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第一章

グルカ城跡地

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 帝国領 グルカ城跡地
 かつて、帝国が建国される前、小国が乱立していた時代……北に住む遊牧民族の侵攻から守るための要となっていた城。後ろが山岳で守られたこの城はこれまで遊牧民族を幾度もはね除けてきた。帝国が小国を滅ぼした際に使われなくなり、幾度も侵略者を追い返した歴史ある城は、今では野盗が一晩使うか、獣の住処に成り下がっていた。

「ここが、そうか」

 しかし、今は夜盗でも獣でもない者達がここを占拠している。
 目の前に広がる群衆を見渡す。目に映るのは傭兵の類や騎士らしき者も見える。おそらく帝国の騎士なのだろう。近くの領主から派遣されてきたのだろうか。
 それだけでなく、商人と見受けられる者もいる。

 宿泊していた村から歩いて三日、シグルドはようやく目的地に辿り着くことが出来た。
 時には森の中を、時には川を……時には襲ってくる野盗を蹴散らして来た。馬があれば、もっと早く到着出来たのだが、ないものをねだってもしょうがない。
 それに久しぶりに腕が鳴る仕事にありつけたのだ。シグルドは、まるで遠足に来た子供のようにワクワクが止まらなかった。

「これだけ集まるともはや祭りだな」

 これだけ人が集まれば、騒がしくもなる。周辺には、テーブルまで持ち出してカードゲームを楽しむ者もいれば、酒を飲んでいる者。それを冷ややかな目で見下している者もいれば、周りを気にせずに、自身の武具の手入れをしている者もいる。
 そして、当然人が集まり、騒げばトラブルは確実に起こる。

「テメェッ……イカサマしやがったな!!」
「ハッ!何を言ってるんだ?言いがかりはやめてくれよ」
「おう、やれやれ!ケンカだ!」

 辺りが一層騒がしくなった。カードゲームをしていたテーブルがひっくり返る音が聞こえる。その後、肉を叩く音が聞こえた。
 人が集まっていく様子を見ながら、シグルドはため息をつく。

「これから巨人討伐じゃなかったのかよ」

 野次馬の中に止めようとする人間はいない。
 これから仕事だというのに、こんなことで怪我をしたくないのか、それともただ関わり合いになりたくないのか。

「まったくもってその通りだな。これから仕事だというのに喧嘩など……あいつ等の頭の中身は何で出来ているんだ?」

 鈴のように綺麗な声にうんうんと頷く。
 これまで、色々と仕事をしてきたがここまで酷いことはなかった。これでは依頼人(クライアント)の信用すら取れないだろう。
 そこまで考えて、ふと気が付く。
 先程声を上げたのは誰なのか。キョロキョロと辺りを見渡すが、周りに人影はない。

「何をしている?」

 また、声が聞こえた。それも下から……。
 まさかと思って下を見下ろすと、どう見ても子供としか見えないフードを被った人影がある。

「……子供がこんな所で何をしているんだ?」

 遊び場ではないぞとつまみ出そうとすると、出した手をするりと抜けて距離を取られる。

「つまむな、無礼な奴め……」

 声色からして少女だろう。フードで顔はよく見えないがムスッとした顔をしていることが想像できた。

「はいはい、悪かったよ。それで、お前の付き添いはいないのか?」

 その様子に笑いながらも何故か警戒している少女に向かって両手を上げて害のないことを示す。子供には好かれると思っていたシグルドはちょっと悲しかった。

「…………あっちにいる」

 少女が指さした方は、騒動が起こっているのとは逆の方角。商人の見習いなのだろうか。

「そうか、ほら……ここは騒動でうるさいからあっちに行こうか」

 ここには、荒くれ者も多い。仕事を受ける身でそんなことを考える人物がいないと信じたいが、酒に酔って手を出す輩がいるかもしれない。一人で行動するのは危険だろうと判断し、少女が指を刺した方向に連れ出そうとする。

