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第四章
ディギルの下水道4
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「あったわよ。 今度は九つ。 ひっどい臭いだけどね」
悪態付きながら指を指した方向には、帝国騎士と傭兵達の姿。
あれから数刻――更に奥へと進んだシグルド達は再び死体を発見していた。
「あぁ……ホント、死体の臭いと汚物の臭いが重なって嫌になる」
「一度慣れてしまえばそんなに気にならなくなる。 周囲の見張りを頼むぞ」
顔を顰めて死体に近づこうとしないガンドライドに見張りを頼み、汚水に浸かった死体へと近づく。
死体は九つ。そのうち騎士と傭兵、どちらも死体の損傷は激しく、怪物と正面から挑んだことが分かる。
「何か分かった事はある?」
「……傷は全て切り傷、打撲、火傷。 前の騎士達と同じだ」
「手がかりは一緒って訳ね。 意味ないじゃない」
「ぱっと見た感じは、な」
後ろからの問いにただ見ただけの情報を伝える。全員の武具が破壊され、殆ど一撃で殺されている。しかし、それはいたぶるためでも食事をするためでもない。
魔物と言えど、生物だ。飲み食いを封じられれば身体機能は弱まるし、個体によって性格も違う。
碌な生物がいないこの場所で人間の肉体は極上の餌であるはず。人間を餌として認識していなかった生物であったとしても、前の死体には噛み付かれた痕があったし、地上で起こった事件にも似たような傷跡があることは聞いている。
恐らく人間の血の味を覚えているはずなのだが、この現状を見るに未だに餌扱いされているようには見えない。
「どうするのよ。 同じ手がかりしかないなら、先に進むしか無いんじゃない?」
「…………」
「おい」
「ん? あぁ、すまん。 持ち物を覗き込んでいたらな。 こいつが出てきた」
男の胸元から取り出した紙をヒラヒラと振ってみせる。血が飛び散って汚れてしまっているが、中身はまだ読めるようになっている。
「何が書かれているの?」
「…………」
再びの沈黙。手紙に集中しているようで声は届いていない。目線は手紙に向いており、返事すらしない。若干ではあるが、ガンドライドの眉がピクリと動く。
ガンドライドにとって常に心の奥にいるのはミーシャであり、守るべき存在の範囲内にシグルドはいない。むしろ、消えれば独占できるとさえ思っている危ない子だ。
だから、ここにいる間も会話もなくて良いと思っていた。しかし――――実際に無視されると、
「(無視してんじゃねぇよっ)」
今までのことを棚に上げてしまう、中々面倒くさい子になるのだった。
「うん? どうかしたか?」
「何でもない。 それより何が書いてあった?」
鬼の形相で騎乗槍を手に持ち、頭蓋を打ち抜こうとも考えたが、それはシグルドが振り返ったので実行を取りやめる。首元の動きでシグルドが振り返ると判断したガンドライドが、騎乗槍を隠し、何でもないように無表情で答える。
無表情だが、無視した恨みは忘れない。盾としてこき使ってやろうと考えているガンドライドだった。
「こいつは調査記録みたいなものだな。 こいつは、さっきの奴らのもので、こっちがこいつらが持っていたものか」
最初に遭遇した騎士達の調査記録には生物がいないこと以外書かれた様子はなく、もう一つの方もシグルドが傷痕から解析したような同じ情報が大半だ。
ただ一つ。後ろの方に乱雑に書き殴られた情報以外は……。
「何それ? 汚い字ね」
同じ人間が書いていたとは思えないとガンドライドが漏らす。確かに表の文字と比べるとかなり汚い。しかし、それは面倒くさいとか適当にやったなどという下らない理由ではないだろう。
乱雑に書かれ、所々が汚れてしまっているが、見えなくはない。
『状況報告――怪物と遭遇。 どの情報にも当てはまらない怪物は爬虫類に酷使している
