狩猟小屋に飼われた青年

くろねこや

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不安の種を蒔いた男 〜アルト視点(前編)

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「ちゅ、んちゅ、れろ、れろ、ちゅる、」

ベッドの上。膝立ちになったウルスの前で四つん這いになった僕。

いつも通り、口淫させられるところから始まったのだけど…。


今夜の彼はいつもより意地悪だ。

「ごぉぇ…、ごぉ…、おごぉ…、」

口の中から喉の奥へ、『おえっ』となりやすい所ばかり狙っているかのように亀頭を突き込んでくる。ぽたぽたシーツへ垂れていくのは、飲み込む余裕もない唾液か涙か。

両手で掴まれた僕の頭はガシガシ揺さぶられているせいでクラクラする。普段の上品な彼からは想像出来ないほど荒々しい仕草だ。

視界がボヤけて狭くなっているのは酸欠のせいでもあるのだろう。


そろそろ出そうなのか後頭部を押さえつけられ、ぐっぐっと腰を押し付けられると、陰毛と迫り上がる陰嚢がチクチクビタリと鼻や唇に張り付く。

そういえば『嘔吐えずいてる時のギュッと喉が締まる感じが気持ちいい』ってアルクルが以前言ってた。


相変わらずのドS…。


食道に注がれ、その勢いでゴボッと逆流してきたものを、閉じられない喉を使ってゴクゴク必死に飲み込む。
 

「おぇっ…、げほっ…、げほっ…、」

引き抜く最後の瞬間までヌルリと擦り付けてくる。


舌の上に絡むものを溢さぬよう飲み下し、ゼェゼェ荒い息を整えていると、まるで子どもをあやすような優しい手でさらさら頭を撫でられた。


「…ど…して、いじわる、」

涙目の僕を見て、ウルスは笑う。

「だってアルト、全く集中してくれないから」


あー、バレてたんだ…。




ヴェダがリゲルに対してヤキモチを焼いてくれた日。

あれからいろいろ考えてみたけど、僕はまだヴェダについて分かってないことがあるって気付いた。

…いや、気にしないよう目を逸らしていた『ある疑問』について、改めて向き合ったと言うべきかもしれない。

ウルスは意地悪だけど、いつも正しい答えをくれる人だ。だからこそ、彼に訊いてみようと考えた。


でも、その『疑問』について問う前に、僕はウルスに自身の“歪んだ気持ち”について相談することにした。

ヴェダは僕の大切な恋人なのに、みんなに抱かれて気持ちよくなっている彼の姿を見るのが好きだってこと。

快楽に啼きながら僕のことを求めてくれると、くらい歓びを感じてしまうこと。

そんな、どうしようもなく酷い話を。


「“歪んだ気持ち”、…か」

何故かウルスは自嘲するような笑みを浮かべた。

どうしたんだろう。いつもと様子が違う?


「なるほど…。そういえばアルトは、この小屋に来たばかりの頃、隣室から僕たちの行為をずーっと覗いていたんだよね」

…意地悪そうないつもの笑みだ。

くそー。ウルスに心配なんて必要なかった…。


「…ヴェダが心配だったんだよ」

「本当かい?」

やっぱりドS。

「…ごめんなさい。心配して見てたのは本当だけど、覗いて興奮してた変態は僕です」

正直に白状した僕の言葉に、ウルスはふふっと笑う。


「でもねぇ。ヴェダにも“そういうところ”があるよ」

「え?」

ヴェダも?

「“隣室からの視線”というのは案外分かりやすいものなのさ」

そういえばヴェダと部屋が隣同士だった頃、ウルスは僕を背後から抱きながら何故か脚を壁の方に向かって開かせてきたんだよね。

…つまり、わざ隣室ヴェダに見せつけてたってこと?


