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第五章

在処

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 ガンドライドがグレアムに止めを刺し、スラムでの戦いは終息した。迎えに来たガンドライドとミーシャもシグルドに合流し、捕らわれた者達を開放する――のだが、問題はここからだった。
 元々戦うつもりでここへと来たのではない。起きてしまったことは仕方がないが、そのせいで様々な問題が残ってしまった。
 ここへと現れた騎士団に焼き焦げたスラム。そして、戦いの目撃者。幸い、目撃者に関しては、スラムの住人であり、解放してくれた礼もあって他言しないことは約束して貰ったが、それでも、一番の問題は騎士団である。

 目的も不明な騎士――そもそも正式な騎士であるかも分からない奴ら――を壊滅させたのだ。それは必ず街の権力者の耳には入り、帝国にも報告は行くだろう。そして、何故壊滅したのかを詳しく調べるはずだ。
 下手すれば、これが原因で皇帝の訪問がなくなるかもしれない。そのことだけが、ミーシャは心配だった。
 情報を得るために、帝国が今回生き延びたスラムの住人を再び捕らえるかもしれないが、些細な問題だ。その過程で死人が出たとしても……。

「(念のため、スラムの住人に殺されたようにできないかな? いや、強化された兵だとか言っていたな。なら、訓練を受けた人間に殺されるなどとは思われないか)」

 取り敢えず、残りの騎士団の確認をして始末しなければならない。せめて、連絡を遅らせることぐらいには役に立つだろう。
 視線を捕らわれていたスラムの住人に囲まれているシグルドへと向ける。その中には、情報屋の姿もあり、何やらシグルドと話し込んでいる。
 どんな内容なのかは距離があり、分からない。ただ、スラムの住人達の深刻な顔つきを見て、今後のことなのだろうと予想はついた。

 あったばかりの人間の面倒をよく見られるなと呆れるが、それが、シグルドという男なのだろう。そうでなければ、あの時助けに来ないと予想できたはずだ。
 フードを深く被り直し、騎士の死体を焼き尽くし、地面の中に埋める。街中なのでアンデッドになることはないだろうが、念のためであり、埋めるのは死体を隠すためだ。そうしているうちに、話を終えたシグルドが戻ってくる。

「話はついたのか?」
「終わったよ。取り敢えず、姿を隠して貰うことにした。情報屋に金を払って、居場所は教えさせたよ」
「お前に金何て渡してないんだが……そんな金あったのか?」
「…………街中の依頼を暇な時に」
「(……コイツ、私に内緒でやってたな)」

 言いにくそうに苦笑いをするシグルドを無言で睨み付ける――が、溜息をついて眉間を抑える。

「まぁ、いい。それよりも、他の騎士の居場所を調べてくれ」
「それならもう分かってる。それに、対処もしてる」

 最初にいたスラムの入口を指差してシグルドが答える。

「最初にいた入口に関しては俺が対処した。他の場所は、ガンドライドが対応したよ。褒めてやってくれよ? アイツ、本体を囮にしてスラム全域を水分身を使って調べていたらしい。その間に片っ端から狩っていったんだとさ」
「また引っ付かれるから断る。それよりも情報は引き出せたのか?」

 バッサリと褒めるのを断るミーシャにシグルドが引き攣った笑みを見せる――が、それも一瞬のこと。スラムの住人の中に紛れて捕まっていた情報屋の一人。前回、ガンドライドに怯えて腰を抜かしていた青年から手渡された一枚の紙切れを取り出し、ミーシャへと差し出す。
 掌よりも小さな紙切れ。書かれている内容が見えないように折られたものを無言で受け取る。

「黄金の蜜酒――酒場か? ここに私が探している人物がいるということか」
「そう――かもしれない。行ってみないと分からないがな」

 そこに書かれていたのは一つの酒場らしきものの名前。そして、その酒場がある住所が書かれている。
 シグルドの引っ掛かるような言葉に疑問を覚えるが、言葉に出す前にシグルドがミーシャへと尋ねる。

「どうする? このままいくか。それとも」
「……行くに決まってるだろ。お前は?」

 予想外の出来事に見舞われたため、日を改めるかと問いかければミーシャは直ぐに首を横に振り、即答する。
 迷いなど一つとしてなく、一緒に行かなければ置いていくとでも言いたげな雰囲気を出していた。
 そんな雰囲気を出している少女一人を放っておくことなど当然できるはずもなかった。

「勿論いくよ。後は、ガンドライドだけ――って、アイツどこ行った?」
「私ならここにいるよ」

 するり、と細く長い腕が首周りに纏わりつき、頭の上に柔らかなものが当たる。何が当たったのかなど考えることもなく分かった。

「お前、どこ行ってたんだ」
「う~ん。どこでしょう?」

 珍しく、ガンドライドがミーシャの問いに答えるのではなくおちょくるように首を傾げる。
 首筋に当たる息や体をべたべたされることに不愉快さを覚えたミーシャが青筋を浮かべる。空気の読まない行動をするガンドライドに苛ついているのだ。
 例えるのならば、部屋の雰囲気が一つに纏まりかけた所に一人だけ空気の読めない者が騒ぎ出すような、皆の意見とは反対のことを言い出すような。それも、ただ目立ちたいという理由だけで騒ぎ出す輩と一緒だ。

「えへへ。お姉様ぁ」
「はいはい、いい加減に離れろガンドライド。さっきの話は聞いてたか?」
「ちょっと!?」

 ミーシャの不機嫌な表情は後ろからでは確認できないのか、知らずに纏わりつくガンドライド。どんどんと目の光が消えていくミーシャに、流石にこれ以上機嫌を損ねるのはまずいとシグルドが動く。
 ぐいっと、頬をプニプニと指で突っついていたガンドライドを無理やり引き剥がす。思ったよりも軽く剥がれたことを意外に思いながらも、自分の体を二人の間に入れてガンドライドに向き合う。

「むぅ――聞いてたわよ。酒場で目的の人物が待ってるんでしょ」
「そうなのかもしれないし、また捜索するかもしれない」
「あ?」

 居場所が分かったはずなのに妙な言い回しに違和感を覚えたガンドライド。シグルドも二人が疑問に思っていることが分かっているのだろう。ミーシャの手の中にある紙切れを指差し、口を開く。

「そこに書かれてある酒場に俺達の目的の人物がいるかは分からないが、虹彩異色オッドアイの女はらしい」

 ミーシャの目的は侍女であるアネットの血族に会うこと。会って情報を得ることだ。虹彩異色の女を探してはいたが、それは目的の人物を見つけ出すために探しているのだ。もし、虹彩異色がいたとしてもその人物が目的の人物ではない可能性も十分考えられる。
 それに、それが可能性だってあるのだ。

「ある――だと?」
「そう。ある。いる、じゃなくてな。情報屋も探し回ったらしいが、該当する人間はこの街には一人としていなかったらしいからな。手ぶらで帰ったら殺されるとでも思ったのか、条件を広げて人間以外の物も調べたらしい」

 そして、特徴に該当したのが一つだけそこにある。冷や汗を流しながら早口で語っていた情報屋を思い出してシグルドは語る。

「その酒場の壁に描かれているのが、虹彩異色の女何だとさ。特徴の該当する人間がいない以上、手掛かりはそれしかない。だから、まずは行ってみようぜ」

 そこから先は、どうなるのか。それは行ってみてのお楽しみ――そうシグルドは続けた。
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