君と秘密の食堂で

マイユニ

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出会い

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  仕事を終えて、今日は少し早い時間に帰宅する。
 あぁ、肩が凝っていて痛い。
 久しぶりに整体にでも行こうか。
 そんな事を考えながらエレベーターに乗り込んだ。
 エレベーターを降りると家の前で蹲っている人が見えた。
 大変だ、具合が悪いのだろうか。
 その人物の元へ駆け寄った。

「大丈夫ですか?
 具合が悪いんですか?」

 体育座りをした男に話しかける。
 応答がない。
 耳を澄ますとスースーという寝息が聞こえた。
 もしかして眠っているだけ……?
 酔っ払いか?
 時計を見ると19:35。
 まだこんな時間なのに……?

「あの、起きて下さい
 ここあなたの家じゃありませんよ
 もしもーし、お兄さん?」

「ん……」

 顔をあげ、目を開けた男がこちらを見た。

「起きれますか?」

 起きてくれてよかったと思った次の瞬間、彼の手が伸びて俺に抱きついてきた。

「シュウ……行かないで……」

 俺に抱きついたまま動かなくなった。
 嘘だろ……。

「お兄さん?起きて下さい」

 体を揺さぶっても反応がない。
 ダメだ。
 仕方なく腕を離して座らせる。
 このままにしておくわけにもいかないし……。
 とりあえず俺の部屋に運ぶか。
 スマホを取り出し、寝ている人の運び方を検索する。
 座らせたままのほうがいいのか?
 いや、一旦寝かせるか?
 試行錯誤の上どうにか担ぎ上げることに成功し、部屋の中に運んでソファに寝かせた。
 35歳の俺にはなかなかの重労働だ。
 今日が金曜日でよかった。
 これで明日も仕事なんて考えるとキツイ。

 シャワーを浴びて、夕食の準備を始める。
 出来上がったものをテーブルに並べて、ソファの前に座る。

「いただきます」

 チラリと後ろを振り返って男を見るが一向に起きる気配はない。
 ため息をついて缶ビールの栓を開けた。

 さて、どうしたものか。
 ソファで眠る男の前に立ち考える。
 いつ起きるかわからないからベッドで寝るわけにもいかないし……。
 眠ることを諦めて読みかけの小説を取り出して座った。
 この歳で徹夜はなかなかないよな。
 明日が休みで本当によかった。
 また今日が金曜日であることに感謝した。

「……っ、あれ?」

 いつの間にか机に突っ伏して眠ってしまっていたようだ。

「イタタ……」

 首がおかしい。
 まったく最悪だ。
 後ろを見るとまだあの男は寝ていた。
 どれだけ寝るんだ。
 ブーブーとバイブレーションの音が聞こえる。
 俺じゃないから寝ている男のものだ。
 切れたかと思うとまた鳴り始める。
 それでも起きない。
 どうなってるんだこの男は。

 顔を洗って歯磨きを終えて、昨日の残り物を冷蔵庫から取り出す。
 いつも朝はご飯と昨日の残り物だ。
 彼も食べるだろうか。
 いつもより少し多めに作った味噌汁を見ながら考えていると、ソファの方から「シュウ?」と言う声が聞こえた。

