竜殺し、国盗りをしろと言われる

大田シンヤ

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第四章

息抜き

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 約束の人探しが終了するまで後一日。
 仕事を終え、何もすることがなくなったシグルドは宿へと戻った。
 想像通り、ミーシャは暇を持て余しており、寝台の上で手足を投げ出していた。シグルドも女性との付き合いはあるが、あれ程、淑女にあるまじき姿を見たのは初めてだ。
 取り敢えず、依頼の失敗は伝えたのだが、その後が酷かった。依頼の失敗に怒ったのではない。依頼をこなしている間に、預けていた金貨の入った小袋を落としたことにミーシャが激怒したのだ。何一つとして言い返すことができないシグルドにカンカンになりながら罵声を浴びせるミーシャ。それは、陽が高く上る時間まで続けられたのだった。

 そして現在、シグルドは外出を望んだミーシャに連れられて図書館へと来ていた。

 お喋り厳禁――掲示板に貼り付けられた言葉を守るように、全員がひっそりと息を潜めて本に齧り付く。
 時折聞こえるのは、近寄ってくる足音と時折外から聞こえる人の喋り声のみだ。
 そんな中で何時ものようにフードを深く被り、椅子に深く座って本を読むミーシャ。手に取っているのは街が辿ってきた歴史についての本だ。
 城塞都市として有名なため、戦争の記録もいくつか残っている。
 ヴァルガの兵達に対抗するために城壁を高くし、バリスタの飛距離を伸ばしたり、投石機を増築したおかげで、攻城戦で圧倒的勝利を治められたとあり、他にも暗殺者が何処からともなく湧き出て貴族を殺した事件があったことも記載されていた。

 ――パタン。と酷く薄汚れた本を閉じ、眼に疲れを感じてこめかみを親指でグリグリと押し付ける。

「(何処からともなく、か。どうせなら侵入されてしまった経路も記載してくれれば良いものを……)」

 そんなことが書いてあれば、貴族達が黙っていないことは分かっているが、思わずにはいられない。フードを深く被っているため、表情は周りには見えないが、不満げな雰囲気が醸し出されてしまっている。
 少女が絵本ではなく書類や歴史書を手に持ち、食い入るように読み込む姿は人の注目を集めてしまうのに、不満げな雰囲気まで流してしまえば余計に視線を集めてしまっていた。

「少しは子供らしい本でも読んだらどうだ? 周りの視線を集めてるぞ」
「…………」

 シグルドがミーシャを隠すように大きな体で視線を遮り、持ってきた本を前の机に置く。それとなく、周りに聞こえないように小声で語りかけるが返事はない。代わりに隣にある椅子を軽く叩いている。
 隣に座れ――という合図だ。

 持ってきた本に目もくれずに次の歴史書に手を伸ばし始めるミーシャ。息抜きがしたいと連れ出されたのに、これが本当に息抜きになっているのか疑問に思ってしまう。

 ここに来るまで、焼き菓子を満足そうに頬張りながら歩いていた時は微笑ましいものがあったが、街の図書館――お伽話や英雄譚の話が置いてある場所にいくのではなく、街ができたきっかけやこれまでの歴史が残された記録書の棚へと真っ先に歩を進めるのを見て、頭が痛くなった。

「息抜きがしたいんじゃなかったのか? 冒険譚や英雄譚には興味がないのか?」
「理想郷にいる妖精王に、楯の乙女。神に仕えた鍛治師や魔女に呪われた不死身の騎士か。確かによく読んでいたし、今もたまに読みたくなるが、こっちの方が優先度が高いからな――あ、そっちの五段目の棚のやつだ。取ってくれ」
「へぇ、結構読んでるんだな」

 積み上げられた本を言われたとおり引き抜いて、受け渡しながらお伽話を読んでいるミーシャを想像する。
 ドレスを着ながらお淑やかに本を開くミーシャ………………何だろう、自分で言っておいて何だが、かなり違和感がある。どちらかというと分厚い魔術書と怪しい薬品を両手に持っている姿の方がしっくりきてしまった。

「おい、何か失礼なこと考えてないか?」
「いや、別に……」
「…………まぁいい。しかし、一番面白かったのはやっぱりアレだな。邪神とその子供と戦う人間の話」
「あぁ、邪神殺し英雄の話か。お姫様を護る王子様には憧れるか?」
「いや、人間を見下していた半神の男が人間に敗れるシーンが見応えだ」
「…………」

 あの話は神の血族に一目惚れされた王女と一国の王の男の恋物語ラブロマンスでもある。それなのに年相応に白馬の王子様に憧れていると思えば、予想は全くの正反対。
 スカッとした。と口にするミーシャを見て、やっぱり彼女にはお伽話の本ではなく分厚い魔術書の方がしっくりくる。

「それで、何の用だ?」
「何の用って……お前がここに行きたいって言ったんじゃねえか」

 ついてこいと言ったのはそちらではなかったのかと若干青筋を浮かべる。 しかし、それを聞いて意地が悪そうな顔をしたミーシャが口を開く。

「私はお前を無理矢理引っ張ってきたわけでもないし、ついて来いとも言っていないがな。 ただ行きたいと言っただけだ」
「だったら、帰るぞ」
「私を置いて帰れるなら、帰って良いぞ?」
「…………」

