉しいな……」
「それで、陽波はここで何をしてたの?」
「えーとね、説明するのちょっと難しいんだけど」
「言い辛いこと?」
「え? 違う違う」
「相手は誰?」
「落ち着け」
陽波はアストの勢いが怖くなって、離れようと体を押した。アストは「ああ、ごめん」と言いながら陽波を解放した。と思いきや、陽波の右手に指を絡ませぎゅっと握る。陽波はびくっとしてアストを見上げた。
「あ、アスト?」
「俺じゃない人と一緒に何してたの?」
「怖……」
陽波の心の声が漏れる。アストの目は本気だ。怖くなった陽波はすぐ早口で答えた。
「ティグロにいきなりここに連れてこられた、理由は分かんないし全体的によく分かんなかった以上!」
「ティグロに!? え、だ、大丈夫だった!?」
アストは今更慌てだした。陽波は呆れつつ、分かる範囲のことを説明してティグロが隠した荷物を探した。
真っ先にティグロのことが頭に出てこない辺り、アストは地球に染まり過ぎている、というかやるべきことを忘れている気がしてならない陽波だった。
**
ティグロは弱い者が嫌いだ。故にアストのことが嫌いだった。アストは、自らの弱さを盾に人の善意に付け込む最悪の野郎である。とティグロは考えていた。
愚かでもいい、弱くてもいい。そうやって生きていくならそれでもいい。だが、その愚かさ弱さで、強く生きている者の足を引っ張るのは許せない。イライラする。
アストはまさに、ティグロの嫌う存在を具現化した生き物なのである。故に嫌いだった。
ティグロは個人的に陽波のことを気に入っていた。彼女は強い側の人間だ。しかしアストが彼女の足を引っ張るのである。
もし何も無ければ無理矢理にでも引き離すところだ。強い者が足を引かれて落ちていく様は見ていて気分の良いものではない。
それでなくとも陽波には、健康で元気でいてもらわなければならない。彼女が魔法少女である以上、怪物を倒せる存在である以上、陽波にはその役目を全うしてもらわなければならないのだから。
怪物は、地球人の負の感情を集めて、ティグロが作り出したものだ。誰かに倒してもらわなければならない。倒してもらうことこそが目的だからだ。地球の負の感情が流れ込むアニムスを守る為に必要な措置である。
怪物を倒す為には魔法少女が必要だが、魔法少女である以上、陽波とアストは離れられない。どうにもならないのである。
「クソだ」
悪態を吐いてもどうにもならない。
仲間でありながら考えの読めないギオン、自分の立場をまるで理解していない陽波、そして最低最悪の存在であるアスト。何でもそつなく余裕でこなせるティグロだったが、さすがに今の状況には困り果てるしかなかった。
手足が何かに縛られている感覚があった。見ても何も無いが、手首も足首もくっついたまま離れない。
陽波は右手を動かすと左手も一緒に付いてくるのを不思議そうに見ていた。ティグロが憐れむように言う。
「ルチカァ~。お前はいい加減俺より弱い生き物だってことを自覚しろ」
「いつも負けてる癖に何を偉そうに……」
陽波が半笑いで言うと、ティグロは気に障ったのか眉間に皴を寄せた。ソファに手を置いて、動けない陽波を見下ろす。陽波はさすがに恐怖を覚えたが、表には出さない。
「何。別にあんたなんか怖くないし」
「この俺が毎回尻尾撒いて逃げてるとでも思ったか? ありゃわざとだ。ンなことも分かんねェのかよ」
陽波の怯えを感じ取ったのか、ティグロは鼻でせせら笑った。陽波はまずいと思いつつも強がる。
「何でわざと負ける必要があるわけ? もっとまともな言い訳しなさいよ」
「ハッ。何も知らねェ奴は気楽でいいよな……」
「……そんなに深い事情があるの?」
ティグロの様子が気になって問うと、彼は目をそらして考えるような間を空けてから、また陽波に視線を戻した。
「そんだけ元気がありゃ十分か。フン、まあ、あのクソ兎が来るまで寝てろ」
「うっ……!」
ティグロの手が近付いて来る。陽波は思わず身を固くしてぎゅっと目を閉じた。反射的な行動だった。ティグロは妙に思って疑問符を浮かべる。手が宙に泳いだ。
「……んん?」
さっきまでの強がりはどうしたのか、陽波は急に縮こまってしまった。見ていて気の毒になるほどである。
「おい」
「な、何! 別に怖くないし!」
「何があった?」
陽波は薄っすら目を開ける。ティグロが顔をしかめてこちらを見下ろしていた。陽波が無言でいるとティグロは息を吐いて、陽波の両手首を片手でそっと包んだ。すると見えない拘束が解けて自由になる。足の拘束はそのままだ。
「え? え?」
陽波が困惑していると、ティグロはソファのひじ掛けに腰掛けた。
「何も言わねえのか? あァ?」
「あ、ありがとうございます……?」
「違ェだろ。まさか、アストと何かあったか?」
名前呼べるんじゃん、と陽波が軽く感動している間もティグロは陽波を睨み続けている。陽波は体を起こし、背もたれに寄り掛かった。そして半ばヤケクソで答える。
「何も無かったと言うと嘘になります」
「あんのクソ兎……」
ティグロは低く悪態をついた。赤い目で陽波を睨みながら言う。
「いいか? あのクソ兎はクソだから気を許すな。付け込まれンぞ」