「子供扱いするなよ。私は一人で行ける。あんな奴らに捕まることなどない」
「してないよ。ちょっと心配なだけだ」

 なるべく言葉を選んだにも関わらず、不服の様子の少女を見て苦笑いで答える。それにしても自分が何に心配しているかを分かっていたんだなと思う。

「ふん…………おい、お前竜殺しを知っているか?」

 唐突に少女が尋ねてきた。やはり、少女と言えど伝説には興味が尽きないのか。

「知っているよ。あの黒龍を殺した男だろう?」
「ああ、ラームス帝国の侵攻を防いできたあの黒龍さ」

 その言葉にシグルドの眉が動く。どうやら子供相応の憧れを持っているわけではないらしい。
 世界最大の脅威は消え去ったと喜んだ者は確かにいるだろう。しかし、その脅威が消え去ったことで別の脅威が出現し、それによって不幸に見舞われた者がいることも確かだ。
 例えば、オーディス王国。
 黒龍が討伐されて、真っ先に滅ぼされた国。
 世界共通の敵であった黒龍。それが帝国の侵攻を防ぐ防波堤の役割をしていたとは何の皮肉だっただろうか。

「知っているか?その竜殺しがここに来ているらしいぞ?」
「——何?……それって本物なのか?」
「さあな?」

 少女が何者なのかを考えている最中に出てきた言葉に驚く。
 これで一体何人目なのか。
 少女の方もそれほど信じていないのか、肩をすくめていた。

 2年前の黒龍が殺されたという噂が広がり、帝国の調査団が真実なのかを確かめに行った。そこで見たのは確かに黒龍ファフニールの息絶えた姿。
 誰にも傷つけられないと言われた黒龍の体には無数の傷があり、心臓を貫かれていたと言われている。
 当然、調査団は黒龍を討伐した者に興味が湧いた。
 正義を貫く勇者か、何処かの国の王子か、それとも名声欲しさに挑んだ戦士か。
 調査団が村人に、一体誰が黒龍を殺したのかと問いただすと、帰ってきたのは白い髪をした男だったと分かる。その噂は瞬く間に広がった。黒龍が討伐されたのと同じように……。

 それからというもの、我こそは竜殺し!——と名乗りを上げる者が多数地域で確認されている。実際その者達は竜殺しなのではなく、口だけの者が多かった。

「竜殺しは白い髪が特徴だと言われているが、お前も白いんだな」

 試すように訪ねてくる。どうやら自分が名乗り上げていると思われているらしい。

「いや、俺は違うぞ。そんなこと言った覚えはないさ」

 口だけの奴らと一緒にされては困ると慌てて誤解を解こうとする。そんな様子を見てようやく少女は僅かに笑った。

「ふふふっ……安心しろ。それと、その竜殺し様の所にもうすぐ着くからな」
「へ?」
「ほら、あそこだ」

 少女が指さした方向を目で追う。
 そこには……

「おいっ!ジャンジャン持ってこい!!」
「は、はいっ」

 自身の子分に向けて命令を下す男。10人が座ることが出来るテーブルに、椅子を三つも使用するほどの巨躯な男が、ガツガツと置かれた料理を一人で掻っ攫っている。
 自分を誇示するかのように大声を上げる男は、それを遠巻きに見ている騎士の集団からの目に気付かないようだ。

「……あれが噂の竜殺し様らしいぞ」
「……………………(えぇ~~~~)」

 言葉に出さなかったのを誉めてほしい。
 竜殺しの特徴と言われている白い髪。それが一切ない。というか髪の毛もない。いや、あった。なかったのは側面部分だけだ。すまない料理をガツガツ食っている男、髪の毛がなくなって辛くなっているのかと思ってしまった。
 というか何だアレ?何で髪が中央だけ逆立っているのだろうか。あの髪の毛……戦闘中とかに見たら二度見してしまいそうだ。周りの奴らは何も思わないのか!?

「…………」
「……私もそんな感じだった。最初に見たときは」

 特徴全無視じゃねぇかぁ!?
 そう叫びたかった。
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