見る限り、体長二メートル。 腕を伸ばしても同じぐらいだ。 まるで人間が怪物になってしまったかのように思える。 金色に輝く目をしており、黒い鱗に守られた肉体に剣は通じない。 あぁ、気分が悪くなってきた。 あの怪物を目にした瞬間に私は、全ての生物はあの怪物から逃げたのだと悟った。 人間だけが気付かなかったのだ。 気付けなかったのだ。 こんな脅威が地下を闊歩していたなんて――。 この怪物は大規――――――――――――――』
「かなり説破詰まった状態だったんだろうな」
死体の傍には羽根ペンが落ちており、死に際でも情報を残そうとあらがい続けたのが分かる。少しでも情報を……後に続くものがいると信じて残そうとした。
最後に剣ではなく、筆を選び、戦った男。そして、最後まで戦い抜いた戦士達を同じようにヴァルハラへと辿り着けることを祈り、炎で弔う。
「感傷に浸ってる時間なんてないんじゃないの」
「分かってるよ。 でも、これぐらいはさせてくれ」
せめて、時間がある時ぐらいはして良いだろう。手に入れた調査記録をポーチへとしまい込み、背中の魔剣を引き抜く。
「最悪だわ。 こんな場所で戦うだなんて……」
死体を燃やす時点で覚悟はしていた。むしろ遭遇するのは遅いとすら思っていたぐらいだ。
二人の目線の先には調査記録に書いてあったように爬虫類のような人間。いや、人間のような爬虫類……どちらにしろ、これまで見たことのないような魔物の姿をしている。
しかし、その怪物から発せられる圧と類似したものをシグルドは知っている。あの黒竜に関連するものだ。
「■■■■■■■■!!」
「下がれ!! ガンドライド!!」
前傾姿勢を取り、大きく口を開く怪物。その口の中に溜まる火球を目にした瞬間、後退するのではなく、剣を携え前進を選ぶ。
ブレスを切り裂かれたことに驚きもせずに、怪物は距離を詰める。足場が水であるというのに、素早く距離を詰めてくる怪物が腕を振るう。せいぜい二十センチ程度しかない爪だが、切れ味は並みの武具を上回る。
その脅威をシグルドは返す刃で迎え撃った。
――爪と魔剣がぶつかり合い、火花を散らす。
暗く下水道の中で怪物同士の戦いが始まった。
悪態付きながら指を指した方向には、帝国騎士と傭兵達の姿。
あれから数刻――更に奥へと進んだシグルド達は再び死体を発見していた。
「あぁ……ホント、死体の臭いと汚物の臭いが重なって嫌になる」
「一度慣れてしまえばそんなに気にならなくなる。 周囲の見張りを頼むぞ」
顔を顰めて死体に近づこうとしないガンドライドに見張りを頼み、汚水に浸かった死体へと近づく。
死体は九つ。そのうち騎士と傭兵、どちらも死体の損傷は激しく、怪物と正面から挑んだことが分かる。
「何か分かった事はある?」
「……傷は全て切り傷、打撲、火傷。 前の騎士達と同じだ」
「手がかりは一緒って訳ね。 意味ないじゃない」
「ぱっと見た感じは、な」
後ろからの問いにただ見ただけの情報を伝える。全員の武具が破壊され、殆ど一撃で殺されている。しかし、それはいたぶるためでも食事をするためでもない。
魔物と言えど、生物だ。飲み食いを封じられれば身体機能は弱まるし、個体によって性格も違う。
碌な生物がいないこの場所で人間の肉体は極上の餌であるはず。人間を餌として認識していなかった生物であったとしても、前の死体には噛み付かれた痕があったし、地上で起こった事件にも似たような傷跡があることは聞いている。
恐らく人間の血の味を覚えているはずなのだが、この現状を見るに未だに餌扱いされているようには見えない。
「どうするのよ。 同じ手がかりしかないなら、先に進むしか無いんじゃない?」
「…………」
「おい」
「ん? あぁ、すまん。 持ち物を覗き込んでいたらな。 こいつが出てきた」
男の胸元から取り出した紙をヒラヒラと振ってみせる。血が飛び散って汚れてしまっているが、中身はまだ読めるようになっている。
「何が書かれているの?」
「…………」
再びの沈黙。手紙に集中しているようで声は届いていない。目線は手紙に向いており、返事すらしない。若干ではあるが、ガンドライドの眉がピクリと動く。
