君と秘密の食堂で

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彼からの予約

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 時々ふらっと予約が入る。
 一応リクエストを聞くけれど、味噌汁以外に返ってきた事がない。
 味噌汁にどんな具材を入れても美味しいと喜んでくれる。
 好き嫌いがないという彼は何を作ってもうまいうまいと絶賛しながら食べてくれるからとても作り甲斐がある。

 いつもと変わらず俺の作った料理を平らげた彼は、泊まりたいと言い出した。
 スタジオまで近いと言うのだ。
 別に床でもいいと言ったのだが、天下の人気俳優を床に寝かせるわけにはいかず、彼にはベッドで寝てもらい俺はソファで眠った。
 佐野旅館になったなと彼は笑って言った。

 そうして、彼は時々泊まりに来るようになった。
 俺も仕事があるから早く起きるのだが、それよりも彼は早く起きて出ていく。
 俳優というのは大変な職業だ。
 いつも迎えに来るマネージャーの山口さんとも連絡先を交換してすっかり顔馴染みになった。

 ロケで地方に行くというときは余裕で何ヶ月も間が空くこともある。
 それでも彼は俺を贔屓にしてくれて、落ち着いた頃に予約をいれてくれた。

 その日も久しぶりに予約が入った。
 金曜日だから少し気が楽だ。

「はぁー、久しぶり
 やっぱ佐野さんの味噌汁は格別だな」

 味噌汁を飲んで嬉しそうな顔をする。
 そんなに特別なものではないのに、彼の口には合うようだ。

「それは良かった」

「今日泊まってもいい?」

「いいよ」

「明日は仕事昼からだから」

「相変わらず忙しいね」

「まあね」

 ご飯を食べ終えて、ソファで寝るのはしんどいなと思って購入した布団をベッドの隣に敷いた。
 彼にはベッドで寝てもらう。
 
「あー、ねみー」

「すぐに寝ちゃいそうだね」

「たぶん横になったら速攻寝る」

「お疲れだね」

「だめだ、先に寝るわ」

「うんおやすみ」

 片付けを終えていつものように小説を少し読んで、布団に潜り込んだ。
 明日はゆっくり眠れる、そう思いながら目を閉じた。

 体が重くて目が覚めた。
 なんだ?
 よく見ると彼が俺に抱きついて眠っていた。

「??」

 なぜこんな事に?
 ベッドから落ちてしまったのか?
 気持ちよさそうに眠っているから起こすに起こせず、そのまま彼が起きるまで横になることにした。

「あれ?」

 彼が目を覚ましたようだ。

「おはよう」

「あっ、おはよう
 ごめん抱きまくらにしてしまった
 いつの間に……?」

 気まずそうに目を伏せながら言った。

「抱き心地は良かった?」

 試しに聞いてみた。

「うん、そうだね」

「それは良かった」

「一緒に寝たら温かいな」

「そうだねぇ」

「また抱きまくらになってくんない?」

「なんだそれは」

 思わず笑ってしまった。

「だってよく寝れるもん」

「しょうがないな
 寒い今の時期だけね」

 彼専用の食堂になり、旅館になり、ついには抱きまくらになった。
 まぁ、でも一緒に眠るのは悪くない。

 順風満帆に見えたが、雲行きが怪しくなった。
 記者がうろついてるから俺の家に行く事を禁止されたと言うのだ。
 どうしようと悩む彼は出張に来てよと言い始めた。
 もちろん泊まってくれていいし、俺の家から仕事へ行ってもらっていいと言う。
 なんだその提案は?と思いながらも、彼に料理を作ることがもはや趣味になりつつあった俺は、いいよと頷いていた。

 出張初日。
 食材を買って彼の家に向かう。
 せっかくだから多めに作って作り置きしてあげようと考える。
 なんだか家事代行サービスみたいだ。

 教えてもらったマンションに到着した。
 天井が高いエントランスに足を踏み入れて、家賃はどれくらいなんだろうなんて下世話な事を考える。
 部屋番号を押してインターホンを鳴らした。
 まさか家まで知ることになるとは……
 はいという応答のあと、自動ドアが開いた。
 家の前に着いてまたインターホンを鳴らす。
 ガチャという開錠音のあと、扉が開いて彼が顔をのぞかせた。

