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右隣の男 after story

花と烏 6

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婚儀の夜。

あの嫌な村長から、兄さんと山に逃げて5日が経った。


僕はアイツの『兄さんを見る目』がずっと気持ち悪かった。

『喰らってやろう』というような、『欲』を感じさせるイヤらしい目をしているのだ。


…村長の娘も苦手だ。

隣のおばさんの娘、『朝』が可愛いからだろう。
いつも彼女に意地悪する。


兄さんが『村長から逃げる』決断をギリギリまでしなかったのは、たぶん僕のせいだ。

『朝』と僕は想い合っている。
それを知っているから、僕が何度『山で暮らしたい』と兄さんの背中を押しても、頷かなかったのだと思う。

無意識なのだろう。
自分の『想い』より、僕の『想い』をいつも優先しようとするんだ。

カララクさんと暮らしたい』

その想いにふたをして。

父さんが死んだ日から、ずっと我慢してる。


もちろん、彼女と離れて暮らすのは寂しい。


それでも、心を殺した兄さんを、あんな女とジジイの所へ渡すより、ずっといい。


あの騒ぎのせいで、兄さんの誕生日をまだお祝いできていない。後で烏さんに相談してみよう。






食べ物を探しに出かけた兄さんと烏さんが帰ってこない。

おかしい。

さすがに遅すぎる。


以前、泉で2人が仲良く『睦み合う姿』を見てしまってから、なるべく後をついて歩かないようにしていたのだが……そろそろ探しに行こうか。



「……? 焦げ臭い?」

家の外に出てみると、



ーーー遠くの山が、真っ赤に燃えていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(え?視点が変わった?)

夢の中なのに、僕の思考が頭に浮かんだ。






村長の声がする。

「…だとしたら、どうした。あの女は私の寵愛ちょうあいを受けながら“自死”など選びおって。あの男もだ。ノンノを私には渡さんと言いおった」


松明たいまつを持った村長が、村の男衆を連れて山に来ていた。

急いで烏の近くへ向かう。


「烏よ。花は私のものだ。返してもらおうか」

(誰がお前のだ!僕は…、)


「花は我が伴侶だ。誰にも渡さぬ」

烏の様子がおかしい。
瞳は金色に輝き、鋭く放たれた声は空気を震わせるように響く。

それでもいい。
僕は彼のものだ。
この人を愛していることに変わりはない。


「貴様は以前から目障りだったのだ。今は亡き親父もジジイも『黒き龍に触れてはならぬ』と恐れるばかり。なにが龍か。山籠やまごもカラスの間違いであろう」

自分の父親や祖父を『臆病者』と罵る男。

もしも『黒き龍』というのが彼のことなら、父さんや母さんが教えてくれた『優しい龍神様』は彼なのだろうか。



『龍神様』は山のどこに住んでいるか分からなかった。だから夏に綺麗な白い花が咲くと、山の入り口にある洞窟へ毎年お供えしに足を運んでいた。

今年も綺麗に咲いたから、できればお供えしに山を下りようかと思っていたのだ。



ーーー僕の大好きな花。

烏と弟と、3人で一緒に見た花畑は、本当に綺麗で。

母さんが教えてくれたように花輪を作って、烏の首に掛けてみた。

彼は僕の髪に一輪だけ挿してくれた。



ーーーそうか。

彼の家に飾られている、

いくつもの枯れた花束と花輪は……、






その時だった。
烏の死角に入る位置でキラッと光るものがあり、はっと我にかえる。

「危ない!」

僕は思わず駆け出し、彼の背中に覆いかぶさっていた。

「!!」

声にならない悲鳴が洩れる。


ーーー熱い!痛い!痛い!

右肩に細い槍が刺さっていた。


「花!!」

毒が塗られていたらしい。
急激な吐き気と寒気に襲われ、目の前が真っ暗になっていく。


あぁ、死ぬんだな、と本能で分かった。



「おとうと…おねがい…」


「あぁ、分かっている。だから…、だから花! 逝くな!」



こんなに揺らいだ声、初めて聴いた。

泣かせて、ごめんね。



彼の頬に触れたい。

彼の瞳を見たい。

彼に伝えたい。

どうか、どうか…。

声よ…。



「あい…してる」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





花の身体がゴトリと力を失った。



花は、

花は…、

……鼓動を止めていた。



こんなにも…、

こんなにも儚く…、

逝ってしまうのか…。




「なんてことを!!私の美しい花が!!」


醜い肉がわめいている。


「よくも…貴様ら…。“風”、“牙”のみならず、我が伴侶によくも…」


どす黒いモヤが漂い、全身を覆っていく。


「殺してやる…。殺してやる…!!」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





兄さん、烏さん、どこにいるんだ。

僕は炎を風上に避けながら、燃える山を必死で駆けた。

2人の姿はどこにもない。

ついには村の近くまで降りてきてしまった。



炎が照らす闇の中、右手に大太刀を持った黒い男が舞っている。

一度クルリと回れば男の首が飛び、
もう一度回れば別の男の首が飛ぶ。

地面に落ちた首の中には、
村長と、その娘のものも混ざっているようだった。

キラリと光る刀身は、なんと氷か水晶のように透き通って見える。


よく見ると、太刀を持った男の左腕には蒼白い顔の男が抱かれていた。


「にい…さん?」


黒い男は金色に輝く瞳でこちらを見た。



「きれいだ…」


頭がおかしくなっていたのか、
現実逃避か。

男の舞うような殺戮さつりくも、
飛び散る血飛沫も、
全てが美しい、と感じた。



「烏…さん、ですか?」


この場所に立っているのは、
荒い息を吐く彼と、
僕だけだった。



「……花が、殺された。我は…耐えられぬ。彼がいない永き生に、なんの価値があろうか…」


大太刀を地面に突き立て、

力を失った兄さんの身体を両腕でギュッと抱きしめる男。



兄さんが……殺された?

その言葉を…頭が受け入れられない。



僕は馬鹿みたいに、ぼんやりと烏さんを見つめていた。

バサリと音を立て、

黒くて大きな翼がその背に現れたからだ。



あぁ、そうか。



この人は…。

この方は…『龍神様』だ。

父さんと母さんがいつも言っていた。

『黒い翼の優しい龍神様が山にいらっしゃる』と。



大地に転がる、このたくさんの首は。

優しい『龍神様』の、怒りに触れたのだ。



「我は洞穴にて深き眠りにつく。今代の長により盟約は破られたが……我は花が愛したそなたと、そなたが愛するものたち全てを、害さぬと誓おう」


彼は兄さんを抱いたまま、黒い大きな龍に姿を変えると、闇へ消えていった。





兄さんは眠るだけだ。

洞窟の奥深く、

龍神様と一緒に、

永い時を…眠るだけ…。





大地には龍神様によって突き立てられた、

一振りの大太刀。



ようやく涙が枯れた頃。



僕はそれを引き抜くと、

2人が永遠に安らかであるよう

この地を守り続けると誓った。






山を覆う炎は一晩で全てを燃やし尽くし、

兄さんが大好きだった白い花は、

次の夏が来ても、

さらに次の夏が来ても、

その姿を見る事ができなくなった。
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