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第五章
作戦会議1
しおりを挟む酒が貯蔵されている倉庫の中に一匹の鼠が入り込む。鼠は害悪だ。家具や柱を食い散らかしたり、糞を撒き散らしたり、最悪の場合は病原体を運んでくる。奴らが食料や酒なんかに近づいた時には飲食店であるこの酒場も終わりだ。
そうならないために、あらゆる店は鼠捕りや鼠返しなど、食料に鼠を近づけないための工夫に力が入れられているのだが、今回貯蔵庫に忍び込んだ鼠は他の鼠と一味違い、そんな罠や工夫もものともしなかった。
するり、するり、と罠がある場所を避けて通り、隙間がない場合は、果実やコルクなどを投げつけ罠を解除したりと、まるで人間のように罠を回避していく。
やがてその鼠は壁際へと辿り着き、ガリガリと鋭い前歯で穴を掘っていく。熱心に穴を掘っていくこと数十分。ようやく鼠は穴を開けて、酒場に隠された隠し階段へと辿り着く。
道が分かっているかのように下へ、下へ、更に下へ。そして、幾つもの壁を乗り越え、ようやく秘密の部屋を見つけ出した。
「死ねコラァ!!」
「女の子がそんなこと言うんじゃありません」
「…………女の子という年なのですか?」
朝食を取っている最中、シグルドに気絶させられたことを思い出したガンドライドが拳を握り、殴り掛かる。それに対し、シグルドは軽く注意をして対応し、レティーは二人のやり取りを見て疑問を口にする。
どう見ても成人を超えている女性を子ども扱いするのはどうなのだろうかと白髪の男に視線を向ける。
女性に対して紳士的に行動している。というよりもその目は自身よりも幼い子供、妹を見るような目つきだ。たぶんそれが余計に気に食わなくて金髪の女性の方は更に怒りを大きくするのだろうが、そのことに気付いているのだろうか。などとミーシャに水を注いだ後、後方へと戻る。
王族と共に食事を取ることなど本来ならば許されない。当然のように席に座る二人を注意したレティーだったが、ミーシャに二人の全ての行動に関して口出しするなと言われているので、今回のことも何も言えないのだ。しかし、しかし、だ。
「(お前達はいつまで喧嘩をしているんだっ!! 食事中だぞ!!)」
未だに拳を繰り出している金髪の女性とそれを片手で捌く白髪の男性。ガンドライドとシグルドという名前だったはずだ。いくらこのような振る舞いが許されているからと言って、貴族でもあり、陰に潜むものとしての訓練と同時に英才教育を受けてきたレティーにも我慢の限界がある。
ミーシャへとレティーが目を向ければ、そこには朝食のパンをチビチビと食べる姿があり、あまりこの騒動を気にしていないようだった。
まさか、このような日常が毎日続けられていたのかと思うと頭が痛くなった。この二人を引き剥がした方がいいかもしれないと本気で考え始める。
「失礼ですが殿下。あの二人はこのままでよろしいのですか?」
「…………むぅ」
我慢できなくなったレティーが進言すると、低血圧で眠気が残っているのか眠そうに返事をするミーシャ。仕方がないだろう。話し合いが終わり、ようやく眠りに付けたのが空が滲み始めた頃だったのだ。遅めの朝食にしたもののまだまだ寝たりないぐらいだろう。
それでも目を擦りながら、騒ぐ二人――実際に騒がしいのは一名なのだが――に向けて口を開いた。
「……黙れ。うるさい」
「ごめんなさい」
「あぁ~……すまなかった」
小さく騒いでいれば聞き逃してしまうような声だ。しかし、ミーシャの声であるのならばこの二人は絶対に聞き逃しはしない。
ガンドライドが借りてきた猫のように大人しくなり、シグルドは自分がやっていたことに気付き、頭を掻いて反省をする。
「(おぉっ!! 命令はちゃんと聞くようですね)」
実力者には我の強い者も多い。それが傭兵であれば猶更だ。我の強い者は、自分だけ良ければ良い。自分が正しいと信じて疑わないため手綱を握るのも一苦労であるのだが、一見我の強そうな二人の手綱をしっかりと握っているミーシャに尊敬の目を向ける。
これならば、言い聞かせておけば作戦の時には変な行動に出ることはないだろう。しかし、食事中に煩くしたのは事実。例え、許されているからと言ってそれに甘えるようでは許しておけない。
後で、しっかりと言っておかねばと、レティーは頭の中に刻んでおくのだった。
「そう言えば、今回の暗殺だが、私はここで待機することになった」
「え?」
「私の代わりにレティーが入る。仲良くやれよ」
「えぇっ!?」
しばらく、朝食を黙って食べていたミーシャが唐突に人員変更を伝える。代わりをやることを提案したレティーはともかく、実行に加わらないことを知らなかったガンドライドが叫び声を上げる。
「何でぇ!? お姉様こないの!?」
「そうだ」
「そ、それじゃあ、暗殺の最中にお姉様に甘えたくなったら!?」
「我慢しろ」
「そ、そんなぁ~」
それぐらい言わなくても分かるだろ。と思うだろうが、ガンドライドは言っておかなければ、必ず作戦の途中でも会いに来るに違いない。
ガンドライドが机に突っ伏して項垂れていると、落ち着いた様子でシグルドが尋ねてくる。
「それで本当に良いのか? 仇を譲っても」
仇――それが親しい者の死にも関わってくるのならば、簡単に譲れるものではない。仇の死を目にするものもいれば、自分の手でやり遂げたいと固執する者もいる。てっきりミーシャは後者だと思っていたシグルドは仇を譲る行為をしたミーシャに疑問を抱いた。
「何だ。不思議か? 私だって本当ならば自分の手で討ちたいさ。だが、はっきりいって戦いになれば足を引っ張ってしまう。それに、素人が暗殺をするよりも訓練を重ねた者がやった方が成功確率は上がるだろう」
「…………お前がそれで良いのなら、俺は何も言わないが」
「私はある!! お姉様と離れるなんて嫌だ!!」
「「お前は少し黙ってろ」」
本人が納得しているのなら何も言うことはない。突然のことなので釈然とはしないものの一応は納得する姿勢を見せるシグルド。それとは逆に反対代表としてガンドライドが立ち上がり、抗議するがミーシャの言葉によって撃沈する。(シグルドも突っ込んだが本人にとってはノーダメージなので省く)。
「――で、ミーシャがやるはずだったこともアンタがやるってことで良いんだな?」
「はい。私は殿下のように巧みな魔術は使えませんが、道具を使うことで代用できますので、問題ありません」
「了解した。なら、火付け役は問題なさそうだな」
「それよりも、私はその後の貴方達の働きの方が私は心配なのですが?」
「安心しろ。これでも腕は立つ方だ。それに別々の場所で暴れられるのなら制限をしなくて済む」
従者のように後ろに立つレティーへと顔を向けて役割の確認していく。机に突っ伏した状態のガンドライドもミーシャの望みを叶えるために集中して耳を澄まし、時折、内容を確認するのだった。
――皇帝がこの城塞都市を訪れるまで、残り一週間。
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