アラサー魔法少女ミラクル☆ルチカ!!~マスコットキャラの愛が重くて面倒臭いと思っているけど本人には内緒だよ~

空木切

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激情編

27 言ってなかったことがある

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 陽波は絶望した。未だかつてない危機に晒されている。

 一月下旬、エアコンの暖房が壊れた。



 エアコンの修理は月曜に来るらしい。日曜の朝、陽波は布団に包まったまま出られないでいた。

「寒すぎる。死ぬかもしれない」
「だから俺にくっつけばいいのに」
「絶対嫌」

 室内の気温は一桁だというのにアストは平然としている。彼は魔法の不思議なパワーで快適に過ごせているようだ。

 陽波はベッドに横になる。

「もういいや。寝る」
「えー! 寝ちゃうの? 朝ごはんは?」
「いい。寒すぎて無理」
「でも……あ。陽波、変身するのはどう?」
「な……んだと……?」

 その発想はなかった。陽波はしばし逡巡する。変身してしまえば多少の寒さは平気になる。しかし、家でまであのフリフリの格好をするのは気持ちが辛い。辛いが。

「ミラクル☆チェンジ!」

 キラキラ煌めく決め台詞を決めたところで、ルチカはテーブルについた。

「ねえアスト、こんな意味もなく変身しても大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない? ルチカがちょっと疲れるくらいで」
「疲れるの? これ」
「生命のパワーというか、輝きをエネルギーにしてるから、変身するだけで体力を消耗すると思うよ」

 初耳だった。ルチカは衝撃を受けつつ、しかし寒いのだから仕方ないと自分を納得させた。どちらにしても体力を持っていかれるなら同じことである。

 アストは味噌汁をよそったお椀をルチカの前に置いた。

「先にお味噌汁ね」
「ありがとう。あー、美味しい……けど、髪の毛が死ぬほど邪魔だー」
「はいご飯」
「ありがと」

 アストは続いてフライパンに何か入れて焼き始めた。手慣れたものである。



 朝食を終え、ルチカは変身を解くと、再びベッドに潜り込んだ。アストはすぐに見つけて注意する。

「あ! こら、陽波!」
「寒いんだから許してよ! いいじゃん休みなんだし!」
「じゃあ今日はずっと寝るの?」
「変身して疲れたし……」

 本日は休業だ。陽波は布団から顔だけ出してアストに言った。

「アストも今日は休めば? いつも床を執拗に磨いたりしてるけど、今日くらい昼間から寝ようよ」
「嫌だよ……というか俺のことそんな風に見てたの普段……」

 休日は大概、陽波は寝て過ごすことが多い。その間アストは床を磨いたり、部屋の隅の埃を取ったり、棚の隙間を拭いたりしている。陽波は今更不思議に思った。アストって何してんの?

「アストは趣味とか好きなものとか無いの?」
「陽波の世話をするのが趣味だけど」
「人をペットみたいに言うな。あるでしょ、好きなものくらい」

 アストはうーんと考え込んだ。ついでに陽波も考えてみる。実は陽波も何一つ趣味はなかった。

 アストはしばらく天井を見たり床を見たりしていたが、陽波に視線を戻した。

「陽波以外のこと、基本的にどうでもいいし……特にない」
「重い」

 思わず陽波が呟くと、アストは照れたように頭をかいて笑った。重いって誉め言葉だっけ? 陽波は自分の知識を疑った。

 陽波が微妙な顔をしている所為か、アストは不満そうに言った。

「俺はこんなに陽波のことが好きなのに、陽波にいまいち伝わってない気がする」
「伝えなくていい……重そうだから……」
「俺に何かして欲しいことあったら何でも言ってくれていいからね? あ、そうだ。添い寝でもする? その方があったかいと思うよ」

