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37 とっておきの話

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さて、一人で動けるようになったので、
いるのか分からない神様との約束を守るため図書室で本を借りに来ました。

まぁ、これが一苦労。常駐の司書さんは顔見知りだけど、それ以外の外殿の人にとっては私って『あんた誰?』以外の何者でもない。



図書室の管理課長さんに突撃するも、
「来訪者です。」→感知→怪しい!ヒソヒソ

で、放置されて早一時間。
どうしよう?
いや、今城内はバタバタだし、図書室からの問い合わせなんて後回しにされるだろうし?
どーしよーかなー、使っちゃう?愛の証使っちゃう?
でも、後々めんどくさいことになるのが目に見えてるしなー。

と考えていると、なんとモートンさんが探しにきてくれました!

「陛下が、お礼をと仰ってますぞ!」
と、探しまくってくれたのか、ぷりぷりしながら。

モートンさんの口利きで、やっとこ本を2冊借りて、サンサンの所へ。

「えいこサン!呼びつけて悪かったな!」
8畳くらいあるベットに座っているサンサンは半日前の姿が嘘のように元気だった。

「サンサン!もう大丈夫なの?」
マリちゃんがサンサンに駆け上って頬ずりする。
「回復魔法かけまくったから、体はだいぶマシだな。二、三回城のてっぺんから落ちたくらいまでは回復だ。心配かけてすまねぇなぁ。魔力がすっからかんだから、大人しくしてなきゃだけどな。」
こそばゆい顔をしながら、ぺろっと舌を出すサンサン。いつも通り可愛い。しかし、城から落ちるくだりの比喩は意味がわからない。

「良かった。」
「うん、それでな、世話になったから何かお礼をしたいんだ。何か欲しいものは無いかい?」

「んー、ここでお世話になってるからねぇ。しかも不自由なく過ごさせてもらってるし。」
「あはは、えいこサンは欲ねぇなぁ。でも、それはテルラ払いなんだよ。」
「そうなの?」
「テルラのここでの褒賞は、自分の生活費と、同じ異世界から来た友人の保護だからな。」
「知らなかった。もっと感謝しなきゃ。」
「つっても、えいこサンも研究所での手当てもうすぐ出るはずだな。」
なんと!知らなかった。使う予定無くても蓄えが欲しいのが日本人の性さがよね。

まぁ、考えておいてくれ。とサンサンは鷹揚に手を振った。

「そういえば、サンサンが倒れてる時にわたしが言った言葉覚えてる?」
「とっておきってやつか?覚えてるよ!」

あの状態で聞こえてるなんて流石!それなら話も早い。

「サンサン、あのね、ひなた様の事どう思ってる?」
「前に言ったよぉ。」
茶化しながら苦笑いで返すサンサンに、真剣に問いただす。

「そうじゃなくて、『女として愛してる?』」

ピタリとサンサンが止まった。

「えいこ様、いくらなんでも不躾な質問なされるな。陛下に失礼じゃろうが?」
モートンさんが静かに怒り始めてるのが分かる。
でも、ここでブイブイ言わされたって引かない。

「なんなら、私へのお礼はこの話題を推し進めるのでもいいよ。どうしても聞かなきゃダメだから。」

ここが揺らいでたら困るのだ。
モートンさんからの圧を気合で押し返す。
しばらく睨み合いが続いた。歴戦の老獪だろうが、これは引けない。

「しかしですな、…」
「引け、モートン。構わぬ。余が許す。」
モートンさんが瞑目し、押し黙った。

静かに、でも威厳を持った言葉。
さっきまでの、私が知っているサンサンではなくて、これが魔王陛下の声なのだと思う。

「…懐かしい。なんの因果か、百数年前まったく同じ声で同じ事を聞かれた。」
静かなその声の圧力だけで汗が出る。
「その時、余が答える前にひなたは帰ってしまったが。」

魔王の双眸が私を捉える。
「今ここで答えて意味はあるか?」
「私の国では、言葉には言霊という魔力があるよ。本当の気持ちを言葉にすれば、それは届く。」

今の陛下は、あの本の最後のページの、若き日の魔王陛下の顔に見えた。

「…愛している。百数年経った今でも。ずっと愛している。」

小さな声だった。けれど、世界を包むほどの響きがあった。相変わらず陛下の双眸は私を捉えているように見えるけど、きっと陛下にはひなたさんが見えている。

あの本を読んだ時間の数百倍くらい時間を彼の中に想う。

「余の事をどのように思っていたのか、ひなたは。」

言葉尻は空気に溶けた。
サンサンでも無い、魔王陛下でも無い。サンサという1人の青年の問い。

「陛下にも、言霊は届いてるでしょう?」

陛下も分かっていたんだと思う。だから、大地君が現れて動揺したんだ。
百年以上も闇の国を事もなく治めた魔王は、愛する人と同じ顔の、他の男との子供を見て自信が揺らぎ、愛しさと辛さに疲れてしまったんだ。