「それにね。アルトも僕たちに抱かれてグズグズになっている時、ヴェダに手を伸ばしたり、名前を呼んだり、キスを求めたりするだろう?」

「え、そうかな?」

「無自覚なんだね? そうなんだよ。そんな時、あの子は本当に嬉しそうな顔をしている」

そうなんだ? いつもみんなとする時、最後の頃は意識が飛んでしまうからよく覚えていないんだよね。


「自分以外の男たちによって快楽で溶かされているのに、最終的には自分を選んでくれることが嬉しいのだろうね。おそらく“独占欲”の一種なのではないかな」

独占欲…。

「アルトが初めて僕たちに抱かれた時だってそうだ。君のを自身の中に受け入れて、自分のものだってアピールしていただろう?」

『あの子も無自覚だったのだろうけど』『本当に可愛いよね』とおかしそうに笑う。


え…。そうなんだ?

確かにヴェダは、みんなに突っ込まれ続ける僕の上に跨って、僕が出したものをお腹の中にずっと受け止めてくれてたんだ。

蚊遣の煙でぼんやりした記憶の中、嬉しかったからかよく覚えてる。


「でも、分かりやすく態度や言葉で嫉妬してくれたのはリゲルの時だけだよ? どうしてリゲルだけはダメなんだろう? グードゥヤのことは恋人として受け入れてくれたのに」

「そうだねぇ…。あくまでも僕の想像に過ぎないけれど、聞くかい?」

「うん。聴きたい」

「…それなら今夜はもう服を着ようか。風邪をひいてしまう」

ウェーブがかった長い前髪を耳にかけ、ウルスは悪戯っぽく微笑む。

「……その前に君のも僕が口で慰めるかい?」

う…。エッチな流し目…。

正直心惹かれるけど……話の続きが気になっている僕は黙って首を振り、シャツに袖を通した。




「まず大前提として。ヴェダにとって、この小屋に暮らす皆は家族だ。自我が芽生える頃からこの狭い世界で共に生きているせいだろうね。他者との境界が曖昧というか、“自身と一体の存在”とさえ考えている可能性さえある」

「だからグードゥヤはいいんだ…」

「そう。ヴェダとグードゥヤは元々仲が良かったというのもあるけれどね」

大火傷を負ってこの小屋へ担ぎ込まれたグードゥヤをヴェダがつきっきりで看病していたと聞いた。

「一方でリゲルは小屋に来たばかり。しかもそれだけじゃあない。ヴェダにとって、リゲルは嵐を呼んできたような存在なのだよ」

…嵐?

「リゲルがこの小屋へ来てすぐ、ギーウスが山を下りただろう?」

「うん。4日目の朝には帰ってきたけど」

あの日からギーウスは時々アウロラさんのところへ帰るようになったんだよね。

「そのことでヴェダは衝撃を受けたのだろう。この場所でずっと一緒に生きていくと思っていた家族が突然欠けたのだからね」

「ヴェダが…」


「母のように慕っていたミザールが亡くなったことで、“家族を失う恐怖”があの子に焼き付いてしまった」

ミザールはヴェダにとって母親みたいな存在だったのか。

「そして、リゲルがここに来たことで家族がまた1人欠けた。大切なものをリゲルに奪われたのだと無意識に思ってしまったのかもしれない」

あの時は僕がギーウスの背中を押したんだ。ヴェダの気持ちを考えもしないで…。


「それとね。リゲルという“異物”がこの小屋に現れたことで、おそらくヴェダは“外の世界”というものを認識したのだと思うよ」

「外の世界…」

「プロキオは定期的に戻ってくるから、特段意識したことはなかったのだろうね。リゲルがいつか君を“外の世界”へ連れ去ってしまう可能性に思い至ったのかもしれない。なにせ君は、“外から来た”のだから」

