狩猟小屋に飼われた青年

くろねこや

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襲撃の後 〜アルト視点

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骨折した馬をなるべく苦しませないよう眠らせて殺し、盗賊たちを埋めた後、血と土で汚れた僕たちは湯浴みをした。

ギーウスはプロキオと一緒に麓の村へ事情を話しに向かった。『無理をさせたから』とシオンに引かせた馬車ではなく、徒歩で。『衰弱した馬たちを受け入れてもらう準備もしてくる』とプロキオは言っていた。

グードゥヤとリゲルは、シオンと3頭の馬たちの側についてくれている。水や食べ物を与えられたからか、グードゥヤは新顔の馬たちから徐々にではあるが信頼を得始めているようだ。

ウルスは『暴れ足りない』というアルクルのために、木剣で付き合ってあげている。馬たちを怯えさせないよう、小屋からは離れた場所で。ついでに獣避けの薬を周囲の木に縛ってきてもらうことにした。おそらくグードゥヤは馬たちと共に外で夜を過ごすつもりのようだから。


ヴェダの姿を探して部屋のドアを開けば、彼は洗濯しようとしたのかベッドのシーツを抱えたまま窓辺でぼんやり立っていた。

そして呟いたのだ。

「僕もみんなと一緒に戦いたかったなぁ…」

ダメだよ、ヴェダ。あんな男、視線を合わせられただけで君が穢れてしまうよ。相当気持ち悪かったもの。


…でも、気持ちは分かる気がする。

みんなは戦っているのに、リゲルに守られて小屋の中で待っているのは辛かったんだよね。


「あの場にいなくて正解だよ」

「どうして?」

首を傾けるヴェダ。可愛い僕の雪鳥。僕の天使様。

「襲って来た男ね、湯浴みをしなかった頃のプロキオが10人いるくらい臭くて、」

「え…」

「泥酔したアルクルが5人いるくらい執念しつこそうだったよ…」

「……そうなの?」

「うん。僕のこと“オンナ”扱いしたし…」

「おかしな人。アルトは“オンナ”じゃないのに」

「うん。おかしいよね」

「“オンナ”は僕なのに」

「…え?」

ヴェダの言葉に思考が止まる。『“オンナ”は僕』?

「僕は“オンナ”だから、『いつでも犯せるようにスカートを穿かせられてる』んだって」

『いつでも犯せるようにスカートを』?
そういえば、前にもそんな風に言っていた気がする。

「…誰かに言われたの?」

「うん。『お前は“オンナ”なのに、いくらヤッても孕まなくていいな』って、初めてみんなに抱かれた日、デザレに言われた。煙で頭がぼんやりしてたけど、何故か耳からその言葉が離れなくて…」

その男の言葉を、名前を、君の記憶から綺麗に全て消し去ることが出来ればいいのに。

その男も、あの男たちも、さっさと崖の下で朽ちて消えろよ。


『“オンナ”っていうのは女の子のことだよ。ヴェダは男の子だから、“オンナ”じゃない』

そう伝えるべき?

でも、悪い意味で言われたとは思っていないのかな?

ヴェダの表情はいつもと変わらない。

いや。その言葉が忘れられないということは、ヴェダの心に刺さってしまっているということだろう。


「ねぇ、ヴェダ」

「なぁに?」

「ヴェダも短弓を始めてみる?」

『戦いたかった』と初めて言葉にしたヴェダへ、そう問うた僕に首を傾けることしばし。

「…僕は、…僕も剣を使ってみたい」

「剣を?」

「もちろん弓も使えたら嬉しいけど」

「うん」

「僕も、アルトみたいになりたいんだ」

「僕みたいに?」

「うん。さっき、窓から見てたよ。僕ね。あんな風に戦って、アルトのこと守れるようになりたい」

そう言って僕の手を取り、ちゅっと甲へ口付けるヴェダ。

「うぐッ」

「え? どうしたの、アルト? 痛い? 苦しい? どこか怪我してた?!」

思わず僕が胸を押さえながら発した呻き声に慌てふためくヴェダ。

「…ごめん。違うんだ、ヴェダ。あまりにヴェダが格好良くて…」

「…格好良い? 僕もアルトやグードゥヤみたいに格好良い?」

「うん。格好良いよ」

でもやっぱり可愛いな。『格好良い』って言われて照れ照れ嬉しそう。喜びに水を差したくないから、今は言わないけど。


ヴェダは包丁を使うのが上手い。ナイフを使うのも、なたで枝を払うのも上手になった。剣は鉈と比べてもさらにずしりと重いけれど、毎日振っていれば使えるようになると思う。でもいきなり刃がついた真剣は危ないから、まずは木剣から。

