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47-1 中庭での逢瀬

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「…何ゆえこのような所に光の者が足を踏み入れておる?」

内殿へと続く中庭の道を少し逸れた場所に魔女はいた。小さなテーブルセットで本を読みながら優雅なティータイムを過ごしていたようだ。客を残して良い身分だ。最も贈り物の贈呈を済ました直後に消えた自分も強くは言えないが。

自分に気がついた彼女は月に照らされてなお、先程と違い頰に赤味がある。
「頰が赤いですね。お風邪でも召されたのですか?」
質問に答えず、心配そうに距離を詰める。彼女も答えない。
手を伸ばせばギリギリ届く距離まで近づいた。
「貴女が心配だったのと、貴女を知りたく想って無理を頼みました。」

また、一瞬だけ口の端が上がった。
「この絵本を知っているか?」
見せられたのは、先ほど彼女が読んでいた絵本だった。この世界ではポピュラーなお伽話。
「ええ、存じております。」
「では、これはどう思う?」
挿絵を見て、あっと思い出す。絵本の悪役、悪の精霊に魔女は似ていた。千里眼を持ち、王を惑わせ、聖女や魔女に困難をもたらす精霊。
「似ているだろう?近づかぬ方が幸せぞ?」
「しかし、王をも惑わせる美しさです。」
一歩踏み出し、絵本ごと手を包む。
「貴女を知りたいのです。貴女を感知ても宜しいですか?」
優しく頼み事をする。
「…私がそなたを見ても良いならば、構わぬ。」
頷いてから彼女を感知する。

まず、意外なほど野生的な香りがした。少し汗ばんでいるのか、そこに微かな花の香と女の匂いが混じる。肉感的で蠱惑的な香りだ。
作り物のような彼女に似合わなさすぎて何度も嗅ぐように感知てしまう。魔力の量は自分の聖力に及ばない程で、器の大きさは伺えなかった。
そして、自分が感知られていない事に気がつく。
「ご覧にならないのですか?」
「わらわは聖力には興味は無い。が、他の事を見せては貰った。」

魔女が手を払って本を置き、ようやく立ち上がった。
「そなたは、我が侍女を感知たいのだな。」
「興味はあります。」
自分にも千里眼があるとでも言いたいのか。だが、そのくらいはハッタリでも当たる事柄だ。サタナに聞いた可能性もある。
「興味があるのはそなたではあるまい。」
「そこまでご存知なら、感知させていただくのはダメですか?何もなければこちらの者もそれ以上詮索は致しません。」
「その必要は無い。」
「どういう意味でしょう?」
「言葉通りだ。そなたが誰に報告しょうとしているかまでは分からないが、そなたが王位を継がれるたっとき方になった今、そんな事を尋ねる者はいなかろう。」
「ご冗談を。」

この魔女は何も知らないのか。それとも知っていての壮大な嘘か。
くだんの精霊を真似て、王を惑わせるのですか?しかし私は王位には就けませんよ。だから、そのような事を仰っても惑いません。」
立ち上がった彼女の腰を抱くように寄せる。
「ただ、貴女がお望みなら王で無くとも惑いましょうか?」
甘く甘く誘い、顔を近づける。

「可哀想な事だ。」
口がもう少しで触れるという所で魔女が呟いた。
「何の事ですか?」
顔を離して彼女を見た。月夜の光の下の、ベールの中も見える距離で見た彼女は哀れみの表情だった。

「貴女を直接見たい。」
本音と策略から言葉が出る。何を考えているか、何を見ているか分かり辛くて、やり辛い。ただかわしているだけとも思えない。
無言でベールとトーク帽が外され、まとめ髪は下される。思ったより幼く、柔らかな表情だった。

「そなたがいささかも王位を望んでおらぬとしても、それはすでにそなたの手に落つることが決まってしまった。哀しみも希望も無遠慮にそなたに背負わされるのだ。魔女という役を背負わされた わらわより、『悲惨』だな。」

言葉は相変わらず冷たく失礼だが、その音に微かに哀れみや悲しみが含んで聞こえる。王宮で第三皇子皇太子のスペアのスペアとして過ごしたから、相手の心中を察する能力は長けている。
最低の魔女なのか、最低の魔女のフリをしているのか。後者なら理由は何だ?

「しかし、そなたには腹心がいる。そなたを大切に思う者がいる。今まで通り周りをてのひらで転がせば良い。」
「先程から仰ってるのは予言か何かですか?」
ふわふわとした話題なのに、引き込まれかけた。自分の仕事を思い出す。さて、ここからどう侍女の話題に戻すか。

「侍女を感知たいのであったな。そなたが戻った後に、光の国で会う事もあろう。今はもう、時間が無い。」
脈絡なく話題が戻されたが、有難い。
「それは貴女が光の国に来る時に連れてらっしゃると?」
「侍女はそちらに行く。約束しよう。」
最低ラインは引き出せたが、カナトは納得しないであろう。とりあえず、今日は引き明日以降機会を伺うか。

「キュラス様!失礼致します!」
突然にヒノトが蒼白で駆け込んで来た。そんな無礼な事をする事はあり得ないのに。
「皇太子が次兄殿を討ったのだな。」
そして魔女が理由を答え、ヒノトは戦慄わなないた。
次兄様ドラン様はお亡くなりに。皇太子殿下は返り討ちにより必死の重傷に、ございます。急ぎ、ご帰還を。」
「わかった。陛下はご無事か?」
「ご無事でございます。」
次兄と皇太子はまつりごとで対立する事はあったがそこまでとは考え無かった。しかも、長兄が?次兄を?
しかし、とりあえず現王が無事なら国は何とかおさまる。成人していない自分は戴冠出来ないので王位が空く事は避けられて少し安堵した。
どうして、自分はこうも冷静なのだろう?彼女の言葉をどこかで理解してたとでも言うのか?

「驚きも辛さも全て表にでない冷徹の心を持つのは王の器だ。しかし、殺した感情は自身をいつか蝕む。」
声に出していないはずなのに、魔女は答えた。

「何が起きたかを知るチャンスをやろう。皇太子殿は明日までは持たぬ。ディアナ、研究所のスペースに描きかけの転送円があるはずだ。使えるよう手配を頼む。手土産の光の結晶とストックの闇の結晶で数人は送れるだろう。馬車で帰る者に転送円の魔法文字を消させれば背後も心配もあるまい?シャルロッテは研究所に案内して差し上げろ。」

「承知いたしました。」と何処からか聞こえ「承りました。」とメイド姿の戦士が現れる。

「感謝いたします。」
「感謝はこちらの陛下の人柄にぞ。
忠告だ。ゆめゆめ、孤独になってはならぬ。」
「その時は、貴女を思い出します。」
「このようなおぞましい姿で良ければいくらでも思い出せば良い。」
そう言い放つ姿は孤高で美しかった。
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