 アストは何の躊躇もなくベッドに手をかける。陽波はすぐさま起き上がって抗議した。

「やめろ! ここは私の安寧の地なのだから!」
「陽波、俺のこと嫌なんじゃない?」
「ここは私の縄張りだから、許可なく立ち入ることを禁じる」

 陽波は布団に包まったままアストを威嚇した。アストは構わずベッドに、ではなく陽波に手を伸ばす。陽波は思わず後退った。アストは表情を曇らせる。

「ほら。……俺の手、怖い?」

 アストの言葉に、陽波は強がって返した。

「はっ……はあ? 別に怖くないですが? 一捻りですが?」
「陽波、俺が近付くと逃げるようになったよね」
「逃げてないし! 勘違いだし!」

 陽波は威嚇を続けながらも気まずい気持ちだった。本音では、アストが何をしてくるか分からなくて怖い、と感じていたからである。悪いことはしないと理解はしていても、何となく抱いた感情はなかなか消えなかった。

「真面目に聞くけど。……あの時、本当は嫌だった?」

 アストは不安そうな顔をした。陽波はぎくっとする。あの時。完全に色々間違えてしまったあの時のことだ。
 嫌も何もなかった。頭の中を整理する前に、全部が通り過ぎて行っただけだった。

 アストは悪い子ではない。陽波も理解して、自分が悪いのだと考えていた。何もかも中途半端な自分が悪いのだと。冷えた空気を吸い込んで、言った。

「嫌なら嫌って言ってるから。そういう話じゃないでしょ今は。とにかく、アストは何も悪くないから、私が」
「陽波」

 アストは陽波が包まっている布団を両手で掴んだ。まっすぐな声音で言う。

「俺のことじゃなくて。陽波がどう思ったかって聞いてる」
「だ、だからさあ、こういう話はいいよもう」
「俺もあの時余裕なかったから、陽波のこと気遣えてなかったかもって、反省してる。文句あったら言ってくれていい」

 アストは真剣に陽波の顔を見つめた。陽波は布団を無理矢理に被って顔を埋めてしまう。

「ひな……」
「分かんない」

 くぐもった陽波の声に、アストは口を噤んだ。陽波の声は揺れている。

「色々言われても分かんないよ。だって、初めてだったし、どうしたらいいのか分かんなかったし……どうとか言われても分かんないし、全部分かんないよ」

 滅茶苦茶な言い分だったが、陽波にも他にどう表現すればいいか分からなかった。嘘偽りない、冗談でもない本当の言葉だ。
 アストが黙っているので、陽波は反応を窺う為に布団の隙間から見た。アストは下を向いて青ざめている。声をかけようとするも、先にアストが言った。

「陽波、あの、俺……俺、ちょっと死んでくる」
「死!? ストップストップ!」

 陽波は慌てて手を伸ばしてアストの背を掴んだ。その拍子に布団がずり落ちて体が冷える。アストは背を向けたまま震える息を零した。

「やっぱり腹切りがいいのかな……日本だしね……」
「命は大事にして!?」
「俺が全部悪い……ちょっと考えれば分かることだったのに。まさか陽波が初めてだったなんて」
「もういいから、本当に恥ずかしいから!!」
「言ってよ~……そしたらほら、もっとさ、俺だって、ちゃんとした……」
「言うわけない! 普通、わざわざ言わないでしょ!?」

 陽波はひたすらに恥を曝して辛くなったので再び布団に潜り込んだ。

「俺の所為だ……」

 アストは思い詰めた様子で嘆いている。陽波は申し訳なくなってフォローを入れた。

「だから、私が悪いんだって。色々はっきりしなくて、中途半端なんだしさあ」

 何もかもが流されるまま流されていただけだ。陽波は自己嫌悪して、ぎゅっと瞼を閉じた。そして言いにくいことを敢えてはっきり言った。

「……アストはやっぱり私から離れた方が良いと思う。好きだって言ってくれるのは本当に嬉しいんだけど、どう受け止めればいいか分かんないままなの。まだ子供なのかもね、こんな年で情けないことに」

 半端な状態で振り回してアストの心を傷付けたくない。陽波はそう考えた。しかし。

「離れるなんて有り得ない」

 アストもアストではっきりと言った。陽波は若干の動揺を隠しきれない。

「前から思ってたけど、何で言い切れる? どういうこと?」
「陽波と俺が離れることは無い」
「すげー言い切るじゃん……」

 冗談で返していいのか分からなかったが、陽波は冗談で返した。真面目に受け取るのが怖いからである。
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