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後編

犯人が多すぎる?②(他)

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 部屋の中を恐ろしいまでの沈黙が支配する。
 最初にそれを破ったのはイーヴォだった。

「か、確保ぉ!!」

 イーヴォの指示で廊下から騎士が雪崩込んできて、勢いでエーレンフリート様を縛るけど、近衛騎士も上司である近衛騎士団長を縛るのに抵抗があるみたいで、複雑な顔をしている。エーレンフリート様は特に抵抗をしていないので、大人しく縛られたままで床に胡座をかいていた。

「あの果実水か……。どういうことだ?何故お前が媚薬を盛る?」
「いや~それは……ね?」
「わたくしが説明いたしましょう」

 どう説明したものか、といったように視線をさまよわせたエーレンフリート様に代わって、ハイデマリー様が一歩前に進み出る。

「単純な事だわ。ローデリヒ殿下に側室を作ってもらおうと思ったの」
「側室は要らないと言っている」
「ええ。けれど、キルシュライト王族は数が少ないわ」
「……知っている。知っているが、義務は果たしているだろう」

 チラリとハイデマリー様が私を見た。まあ、一応二人目妊娠中だし……、ペース的には早い方だと思うんだけど……。

「ええ。でも多い方が良いわ」
「……父上の側室なのだろう?父上が頑張ればいいのではないのか?」

 ハイデマリー様とローデリヒ様の間に見えない火花が散る。それを遮ったのは、悔しそうな国王様の呻き声だった。

「くっ……!ローデリヒは百発百中だからワシの苦労が分からんのじゃ!あれだけ側室おったというのに、ローデリヒしか産まれず、種無しと言われたワシの苦労が……っ!!」

 腕で目元を覆いながら、エーレンフリート様に縋り付いた。「ワシの苦労を分かってくれるのはエーレンフリートだけじゃああ」なんて言っている。そして、エーレンフリート様の膝で涙を拭きはじめた。流石のエーレンフリート様も引いた顔をしている。

 ローデリヒ様はその様子から宰相の方へと視線を向けた。

「宰相は……カウンセラーを別の者に変えた方がいいんじゃないか?」
「もう18人目ですよ?!約1年に1人交代なんですが!!」
「わ~カワイソ。元嫁引き摺りすぎじゃ~ん。同性として女抱けないのは同情はするけど、気持ち悪いな~」

 絶対可哀想と思ってない声でエーレンフリート様は宰相に形だけの同情をした。ハイデマリー様が深々と呆れたような溜め息をつく。確かにこの人達だとキルシュライト王族の将来が心配になるのも少し分かるけど……。

「それにしても、ローデリヒ。お主、一緒に寝たワシの側室の事はどうするんじゃ?既成事実じゃろう?」
「既成事実もなにも、病人として倒れてただけですが……?」
「まあ、そう言わずとも。会えば気に入るかもしれんしの?」
「会いたくないです」

 ローデリヒ様が即時に真顔で否定をする。だが、国王様は困ったように頬をかいた。

「それがの、ずっと外で待機しとるんじゃ」
「は?」

 完全にローデリヒ様の選択権が無くない?眉間に深い皺を刻んだローデリヒ様に構うことなく、国王様はくだんの側室さんを部屋の中に入れる。

 赤髪の女の子。私と同世代くらい。
 既視感があると思ったら、ハイデマリー様に連れて行かれたお茶会で隣に座っていた子だ……。不審な動きをしてたから覚えている。何故か騎士にガッチリ両側を固められているけど。

「待ってください父上。私は会うとは言っていません」

 ローデリヒ様は地を這うような低い声を出した。起き上がって私と赤髪の子の間に入る。ややふらついていたので、慌てて支えた。

「殿下……、ご存命で良かったです……」

 女の子は心底ホッとしたように、ローデリヒ様の姿を見てしみじみと言う。

「いやいや、勝手に殺しちゃダメだって!」

 何言っちゃってんの?!

