竜殺し、国盗りをしろと言われる

大田シンヤ

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第三章

メレット迷宮6

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 この魔術でダメージが入らないのは理解している。元々水の分身だと分かっているのだ。
 それに水に少しの炎を放った所で消化されて終わりだ。だが、それで十分だとミーシャは考えた。分身一体分の水量全てを消す必要はない。肩の形を形成している部分だけを消せれば良いのだ。
 破壊ハガル防御アルジズで防御し、時には相殺してきた。その時にミーシャは見逃さなかった。弾かれた水がもう二度と動き出さないのを……。

 恐らく一度魔術の影響下から離れた水はしばらく操ることはできないのだろう。大量の水で減っていないようにも見えるが、それは錯覚だ。
 もし、条件なく水を操れるのだとしたら霧だろうが水蒸気だろうが操りミーシャを襲えば良いのだから。

 魔術の影響下から離れた水にはミーシャを拘束する力はない。すぐにミーシャは分身体から距離を取る。
 ――予想通り、腕の形を形成していた水は吸収されず、分身の体の水を使って腕を再生させている。少なくとも腕一本分の水量は減らした。その分、攻撃の手段がなくなって欲しいと願うばかりだ。
 自分が磨き続けてきた魔術がこの程度にしか役に立たないことに憤りを感じるが、相手が相手であるため、仕方がないと我慢する。

「(さて、これからどうするか……)」

 依然として劣勢なことに変わりはない。操れる水量は減っていると言っても後どれだけの水が魔術の影響下にあるか知る術はなく、現在分身と本体に挟まれている状態なのだ。
 即席のルーンで作ったムスペル・ナグルファルはもう使えない。魔術自体は発動することはできるが時間が掛かりすぎる上に狙いがデタラメになるし、燃費も悪い。

「(身体強化で動き回って、削っていく…………しかないか)」

 嘆きたくなる状況だが、そうしたって状況が変わるはずはないのだ。シグルドが来ない以上自分一人でやるしかない。そうなった場合本当に仕置きをしてやろうと心に誓う。

身体強化ウル

 身体能力を強化し、今度はミーシャから動き出す。
 先手必勝――破壊ハガルのルーンを空中に描き、衝撃波を分身へとぶつける。必要なのは威力ではなく手数だ。
 魔力の消費を抑えるために、最低限の攻撃で水を削り取っていく。

「――――」

 水を削り取っていく姿を目にする不死身の騎士。
 ミーシャの行動は正解だった。この不死身の騎士が操る水が一度魔術の影響下から離れれば、それをもう一度操作するためには術式を書き直さねばならない。それは本体のみができる魔術であり、分身しか動かすことができない以上、水の補給はできない。

「――――■■■■■■■■■■■■!!」

 彼女に理性はない。だが、その行動は自分の手足を削られているにも等しい行為だと本能が危険信号を鳴らした。まるで人格が変わったように目つきが鋭くなり、一瞬で間合いを詰める。
 騎乗槍で突くのではなく薙ぎ払う。殺すためではなく、相手を行動不能にするための一撃がミーシャを襲う。

「――ッ」

 咄嗟に障壁を展開するが、騎乗槍は障壁を破りミーシャの腕をへし折った。

「~~~~ッ!!」

 枯れ枝でも折るように簡単に腕を折られたミーシャは声も出せずに膝を着く。腕から鈍痛が途切れることなく伝わる。
 拷問の時と同じような痛みだが、まだ喋れる余裕を持たせるように丁寧にやられていた。か細くてもただ生きていれば良いと言うように荒々しく折られた腕の痛みはあの時よりも酷く感じる。

「…………」
「……まだ終わって――ないだろっ!!」

 見下ろす不死身の騎士にやけくそ気味に魔術を放つが、カスリもせずに標的からズレる。たった一手だ。たった一つの動作で窮地に追い遣られた。その事実に歯を食いしばる。

「な――ぐぅっ!!」

 もう二度とルーンを使って脱出できぬように首元に隠していたルーンを鷲づかみにされ、大雑把で力任せのその動作はマントの下にあるミーシャの服をビリビリに引き裂かれる。

「こいつっ――」

 自らの衣服を引き裂かれ、肌が晒されたミーシャは歯を軋め、目の前の女騎士もどきを睨み付ける。
 しかし、その眼光など意味はない。

「何をするつもりだっ」

 その問いに対する返事はない。代わりに兜が崩れ、ミーシャの顔を覆い尽くす。
 意識を奪うつもりなのだ。魔術を使おうと魔力を込めるとその腕を捉えられ、あらぬ方向に魔術は飛んでいく。
 足で蹴っても無駄だ。湖でいくら拳や蹴りをしても波紋が起きることしかないように、水で構成された体はどうにもすることができない。

 抗おうとする体とは裏腹に意識は段々と遠のいていく。弱々しくなる抵抗、悔しく歯を軋ませる表情を目にしても最後まで手を緩めない。
 そして、ついにミーシャの意識は完全に闇へと落ちた。




 不死身の騎士が久しぶりに手に入れた獲物の食事へと入る。酸で溶かすようにゆっくり、じっくりと味わって食すのが楽しみだった。取り込んだものを助ける人間はいない。一緒にいたであろう男もここに辿り着いた頃にはもう食事は済んでいる。
 だから、油断していた。

