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第三章
新たな仲間と脅威
しおりを挟むメレット迷宮に入って四日――シグルド達はようやく谷を抜け出すことができていた。中間地点まで三日かかったものの、そこから先は霧の妨害もなく、魔物も水妖精が駆逐してくれたおかげで何もすることがなく出口まで進むことができたのだ。
「うん――ここまで来れば大丈夫だよね?」
「あぁ、ここまでの道案内にこの衣服――礼を言う」
「この谷から脅威を取り除いてくれた御礼だよ。 それに裸でお別れも目覚めが悪いしね」
出口で妖精達と向かい合う。あれから半日、時間が欲しいと言い飛んでいった水妖精が持ってきたのは白が基準の青いラインの入ったドレスだ。
もう既にボロボロにされた衣服に用はなく、断る理由もなかったミーシャは喜んでそれを受け取った。
「これまで人間の服なんて作ったことなかったからね。違和感はないかい?」
「ピッタリのサイズだ。気に入ったよ」
余程気に入ったのか、くるりと見せつけるように一回りする。やはり、女性はオシャレというものが好きらしい。その姿は最も少女らしく輝かしい。
その微笑ましい光景を目にしてシグルドと水妖精は話し込む。
「伸縮性もあるから成長しても着られるし、丈夫だから戦闘にも耐えられるよ」
「それは便利だな。ちなみに何を使ったんだ?」
「そうだね。樹木の妖精の葉と大蛇の皮、それに蛙――ムグゥッ」
蛙というワードが出た瞬間にシグルドが認知できない速さで妖精の口を塞ぐ。気に入った衣服が蛙から作られと知ったらどうなるか――恐る恐る後ろを振り返ると可憐さに我慢できなくなったガンドライドに襲われていた。
「(よくやった。ガンドライド!!)」
「?」
本来なら助けるべきであろう場面で思わず親指を立ててしまったのは悪くないと思う。そして、そんな姿を妖精達に可笑しく思われたのは仕方がない。
それにしても色々と謎の残る人物?だ。聞けば、人間の魂は幼い少女らしいのだが、目の前にいるのはどう見ても成人した女性だ。年若いとはいえ、少女ではない。そもそも魂って何だ。と言いたくなるのだが、ミーシャ自身も分かっていないらしいのでガンドライドのことに関しては保留となった。
「こんの―――――離れろっ」
「面白いね君たちって」
「アイツらと私を一緒にしないでくれ!!」
ルーン魔術を利用して身体能力を向上させて顔面に蹴りを入れ、何とか引き剥がしたミーシャに水妖精が声を掛けるとガンドライドと一緒のカテゴリーにされたのが嫌だったのか悲鳴を上げる。
そして、息を整えることでようやく別れを切り出した。
「それじゃ、世話になった。結局願いは叶えられなかったが――」
「何度も言っただろう? ボク達は脅威を取り除いて欲しかったんだ。それ以外なら何でも良かったんだよ」
「そうか――――礼を言う」
「こちらこそだよ。君たちの旅が上手く行くことを祈っているよ」
そうして妖精達は再び谷の中へと飛び去っていく。あまり人目に付かない場所で過ごす妖精達。脅威がなくなった以上、彼らは安心してここで過ごせるだろう。
そして、その脅威のことで思い出した。
「なぁ……ガンドライド」
「何? お姉様」
「お姉様はやめろ。 お前――これからどうするつもりだ?」
「え? そんなこと?」
今更聞かれたことに驚くガンドライド。その表情は既に何処に行くか決まっているようで晴れやかな表情をしている。
「私、閉じ込められていたでしょ? だからしばらくは外の世界を見てみたいって思うの……だけど、一人じゃ寂しいからさ」
「…………断る」
「アハハハハ!! お姉様ったら可愛い!!」
外に出られた以上、家族と再会したい気持ちはある。だが、それは叶わない。三百年も前のことなのだ。親戚だって死んでいるだろうし、血縁の子供達に会っても誰?と言われるのがオチだ。
ならば、せめて外の世界がどう変わったのかを見たい。でも一人が嫌なのは事実。それならばどうするか?