「生きてはいるが、無事ではない」

 苦々しく答えたローデリヒ様は、とても今更な問い掛けを赤髪の子に投げかけた。

「それよりも、お前は誰だ?」
「……ティベルデ・フェルナンダ・キュンツェルと申します」
「……キュンツェル子爵家の縁者か」

 名前でなんとなく納得したらしい。それを確認した国王様はニヤリと笑って口を開いた。

「彼女が洗いざらい吐いてくれたんじゃ。ローデリヒが死んだと勘違いしてな」
「……そうですか」

 ふらり、とローデリヒ様は一歩踏み出す。彼は私の腰に手を回してきた。そのまま引き寄せられる。結構強い力だった。

「今日のところは帰ります。経緯は書類に纏めておいてください。側室なんてとりませんし、既成事実もありませんから」
「分かった分かった」
「……あと、今後一切、アリサに側室関係の話は絶対にしないで下さい」

 国王様の返事を聞き、ややふらつきながら、ローデリヒ様は部屋の外へ私を連れ出す。意地か根性か、彼は真っ直ぐと寝室まで向かう。その証拠に、寝室に入るなりローデリヒ様は息を荒らげた。

 はぁ、と熱い息を吐きながら、彼は私を見下ろす。

「迷惑を掛けた。すまない。油断していた」
「ええと……、気にしてません。……でも、ローデリヒ様の本意ではなかったんですよね」
「ああ。……まだ、身内で良かったのかもしれない」
「まあ確かに……」

 身内じゃなければ問答無用で側室出来てたよねローデリヒ様……。

 祖国のアルヴォネンでも腹に一物抱えてる人はいっぱいいた。キルシュライトでも居ることは、やっぱりっていう納得しかなかった。衝撃もない。……でも、あの人達のタチの悪い所は、完全にキルシュライト王国とローデリヒ様の事を思って動いているっていう所かな。

 たぶんそれだけでは無いのだろうけれど。

 私の能力だとここまでが限界だった。
 もしかしたらローデリヒ様も自分の事を思った上の行動だと、なんとなく感じ取っているのかもしれない。すごく怒ってはいるけど、拒絶はあまり伝わってこない。

 抱き締められる。いつもよりローデリヒ様の体が熱い。やっぱり媚薬が抜けきっていないんだと思う。

「……側室なんて要らない、要らないんだ……」

 その声がいつもとあまり変わらないのに、どこか小さな子供のように怯えた感情が伝わってくる気がして、

 私は彼を抱き締め返すしかなかった。



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 ーーーーーーーー



「やっぱり怒った感じかのう?」
「多分怒ったのではないかしら?」
「何故ですかね?」

 ローデリヒが去っていった扉を見つめて国王が呟く。ハイデマリーも首を傾げ、ゲルストナーも眼鏡のブリッジを押し上げた。床に座ったままのエーレンフリートも訳が分からないといったように目を丸くしている。

「むしろ良心的ではないかしら?側室が出来ると確定した後に王太子妃に伝えるより、話し合いの段階で加えておいた方が、彼女自身も王太子妃の地位を脅かさないような者を選べるじゃない?」
「ええ。やはり跡継ぎの子供がいるとはいえ、外国の方ですからね。国内の後ろ盾があまりにも大きい者を側室にすれば、自分の立場がなくなってしまう。過去にも例がありますからね」
「ゲルストナー?それ、わたくしの事を言っているのかしら?」
「い、いえ、そういうことでは……」

 ハイデマリーに睨まれたゲルストナーは、途端に勢いを失ってしどろもどろになる。エーレンフリートは飽きてきたのか、面倒くさそうに口を開いた。

「ローデリヒにも好みってもんがあるんじゃね~の?ほら、この女胸ないし?」

 顎で示されたティベルデは、絶対違うと思う、と内心突っ込んだ。
 実際に公式の場以外で王太子夫妻見たのは初めてだったが、噂通り王太子はかなり王太子妃を寵愛しているのだろう。好きな人に他の異性を勧められたくはないはずだ。それに、王太子妃はデリケートな時期なはずなのに。

 大それた事をした自覚は充分にあるので、ローデリヒに睨まれただけで、ティベルデは土下座したくなった。臆病なので派手なことは出来ないが。

 それなのに国王、ハイデマリー、ゲルストナー、エーレンフリートは何も分かっていないらしい。やはり王国の上層部は何を考えているか分からない、とティベルデは大きな隔たりを感じる。

「さて。ローデリヒがあんな事になった以上、裏で処理するとはいえ、お主らタダで許されると思わんことじゃな」

 パチン、と小気味よい音を立てて手を叩いた国王が場の空気を変えた。どんな罰が下るのか、と震え上がったティベルデとは対照的にハイデマリー、ゲルストナー、エーレンフリートの三人は顔色を全く変えることなく、国王の次の言葉を待っていた。

