はじめてを君と

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彼は特別?

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 仮の恋人になってから数週間が過ぎた。あまり人前ではベタベタしなくて済むようになったし、昼休みを過ごすのと一緒に帰るくらいで、普通に過ごせるようになった。

 今日は朝から雲行きが怪しく、天気予報には雨と雷マークがついている。雷……帰る時に鳴らなきゃいいけど。

「今日傘持ってきた?」

「当たり前だろ。天気予報で雨だと言っていたし」

「俺忘れた」

「なんでだよ」

「いーれーて?」

 いつものように昼ご飯を食べているとそんな事を言い出した。

「どうして入れてやらなきゃいけないんだ」

「いいじゃん」

「濡れて帰れ」

 合間に須藤の口の中におかずを放り込む。

「あれか、びしょ濡れになった俺を家に連れ込む気だな?」

「はぁ?」

「服を乾かしてやるって言って脱がせてやらしいことするんだ」

「そんな事をしてきたのか?」

「してねーよ」

「したことがないのにそんな事を思いつくのか。すごい発想だな」

「連れ込んでくれないの?」

「今日委員会があるから少し遅くなるけど、一緒に入れてやる」
 
「あざーっす」

 ニンマリと笑う彼にため息をつく。

 委員会を終えて教室に戻ると、彼が僕の席に座って待っていた。

「ごめん、待たせた」

「別にいいよ」

 その時雷鳴が轟いた。

「ひぃっ」

「……え?」

 怖くて耳をふさいでしゃがみこんでしまう。

「雷怖いの?」

「怖くな……うわっ」

 また雷の音が聞こえた。落ちた。今の絶対に近くに落ちた。

「怖いんじゃん」

 彼が僕のそばにやってきてしゃがみこんだ。

「大丈夫か?」

「大丈夫だ……」

「涙目だけど?」

「あの大きな音が昔から苦手なんだよ」

「外にいるときに鳴ったらどうすんの?」

「心の中で叫びながら全速力で走る」

「なんだそれ。他に人がいたら?」

「頑張って耐える」

「俺には怖がる姿見せてくれるんだ。
 はい」

 そう言って手を差し出してきた。

「手握っててやるよ」

「いいよ」

「いいから。怖くなったら握りしめていいよ」

 頷いて須藤の手を握ると違うというように指を絡めて繋ぎ直された。繋いだ手は温かくて、意外と落ち着くのを感じた。須藤が僕を優しく見つめる。その視線に心臓が高鳴った。なんだ、これは?

「りとの新たな一面知っちゃったな」

「あまり知られたくないけどね」

「誰も知らない?」

「知らないと思う」

「ふーん。鳴り止むまでしばらくこうしてるか」

「ごめん」

「いいって。気にすんな」

 そう言って頭を撫でられた。心臓がドキドキしだす。あれ、なんかおかしいな。今までに感じたことのない感情に戸惑う。
 雷鳴が轟いてその度に目を瞑って須藤の手をきつく握りしめた。須藤は何も言わず僕の側にいてくれた。
 しばらく待っていると、雷は鳴らなくなった。外を見ると雨がやんで虹が出ていた。

「うわ、虹だ」

「本当だ、すごい」

 二人で並んで虹を見上げた。

「りとのおかげでいいもん見れた。ありがとう」

「いや、僕は何もしてないし」

「帰ろっか」

「そうだな」

 雨が上がった道を並んで歩く。自然に手を繋いでいた。やっぱり手を繋ぐのは緊張する。

「りとと一緒の傘に入りたかったなー」

「今度はもってこいよ?」

「また忘れるかも。次こそ入れてね」

「なんでだよ」

 須藤の方を見ると、夕日に照らされているからか顔が赤いように感じた。


 期末試験を終えて、周りは夏休みモードに突入している。今回は無事に1位を奪還できてホッと胸を撫で下ろす。ちなみに須藤拓海の名前はどこにも見当たらなかった。

 夏休みといっても僕がやることは変わらない。家と塾の往復だけだ。

「りとは夏休み何すんの?」

「勉強」

「遊ぼうよ」

「塾があるから無理」

「毎日じゃないだろ?」

「そうだけど、自習しに行ったりするし」

「うげ。たまには息抜きしたほうがいいぞ?」
  
 棒付きの飴を咥えた須藤が心配そうな顔をした。これは僕にとって普通のことなんだけれど。

「息抜きね……」

「海行ったり祭りに行ったり。夏っぽいことしたくならない?」

「全然。勉強は楽しいし。遊ぶ人いないから考えた事がなかった」

「なんでいつも1人なの?」

「だって……」

 あの噂が出回るようになってから何となく人と距離を置くようになった。またあの人みたいな人が出てくるかもしれない。散々追い払ってきたけど、男達が襲い掛かろうとしてくる瞬間も、自分の事をいやらしく見てくる目付きも不快だし怖い。
 今まで告白されて少し変わった人もいた。どうして好きになってくれないのかと詰め寄られたり、勝手に付き合ってると思い込まれて他の人に色目を使うなと詰られたり。
 好意を抱かれるのが怖い。人と距離を置けば減らすことができるのではないか、誰とも関わらず空気のような存在になれば自分の事なんて気にしなくなるのではないか。自分にできる最大の防御は人と距離を置くこと。そう考えるようになった。

「……怖いから」

「怖い?何が?」

「いや、何でもない」

「俺は怖くない?」

「怖くない」

 だって僕に好意を抱いていないし。それに須藤といると気を使うこともないから楽だ。

「そっか。りとの特別になれたみたいで嬉しいな」

「別に特別じゃない」

「えー、特別じゃん」

 飴を転がしながら言う須藤を見て笑う。こうして気軽に話をできる須藤は僕にとって特別なのかもしれない。そんな事絶対に言わないけれど。
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