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番外編
遠い未来で
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「ノース先生、好きです。オレと付き合ってください」
この男が私の研究室に来るのははたして何度目だろう。
500歳を超えた年寄りを相手に、全く物好きなことだ。
「何度も言いますが。私は誰とも付き合う気は…、」
なんだ?
あ…。いつもの香り…か?
ふわりと爽やかで、柑橘のような好ましい香りがする。
『好きだ』
この匂いを嗅ぐと、そんな言葉が頭に浮かんでくる。
これは香水なのだろうか?
いや、
この生徒自身の匂いだ。
季節は夏。
汗のせい…か。
研究塔の最上階だからな、ここは。
風向きも影響しているのだろう。
いつもより、強くて…。
「はい。付き合いましょう」
え?
いや、そんな答えを返すはずじゃ…。
だがどうにもこの香りが私の思考を邪魔してくる。
「本当ですか?! 嬉しいです。先生」
まぁ、付き合うくらいならいいだろう。
この人間の男を相手に、私が子を成さなければいいだけの話。
せっかく母がくれた数千年という長い寿命だ。
手放すつもりなどない。
◇
「先生は、研究を末永く続けていきたいのですよね?」
「あぁ。そうだ」
何故だろう。
彼を自宅へ招いてしまった。
向かい合うように座ったソファセット。
テーブルを挟んだあちら側に座っているというのに、男の“柑橘の香り”が鼻腔から脳へと染み渡っていく。
「古代種としての寿命を失いたくない、ということですよね?」
「あぁ。人として短い寿命で死ぬのは困る。子を産む時間さえも惜しい」
彼に私の秘密を話してしまった。
この研究塔で自身が“古代種である”と知られることは大変よろしくない。
また研究対象として監禁されかねない。
450年前に捕まって、酷い目に遭ったことがある。『不老不死の薬を作る』などと戯言を抜かす男に。
私は不老でもなければ不死でもないというのに。
例え寿命が長くとも、害されればすぐに死ぬのだから。
かつてミード村にいた、占い師のような謎の老婆が助けてくれなければ、私はあの時に血液を抜かれ尽くして殺され、腑分けされていただろう。
だからこそ、定期的に世界中の拠点をぐるぐると回るように生きて、長寿であることを誤魔化して生きてきた。
『賢者ノースの名を継ぐ者』と称して。
…それだというのに。
「それならオレが産みますよ。先生の子を」
「は…? そんなこと、できるわけが…」
いや、この生徒はできないことを『できる』とは言わない。
「……まさか、君…」
「はい。オレも古代種です。まだ18なので先生の足元にも及ばない若輩者ですが…」
確かに目の前に座るこの生徒…リュークの色彩は、私と同様に淡い。
「『子を成せば、男と同じ時間を共に暮らせる』…のだったな」
「ええ。その筈ですが」
「なら私が先に君の子を産もうじゃないか」
「…なるほど? 先生は少しでも若返りたい…ということですね?」
私の言葉の意図をすぐに察してくれるところも素晴らしい。
「そうだ。500年以上研究を続けてきたが、生き物の多様性は計り知れない。世界中の生き物を調べ尽くすなら、生きられる時間は少しでも長い方が良い」
「ふふ…。先生のそういうところ、オレは大好きですよ」
立ち上がった男が背後に回ってくる。
後ろから抱き込まれ、『すぅ、』と首筋の匂いを嗅がれるのが擽ったい。
「あぁ。…堪んないですね。あんたの香り」
いつもと違う、少し粗野な言葉。
ああ、本当に堪らない。匂いに脳が侵される。
「君も、私のことを『番である』と感じるのか?」
「『も』ということは、先生もオレを番だと感じてくれているんですね」
生きられる時間がさらに長くなる上、番とずっと一緒にいられるなんて最高じゃないか…。
「少しでも早く、子どもを作ろう」
「はは。好きですよ、先生。あなたの仰せのままに」
男が妊娠している、という状況は大変よろしくない。『自分は古代種です』と言っているようなものだからな。
腹が目立つ前に休職して、一度ミード村へ帰ってみようか。両親と弟の墓参りもしたい。
出産後は故郷で養子を迎えたことにして戻ってくればいいだろう。
自身の変化をこと細かに記録せねばならないな…。
その次はリュークに産んでもらおう。
彼と私の差異は? 番の香りは汗の他にどこから発生している? 古代種の子ができる器官とは?…
主観的にだけでなく客観的に古代種を研究できる!
ああ! 知りたいことが溢れて止まらない!