「ええ? どういう意味? 裏切り展開アリってこと? それはちょっと辛いんですけど」
可愛いマスコットキャラが実は超腹黒で裏切られる展開……を陽波は想像するもティグロは変な顔をしていた。
「ハァ? 単にアレは人間的にクソだっつー話だよ」
「普通に良い子だと思うけど」
「それが付け込まれてるってんだよ、バカめ。あのクソはさっさと追い出しちまえ。あーあーったく、見てらんねーよ」
ティグロはイライラした風に溜め息を零したが、急に獣耳をぴくりと動かして立ち上がった。部屋を出ようとして、陽波を振り返る。
「お前、帰る気はあるか? 帰りたくなきゃここにいてもいいぜ」
「え、何それ……何その優しさ……怖い……」
「早く決めろ。奴が来てる」
まさか、と陽波は耳を澄ませる。かすかにアストらしき声が聞こえる。何か叫んでいるが何を言っているかまでは分からなかった。
「アストじゃん! 助けに来てくれたんだ、感動!」
「おい」
「帰るに決まってるでしょ。折角来てくれたんだし。嬉しいなあ」
あっそ。と、つまらなそうに言ってティグロはこつぜんと姿を消した。陽波は唖然とする。一体何だったのか。彼の行動の意味を考えていると、人間体のアストが部屋に飛び込んで来た。陽波を見るなり表情を緩める。
「陽波! よ、良かった……」
「アスト~! ありがとう! まずこの足の拘束を、ってあれ、動く」
見えない拘束は消えていた。陽波は立ち上がって伸びをすると、息を切らしているアストをまじまじ見つめる。助けを期待してはいなかったものの、こうして実際に来てくれるとやはり嬉しかった。
「ごめんね心配かけて。別に何もされてない、んぶっ!」
人が喋ってる最中だというのにアストは陽波を抱きしめてぎゅうぎゅう力を込めた。陽波は普通に苦しかった。
「ぎ、ギブギブ、死ぬ」
「ねえ、誰と一緒にいたの?」
「誰とって……」
ティグロと分かってて助けにきたわけではないらしい。陽波は少しがっかりした。陽波の為に勇気を振り絞ってくれたと思ったのだが。すると当然の疑問が浮かぶ。
「じゃあ何で来てくれたの?」
「帰りが遅いし、声かけても返事ないし、事故にでも遭ったんじゃないかと思って」
「そっか。ありがとうね」
当たり前の心配だったが、陽波は嬉しかった。当たり前の心配をして駆けつけてくれる人がいることは、陽波にとってとても大きなことだ。じんわりと心に温かさが染み込んでくる。
「心配かけて申し訳ないけど嬉しいな……」
「それで、陽波はここで何をしてたの?」
「えーとね、説明するのちょっと難しいんだけど」
「言い辛いこと?」
「え? 違う違う」
「相手は誰?」
「落ち着け」
陽波はアストの勢いが怖くなって、離れようと体を押した。アストは「ああ、ごめん」と言いながら陽波を解放した。と思いきや、陽波の右手に指を絡ませぎゅっと握る。陽波はびくっとしてアストを見上げた。
「あ、アスト?」
「俺じゃない人と一緒に何してたの?」
「怖……」
陽波の心の声が漏れる。アストの目は本気だ。怖くなった陽波はすぐ早口で答えた。
「ティグロにいきなりここに連れてこられた、理由は分かんないし全体的によく分かんなかった以上!」
「ティグロに!? え、だ、大丈夫だった!?」
アストは今更慌てだした。陽波は呆れつつ、分かる範囲のことを説明してティグロが隠した荷物を探した。
真っ先にティグロのことが頭に出てこない辺り、アストは地球に染まり過ぎている、というかやるべきことを忘れている気がしてならない陽波だった。
**
ティグロは弱い者が嫌いだ。故にアストのことが嫌いだった。アストは、自らの弱さを盾に人の善意に付け込む最悪の野郎である。とティグロは考えていた。
愚かでもいい、弱くてもいい。そうやって生きていくならそれでもいい。だが、その愚かさ弱さで、強く生きている者の足を引っ張るのは許せない。イライラする。
アストはまさに、ティグロの嫌う存在を具現化した生き物なのである。故に嫌いだった。
ティグロは個人的に陽波のことを気に入っていた。彼女は強い側の人間だ。しかしアストが彼女の足を引っ張るのである。
もし何も無ければ無理矢理にでも引き離すところだ。強い者が足を引かれて落ちていく様は見ていて気分の良いものではない。
それでなくとも陽波には、健康で元気でいてもらわなければならない。彼女が魔法少女である以上、怪物を倒せる存在である以上、陽波にはその役目を全うしてもらわなければならないのだから。
怪物は、地球人の負の感情を集めて、ティグロが作り出したものだ。誰かに倒してもらわなければならない。倒してもらうことこそが目的だからだ。地球の負の感情が流れ込むアニムスを守る為に必要な措置である。
怪物を倒す為には魔法少女が必要だが、魔法少女である以上、陽波とアストは離れられない。どうにもならないのである。
「クソだ」
悪態を吐いてもどうにもならない。
仲間でありながら考えの読めないギオン、自分の立場をまるで理解していない陽波、そして最低最悪の存在であるアスト。何でもそつなく余裕でこなせるティグロだったが、さすがに今の状況には困り果てるしかなかった。
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