「僕は…いつか旅立つ日が来たら、ヴェダとグードゥヤを一緒に連れていくつもりだよ」

「それをあの子に伝えてあげたことはあるかい?」

「あ…」

リゲルには言ったのに、肝心のヴェダとグードゥヤには伝えていなかったことに気付く。

僕はなんて愚か者なんだろう。

「2人にちゃんと話すよ」

「2人の後で構わないから、君がいつ“天上の大草原”へ旅立とうと考えているのか僕にも話して欲しいな」

僕が“何処に行こうとしているのか”まで、ウルスにはお見通しだった…。

「分かった。具体的な時期は決めていないけれど、ちゃんとウルスに言うよ」

なんといっても、ウルスは曽祖父様のファンだもんね。



「ねぇウルス。もう一つ訊いてもいい?」

「…今夜のアルトは質問が多いね」

「ごめん。ウルスにしか訊けないことなんだ」


『僕に出来るお仕事はみんなのお世話をすることだけだもん』

子どもに返ったような話し方で、ヴェダが悲しそうに口にした言葉が気になっていた。

無邪気な彼が初めて見せた『卑屈』さ。


ここにいるみんなはヴェダのことを大切にしている。

それなのに、彼は何故そんな悲しい考え方をするようになってしまったのだろう。


赤ちゃんの頃からアウロラさんに育てられたヴェダ。

他の村人たちに髪や瞳の色でうとまれていたとしても、4歳の頃にはこの小屋にいた筈。もしかして、その頃のことを覚えているのだろうか?

小屋へ送り出される時、アウロラさんから『みんなのお世話をするように』言い含められた? …いや小さな子にそんなこと言わないか?


ギーウスは厳しい時こそあるけど、ヴェダがあんな悲しい顔になってしまうような言動はしないように思う。でも若い頃なら、妻と離れて暮らすことになった理由の1つとして、苛立ちや性欲をヴェダにぶつけることもあっただろうか?

アルクルが何か言った? いや、今の彼ならともかく、ミザールが側にいた頃そんな発言をするだろうか? それとも最愛の弟を失い、ヴェダに八つ当たりで暴言を吐いた?

ミザールがヴェダに家事を教えたらしいけど、みんなから聞いた彼の性格を考えれば、相手を悲しませるような発言はしないように思う。だって、“母”だものね。

グードゥヤは絶対そんなこと言わないし。

…何となくウルスやプロキオも言わない気がする。


ん? あれ? プロキオって…初めて会った時、買ってきた物資を盾に、嫌がるヴェダへ口淫を強要しようとしてなかった…?

いやいや、僕の中にいるちっちゃなリゲルが『プロキオさんはそんなこと言わない!』って叫んでる気がする。


僕が知っている彼らは『ほんの一面に過ぎない』のだと知っている。

でも…たぶん彼らは、他の人に何かを求めるより自分自身を高めようと努力する人たちだ。そう僕は信じたい。



それに、

どうもヴェダの様子からは、誰かに強迫されたような、心に深い傷を受けているというか、とにかく暗くて嫌な感じがするんだ。


『誰がヴェダを“不安な気持ち”に落としたのか』。

それに、『性的なお世話の仕方』を彼が知っているのは何故なのか。誰かに『手解てほどき』を受けなければ、この狭い世界で生きているヴェダには知りようもないことだ。


モヤモヤした胸と共に、そんな疑問がずっと頭から離れなかった。


思い返せば彼は、『初めては13歳の頃』で、『8人・・の相手をした』と言っていた。

ギーウス、アルクル、ミザール、ウルス、グードゥヤ、プロキオ。

アルクルの話を聴いた限り、ミザールがその男たちに含まれていたかどうかは分からない。

でも、その6人の他に、少なくとも2人の男がいたことになる。

そのどちらかの男に“不安を煽られる何か”を言われたのではないか?



「ウルス。性行為を『お仕事』だって、ヴェダに擦り込んだのは誰?」

僕の問いに、ウルスは曖昧な表情で口を閉ざした。一瞬だけど凍りついたような強張りを感じたのは気のせいだろうか。

ただ互いの呼吸音だけが静かな部屋に響いている。



「明日の早朝、僕と剣の鍛錬をしないかい?」

黙っていたウルスが突然そんなことを言い出した。

「…ウルス?」


『はぐらかすつもり?』

そう思った僕の耳に、声を潜めたウルスが囁く。

「皆には内緒で、君をある場所に連れて行こう。…そこに積んである石を“蹴り飛ばす権利”が君にはある」

積んである石……?

『石を積む』といえば、どうしても頭に浮かぶものがある。

…まさか。


「今夜はもう寝るとしよう。明日の行き先について、ヴェダとグードゥヤにだけは知られてはならない。…いいね?」

ウルスがそんなふうに言うなら、それが最善なのだろう。

「分かった。約束する」




僕は不穏な気持ちを押し隠して、ヴェダの待つ部屋へと戻った。
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