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97 セレスの命令

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「これで、お前は俺のものだ。」
「よろしくお願いします。ご主人様。」
これが、『主人』の感覚か。嫌な感じはしないけれど、少し怖いというか畏れ多い感じ?とりあえず、『ご主人様』と呼んで照れは感じない程度。マリちゃんにもそんな風に思われるのかと思うと少し悲しい。

「敬語はいらない。その呼び方も好きじゃない。…そうだな、『高校の同級生』のように話せばいい。」
「高校?」
さっきの少し怖いと思う気持ちは消えて、親しみが少しだけ増した。かと言ってすごくくだける訳でもないし、ご主人様の命令で感情全てが支配される訳でもないらしい。
彼が高校、あちらの世界での言葉を知っている理由は知っていたけれど、何となく知っている事を知られるのは嫌だろうな、と思い聞き返した。この気持ちは多分契約のせいではないだろう。

「そうだ。それから俺の名前はセレス、と言う。だが 人前で呼ぶときはDと呼べ。お前の名は?」
「私の名前…。」
私の聞き返しには反応せず、名前を聞かれた。普通なら えいこ、と答えればいい。けれど、本能的にこれは真実を聞かれていると分かる。命令が込められている。そして、私自身がえいこである自信がない事がその命令によって浮き彫りになる。
「今はえいこ、と呼ばれることが多いかな。シーマ、はる、と名乗ることもあったし。それから昔は秋穂、と。」
「アキホ、か。」

セレスの真っ黒な瞳がほんの少し柔らかくなった。
「アキホ。お前はアキホだ。名前は容易く名乗ってはいけない。真名が知られると契約を勝手に結ばれる事がある。分かるな?必要に迫られたらアキと名乗れ。」
「…分かった。」
この人以外にそんなすごい魔法を使える人は居なかろうが、可能性としては確かにあり得る。この世界の魔法学はその可能性に比べて進歩は未熟だし、ゲーム中に比べると大地君たちが使っている魔法は不便そうだ。二つの国が協力していきなり発展するのかもしれない。そうしたら、確かに名前は重要になるかも。

「…、それと、命令以外はお前の自由意志に任せる。お前という『天然の器無し』の成り立ちには興味があるが、他人とべったりと言うのは吐き気がする。」
「じゃあ、質問もしていいってこと?」
「構わない。」
「二つ聞きたいかな。あなたが何をさせたいのか、と、私は元の世界に帰れるのか。」
この人が死ぬまで解放されないなら、破壊神との対峙の時もいる事になる。そうなったら月子ちゃんに協力したい。でも、ゲームの本編前にえいこが退場しないなら、ゲーム中は月子ちゃんに接触しない方が安全かもしれない。

うむうむ考えながらセレスに聞くと、ニヤッと笑った。いつのまにか瞳の奥の柔らかさは消えている。あれは気のせいだったかな?
「俺はこのクソみたいな世界の真理が知りたい。ついでに散々弄んでくれた礼も、な。それを終えればお前が来た世界に行く。だから、お前には準備が整えば帰ってもらうつもりだ。その後を追尾させてもらう。」
ん?と思ったが、すぐに言葉が足された。
「言っておくが、恋愛感情を利用した転生では無い。このままの状態で、この世界からオサラバするという意味だ。お前が無事に帰るまでも含めての契約だから安心すれば良い。」
「私の世界は魔法使えないよ?」
「電気と科学はあるだろうが。」
「 あるけど、魔法ほどチートな物じゃ無いよ?」
「思い通りになら無いくらいが、喰いでがあって良い。」

ククッと可笑しそうに笑うセレスの顔を見て確信する。ああ、うん。この人マッドなサイエンティストだったわ。いわゆる、HENTAI。他人様の趣味に難癖つけるのは、よそう。不毛だ。

「早速だが、初めの命令をさせてもらう。」
ひとしきり、妄想を楽しんだであろう彼は組んでいた足を下ろしてテーブルに乗り出した。
「はい。」
緊張したけれど、マリちゃんの命を助けてくれたのには違いないし頑張って働きますとも。
そう思った私に意外な言葉が囁かれた。
「えいこ、命令だ。忘れ去られた記憶を思い出して、俺に話せ。」
さっきの命令を含んだ言葉よりもっと強い強制力を感じた。それから、私の意思は別に存在する事も、 確認。命令されたからと言って、それに心酔するものではないらしい。現に今、忘れ去られた記憶を思い出すためにフル回転で考えながらも、その言葉に対してとても驚いている。

「忘れ去られた記憶を思い出すことはできませんでした。」
考えたけれど思い当たる記憶が一切なかったから、そう答えた。
「ちっ、ダメか。」
忘れ去られた記憶は、無い。けれど、それが何なのかの目星はついている。そしてそれについては口にしたく無い。

セレスはぎしっと椅子を軋ませてもたれ、テーブルに脚を載せた。
「えいこ、お前は無表情の練習をした方がいい。記憶は無いとしても何か思うところはあるな?」
これは命令じゃ無い。だから、拒否できるはず。にぱっと笑った。
「ただの推察だから、わざわざ言うほどのことじゃ無いよ。」

「推察、ねぇ。」
反応を間違えた、と思った時には既に遅かった。
セレスの目に冷たい好奇心が灯っているように見える。もしくは抑えきれない嗜虐的な興味が私に写っているのかもしれない。

「そうだな。そういえば、そもそもお前は何故魔法を学びたいのか。お前は何をしようとしているのか。闇の国の宰相殿の寵愛を受ける身ながら奴を使わずにしたい事。飼ってる商人もいるだろうに、自ら力を持とうとする理由。お前の事は多少調べたが、俺にも理由が解らなかった。大変興味深いな?」

真実を隠すには嘘でない答えを答えれば良い。

「友達がもうすぐ聖女として降り立つの。彼女は世界を救う器だから、そのお手伝いがしたくて。もちろんウランさん達にもお願いするつもりだよ。」
「するつもり、だろう?何故まだしていない。」
「や、私イケメンが、ちょーっと苦手で。後、好きな人が元の世界にいるし、人に頼ったりして不用意に好きになりたくないの。」

にぱっと笑って見せると、セレスはテーブルから脚を下ろした。セーフ?

「その、偽物の笑顔引っこめろ。」
急に顎を掴まれ、凄まれた。黒い瞳に喰われそうだ。私自身の恐怖と、それから少し寂しさを感じた。これはセレスの?

「俺はペットには優しい方だから、少しは時間をかけて聞き出すつもりだったが…やめだ。ペナルティを与える。」

人を ペット扱いは酷いし、優しくないし、後何の罰でしょうか?そして、時間をかけても聞き出すつもりだったんかい。
どの突っ込みを入れるか一瞬考えてしまって、セレスの次の言葉を防げなかった。

「お前がこの世界について知っている事、推察している事、俺に話したくない事を話せ。」

嫌だ。と言いたい。けれど、これは単なるペナルティだけでなく本当にセレスが知りたい事でもあった。だから、断っても『命令』されるだろう。

嫌だ。言いたくない。怖い。何が起きるか分からない。

もう酷い死に方はしたくない。

「殺されたく、無い、の。お願い。死にたく無いから、言わせないで。」
「身内くらいは守ってやる。言え。」

目をつぶって、無駄と分かっても意味のない抵抗をした。ウランさんの証は熱を帯びたけど、セレスには効かない。セレスの口が限りなく耳に近づいて、囁かれた。

「言え。命令だ。神にもお前は殺させはしない。」

命令が身体を駆け巡って、意思に反して私の口は開いた。
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