竜殺し、国盗りをしろと言われる

大田シンヤ

文字の大きさ
3 / 124
第一章

久方ぶりの仕事

しおりを挟む
 
「金がない」

 良く晴れた朝。小鳥の囀りが聞こえる村の牧場で、一人の男が手元にある小袋の中身を覗き込み、溜息を付く。その中身は悲しいことにすっからかんだ。
 逆さまにしても、底を持って振っても金貨どころか銀や銅すら入っていない。出てくるのはいつの間に入ったのか、ゴミばかりだ。

 そう、この男シグルド・レイは現在無一文だった。
 まぁこれまで食っちゃ寝、食っちゃ寝していれば当然なのだが、そんなことは頭から離れている。

「ハァ……………………空からお金が振ってこないかな」

 ボケ~と草むらに寝転がりながら、ありもしないことを口にするいい年したダメ人間。
 これまでずっと旅をして来たが、資金が尽きてしまい、どうにか働き口をあっちこっちへと探しているのだが、全てが空振りに終わっている。
 こっちに傭兵を集っていると噂を聞けば、もう国が滅んで終わっていると聞き、あっちに怪物が出ると聞けば、報酬目当てで行ったもののデマだったり……運がないにも程がある。

 歩き回ったは良いものの収穫なしで燃え尽きた男は、帰りに牧場を発見した。トラブルに見舞われていたため、それを解決する条件としてここで過ごさせて貰っていた。現在は、今後のことを考えているのだが、愚痴ばかりが出てくる始末だった。

「シグルドさ~ん、ご飯準備できましたよ~」

 牧場主の一人娘の声が耳に入る。
 後ろを見ると、キョロキョロと辺りを見渡している女性の姿があった。発育がよく、遠くからでも体のラインが分かる。体を動かすたびに揺れる男の夢は眼福である。

「はいは~い。ここにいるよ~」

 体を起こし、手を振るとこちらに気付いたのか駆け寄ってくる。

「もうっ……頼んでいた薪割りは終わったのですか?」

 可愛らしく頬を膨らませる。まるで怒っていないように見えるのだが、これは怒っている……らしい。
 牧場主から聞いていなければ、自分はまだわざとやっているのだろうと思っていたところだ。

「大丈夫、もう終わったよ」

 疑いの目を向けてくる娘に、指を差して照明をする。差した方向には、大量の蒔が積み上がっており、それを見た娘は目を輝かせた。

「わあっ!!これだけあれば、当分は困らない!!シグルドさんがいると楽だな~」

 手を叩いて喜びそうな娘を見て、現金だなと思うが口にしない。前にそれをいって関係をこじらせた女性がいるからだ。口に出さない方が世の中良いことがあると知ったのはその時だ。

「ねぇ……シグルドさん。どう?私と一緒にここ継いでみない?」

 腕を取り、豊満な双丘をこれでもかと押しつけてくる。それに思わず、首を縦に振りそうになった。男なら誰でもこうなると思う、うん、自分は悪くない。だって押しつけられて嫌いな奴なんていないだろ?
 感触を楽しみたいが、そういうわけにもいかない。

「残念だけど、それは出来ないよ」

 そうだ、彼女には悪いがここで旅を終えるわけにはいかない。のどかな牧場……ここでの暮らしは戦場ではまったく味わえないものがある。しかし、自分はそれを望んでいるわけではない。戦いを、心躍る熱き戦いを体が求めている。

「そっか~残念」

 甘えた様子はなくなり、パッと腕を放して、部屋に駆け込んでいく。その背を見ながら、追いかけるべきか迷っていると村人が駆け寄ってくるのが目の端に映った。

「よう、シグルドさん。振られたのか?慰めてやろうか?」
「慰めるって言ってる人間の顔じゃないぞ」

 嬉しそうな顔をしている青年は、ここに泊まることが分かったときから妙に突っかかってくる。よそ者を警戒するのは仕方が無いのだが、この様子だと、村一番の娘の傍に男がいるのが気にくわないだけだろう。

「それで、何かあったのかい?」
「熊が出たらしくてね。また頼むよ」

 またか、と思いつつも頷く。
 一昨日ここに訪れた際にも熊が村の作物を荒らしていると耳にした。それを討伐するにあたってここの牧場の小屋を貸し切れたのだが、新しい熊が現れるのは珍しい。自らの縄張りを持たずに個々の行動圏で活動する熊はいるが、それは決まった地域での話しだ。この周辺では熊は生息しておらず、昨日見たのが初めてだと言っていた。

 何故こんな場所に熊が出現するのかは分からないが、こちらはこの村に住まわせて貰っている身だ。畑に多大な影響を及ぼすのであれば狩るしかないだろう。

「分かった。案内してくれ」

 疑問は尽きないが、しばらくぶりの仕事にシグルドは気合いを入れた。








「一匹じゃなかったのかよ!!」

 思わず出た愚痴と共に、自分を押し潰そうと覆い被さってきた大熊を、体格差をものともせずに押し返す。
 足跡を追って森に入り、風下から一撃で仕留め、さぁ帰ろうと鍔を返した所にもう一匹が襲いかかってきたのだ。
 悠々と帰ろうとしたシグルドが不意を打たれ端ものの、まだ見た後に反応できる速度だったのでやられることはなかったが、最近怠けすぎて気が緩んでいる。で死ぬことなどないが、獣如きの接近に気付かなかったのは自分の落ち度だ。今一度気を引き締めて、目の前の大熊を見据える。