「ようやく起きたか」

「おっさん誰?」

 ソファに座る男はまだ眠そうで、あくびをしてからこちらを見てきた。
 おっさん……。
 まぁ、そうなんだけど。

「俺はここの住人だよ
 君こそ誰?」

「住人?
 どういう事だ?」

 そう呟いて首を傾げる。
 
「俺の事は知らない?」

「知らないけど
 どこかで会ったことあるかな?」

 「俺もまだまだだな」と言いながら自分が服を着ているか確認し出した。

「何もしてないから」

「あっそ」

「シュウって人に会いに来たの?
 ここに住んでいた人なのかな」

 俺が引っ越ししてきたのは1ヶ月前だから、その前に住んでいた事になるけれど。

「その名前なんで知ってんの?」

「昨日君が言っていたから」

「そうなんだ
 ここは彼の部屋だったんだけど、引っ越ししたのか……」

「知らなかったの?」

「知らなかった
 好きな人ができたから別れてくれって一方的に言われて、納得できなくて……
 今日やっとここに来れたんだけど……」

「それはなんて言っていいか」

 ため息をついて項垂れた。
 傷心中の彼には申し訳ないけど、帰って欲しいって言ってもいいかな……。

「あの、この状況でとても言いにくいんだけどさ」

「何? あっ、待って
 電話出ていい?」

「うん、どうぞ」

 そういえばさっきから鳴っていたな。

「もしもし?うん……はっ?ちげーよ、遊んでたわけじゃねーし
 いま?あの人が住んでたとこにいる
 いや違う人が住んでたし、心配しなくてももう終わってるって」

 何とも偉そうな態度だな。

「は?ここに来る?何言ってんの?
 ちょっと待って
 あのさ、マネージャーがここに来るって言ってんだけどいい?」

 マネージャー?
 ということは芸能人なのだろうか。

「はぁ、まあいいけど」

「いいって
 何もしてねーよ、たぶん
 記憶ないけどここの人が言ってたし
 うっせーな、つべこべ言わずに来るなら早く来い」

 乱暴に言って電話を切った。
 いや、その態度はいかがなものなんだ。

「今の電話の相手って君のマネージャーさんなんだよね?」

「そうだけど」

「マネージャーさんってことは君の事を支えてくれてたり、仕事の事管理してくれてるんだよね」

「まぁそうかな」

「いつもそんな感じなの?」

「そうだな」
 
「そんな人にあの態度はないんじゃない?」

「は?」

 あっ、言ってしまった。
 口から出てしまったものは仕方がない。
 どうせもう会うことはないんだから言いたいこと言っておくか。

「そういう人にこそ感謝の気持ちを持って優しく接したほうがいいんじゃないかな?」

「昔からこんなだからこれが普通だと思ってるって」

「そんな事ないと思うけど
 横柄な態度を取られ続けたら腹立つんじゃない?
 俺は嫌だなー」

「なんであんたにそんな事言われなきゃならないんだよ」

「まぁ、それもそうだよね
 聞き流してくれていいから
 ごめんね」

「いや、まぁいいんだけど」

 グー……彼のお腹が盛大に鳴った。

「朝ご飯食べる?」

「は?」

「いや、俺は食べるから
 君も食べるなら用意するけど」

「……お願いします」

「シャワーを浴びるなら浴びていいよ」

「いいんすか?」

「場所は分かるよね
 タオルとか適当に使ってくれていいから」

「どうも」

 キッチンへ行き、作ろうと思っていた卵焼きの準備を始めた。
 もう一度味噌汁を温め、レンジでおかずも温める。
 どれくらい食べるんだろう。
 卵焼きに鮭の照り焼き、ひじきの煮物と漬物。あとはご飯と野菜と油揚げの味噌汁。
 ボリューム感がないけれど足りるだろうか。
 作り置きのものがあるから足りなければそれを出そうか。

「ありがとうございました」

 テーブルに並べていると彼が部屋に入ってきた。
 よく見ると顔は小さいし、キリッとした二重の瞳と通った鼻筋、形の良い唇が見事なバランスで配置されていて、端正な顔立ちをしている。
 そうか、芸能人だったな。

「座って」

「これ全部作ったの?」

「今じゃないけどね
 昨日の残り物で申し訳ない」

「いや、こんなちゃんとしたの朝から食べることないから
 いただきます」

 味噌汁を手に取った。

「うま、なにこれ」

「普通の味噌汁だけど」

 その後も「うまい、うまい」と言いながら完食してくれた。
 自分が作ったものを誰かに食べてもらうというのはなかなか嬉しいものだ。

「ごちそうさま
 料理人なの?」

「いや、普通のサラリーマンだけど」

「マジで?店出せるんじゃない?」

「大げさだよ」

 苦笑しながら言うと「マジで美味かった」とまた彼は言った。
 片付けをしているとインターホンが鳴った。
 どうやらマネージャーさんが来たようだ。

 扉を開くなり小柄な男の人から「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」と謝られた。
 まだ何の説明もしていないのに。
 この子は普段何をやらかしているんだろうかと少し心配になった。

 中で説明しますのでどうぞと入るように促すと、また頭を下げる。
 当の本人はソファに座って素知らぬ顔をしている。
 大変そうですねと心の中で同情した。

 自己紹介をされてこの子が俳優で、彼山口さんはそのマネージャーだということが分かった。
 一通り昨日の出来事を話すと、また頭を下げる山口さん。
 「君も謝ってよ」という山口さんに「謝ったし」と言う彼。
 そうだったか?と思ったけどそんな事を言ったらまた山口さんが謝ってきそうだったから言うのをやめた。
 「芸能界というものに疎くて彼を知らないんですが」と言うとかなり驚かれた。
 そんなに有名なのか、この子は。
 彼の名前は川瀬 蓮かわせ れんというらしい。
 申し訳ないけど全く知らない。

 これから打ち合わせがあると言い、引きずられるようにして彼は帰っていった。
 もちろん山口さんは最後の最後まで謝っていた。

 嵐が過ぎ去ったあとのように静かになる部屋。
 誰かを部屋に入れることなんてことない。
 仲が良かった同級生や同僚には家族ができて疎遠になるし、後輩には一定の距離感を持って接するようにしている。
 ゲイだから結婚なんて望めないし、彼氏なんて5年くらいいないのではないだろうか。
 1人で過ごすことがいつの間にか当たり前になっていた。

 せっかくだからサインをもらえばよかった。
 俳優だって言ってたけど、人間関係は大丈夫なんだろうか。
 さすがに他の人にはあんな態度取ってないか。
 いらぬ心配をしてしまった。

 もう一眠りしようかな。
 うーんと伸びをして、ソファに寝転がり目を閉じるとすぐに夢の中へと落ちていった。
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