竜殺し、国盗りをしろと言われる

大田シンヤ

文字の大きさ
39 / 124
第三章

メレット迷宮―休息―

しおりを挟む
 パキッと火がはじける音が焚き火から聞こえる。
 大沼蛇スワンプサーペントとの戦いを終え、しばらく迷宮を進んでいたシグルド達は魔物の巣がない場所で休憩を取っていた。

「……少し寒いな」

 焚き火にあたっていても寒いのかブルリと体を震わせる。そんなミーシャにシグルドは何も言わずにマントを掛けた。

「う~ん……まぁぬくいな」
「なら早く休んでおけ。ルーン石への魔力供給は俺がやっておく」
「そうか、分かった」

 一文字とは言えルーン魔術が使えるようになっていたシグルドならば、単純に流れる魔力の調整をするだけの操作を誤ることはないだろう。
 そう考えて、マントで体をくるみ後ろにある岩に背中を預ける。
 太陽の光を遮るほどの濃い霧が、ひんやりとミーシャの頬を撫でる。それを煩わしく思い、マントに顔を埋めるが、しばらくして再び顔を出した。

「寝れん」

 最悪なことに目がバッチリと冴えてしまっている。昼間アレだけ魔力を消費したりしたのにいざ寝るとなると眠くならない。

「眠くならないのは何か不安があるから……って聞いたりするが」
「不安事だと? この私に? あるわけないだろ」

 シグルドの言葉を鼻で嗤う。しかし、シグルドは焚き火に小枝を加えながらそれを否定する。

「そんなことはないんじゃないか? お前、初めての迷宮なんだろ」
「それがどうした?」
「つまり――――お前自身が無意識に緊張してるんじゃないのかってことだよ」

 パキッと再び音がなった。
 魔力で炎を灯した焚き火は未だに消えることなく二人の体を温めている。だが、ミーシャだけは再び体を震わした。

「――――――」
「さっきから、そればかりだな」
「何がだ……」
「その震えだよ」

 この谷は外と比べて確かに気温は低い。だが、それは体を震わせるほどではない。それにこの谷に入ってからミーシャがどことなく周りを気にしているようにも見えるのだ。

「…………確信はないんだ」

 珍しく自信なさげな声を出し、マントに顔を埋める。

「この谷に入ってからだ。誰かに見られているような感じがする」
「それは今もか?」
「あぁ……ずっとだ」

 居心地が悪そうに座り直し、辺りを見渡す。これまで同様変わらずに周りは霧に囲まれており、見えないが魔力感知によって敵がいないことは分かっている。それなのに、肌に纏わり付くような感覚は取れることはない。
 シグルドは目を瞑り、一瞬だけ痛みに耐えるような表情をした後に目を開ける。

「恐らくだが、それは大気中の魔力に当てられたんじゃないか」
「スキルを使ったのか?」
「あぁ」

 問いに短く答えた後、シグルドはミーシャが感じている違和感に関して説明する。

「魔力に敏感な者が迷宮で視線を感じるような違和感に襲われることはよくあることらしい」

 迷宮の外と中では、大気中に存在する魔力濃度に違いがある。人は空気のように肌でも魔力を吸収してしまう。その吸収量は微々たるものであり、魔力感知に優れている魔術師などはその違和感を肌で感じ取ってしまうのだ。
 そして、何よりミーシャに取って初めての迷宮探索。余計に神経質になっており、落ち着かないのは当たり前だった。

「そういうものなのか」
「あぁ、多分な」

 大陸各地に存在する迷宮――これに関しての文献は、攻略できる者も少ない影響であまり残っていない。だが、黒竜は迷宮の中にいたことがあったようでその知識を持っていた。

「大丈夫なのか、前は頭痛が起こったりしていただろう?」
「それなら心配ない。 あの時は、朝から昼間でずっとスキルを使っていたからな。 長時間の使用では影響は出るが、今みたいに一瞬使うだけなら大丈夫だ」

 心配をするミーシャに問題ないと手を振る。
 それは決してやせ我慢などではなかった。スキルの短時間使用を連発すると頭痛が起きることはあるが、それを口にする必要はない。わざわざ言って、神経質になっているミーシャを不安にさせることはしたくはない。

「そうか、だけどまだ眠くないな」
「それでも目を瞑って横になっておけ、それだけでも起きている時とはだいぶ違う」
「何だそれは……経験則か?」

 実感したことがあるように、感情を込められた言葉にミーシャが反応する。当時を思い出したかのようにシグルドは苦い顔をした。

「傭兵稼業をし始めた頃だ。 籠城した時に、夜に襲われることがあったからな。 それから警戒して眠れなくなったことがある」

 まだ新兵だった頃の話だ。敵が疲弊を狙い、一度目だけ夜襲を仕掛け、次からは襲うと見せかける作戦を取ってきた。勿論そんなことを知らなかったシグルド達は夜も安易に眠る事ができない日々が続いたのだ。

「ふふっ……経験した話の方が説得力があるな」
「そりゃあ俺のは知識の又聞きみたいなものだからな」

 経験し、記憶したのは黒竜であってシグルドではない。人伝に伝わった噂を信じない者がいるように、経験したことがないシグルドは本当にそうなのか?と知識を疑問に思ったことだってある。それが言葉の節々に感じられれば、聞いている者も疑ってしまうものだ。

「はぁ――早く寝ろ。 そんで慣れろ。 何時までも俺が寝ずに見張りするわけにはいかないからな」
「いたいけな少女に寝ずに見張りをさせるのか……鬼か貴様」
「いたいけな少女はそもそもこんな場所に来たりしねぇから。 つーかいい加減寝ろ」

 互いに軽口を言い合う。そんなやり取りをしている内に瞼が重くなってきたのか、ミーシャは段々と静かになってくる。
 幸運なことにその眠りを妨げるものはいなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

後悔などありません。あなたのことは愛していないので。

あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」 婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。 理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。 証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。 初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。 だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。 静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。 「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

処理中です...