 一昨日仕留めたものや先程仕留めた熊よりも一回りも二回りも大きい。どうやらこれまで仕留めたのは子熊の方だったらしい。ただの獣でもこれだけ成長すれば、魔物と見間違えてもおかしくはない。
 子を殺され、怒り狂った親熊がシグルドに再度襲いかかる。
 巨大な爪は、地面に爪痕を残してシグルドに迫る。当の本人は、それを見て慌てもしなかった。剣ではじいたりもしない、使うまでもないと足運びのみで人一人の命を簡単に奪える脅威を避けていく。

 一回りも小さい人間に、自分が弄ばれている。自分の子を殺した相手が微塵も自分に恐怖していない。
 獲物を追いかけるときも、殺すときも、同じ表情をしていた。泣き叫び、断末魔を挙げていた。それなのに、目の前の獲物から感じ取れるものは何なのか……子供達が遊ぶような時と同じものが感じ取れる。

 一体何処にこんなにも陽気になれることがあるのか、それすらも分からずに大熊は首を切り落とされた。

「……」

 自身の相棒たる魔剣を振りかぶり、魔獣と見間違える程の大熊を狩ったにも関わらず、シグルドは戦いが終われば冷めた表情をしていた。

 ――終わってしまった。何処か物足りない。
 そんな思いが浮かび上がる。
 最初の一匹を一撃で仕留めた後、その親熊だと思わしき熊は、これまで見た熊よりも大きさは段違いだった。人を簡単に襲う所を見ると襲い慣れていると考えて良いだろう。久しぶりに体を動かせて楽しかったものの、それでも所詮は熊。魔獣ですらない獣相手に本気で楽しむことはなかった。

 殺した親熊と子熊を持ち上げる。討伐したとは言え、証拠がなければ意味が無い。それに村の収入源などは分からないが、せっかく狩ったのだ、使い道があるかもしれない。
 軽々と自分以上の大きさがある大熊を片手で持ち上げ、今度こそ漏れ残しがないか確認すると子熊と親熊、二匹を悠々と抱えて山を降りていく。









「…………ん?」

 山から降りてきたシグルドが目にしたのは、村の中央に位置する場所で集まる村人達の姿だ。

 どうやら商人が来ているらしい。街までしばらく歩かなければならない村では、通りかかる商人達から買い取ることが出来るのは、危険が無くて嬉しいものだろう。

 牧場主の娘が帰って来たシグルドに気付き、群衆から抜けて出迎える。

「お帰りなさい。山に行っていたんですね、もうっ……ご飯だって言ったのに」
「あぁ、済まない」

 許しません、と笑顔で言う娘にせっかく用意して貰ったのに悪いと思う。行く前に声を掛けるべきであったと反省した。

「まったく、シグルドさんって「お~い、シグルドッ!」…………」

 途中でシグルドを村人達の中から呼ぶ声が上がる。
 笑顔のまま固まった娘は、駆け寄ってきた村人を睨むが、気付いていない。

「よう、帰って来てたんだな。帰って来たばっかで悪いんだけどちょっと来てくれ。面白い話しがあるんだよ」
「その前に、コイツを下ろさせてくれ」

 後ろに回り込んで、背中を押そうとする青年に頼むが、早く行けと言わんばかりに押してくる。
 まぁ、この程度の力で押されるシグルドではないのだが、現在進行形で、表情を感じさせない娘の目が怖かったので離れることにした。

 熊二頭を邪魔にならないような場所に下ろし、村人達の所に向かう。
 近づいてみるとどうやら商談をしている訳ではなさそうだった。


「おい、商人さん。この人がさっき言ってた人だよ」
「ほう……アンタがそうか」

 ここまで急かして連れてきた青年が、自分を指差してくる。それを見た商人は、何やら品定めするよう目でシグルドを見ていた。

「それで、一体何なんだ?」

 商人の目に居心地の悪さを感じながらも尋ねると、青年が意気揚々として答えてくれた。

「アンタ、巨人って見たことあるか?」
「巨人……」

 巨人、おとぎ話の中にも出てくる人を喰う怪物だ。よくおいたをした子供には『巨人に食べられてしまうよ!』と言い聞かせることがあるらしい。人間だけに限らず、家畜なども襲ったりし、肉のみを喰らうので、山に住む生物全てを喰い、生態系を荒らしたとも噂がある。
 巨人族の祖先――ユミルは雲の上まで届くような巨神だったとあるが、シグルドが見たことのある巨人は精々、物見櫓程度の高さだった。

「まぁ、あるな」
「ほほ~……そいつがさ、出たんだとよ。ある場所によ」
「それで?」

 さっさと先を言えと腕を組んで先を施す。

「どうやら、腕利きを集めているらしい。腕に覚えがある奴なら誰でも来いだとさ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

後悔などありません。あなたのことは愛していないので。

あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」 婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。 理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。 証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。 初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。 だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。 静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。 「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

処理中です...