「先生が楽しそうで何よりです」
あぁ。楽しみだ。
この男が私の研究室に来るのははたして何度目だろう。
500歳を超えた年寄りを相手に、全く物好きなことだ。
「何度も言いますが。私は誰とも付き合う気は…、」
なんだ?
あ…。いつもの香り…か?
ふわりと爽やかで、柑橘のような好ましい香りがする。
『好きだ』
この匂いを嗅ぐと、そんな言葉が頭に浮かんでくる。
これは香水なのだろうか?
いや、
この生徒自身の匂いだ。
季節は夏。
汗のせい…か。
研究塔の最上階だからな、ここは。
風向きも影響しているのだろう。
いつもより、強くて…。
「はい。付き合いましょう」
え?
いや、そんな答えを返すはずじゃ…。
だがどうにもこの香りが私の思考を邪魔してくる。
「本当ですか?! 嬉しいです。先生」
まぁ、付き合うくらいならいいだろう。
この人間の男を相手に、私が子を成さなければいいだけの話。
せっかく母がくれた数千年という長い寿命だ。
手放すつもりなどない。
◇
「先生は、研究を末永く続けていきたいのですよね?」
「あぁ。そうだ」
何故だろう。
彼を自宅へ招いてしまった。
向かい合うように座ったソファセット。
テーブルを挟んだあちら側に座っているというのに、男の“柑橘の香り”が鼻腔から脳へと染み渡っていく。
「古代種としての寿命を失いたくない、ということですよね?」
「あぁ。人として短い寿命で死ぬのは困る。子を産む時間さえも惜しい」
彼に私の秘密を話してしまった。
この研究塔で自身が“古代種である”と知られることは大変よろしくない。
また研究対象として監禁されかねない。
450年前に捕まって、酷い目に遭ったことがある。『不老不死の薬を作る』などと戯言を抜かす男に。
私は不老でもなければ不死でもないというのに。
例え寿命が長くとも、害されればすぐに死ぬのだから。
かつてミード村にいた、占い師のような謎の老婆が助けてくれなければ、私はあの時に血液を抜かれ尽くして殺され、腑分けされていただろう。
だからこそ、定期的に世界中の拠点をぐるぐると回るように生きて、長寿であることを誤魔化して生きてきた。
『賢者ノースの名を継ぐ者』と称して。
…それだというのに。
「それならオレが産みますよ。先生の子を」
「は…? そんなこと、できるわけが…」
いや、この生徒はできないことを『できる』とは言わない。
「……まさか、君…」
「はい。オレも古代種です。まだ18なので先生の足元にも及ばない若輩者ですが…」
確かに目の前に座るこの生徒…リュークの色彩は、私と同様に淡い。
「『子を成せば、男と同じ時間を共に暮らせる』…のだったな」
「ええ。その筈ですが」
「なら私が先に君の子を産もうじゃないか」
「…なるほど? 先生は少しでも若返りたい…ということですね?」
私の言葉の意図をすぐに察してくれるところも素晴らしい。
「そうだ。500年以上研究を続けてきたが、生き物の多様性は計り知れない。世界中の生き物を調べ尽くすなら、生きられる時間は少しでも長い方が良い」
「ふふ…。先生のそういうところ、オレは大好きですよ」
立ち上がった男が背後に回ってくる。
後ろから抱き込まれ、『すぅ、』と首筋の匂いを嗅がれるのが擽ったい。
「あぁ。…堪んないですね。あんたの香り」
いつもと違う、少し粗野な言葉。
ああ、本当に堪らない。匂いに脳が侵される。
「君も、私のことを『番である』と感じるのか?」
「『も』ということは、先生もオレを番だと感じてくれているんですね」
生きられる時間がさらに長くなる上、番とずっと一緒にいられるなんて最高じゃないか…。
「少しでも早く、子どもを作ろう」
「はは。好きですよ、先生。あなたの仰せのままに」
男が妊娠している、という状況は大変よろしくない。『自分は古代種です』と言っているようなものだからな。
腹が目立つ前に休職して、一度ミード村へ帰ってみようか。両親と弟の墓参りもしたい。
出産後は故郷で養子を迎えたことにして戻ってくればいいだろう。
自身の変化をこと細かに記録せねばならないな…。
その次はリュークに産んでもらおう。
彼と私の差異は? 番の香りは汗の他にどこから発生している? 古代種の子ができる器官とは?…
主観的にだけでなく客観的に古代種を研究できる!
ああ! 知りたいことが溢れて止まらない!
「先生が楽しそうで何よりです」
あぁ。楽しみだ。
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