その先は言わなくても分かったミーシャが先に断るが、効果はなさそうだ。
「うん、だからお姉様達に付いていくね? 何か大きなことをするんでしょ? なら力があった方が良いじゃない」
「それでも鬱陶しいんだよお前は!!」
「――そんな!! こうしたのはお姉様なのに」
「そんな覚えは私にはない!!――そして、何だその目は!? 何もしてないぞ、何もしてないからな!?」
ヨヨヨと涙を流すガンドライドに突っ込み、疑いの目を向けるシグルドにも突っ込む。何で引き籠もりだったくせにそんな演技を知っているんだと頭を悩ましていると、シグルドがまた疑いの目を向けてきた。
一人増えただけで面倒なのにシグルドにまで対応しなければならなくなると考えると頭が痛くなってくる。
腕を大きく振るって無罪だと猛抗議――しかし、何が起こったのか目で見ていないシグルドに本当のことは分からない。疑いの目は依然として向けられたままだ。
「お姉様!! 一生付いていきます!!」
「冥界に帰れぇ!!」
味方が増えたのに虚しくなったのは何故だろうか……………………ミーシャの叫びが、谷の中まで響いた。
同時刻
帝国――地下研究室
帝国魔術師の研究所の中でも一際異様な空気を放っているこの場所を訪れたのは、帝国騎士を束ねる騎士団長の座を最近手にしたレギン・へグスその人だ。
万という規模の軍団を束ねることになり、彼の手には畑を耕す鍬ではなく、剣が握られるようになった。支配される側からする側へ、奉仕する側から奉仕される側へとなった彼が何故こんな場所を訪れているのか――――――答えは簡単、呼ばれたからである。
今や帝国の中で最も噂され、昼寝をする時間すらない程の多忙となったこの男を簡単に呼び出せる者は少ない。
迷宮のように幾度も曲がりくねった通路を歩く。地下へと向かうはずなのに階段を上がったり、グルグルと同じような場所を回っているような雰囲気を味わいながらもようやく一つの門が見えてくる。これまでの木製の扉ではなく厳重に固められた鋼の扉。
その扉を叩いてみると返ってきたのは鈍い音と固い感触。それだけでどれ程の厚さがあるか想像できる。これは魔術を放っても簡単には破壊されない頑丈な扉だと感想を抱きながら、返事を待たずに中へと入る。
扉は想像通りかなりの重さだった。まるで、中にあるものを閉じ込めるためにできた扉だ。
「あら、来たのね」
レギンに声を掛けたのは帝国宮廷魔術師のウルだ。何時ものように黒いローブと鍔の広いとんがり帽子の黒一色の姿は暗いこの場所では背景と同化しているようで見えづらい。せめて違う服着ろよ何て思ってはいない。それしか服を持っていないのかなんて口が裂けても言ってはいけない。何事にも踏み込んで良い領域と悪い領域があるのだ。
「取りあえず、こっちに来てくれる?」
生温かく、カビ臭い部屋の中へと足を踏み入れる。一歩、そのただ一歩だけで明らかに空気が変わる気配がした。
獣に至近距離で見つめられているような圧迫感。この部屋に獣などいるはずもない。中には人数など数えるほどもおらず、レギンを見つめているのはウルだけだ。
拭いきれない不安を抱えながらも、部屋の奥へと足を運ぶ。普段道理にしていたはずであるのに、自然と廻りを警戒してしまっていたレギンを見てウルが吹き出す。
「フフッ――そんなに警戒しなくても大丈夫よ。 ここは曰く付きの物が多いから慣れるのに時間は掛かるだろうけど、襲いかかってくることはないわ」
嘲笑うように笑みを向けられたレギンの眉がピクリと動くが気にしない。彼女にとってレギン程度の実力者などこれまでよく見てきているし、簡単にあしらえるのだ。
「…………それで? 俺を呼んだわけは?」
「あら、すねちゃったの? 可愛いわねぇ」