「ティベルデ。こうなった以上、お主を後宮には置いてはおけぬ。急じゃが、どこぞに嫁がせる」
「は……、はい……」

 ティベルデは震えながら頭を下げる。

「ゲルストナー、エーレンフリート。お主らは半年間給料ナシじゃ。バリバリ働かせるからの!」
「現状維持ですかね……」
「は~い」

 ゲルストナーは遠い目を、エーレンフリートは軽い調子で応える。

「ハイデマリーは……、3ヶ月間の謹慎じゃ。後宮で大人しくしておれ」
「分かったわ」

 ハイデマリーへの罰に文句の声を上げたのは、エーレンフリートとゲルストナーだった。

「え~!ハイデマリーさんだけずっりぃ!」
「依怙贔屓じゃないですか?!」

 国王に詰め寄る二人を横目で見て、ハイデマリーはうんざりとしたように肩を竦める。

「後宮に軟禁状態よ?息が詰まりそうだわ」
「……ほぼいつもの事じゃね?」

 基本的に側室は後宮から出ることは無い。そんな当たり前の事を続けるだけなのに、何故息を詰まらせているのかと、エーレンフリートは眉をひそめた。
 その流れを切るように国王はわざとらしく咳払いをする。

「いつまでも遊ぶのではない!さっさと仕事に戻るのじゃ!ワシの分まで働くのじゃ!」

 騎士に命じ、縛られたままのエーレンフリートとティベルデを連れて行かせる。エーレンフリートが納得いかないと、ワーワー文句を言っていたが、国王は完全にスルーした。

 ゲルストナーは眼鏡を押し上げて、騎士達の後に続く。大人しく退出するふりをみせていた。しかし、国王とすれ違いざまに、唇を動かす。

「べティーナ様の事で懲りておられないのですか」

 小声だった。国王にしか聞こえないような声。
 それは絶対君主制のこの国で原則許されていない、国王を非難する、声だった。
 そのままゲルストナーは部屋から出て行く。国王の返事なんて求めてはいなかったのだろう。

 二人の様子を見ていたハイデマリーが怪訝そうな顔をする。部屋の中には、国王とハイデマリーだけが残された。

 先程までローデリヒが寝ていたベッドに国王は腰を掛ける。ギシリと音が鳴って、重い体を受け止めたベッドのスプリングが凹んだ。
 ローデリヒとそっくりの色をした瞳が静かにハイデマリーを見上げる。今まで纏っていた雰囲気が、一転した。

「自分自身のような役割の者を作ろうとしたのか?ハイデマリー」

 抑揚のない声を出した国王に驚く様子もなく、ハイデマリーは「ええ」と頷く。

「所作も充分。実家も大きくない。内面は臆病で王太子妃の座を取ろうとはしなくて、それでも外面はしっかりしてそうに見える子。こんなに貴重な人材はいないわ。――王太子妃の公務だけしてもらう人材としては最高じゃなくって?」
「……確かにな」
「屋敷に引きこもっているアリサに王太子妃の公務は出来ないでしょう?無理に表に立てだなんて言うつもりはないの。表に立てなければ、を立てればいいだけなのよ」
「合理的だ。……思わず賛成したくなるくらいにはな」

 国王は瞳を閉じて息を吐いた。
 相変わらず感情の籠らない声のまま、「だが」と続ける。

「ローデリヒもいい大人だ。自分で選択させた方が良いだろう。……お前が心配していたとしても」
「……ええ、そうね」

 しばしの間黙り込んだハイデマリーだった。しかし、納得したように同意する。

「私達は誰かを使う選択を取る。だが、ローデリヒは私達とは違うのだ。私は、べティーナの元でローデリヒを育てた事を後悔したくはない」

 ハイデマリーは過去を懐かしむように目を細めた。べティーナは一介の侍女だった。本来ならば、ハイデマリーと同じ地位になる事もなく、その人生が国王と交わることすらなかった。当時、国民は身分差だと持て囃したものである。

「それでも自己犠牲だけは愚かだわ……」

 ハイデマリーの呟きに、国王は口元をほんの少しだけ緩める。

「それ、お前が言うのか?」

 口から出てきたのは決して穏やかではない、皮肉だった。
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