竜殺し、国盗りをしろと言われる

大田シンヤ

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第一章

国は滅び、少女は誓う

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「門が破られるぞぉ!!」

 一人の騎士が声を上げる。その声を聞いた者達が、周りにある机や椅子、本棚など少しでもバリケードの代わりになりそうな物を数人でひっくり返して扉に押し当てていた。

 扉を叩く音が聞こえる。騎士達の息遣いが聞こえる。心臓がドクドクと音を鳴らし、誰もが終わりが近いと感じていた。
 扉の周辺で、自分の命を持って敵を食い止めようと覚悟する騎士が槍を構える。例え終わりが近いと感じても、多勢に無勢だったとしても無抵抗のままやられたりはしない。せめて一矢報いてやる。槍の握る手に力を入れて、侵入してくるであろう敵を見据える。

 オーディス王国
 500年の歴史を持ち、金や銀の輸出大国であったこの国は、今滅びの危機に陥っていた。その原因は、二年前から急激な勢力拡大をしているラームス帝国だ。

 見捨てられた土地と言われたヴェレン村。その土地に住まう黒竜の影響もあってか帝国の侵攻はしばらくなかった。しかし、二年前――王都に激震が走る。
 黒竜ファフニールの討伐。
 国一つを滅ぼすことが可能な竜がすぐ傍におり、悩みの種だった黒竜が死んだと早馬が届いたのだ。
 爪はどんな鎧さえも無に帰し、鱗は強靱な盾にもなる。翼を振るえば嵐を呼び、咆哮一つで城壁を破る。
 まさに生きる災害。そんな黒竜が死んだ。
 どんな冗談だと思ったほどだ。あんな化け物を殺すことができる者がいたのに驚いた。直ぐさま情報を収集したが、分かったのは村人が口々に言っていた白い髪をした男――ということだけだった。

 足取りを追おうとしたが、それはできなかった。
 隣国――ラームス帝国が、王国に向けて宣戦布告。黒竜がいなくなり、邪魔がなくなった帝国が侵略を開始したのだ。
 一方的とも呼べる宣戦布告に激怒し、前線に軍を送り込んだ。祖先から受け継いできた大地を汚す侵略者を追い返すために……。

 戦線を、ゆっくりとだが確実に押し上げていく。当初は不意打ちのようにやられたものの、このまま行けば、帝国の敗北は確実だと知ると一息が付けた。

 だがそれは、一時的なものだと知った。
 帝国が侵略を始めて二年、戦線は一気に崩壊した。
 対帝国の要であるメズルー城が陥落、これまで着実に戦線を押し戻していったことが嘘だったかのように王国内部まで入り込まれる。その怒濤の進撃に各地の貴族は、自分の領へと逃げ込む始末だ。

 帝国の足はまったく止めることが出来ず、王都まで侵略を許してしまい、今まさに扉が破られようとしている。

「王よっ!!お逃げください、これ以上は抑えられませんっ!!」

 騎士の一人が進言するが、王は首を横に振る。
 危機的状況であるにも関わらず、ゆっくりとそして堂々とした姿に騎士は息をのむ。

「この場から逃げるなど私自身が許さぬ。滅びるとしても私は最後まで戦うぞ」
「王よっ!!」

 無慈悲な侵略者に背中を見せることは出来なかった。死ぬことが分かっているのならば、帝国兵たちに焼き付かせてやるのだ、オーディス王国最後の国王、ホルス・フィルム・オーディスの姿を……。

「――――お父様」
「ああっ……ミーシャ。お前の顔をよく見せておくれ」

 ミーシャ・フィリム・オーディス 今年で14になる自慢の娘だ。
 安全な城の中で育った娘は、自分達の命を奪おうとする者が、扉一枚隔てた向こう側にいるのに恐怖しているのか、体を震わせていた。

「お前達のことだけが、唯一の心残りだな」

 白く美しい髪を撫で、小さく呟かれた言葉をミーシャは聞き逃さなかった。

「お父様、私は……離れたくありませんっ」

 このような我が儘は許されないだろう。国王の娘としてそうあれと育て上げられてきた教えに背いている。それでも勝手に口は開き、言葉を紡ぎ出していく。

「一緒に逃げましょう、お父様っ……まだ東部は未だ健在です。テーヌ川さえ超えてしまえば、帝国の足も一時的に止まります。それから立て直せば!!」
「ミーシャ……それは無理だ」

 テーヌ川は国のほぼ中心に流れている川だ。ただ、流れが強く、浅瀬でも足を取られて命を落とす者が出ている。その川を越えるには、北に大きく迂回し、山岳地帯を抜けていくか、ヴェルス連合国家の領土に入って行くしかない。
 例え、馬を使っても山岳地帯を抜けていくのは厳しく、南にあるヴェルスに入ろうとしても、存亡の危機にあるオーディスを見て見ぬ振りをしているヴェルスでは、いい顔をされるわけがない。庇い立てすれば、帝国の矛先はこちらに向くのではと厄介払いされる可能性の方が高いのだ。

「…………お前達には、ずっと一人の王として接してきた。だが、今だけは父親として言おう」

 これまで父親として接したことなど殆ど無かった。妻に先立たれ、強く、逞しく生きて欲しいと願い、息子と娘に教育を施してきた。前線に行った息子は既に死亡し、残っている子はこの娘だけ……。
 この娘だけは生きて欲しい。

「――愛しているぞ」

 強く抱きしめる。これまで取れなかった父親としての時間を取るかのように――強く。
 これまで禄に取れなかった家族としての時間。ずっと続いて欲しいと願ったその時間は、扉が大きく叩かれた音で終わってしまう。

「お父様っ……」

 目に涙を浮かべて、侍女に連れられる娘の姿を焼き付ける。もう目にすることが出来ないのが名残惜しい。
 ミーシャの姿が影に消えたとき、同時に一人の少女が姿を現わす。

「頼んだぞ、分かっているな?」
「はっ!私は王家に忠誠を誓った身。この命で姫君が助かるのならば、易いものです」

 青いドレスに身を包んだ少女。年齢はミーシャと同じ年頃だろう。
 東部に向かうにも危険がある、南の連合国家も当てにはならない。そんな状態でホルスが考えたのは替え玉だ。息子と違い、外に禄に出ていないミーシャの顔を覚えているものは少ない。そのおかげで今回の替え玉が使えたのだ。

 バキバキッ――と扉が剥がされていく音が聞こえる。机や棚で補強された扉もついに限界が来たのだろう。
 騒がしくなる部屋の中にホルスの言葉が響き渡る。

「剣を取れ勇者達!祖先に恥じぬ最後としようぞっ!!」

 覚悟を決めたホルスが剣を取る。その姿を見た騎士達は、動揺していたことを恥じ、王を背にして剣を掲げる。

「神よ……祖先よ、ご覧あれ!これがホルス・フィリム・オーディスの最後の戦いである!!」








 城から、いや城だけではなく街の至る所から黒い煙が上がっている。
 風に乗って焼かれた臭いがここまで届く。

「忘れないっ……忘れないぞ帝国!!」

 この光景を、臭いを……悲鳴を…………全てを脳裏に焼き付ける。

「絶対にお前の首を切り落としてやるっ!!」

 この日に誓おう。
 父を、国を奪った帝国を許しはしない。
 今一度少女は誓う。皇帝 ビルムベル・フォレス・ガルバルト・ラームス――あの男の首に刃を突き立ててやると……。
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