さっさと済ませろと態度で示すレギンにわざとらしい笑みを向けるが、今度は軽く流される。腕を組み、表情すら変えないレギンが面白くなくなったのか肩を竦めると煙管を取り出し、口にくわえる。
時間にして数秒――たっぷりと煙を味わうと口から吐き出し、再びレギンへと目を向けた。
――付いてこい。
言葉を発することもなくゆったりとした動作で更に奥へ、奥へとウルが足を運ぶ。レギンもそれに続いた。
瓶に入った妖精、鎖に繋がれた不死者、巨大な岩人形、体に黒い斑点ができ、苦しんでいる人間――――奥に行くにつれて見慣れないものばかりが目に飛び込んでくる。
不死者や岩人形といった例外を覗けば全員が死んだような目になっている。
「ここは?」
「――ん? 人体実験場よ。 人工的に魔物を作ったり、騎士の強化をするためにとある生物の血を投与したりしているけど、囚人用の研究所に比べれば可愛いものよ」
その言葉に嫌な予感を覚える。ここは言わば帝国の兵器開発を行なっている場所と言って良い。そんな場所に自分を呼び出してすることなど一つだけだ。
「俺もここで奴らと同じような目に遭うってことか」
「ん~…………そうね。 それは貴方次第よ。 怖じ気づいた?」
隠すこともなくウルは告げる。生きるか死ぬかの境目に飛び込ませようとしている本人とは思えない程軽く、どうでもよさげだった。
これから死ぬかも知れない。それを聞いて怖じ気づいた――という訳ではなかった。試すかのように笑みを浮かべて尋ねるウルに同じく笑みを持ってレギンが答える。むしろここを乗り越えて更なる名誉を、富を手にすると欲望を滾らせる。
「まさか――――全て乗り越えてやるよ」
「へぇ、それはこれを見ても言えるかしら?」
降りかかる全てをねじ伏せ、進む。そう豪語するレギスの遮っていた視線を開けるように一歩横にズレる。
黒いとんがり帽子のおかげで見えなかった視界が開けると、そこにあったのは一振りの剣。ただそこにあるだけで圧倒する魔力を肌で感じる。他の剣とは全く違うのが外見だけでも見て分かった。
「これは……魔剣、か?」
「魔剣は魔剣でも人造魔剣よ」
「何だと?」
魔剣を作る。神代の時代の鍛治師や神によって下界にばらまかれた聖剣・魔剣のように振れば街一つを吹き飛ばし、怪物を殺せるものを作った?
巨大な硝子の筒に入って吊されている剣を見上げる。お伽話にあるような美しい見た目からはほど遠い、禍々しい姿。まるで血が通っているかのように脈を打っている。
「まるで――」
「まるで、魔物みたい?」
レギスの言葉を引き継ぐようにウルが答える。その通りだった。
恐ろしく、禍々しく、醜い魔剣――一体何をすればこんな物ができあがるのか。
「運良く手に入れた竜の心臓で造られた魔剣――――名はダーインスレイブ」
二年と半年前――死んでいた黒竜の心臓を柄に埋め込み、無尽蔵に魔力を生み出す魔剣と化した剣。その使い手として何度も騎士団の腕利きが挑んだが、全員が死んだ。
驚いたのはその浸食力。復活しようとしているのか剣を握った瞬間に、黒い鱗が出現し、体全身を蝕んでいく。
ある者は精神が破壊され、ある者は二度と人目に出られない姿となった。
「上手く行けばこれは貴方のものよ」
「面白いっ――――」
命の保証など何処にもない人体実験。
だが、全てを乗り越えると決めたばかりだ。レギスの答えは決まっていた。これを使いこなし、更なる上へと目指す。それが彼の答えだ。
魔術道具(マジックアイテム)によって拘束されていた魔剣が降りてくる。
ここから先は喰うか喰われるか。
意を決して、レギスは魔剣の柄を掴み取った。
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