そうだ…。剣を使うなら、スカートではなくパンツスタイルの方が良いだろう。

「剣の鍛錬をするなら、僕にヴェダのズボンを作らせてほしい」

「僕、“オンナ”なのにスカート以外を穿いても良いの?」

「ヴェダは僕と同じだよ。穿いて良いに決まってる」

「嬉しい! 僕もみんなと同じ服を着てみたいって、ずっと思ってたんだ…」

あぁ、言ってみて良かった。

「試しに僕の服を着てみる?」

僕とヴェダの背は少ししか変わらない。

「うん! 着てみたい」


洗濯済みのズボンを棚から出して渡すと、ヴェダは僕の目の前でスカートを迷いなく脱ぎ下ろした。

あ、ヴェダ。白くて綺麗なお尻が丸見え。下着…、今日も穿いてない。

そう思ったけど、あまりに嬉しそうに僕のズボンへ脚を通そうとしてるから止められなくなった。

「んっ…、お尻がちょっとキツイかなぁ…」

おかしい…。ウエストは余ってるのにお尻がパツパツしてる。

なんだろう…。

凄くエッチだ。

僕の身体は勝手に床へ跪いて、目の前の細い腰と豊満なお尻に手を伸ばそうとしてた。

「アルトはお尻がキュッとしてるからなぁ」

僕にお尻を向けたまま、自らの両手で包み込んで見せてくれる形の良い丸み。

光に引き寄せられた羽虫のように、僕はさらに手を伸ばしかけ…

はっと理性を取り戻した。

「型紙をヴェダ用に作るから、サイズを測らせて…」

だが、慌てて棚へ巻き尺を取りに向かおうとしたせいで、床についていた膝をズルッと滑らせた。

「わっ!」

「えっ?! アルト?!」

倒れ込んだ僕の顔が向かったのは、なんと振り返ったヴェダの股間で…。

あぁ、花のようなヴェダの匂いに僕の匂いが混ざってる。

…幸せの香り。

深く鼻で息を吸ってしまった変態は僕です。

でも誘惑に抗えないよ。


「サイズを測るなら、服を脱いだ方がいい?」

変態の僕だというのに、優しく髪を撫でてくれたヴェダが、甘い声で囁く。

「…うん、脱いで。測り終わったら、ベッドで抱きしめさせて」


殺さなくて良い筈の馬を死なせてしまった。あんなに肋骨が浮き出るほど痩せた、可哀想な馬を。

僕が麻痺毒の調整を上手く出来なかったから。“健康な馬”しか知らなかったから? …そんなの、ただの言い訳だ。

ギーウスは『動けないほど麻痺させなければビビった馬たちは山の中へ散り散りだ。今頃冬眠前の熊が腹に収めていただろうよ』と僕の頭へポンと手を置いた。

一度恐慌状態に陥ってしまえば馬たちを押さえ込む術はないし、『全部救いたい』なんて思い上がりだ。それに、あの馬もこれまで奪ってきた動物たちの命と同じ。分かってる。骨も毛の一筋も無駄にはしない。


久しぶりに人を斬った。麻痺して動けない馬の腹を『さっさと立て!』と蹴り飛ばしていた男。

トドメを刺してくれたのはアルクルだけど、刃が皮膚や肉、血管を裂き、鎖骨を割る感覚が手から離れない。噴き出した血の臭いが鼻から取れない。


でも、『アルトみたいになりたい』ってヴェダが言ってくれて、その甘い匂いをスウと嗅がせてもらって、ようやく心が落ち着いた気がした。

あぁ、この香り。ダメだ。心とは逆に、身体が昂っていくのを感じる。


「いいよ。昨夜は誰ともシてないから、アルトの匂いを身体の奥に注いでくれたら嬉しいな」

耳に降ってくる声と、頭を撫でてくれる手の優しさ。

「…うん。たくさんさせてね。その後、僕の中にもヴェダのを注いで欲しい。昨日シたからまだ柔らかいよ」

「…嬉しい。アルトと僕は一緒だね」

「うん。ヴェダと僕は同じだよ。…愛してる」

「僕も、アルトを愛してる」


何度も何度も、ちゅっちゅっとキスし、ヴェダの素肌に赤い花を咲かせながら巻き尺を滑らせた。

シャツと、ズボンと、下着も作ろう。

君の身体を守る服をたくさん。

革の胸当てはグードゥヤにお願いして、プロキオに新しい剣を買ってきてもらおう。

それから革手袋を作って、守りの文様をグードゥヤと一緒に刺繍する。もちろん花弁が6枚の赤い花も。

ヴェダと一緒にグードゥヤの分も作ろう。


一方で僕は、やっぱりスカート姿の君も好きだし、似合っているし、とても魅力的だと思っている。

本人も気に入っているのだと思う。くるっと回ってスカートの裾をふわっとさせるの好きみたいだし、何より子どもの頃から着慣れているから楽なのだろう。

けれど、この場所に暮らす男たち以外には、その姿を見せたくないとも思う。

“オンナ”なんて、下卑た気持ち悪い声で誰にも呼ばせたくない。


君は僕を守りたいと言ってくれたけれど、もうとっくに守ってもらってるんだ。

だから、今度は僕にも君の心を守らせて欲しい。

君が誰かを斬らなくてもいいように。

君が安心して、好きな服を好きなように選んで着られるように。

僕は君と暮らすこの場所を守るよ。
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