ガンドライドにとって常に心の奥にいるのはミーシャであり、守るべき存在の範囲内にシグルドはいない。むしろ、消えれば独占できるとさえ思っている危ない子だ。
だから、ここにいる間も会話もなくて良いと思っていた。しかし――――実際に無視されると、
「(無視してんじゃねぇよっ)」
今までのことを棚に上げてしまう、中々面倒くさい子になるのだった。
「うん? どうかしたか?」
「何でもない。 それより何が書いてあった?」
鬼の形相で騎乗槍を手に持ち、頭蓋を打ち抜こうとも考えたが、それはシグルドが振り返ったので実行を取りやめる。首元の動きでシグルドが振り返ると判断したガンドライドが、騎乗槍を隠し、何でもないように無表情で答える。
無表情だが、無視した恨みは忘れない。盾としてこき使ってやろうと考えているガンドライドだった。
「こいつは調査記録みたいなものだな。 こいつは、さっきの奴らのもので、こっちがこいつらが持っていたものか」
最初に遭遇した騎士達の調査記録には生物がいないこと以外書かれた様子はなく、もう一つの方もシグルドが傷痕から解析したような同じ情報が大半だ。
ただ一つ。後ろの方に乱雑に書き殴られた情報以外は……。
「何それ? 汚い字ね」
同じ人間が書いていたとは思えないとガンドライドが漏らす。確かに表の文字と比べるとかなり汚い。しかし、それは面倒くさいとか適当にやったなどという下らない理由ではないだろう。
乱雑に書かれ、所々が汚れてしまっているが、見えなくはない。
『状況報告――怪物と遭遇。 どの情報にも当てはまらない怪物は爬虫類に酷使している
見る限り、体長二メートル。 腕を伸ばしても同じぐらいだ。 まるで人間が怪物になってしまったかのように思える。 金色に輝く目をしており、黒い鱗に守られた肉体に剣は通じない。 あぁ、気分が悪くなってきた。 あの怪物を目にした瞬間に私は、全ての生物はあの怪物から逃げたのだと悟った。 人間だけが気付かなかったのだ。 気付けなかったのだ。 こんな脅威が地下を闊歩していたなんて――。 この怪物は大規――――――――――――――』
「かなり説破詰まった状態だったんだろうな」
死体の傍には羽根ペンが落ちており、死に際でも情報を残そうとあらがい続けたのが分かる。少しでも情報を……後に続くものがいると信じて残そうとした。
最後に剣ではなく、筆を選び、戦った男。そして、最後まで戦い抜いた戦士達を同じようにヴァルハラへと辿り着けることを祈り、炎で弔う。
「感傷に浸ってる時間なんてないんじゃないの」
「分かってるよ。 でも、これぐらいはさせてくれ」
せめて、時間がある時ぐらいはして良いだろう。手に入れた調査記録をポーチへとしまい込み、背中の魔剣を引き抜く。
「最悪だわ。 こんな場所で戦うだなんて……」
死体を燃やす時点で覚悟はしていた。むしろ遭遇するのは遅いとすら思っていたぐらいだ。
二人の目線の先には調査記録に書いてあったように爬虫類のような人間。いや、人間のような爬虫類……どちらにしろ、これまで見たことのないような魔物の姿をしている。
しかし、その怪物から発せられる圧と類似したものをシグルドは知っている。あの黒竜に関連するものだ。
「■■■■■■■■!!」
「下がれ!! ガンドライド!!」
前傾姿勢を取り、大きく口を開く怪物。その口の中に溜まる火球を目にした瞬間、後退するのではなく、剣を携え前進を選ぶ。
ブレスを切り裂かれたことに驚きもせずに、怪物は距離を詰める。足場が水であるというのに、素早く距離を詰めてくる怪物が腕を振るう。せいぜい二十センチ程度しかない爪だが、切れ味は並みの武具を上回る。
その脅威をシグルドは返す刃で迎え撃った。
――爪と魔剣がぶつかり合い、火花を散らす。
暗く下水道の中で怪物同士の戦いが始まった。
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