「そうか。そうであった…な。」

ひなたさんの答えが私には聞こえないけど、陛下には聞こえたようだった。


「重ねて、礼を言う。感謝する。」

しばらくして、陛下は晴れやかな顔でそう言った。
モートンさんもうるっとしてる。

でも私はそんな事言いに来たんじゃ無い。

「お二人とも大きな勘違いしてる。」

陛下とモートンさんが不思議そうな顔になる。

「私初めに話を聞いた時から、すごい違和感があったの。」
それは大地君から聖女の話を初めて聞いた時。

「私の両親とひなた様は同級生、同い年なの。両親は若い時から知り合いで、順調に付き合って結婚して、比較的すぐ私が産まれた。」

成人式から付き合いだした両親は就職、入籍、妊娠までそれほど間を置いていない。

「なのに、大地君達と私は同い年なの。ひなた様は10年ほど行方不明だったのに、それだと戻ってすぐ妊娠してなきゃおかしい。私のいた世界の常識じゃ行方不明だった女の子にいきなりプロポーズする人なんていない。それに、ひなた様だって好きな人から離れていきなり次に行く人じゃないと思う。」

「 それは、ひなた様が陛下を想うているというのが間違いだと?」
弱々しくモートンさんが質問する。

「…私でも、この本読んだらわかるよ。光の国の聖女として来た人が、闇の国に来た後は、例え光の国の方が便利な冒険でも、闇の国を拠点に動いてる。そして、時間があればせっせと陛下のお世話を焼いている。好きでも無いのに毎日朝起こしに行ったり、お菓子作ったり、お昼寝一緒にしないよ。」

陛下の目をじっと見る。

「大地君の父親はだれ?」

「ま、さか。」

モートンさんが絶句した。

「陛下はこれ、読んだことありますよね?」
あの都合のいい転生の本を差し出す。

辛うじて頷いたのを見逃さない。

そして、今度はあの物語の聖女の姿を描いた最終ページを開く。何度見ても本人にしか見えない。

「…私、この人見たことあるんです。」

「ひなた、とは面識が、ない、と。」

「ええ、ひなた様とは会ったことありません。でも、この、若かりし陛下のお姿は、
大地君の双子の弟、海里君と瓜二つでしかないんです。これで他人とありえません。」

初めて見たときは源野兄弟の写真にしか見えなかったもん。
そりゃ、海里君が闇の国に来た時は心置きなく逝けたでしょうとも。
すんなり次期魔王になったでしょうとも。

「陛下。陛下は後悔なく天寿を全うして、ひなた様の所に行くんです。」

どや、フラグ回収したったぞ!

しかし、二人は固まってしまった。
解凍した時、小娘がいるのも無粋なので、ぺこりと頭を下げて退室する。

扉の外で、大地君が謁見の順番待ちしていたので大地君の部屋まで引っ張って行く。
「ん、なんだよ?俺、サンサンにちょっと用があるんだよ。」
「今は仕事になんないよ、あの人たち。それよりこの本読んで!」
「いや、今忙しい…」
「付箋貼ってある所だけでいいから!」
本ごと大地君を部屋に押し込む。

「あ、後で図書館に返しといてね。」

みんな固まるだろうから、しばらくウランさんは忙しくなるかもしれない。




中庭のハンモックに座る。ここは奥まっていて、滅多に人は来ない。そして、その滅多の常連さんは今それどころでは無い。

これからやらないといけない事は山積みで、見通しも良くない。
でも、次の一手を打つべき相手もしばらくはそれどころでは無い。マリちゃんはなぜか魔力切れだそうで、魔力回復姿で爆睡中。今日中には起きない。
シャルさん達には事前に今日1日は見なかった事にして欲しいと頼んであるし。

「よし。」

やるべき事はやった。ようやく時間が出来た。
A子の役割を脱いで、少しなら秋穂ほんとの私に戻っても大丈夫。


私は心の奥底に閉まっていた、大切で甘くてそして優しい想い出と、私の気持ちをそっと開いた。
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