 答えを分かっているかのような物言いにシグルドは溜息を付きそうになる。
 勿論、彼女一人を置いていくことはできない。もし、何かあったらと思うと腕利きが傍にいてくれなければ安心ができないのだ。せめてガンドライドがこちらに来てくれれば良いのだが、彼女は今、宿で待機命令が出されているため、期待はできない。

「そういえば、魔剣の新しい使い方を覚えたらしいな」

 そう言ってミーシャが新しく手に持った一冊の古びた本を開く。僅かながら、埃も被っていて、読む前は埃まみれだったことを想像できた。

「ん、強くなるのは嬉しいぞ。よくぞ成長してくれた――最後に金貨を落とすことがなければな。いや、本当に」
「…………すまん」
「全くだ」

 何か簡単な依頼でもこなして取り返そうと思ったが、仕事は全くなく、結局金を落とし、報酬もなしという結果になった。完全に自分のせいなので頭を下げるしかない。

「それにしても腹が減ったな。何冊か借りて、食事にでも行くか」
「もう良いのか?」

 辛気臭いことを忘れたい思いで、何かを口にするかと革の本を閉じる。
 息抜きと言いながら、結局は調べ物しかしていないミーシャにシグルドは声を掛けるが、ミーシャは肩をすくめて返事をする。

「ベタベタとくっついてくるアイツに疲れただけだ。 静かに本を読めて気軽になったよ。本当なら魔術書があれば良かったが……ないものを強請っても仕方がないしな」

 長い時間座りっぱなしで硬くなった体を解すように肩を回す。
 シグルドがいなくなったことで抑える者がいなくなったガンドライドと一晩。正直言って休めるものではなかった。
 隙あらば抱き締めようとしてくるし、服の下にも手を突っ込んでくるのだ。おまけにくっついた時に感じる二つの果実が思考を遮ってくる。やましい考えがあるのではない。だって同性愛者ではないのだから……むしろ、それを分かって押し付けてきているのかとイラッときてしまうのだ。
 途中で何故か、怒り心頭で出ていかなければ、色々と危なかった。
 そんなこともあって、しばらくガンドライドから離れられたこの時間帯は部屋の中よりも有意義に休められたと言って良いぐらいだ。

「そういえば、アイツお前の所に行ってたらしいな?」
「色々とあったんだよ」
「ふ~ん。 始めは怒り心頭で出ていった癖に帰ってくる時はかなり上機嫌だったな。お前が傷を負っていたことに関係しているのか?」
「……あぁ」

 見上げてくるミーシャにシグルドは視線を逸らす。先程本を読んでいた時よりも興味深げな表情だ。

「何があったんだ? 聞かせてみろ」
「やめてくれ。面白いものじゃないんだ」

 単に我儘に付き合っただけだ。何一つとして面白いことなんて起こっていない。詮索しないでくれと暗に漂わせるシグルドにミーシャは不機嫌になる。

「……お前の下手なルーン魔術じゃ傷を癒すのに時間がかかるから私が治したのに」
「それに関しては礼を言う。いや、だからそんなに怒らないでくれ」

 一気に不機嫌になったミーシャを宥めるがそれで機嫌が直るはずがない。唇をとんがらせて、本を片付け始める。
 何とか、機嫌を直そうと頭を下げるが、あまり意味がない。ミーシャも顔を合わせないように背けてしまっている。

「――アダッ」

 何度も頭を下げ続けていると、頭上に注意がいかなくなるもの。頭を上げた瞬間に、シグルドは本棚に飛び出している一冊の本に頭をぶつけてしまう。

「アダッ――アダダダダ!!」
「――フフッ。何をしているんだ。お前は……」

 一冊棚から飛び出していた本がシグルドの頭の上へと落ちると、それに続いて周りにあった本もシグルドの頭へと吸い込まれていく。
 一冊、二冊、三冊と上手い具合に分厚い本の角が頭の頂点に落ちてくる。全ての本が同じ個所に当たったシグルドのしかめ顔を見て、ミーシャが思わず吹き出す。

「ククッ――中々ないんじゃないか? 落ちてきた本全てが頭に当たるって」
「ついでに同じ所に尖った部分が落ちてきたってのを付け加えとけ……あぁ、クソ。散らかしちまった」
「痛いよりも、そっちが気になるのか」

 そう言いながらミーシャが散らばった本へと目を落とす。
 手に取ると本にしては重量があり、かなり分厚い。こんなに重量がある本は本来なら下の段に置いてあるはずだが、恐らく返し場所が分からなくなった者が適当に返したのだろう。
 本棚を見渡し、一冊一冊を正しい場所へと返していく。
 そんな中、最後の一冊を手に取るとここの棚にはない種類の本があった。

「全く、本ぐらいはちゃんとした場所に返せっての」
「それって、どんな本なんだ?」

 頭部を擦りながら、ミーシャが読んでいた本を返してきたシグルドが戻ってくる。その様子を見ていると若いのに逃避の心配をしている人物に見えてきた。

「結構有名な御伽噺だな」
「へぇ、題名は?」
「――三人の魔女」

 これまでの歴史書よりも少しばかり薄い――それでも十分に鈍器になりそうなぐらいの厚みのある本をシグルドの前へと掲げる。
 その表紙には、洞窟の中で生活をする三人の魔女の姿があった。
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