「――ッ!!」

 目の前に現れたのは自分の本体が封じ込められる原因となった忌々しい妖精達。どこからともなく現れた妖精はこの場にいる

「■■■■■■■■!!」

 声を荒上げ激しく体を動かし藻掻くが、強制解除され、体の形を保てなくなった不死身の騎士には為す術がなく消えていった。
 後に残されたのは複数の妖精と気絶したミーシャ一人。フワフワと不安げに辺りを飛び回った彼らはミーシャの体を掴み上げる。

「ケガをしているねぇ」
「そうだねぇ」
「イタイかな?」
「イタイだろうねぇ」

 運びながらもミーシャの体を優しく触り、怪我を治癒していく。

「この娘はボクたちを助けてくれるかな?」
「どうだろうねぇ」
「そうだといいな」
「そうだねぇ」

 体に負担が掛からぬよう、妖精達はミーシャを運んでいく。自分達の願いを聞いてくれることを願いながら






 微睡みの中からいきなり目が冴えるようにミーシャの意識が覚醒する。
 魚が跳ね上がるように立ち上がり周りを見渡す。すると、そこは先程までいた場所ではなく、洞窟の中であると気付く。
 一体どうなったのか、ここはどこなのかと辺りを見渡すと洞窟の出口が目に入った。相変わらず外は霧で覆われている。
 冷たい床に手を着き、疲労の取れない体を起こす。

「私の腕……直ってる」

 そこで腕から伝わってくる鈍痛がなくなっていることに気付く。破れていた服はそのままだが、本来の腕とは逆側に曲がっていた腕が元通りになっていた。

「(もしかして、シグルドか? しかし、こんな場所よく見つけたな)」

 折れていた箇所をさすりながらも霧の見える出口へと足を運ぶ。壁に手を着き、亀のように辺りを警戒しながら少し顔を外に覗かせる。敵の姿はない、というより見えない。だからこそ一歩踏み出し、辺りを確認しようとする。
 しかし、一歩踏み出すが、そこにあるはずの大地が感じられずミーシャは谷に落ちかける。

「ちょっ――一体何だ!?」

 間一髪落ちかけたミーシャが今まで足っていた足場に手を掛ける。ここに来て初めて気付く。ここは切り立った壁に作られた洞窟だと。

「……グヌゥ」

 冷や汗を大量に出しながら何とか洞窟内へと登る。
 せめて注意書きだけでも残しておいて欲しいものだ。戦いとは全く関係ない場所、しかも自分の不注意で転落死なんてダサすぎる。

「目が覚めたの?」
「――ッ!!」

 一息ついた瞬間に声が掛かる。気が緩んでいたミーシャは距離を取って魔術を発動させようとするがそこにいたのは掌程度の大きさしかいなく愛嬌のある生き物。

水妖精ウンディーネ?」
「そうだよ~」

 背中に羽根が生えている全身が清んだ水色の妖精。その妖精の名前に心当たりがあったミーシャが名を口にすると、嬉しそうに顔を緩める水妖精。

「え~と……大剣を背負った大男を見なかったか?」
「? ボクたちがここに運んできてからずっと見ているけど見たことないよ」

 首を傾げて考える水妖精を可愛らしいと思いつつも、そうじゃないと頭を振るう。どうやら自分を助けたのはシグルドではなくこの妖精であるらしい。

「そうか……ならまずは礼を言うべきだな」
「別に良いよ~気にしてないし、こっちもお願いを聞いて欲しかったからね」
「願い? それ「あー!!起きたんだ~」……って多いな!?」

 願いを聞き出そうとした時に、霧の中から姿を現わしたのは同じく水妖精。目を覚ましたミーシャを目にすると我先にと体に群がり、頬摺りしてきたり、怪我をした部分をさすってくる。

「怪我はない?大丈夫?」
「お腹すいた~?」
「ねぇ、何処から来たの?」
「可愛い~」
「寒くない?」
「ちょっと――ストップ!?」

 服の中に入ってきたりと体のあちこちを触られてくすぐったいったらありゃしない。自分の身を案じてくれての行動であるため、払い落とす訳にもいかずにくすぐったさを歯を食いしばって堪え忍ぶ。

「皆、少し落ち着こう……彼女が無事だったのは」

 そうしている内にその中から一際大きな個体が他を窘める。

「ゴメンね、人間を見たのは久しぶりだから接し方を忘れているんだ」
「い、いや……ひゃぅっ!! 大丈夫だ」

 窘められてもイタズラをする妖精はいるようで僅かにもぞもぞと首元で動く感触を感じる。その個体を睨み付けるが舌をペロッと出してミーシャから離れた。

「はぁ……全く、ゴメンよ。もう傷は大丈夫かい?」
「あぁ、それならもう痛みすら感じない。礼を言う」
「別に構わないよ。ボク達も願いを聞いて欲しいから助けたんだから」

 代表している個体に向かって頭を下げると先程と同じ答えが返ってくる。

「そうか、なら何でも言ってくれ……私ができる範囲でならば答えよう」

 断る理由は殆どない。命を救って貰った借りがあるのだ。それに妖精との取り引きは初めてである。この時ミーシャは少しばかりワクワクしていた。
 妖精もその言葉に目を輝かせ、笑顔を作る。他の個体も手を取り合い、自分達の願いが叶うことを喜んでいた。そして、水妖精を代表する個体が口を開く。




「そっか、なら遠慮なく――――――――――あのワイルドハントを倒して欲しい」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 絵本の中でしか聞いたことのない魔物の名にミーシャは目をパチクリさせた。
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