「よっ、入って」

「お邪魔します
 さすが芸能人って感じのとこだね」

「セキュリティは大事だかんね
 山口セレクトだけど」

 広々としたリビングからは都内が一望できた。
 いい眺めだ。

 キッチンは使用感がまったくなく、普段使っていないと思われた。
 広いキッチンなのにもったいない。

 買い込んだ食材を冷蔵庫に閉まっていると、「佐野さんがここにいるの、何か変な感じ」とマジマジと俺を見てきた。
 作り置きしようと思うから少しキッチン借りるよと伝えるとやったと喜んでいた。
 一応道具は買っといたと話す彼の言う通り、一通り揃っていて安心する。
 作ったものをタッパーに詰めて冷蔵庫に入れていく。
 作り終えてリビングを覗くと、台本を読んでいるのか真剣な顔した彼の姿があった。
 そんな顔もできるんだな。
 邪魔をしないようにそっとダイニングテーブルの椅子に腰掛けると、蓮くんがそれに気付いた。

「ごめん、もうちょっと読ませて」

「気にしなくていいよ」

 持ってきた小説を読みながら彼が終わるまで待つことにした。

「うーん、腹減った」

「ご飯食べる?」

「食べる!!」
 
 小説を閉じて、キッチンへ向かう。
 冷蔵庫から作っておいた料理を取り出して温める。
 今日は、具だくさん味噌汁と肉じゃが、カレイのきのこあんかけとほうれん草のおひたしというメニューだ。
 
「いただきまーす」

「おかわりあるからね」

「分かった」

 彼は洋食よりも和食の方を好んでよく食べる。
 まぁ必ず味噌汁を出せというから、和食率は高くなるのだが。
 ガッツリよりもあっさりが最近の好みな俺も助かっている。

「うまー、肉じゃがって作り置きしてる?」

「うん、多めに作ったから」

「よし」

「次に食べる時は味が染みてよりおいしくなってると思うよ」

「マジか、楽しみ」 
 
「あと、きのこのあんかけはハンバーグにかけて入れてあるからね」

「あんかけハンバーグ、それもいいな」

「前に作った時美味しかったから作ってみた」

「佐野さん天才」

「俺がレシピ考えたわけじゃないから」

「なんでこんなに料理できんの?」

「俺んち母子家庭でね
 忙しい母に代わって料理を作ってたから」

「そうだったんだ」

「教えてあげようか?
 おもしろいよ?」

「いい
 俺ができるようになったら佐野さん来なくなるじゃん」

「蓮くんが来なくていいって言うまでは来るつもりだよ?」

「ふーん、そっか……
 おかわり!」
  
 おかわりをした彼は満足そうな顔していて、それを見て笑みがこぼれる。
 食べ終わった食器をキッチンへ運ぶ。

「この食洗機ってどうやって使うの?」

「さぁ?」

 使ったことないのか。
 憧れの食洗機。
 適当に皿を入れていく。
 洗剤は……?
 使ったことがないということは洗剤があるはずもなく、泣く泣く入れた食器たちを取り出して手洗いした。
 今度来る時絶対に買ってこよう。

「今日泊まる?」

「うん、そのつもり」

「はい」

 手渡されたのは鍵だった。

「鍵?」

「合鍵、持ってて」

「持ってていいの?」

「佐野さんならいいでしょ」

 信頼されているのだろうか。
 なくさないように、キーケースに取り付けた。

「先にシャワー浴びていいよ
 俺もうちょっと本読みしたいから」

「じゃあ借りるね」

 意外ときれいなのは単に眠るためだけの場所なのか、それともきれい好きなのか。
 山口さんが掃除している説もあるか。
 服を脱いで入ろうとした時に突然扉が開いた。
 すぐにものすごい勢いで閉じられて、「ごめん!」と叫ぶ蓮くんの声が聞こえた。

 シャワーを浴びてリビングに行くと蓮くんが縮こまっていた。

「マジでごめん
 もう入ってると思ってさ
 タオルとか出しとこうと思って」

「いや、別にいいよ
 ごめんね、おじさんの裸見せちゃって」

「はだ……」 

「いやー、引き締まってなくてお腹とかもうヤバいんだよね」

「みっ……見てない」

「そうか、一瞬だったもんね」

「そう、一瞬だったから
 先に寝てていいよ
 俺まだやる事あるから」

「そう? じゃあそうしようかな」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」

 寝室へ入ってベッドの大きさに驚く。
 この大きさなら二人で寝ても余裕だな。
 ここから職場まではいつもとそんなに変わらない。
 彼は明日も早いんだろうか。
 以前よりも態度が軟化した彼は芸能人だという事を忘れてしまうくらい普通だ。
 この歳になって友人と呼べる存在ができた事が嬉しい。
 ずっとこの関係が続いていくと単純な俺はそう思っていた。
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